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経営研レポート

北欧・デンマークに学ぶ「参加型デザイン」によるソーシャル・イノベーション

~関係者を巻き込む共創型アプローチが持続的な社会課題解決の処方箋となる~
地域DX
イノベーティブ組織構築
2025.05.22
ビジネストランスフォーメションユニット
アソシエイトパートナー  河本 敏夫
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はじめに-ソーシャル・イノベーションにおける「参加型」の潮流-

近年、社会は複雑性や不確実性が高まっており、従来とは異なる手法による社会問題の解決が求められている。こうした中、民間企業でも社会課題の解決を目的とした新規事業、いわゆるソーシャル・イノベーションへの関心が高まっている(図表1)。例えば、電動小型モビリティサービス「LUUP1 、子育てシェア「AsMama2 、地域のつながり促進事業「コミュニティナース」3 などが挙げられる。

北欧で発展した「参加型デザイン」は、関連主体を巻き込みながら最適解を導き出す手法である。製品開発やデジタルサービス、まちづくりなど多様な分野で成果を挙げており、ソーシャル・イノベーションにおいて重要な役割を担う。特にデンマークは、当事者が主体となって課題を解決する「参加型デザイン」に基づくイノベーションに長けた国であり、先進的な取り組みを数多く実践してきた。

また北欧では、一過性のワークショップではなく、継続的に課題解決に取り組む場づくりとして「リビングラボ」が注目されている。これらの手法は、顧客(市民)を主体とする視点や産官学連携のあり方において、「村寄り合い」や「三方よし」といった日本の文化・思想とも親和性が高いと考えられる。

本稿では、北欧における「参加型デザイン」や「リビングラボ」を活用したソーシャル・イノベーションの先進事例と、当社が関与する山形県酒田市取り組みを通じて、その成功要因や日本で今後活用が期待される領域について考察を行う。

1 株式会社Luup Webサイト:https://luup.sc

2 株式会社AsMama Webサイト:https://asmama.jp

3 コミュニティナース Webサイト:https://community-nurse.jp

【図表1】ソーシャル・イノベーションの定義

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1. 北欧・デンマークにおける「参加型デザイン」とは

北欧における「参加型デザイン(Participatory Design)」は、デザイナーのみで設計を行うのではなく,実際の利用者をデザインプロセスに積極的に巻き込みながら進めていくアプローチであり、およそ50年前に北欧で始まったとされている。近年では、「共創デザイン(CoDesign:コ・デザイン)」と呼ばれることも多い。

この手法は、受け身の消費者ではなく、主体的な生活者として人々がものづくりや街づくりのプロセスに関わることで、より良いデザインの実現を目指す考え方に基づいている。また「参加型デザイン」は、モノづくりにおけるUXデザインとは異なり、“コトづくり”を目的とする点が特徴である。つまり、問題の当事者と共に、当事者自身が主体となって課題解決の仕組みをつくり上げていく手法であり、社会課題の解決を目指す場面においても重要なアプローチとして注目されている(図表2)。

【図表2】ユーザー中心デザインと参加型デザインの違い

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【出所】

岡田 恵利子「デンマークの参加型デザインの事例に学ぶ、余白がもたらす共創の考察」(2020)

2. 社会を巻き込み価値をつくる「リビングラボ」の活用事例とメリット

2.1 リビングラボとは

参加型デザインの手法の1つに「リビングラボ」がある。これは、当事者が生活する日常の場を舞台にオープンイノベーションを通じた共創(Co-Creation)を実現する仕組みである。リビングラボは、「多様な関係者が集う(参加型)場で、社会問題の解決、最先端の知見やノウハウ・技術を参加者から導入し、オープンイノベーション・ソーシャルイノベーションを通して、長期的視点で地域経済・社会の活性化を推進していくための仕組み」(安岡 2019)4 と定義されている。

4  安岡 美佳「共創デザインを支援する仕組み、リビングラボ 北欧の事例より」(2019)

  中島 健祐 「デンマークのスマートシティ: データを活用した人間中心の都市づくり」(学芸出版社,2019)

  安岡 美佳、ユリアン 森江 原 ニールセン「北欧のスマートシティ: テクノロジーを活用したウェルビーイングな都市づくり」(学芸出版社,2022)

2.2 デンマークにおけるリビングラボの活用事例

■ フレゼリクスベア市

高齢者による高齢者のための相互支援システムを開発。散歩会の場を通じてニーズを引き出し、高齢者の社会参加を促すシェアリングエコノミーシステムの実証を行っている。

■ コペンハーゲン市

自転車モビリティへの転換を目指し、自転車専用道路の新設や交通データの可視化、電子標識の導入など実際の街区で実証しながら行動変容を促進した。

■ SPACE10(デンマーク)

スウェーデンの流通企業IKEAが支援するコペンハーゲンのデザイン・リビングラボ。サステナビリティ、サーキュラー(循環)、リジェネラティブ(再生可能)な社会の実現に向けた実験を行う。※2023年に閉鎖

リビングラボのメリットは、関与する主体ごとに異なる。

当事者にとっては、自らが「自分事」として問題解決に関与することでモチベーションが高まり、結果として生活の質の向上につながる。

企業(サービスや技術の提供者・開発者)にとっては、社会課題に即したサービス・製品開発を当事者と共に進めることで、エンドユーザーのニーズを効率かつ効果的に把握・反映でき、初期顧客の獲得にもつながる。

さらに公的機関にとっては、行政施策と市民をつなぐ新たな接点を生み出し、単独では対応が難しい課題に対して、民間企業を含む多様なステークホルダーとの連携を促進することができる。

このように、リビングラボは当事者・企業・公的機関のいずれにとっても利点があり、まさに“三者両得”の手法といえる(図表3)。

【図表3】“リビングラボ型”事業創出の意義

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2.3 日本におけるリビングラボの活用事例

■ 山形県「酒田リビングラボ」の取り組み

日本においてリビングラボは、これまで「地方創生」の文脈で注目されてきたが、近年では「イノベーション」創出の観点からも活用される事例がみられる(図表4)。

その一例が、デジタルサービス開発の分野でリビングラボの枠組みを実践している山形県酒田市の「酒田リビングラボ」である(図表5)。

酒田リビングラボは、当社の支援のもとで立ち上げ・運営しており、主に以下の2つの取り組みを軸に活動を展開している。

(1)コミュニティ形成・エコシステム形成

地域課題の解決に主体的に取り組む住民や企業をつなぎ、自律的な課題発見から解決までのサイクルを構築すること。

(2)デジタルサービス開発

地域住民が日常生活の中で感じている悩みや課題に対し、ワークショップやリサーチ、アイデア出し、サービス体験設計、IT企業とのマッチング、プロトタイピング、事業化の推進などを通じて、解決に取り組むこと。

第1期では、地域の若者が抱える課題に着目した。例えば「自分に共感し、活動を支援してくれる同世代とつながれない」、「従来の地域活動には参加しづらい」といった声を踏まえ、若者の自己実現を阻害する要因を解消する目的に、地域でイベントを企画・開催したい人をサポートし、イベントの自動生成・発信を支援するサービス「LocAIly(ローカリー)」の開発に取り組んでいる。若者が当事者として開発に関わり、地元企業がその活動を支援し、地域でプロトタイプを実装・検証するというサイクルがすでに回り始めている。

では、一般的な「新規事業開発」と「ソーシャル・イノベーション」との違いは何か。それは後者が「生活者の暮らしに密接に関係し、多様なステークホルダーを巻き込んで社会システムとして実装する事業」という点にある。リビングラボは、利害関係者を巻き込みながら、手触り感のあるプロトタイプを生活の現場で磨き上げ、社会実装へとつなげていくという点で、ソーシャル・イノベーションにおいて最適なアプローチといえる。

【図表4】日本全国に広がるリビングラボ

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【図表5】酒田リビングラボ

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【出典】

酒田市Webサイト「酒田リビングラボ」を基にNTTデータ経営研究所が作成

3.「リビングラボ型事業創出プログラム」の意義と今後の展望

当社は、これまでの経験に基づき、社会課題の解決を目的とした新規事業の創出支援を多数手がけてきた。その中でも「リビングラボ型事業創出プログラム」は、企業がソーシャル・イノベーションに取り組むうえで、特に2つの意義を持つ。

(1)「参加型デザイン」の実践の場の提供

  • 住民が主体的に関わる仕組みづくり
  • 多様なステークホルダーが協働するコミュニティの形成
  • 地域コミュニティを対象にした、リサーチ、課題発見、解決アイデア創出、プロトタイピング、テストまでの一連の活動を包括的に支援

(2)社会システムデザインや共創に関する体験や学びの機会の提供

  • 実務に即した研修プログラムの実施
  • 実践的なフィールドでの学習機会の提供

このように本プログラムは単なる事業開発にとどまらず、社会システムデザインから製品・サービス開発に至るまで、スキルの習得や実戦経験を通じて人材育成にも大きく寄与するものだといえる。

当社は、こうした仕組みの構築に向けて、プログラムの設計、試行、コミュニティづくり、人材育成など幅広く支援している(図表6)。この手法に関心を持つ企業・自治体が増えることで、日本におけるソーシャル・イノベーションのさらなる活性化に貢献できれば幸いである。

【図表6】“リビングラボ型” 事業創出プログラムのつくり方

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おわりに

北欧・デンマークの社会経済的背景を踏まえた「参加型デザイン」や「リビングラボ」の実践は、複雑化・多様化する社会課題に対して持続可能な解決策を導く手法として注目されている。特に当事者の主体性を重視したプロセス設計や、企業・行政・市民が協働して取り組む場づくりは、日本国内においても応用の可能性が高いといえる。

本稿で紹介した事例を通じて、参加型イノベーションの可能性に触れ、日本の地域社会や組織が今後取るべき針路について、読者の皆さまが何らかの示唆を得られる一助となれば幸いである。

次回(第3回)は、デンマークにおけるイノベーティブな組織づくりやタイムパフォーマンスを重視した経営の在り方を取り上げる予定である。高い生産性を実現している背景にある要因を考察し、日本企業がどのように組織や働き方を改革すべきかについて示唆を探っていく。

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