はじめに
前編ではドローンの市場規模、動向、インフラなど基本的な内容について紹介した。本編では、日本のドローンインフラであるUTM 1 について、自動車のインフラと比較し、ドローン発展社会における保険会社の目指すべき姿について考察する。
1. 自動車インフラとドローンインフラ(UTM)
前編で紹介したドローン情報基盤システム2.0(以下、DIPS2.0)データ基盤に加え、ドローンが安全に飛行するための法規制や仕組みも整備されている。ここではUTMについて、自動車のインフラと比較しながら確認したい(図表1)。
■車両登録制度
【自動車】
日本では、道路運送車両法に基づき、全ての自動車は登録が義務付けられている。この法律により、自動車の所有者は車両番号を取得し、登録証を保持する必要がある。車両を登録することで所有者は車両の合法的な使用が認められ、ナンバープレートが発行される。一般的には車両購入時に車両登録が行われる。登録には新規登録、移転登録、抹消登録などが含まれる。
【ドローン】
日本では、ドローンの登録制度は国土交通省のガイドラインに基づいて運用されている。2022年6月に改正された「航空法」に基づき、100g以上のドローンには登録が義務付けられている。登録プロセスとしては、機体の情報をDIPS2.0で申請し、登録手数料を支払うことで登録記号が発行されるフローになっている。このDIPS2.0はUTMの一種である。
< 参考 DIPS 2.0 主な機能 >
- 機体登録機能
- 飛行許可・承認申請機能
- 飛行計画通報機能
- 事故報告機能
- 登録講習機関申請機能
- 技能証明申請機能
- 登録検査機関申請機能
- 型式認証・機体認証申請機能
■車両・車体点検ルール
【自動車】
自動車は定期的な点検と整備が道路運送車両法で義務付けられており、これが自動車車検制度である。車検は新車登録から3年後、その後は2年ごとに実施され、整備不良による事故の防止を目的としている。国土交通省が認定する検査場で車両の検査が実施される。検査項目は排ガス、騒音、制動装置、ステアリング装置、サスペンション、車両重量など多岐にわたる。車検に合格すると、必要な書類(車検証、検査標章、自動車重量税納付書など)が発行される。これらの書類は車両の所有者の携帯が義務付けられている。
【ドローン】
ドローンのメンテナンスは、製造者や使用者のガイドラインに基づいて実施される。定期的な点検や部品交換が推奨されており、特に商業利用においては安全性を確保するためのメンテナンスが不可欠である。ドローンユーザーはUTMのアプリケーション画面でドローン機体の不具合を確認することができ、事故発生時には通知で確認することができる。
■免許制度
【自動車】
自動車の運転には自動車運転免許が必要である。運転者が道路交通法に基づいて自動車を運転するための資格であり、免許無しでは公道を運転することはできない。取得には学科試験と実技試験が必要で、運転技術と交通規則の理解を証明する意味を持つ。免許は普通免許、大型免許、二輪免許など運転する車種に応じて複数に分類されている。
【ドローン】
ドローンの運用に関しても、自動車と同様にいくつかの重要な規制と資格制度が導入されている。操縦者には一定の技能が求められ、国土交通省が認定する「無人航空機操縦士」という資格取得が必要になる。この資格は「一等資格」と「二等資格」の2種類があり、それぞれ飛行可能な空域や条件が異なる。一等資格は、より高度な飛行(例:目視外飛行や第三者上空飛行)を可能にし、二等資格は基本的な飛行範囲に制限される。また資格の取得には学科試験や実技試験、身体検査が必要であり、これらは登録講習機関での受講を通じて準備することができる。
■交通標識
【自動車】
交通道路にはさまざまな交通標識が設置されており、これにより運転者に対して速度制限、進入禁止、注意事項などが指示される。これらの標識は道路交通法に基づいて設置され、交通の安全と車両の円滑な流れを確保する役割を果たす。
【ドローン】
ドローンの飛行における交通標識は存在しないが、飛行禁止区域や高度制限などの規制が設けられている。これらの規制は改正航空法第132条で定められている。概要は下記の通りである。
<飛行禁止区域>
空港や飛行場の周辺空域では、離着陸する航空機に危険を及ぼす可能性があるため、ドローンの飛行は禁止されている。対象範囲は空港の周囲3km以内の空域である。また都市部などの人口密集地区では、地上での安全やプライバシーの確保のため、ドローンの飛行が禁止されている。この区域は、国勢調査のデータを基に定義されている。日没から日の出までの夜間におけるドローンの飛行も禁止されている。夜間は視認性が低くなるため、安全確保が難しいためである。加えて、花火大会や祭り、スポーツイベントなど多くの人が集まる場所の上空では、ドローンの飛行が禁止されている。これも人々の安全を確保するための措置である。
<高度制限>
地上または水面から150m以上の高度での飛行は禁止されている。航空機との衝突リスクを避けるためである。
上記の制限を超える高度や飛行禁止区域での飛行を行う場合には、事前に国土交通省への申請と許可が必要となる。また飛行計画を提出し、安全対策を講じることが求められる。
ドローンユーザーはドローン利用時にUTMアプリケーション画面から飛行計画を入力することが求められ、その飛行計画は航空法の基準に則って設定することが必要となる。
■加入必須保険
【自動車】
自動車損害賠償責任保険(以下、自賠責保険)は、自動車損害賠償保障法に基づいて加入が義務付けられている。加入手続きはディーラーや車検業者が代行することが一般的であるが、所有者自身が損害保険会社と提携する保険代理店、さらにはインターネットを通じて手続きを行うことも可能である。新車の場合は初回登録時に初回車検時までの期間である36カ月分の保険料を支払い、その後は2年ごとに更新する。補償範囲は、交通事故によって他人(第三者)に与えた人身損害に限定されている。
【ドローン】
ドローンには、自動車の自賠責保険のように全機体の加入が義務付けられる制度は存在しない。しかし、国土交通省から飛行許可を得る際には、ドローンが他者に損害を与えた場合の賠償責任を補償するための保険加入が求められる。
■任意保険
【自動車】
自賠責保険ではカバーしきれない損害に備えるため、多くの運転者は任意保険にも加入している。補償範囲は、他人の生命や身体に損害を与えた場合に補償する対人賠償責任補償、他人の財産(車両、建物など)に損害を与えた場合に補償する対物賠償責任補償、契約者の車両の損害(衝突、火災、盗難などが含まれる)を補償する車両補償がメインであり、それ以外にも搭乗者の傷害補償や事故時のレッカー手配費用などの費用補償も用意されている。この保険の加入チャネルとしては、保険代理店やディーラー、インターネットが主となる。
【ドローン】
日本国内では各保険会社がドローン保険を用意している。補償範囲は、他人の生命や身体に損害を与えた場合に補償する対人賠償責任補償、他人の財産(車両、建物など)に損害を与えた場合に補償する対物賠償責任補償、ドローン本体の損壊や盗難、紛失、飛行中の故障に対する修理費用などを補償する動産補償などに分かれている。また、近年ドローンのビジネス利用が広がっていることから、前編で紹介したように貨物配送時、農業利用時などの特定の業務利用時の損害を補償する保険も新しく開発されている。この保険の加入チャネルとしてはドローン機体を購入またはレンタルする店舗やECサイトが主となる。
上記の通り、現在のドローン保険加入のチャネルは機体購入またはレンタル時の店舗やECサイトがメインとなっているが、今後はオンラインのさまざまなチャネルからの加入が広がるであろう。次章では、オンラインでのドローン保険加入チャネルについて事例を中心に紹介したい。
2. オンラインでのドローン保険加入
前編の冒頭で紹介したようにモビリティの発展に保険は必要不可欠であることは、自動車インフラとの比較からも明らかである。モビリティが安全に運行するためには、事故への備えのための保険の用意が必須であるからだ。海外のドローン先進国では、ドローン専門保険会社を中心にオンラインでのドローン保険加入サービスが普及している。例えば Verifly社(本社:アメリカ・ニューヨーク)はアプリを通じてドローン保険に加入できるサービスを提供している。アプリ上で飛行予定の範囲を地図上で指定し、簡単に保険加入手続きを完了することができる。これにより、ピンポイントでドローンを活用したいユーザーのニーズに応えている。GetSafe社(本社:ドイツ・ハイデルベルク)は、アプリでドローン保険加入から保険金支払いまで完結するサービスを提供しており、ドイツ国外での事故の補償にも対応している。ほか日本国内でも、国内大手損害保険会社を中心にオンラインでのドローン保険加入サービスが展開されており、今後もオンラインチャネルを中心に、ドローン保険が提供されていくことは間違いないだろう。
このような背景を踏まえると、オンライン上でドローンユーザーと接点を持つUTMサービサーが保険会社と提携し、UTMの機能の一つとしてドローン保険をユーザーに提供する可能性も考えられる。実際に、日本でUTMサービスを通じてドローン保険を提供するサービスの一例として、Terra Drone株式会社が開発するUTM「Terra UTM」が挙げられる。本サービスはフライトプランの作成、自動航行、フライトログの保管、自動帰還機能、飛行禁止区域侵入時の自動帰還機能を提供している。Terra UTMユーザーには、東京海上日動火災保険株式会社のドローン保険を自動付帯形式で提供されており、ユーザーは必要な書類などを用意することなく対人・対物賠償保険に加入できる。この仕組みはドローンユーザーの保険加入漏れを防ぎ、手間なくドローン保険に加入したいというユーザー視点にたった優れた事例だといえる(図表2)。
3. ドローン発展社会の到来に向けて保険会社に求められる対応
ここまでUTM含むドローンインフラについて、事例を交えながら紹介してきた。現在、国内外問わずさまざまなドローン関連ビジネスが登場しているが、ジョエル・ディーン氏が提唱するプロダクトライフサイクル 2 でいうところの「導入期」にある。しかし「導入期」であるからこそ、今後日本の関連企業がドローン産業をリードしていく可能性があるのではないだろうか。特に今後のドローン産業の発展に向けては、高性能かつ安価なドローン機体の開発や法規制に則ったドローンを安全な運用を支えるインフラの整備は急務である。ただし、ドローンビジネスの流行が確証されていない現状では、ドローンメーカーやUTMサービサーに巨大な資本が集まりにくく、ドローン機体やUTMシステムの飛躍的な発展も難しいと考えられる。
このような状況下でモビリティやシステムのリスクに精通し、巨大な資本力を持つ保険会社がドローン産業の発展に向けて重要な役割を果たせる可能性がある。本章では、ドローン発展社会の到来に向けて保険会社に求められる対応について考察していきたい(図表3)。
(1)ドローンメーカーの抱える課題と保険会社の役割
ドローンの機体を製造するメーカーの種別としてはヤマハなどの大手企業も含まれるが、ドローン機体の信頼性を向上させるための試験や長期間の開発コストをかけることができないベンチャー企業が中心となっている。ベンチャー企業は、信頼性試験のようにコストの高い二次的な取り組みに積極的になれない側面がある。このような構造的な課題に対して、リスクに関する知見があり資本力を持つ保険会社が解決策を提供できる可能性がある。
保険会社が各ドローンメーカーを比較評価し、その中から技術力があり特許取得のポテンシャルを持つベンチャー企業に集中的に資本投入することで、今後の日本のドローン産業を支える国産ドローン機体の開発を進めることが可能になるだろう。すでに複数年にわたってドローン保険を提供し、機体ごとのリスク傾向などを把握している保険会社であれば、機体のアセスメントから資本投入までの役割を一貫して担うことができる可能性がある。
(2)UTM事業者が抱える課題と保険会社の役割
ドローン機体が法規制に則り、安心安全に運用するためにはUTMは必要不可欠である。しかし、このUTM自体にも多種多様なリスクが存在している(図表4)。一般的なシステムと同様に、UTMもシステムの不具合や第三者からの攻撃などを起因としたリスクを抱えており、UTMサービサーは各種リスクへの備えを考慮しながらUTM開発を行っていることだろう。また、実際にUTMの不具合で事故が発生した際の保険制度は未整備の状況である。
長年にわたり一般的なシステム起因のリスクを補償するサイバーリスク保険を提供してきた保険会社であれば、UTMに存在する特有のリスクを評価し、最適な補償を提供できる「UTMサイバーリスク保険」を開発・提供できるのではないだろうか。UTMを開発・運営する際のリスクを保険によって低減できれば、Private UTM 3 サービスを開発する企業の数は増え、自ずとPrivate UTMサービスの数も増えていくだろう。
終わりに
これまで、損害保険会社は時代のニーズに合わせてさまざまな保険商品を開発し提供してきた。損害保険は「インフラのインフラ」と語られるように、各業界の発展において損害保険の役割は決して小さくない。実際、ドローンが普及する社会では、先述した通り、ドローンによる対人・対物リスクやUTM起因のリスクも増加するだろう。しかし、自動車が普及した際に自動車保険がそれを裏支えしたように、ドローンに関連した保険も同様にドローン普及を裏支えする役割を果たすだろう。
損害保険会社の視点から見ても、自動運転の台頭や国内市場の縮小など厳しい状況にある中で、新たな収益源を創りだす取り組みが必要である。また、大手損害保険会社が古くからの自動車メーカーとの取り組みや関係性により圧倒的シェアを堅持している自動車保険市場に対して、ドローンはこれから交通インフラを支えるメインプレーヤーになるとを考えられる。中堅以降の損害保険会社にとっても、早期に着手すれば主導権を握る千載一遇の好機ともいえる。ドローン産業の発展を待つのではなく、ドローン産業の各プレイヤーと手を組んで共に産業を創り出していく挑戦が今後、保険会社に期待されるはずだ。
謝辞
本研究の遂行にあたり、多くの方々からご協力をいただいた。
特に以下の方々には深く感謝申し上げたい。
KDDIスマートドローン株式会社
ソリューションビジネス推進1部 今溝 英明氏
コアスタッフ 福井 悠貴氏
株式会社SkyDrive
エアモビリティ事業開発部 事業企画チーム
事業戦略Director 金子 岳史氏