はじめに
日本アクチュアリー会によれば、日本の自動車保険は昭和30年代以降のモータリゼーションの到来とそれに伴うリスク対策の需要増により飛躍的に成長を遂げた 1。損害保険協会の発表によると、2023年の損害保険全体の正味収入保険料 2 のうち、自動車保険が50%弱の割合を占めている 3。つまり自動車保険は、依然として人々の暮らしを支えている損害保険の代表的な商品であるといえるだろう。
そして、今日では新たなモビリティの一つとして無人航空機(以下、ドローン)産業のさらなる発展が期待されている。ドローンはすでに個人の趣味だけでなく、さまざまな業界で商業利用が始まっている。新たなビジネスが発展するということは、それに伴うリスクを補償する保険も同時に発展していくことを意味する。既存のドローン保険も、今後はさらに活用方法に応じた補償が拡充され、保険加入のチャネルなどもより多角化していくことが予想される。
本レポートでは、近年注目が集まり、今後さらなる個人利用や商業利用の拡大が期待されるドローンの発展とそれを支えるインフラであるUTM(ドローン航空管制システム:Unmanned aircraft system traffic management)についてとりまとめ、それに対応する保険ビジネスの動向と保険会社が目指すべき姿について、前編・後編の2回に分けて考察していく。
1. ドローンの発展とそのドライバー
まずはドローンの市場規模を確認したい。2018年から2023年にかけて世界のドローン市場規模は拡大し、2023年には約40億米ドル 4 に達した(図表1)。今後も市場は成長を続け、2028年には46億8000万米ドル 5 に達すると予想されている。市場成長の要因として、テクノロジーの進歩により高性能かつ低コストなドローンが開発されていることや、物流、農業、建設、エンターテイメントなど、ドローンが活用される産業の多角化が挙げられる。
今後のドローン市場の発展を支える、日本の代表的なドローン最新動向を(1)民間、(2)規制、(3)保険の観点から事例を交えていくつか紹介したい。
(1)民間
■事例 ①:医療用品配達へのドローン活用
医療用品配達は高額であり配達時間が重要である。そのため、医療用品配達ドローンは物流領域での活用の中でも特に注目されている。例えば、Zipline社(本社:アメリカ・カリフォルニア)はルワンダ、ガーナ、アメリカ、日本で医療用品配達事業を展開している。アフリカビジネスに力を入れる日本の豊田通商は同社に出資しており、ガーナで飛行機の形をした固定翼型ドローンによる医療物資の配達ビジネスを進めている。同社の子会社は日本でも長崎県五島市で医薬品卸会社からの委託を受け、Zipline社の技術と機体を用いて五島列島の医療機関や薬局へ医療用医薬品を配送するサービスを提供している。ドローンには重さ1~1.75kgの薬やワクチンが搭載され、半径80km内の病院や診療所に届けることができる。遠隔操作で長距離を無人配送できるドローン配送は、物流インフラが未整備である地域を中心に今後もますます活用が進んでいくだろう。
■事例 ②:農業へのドローン活用
農作業の効率化や生産性の向上、農作物の品質向上を目的にドローンを活用するケースも見られる。具体的な事例としては、ヤマハ発動機株式会社が農薬散布専用のドローン「FAZER 6」を提供している。このFAZERは、従来の農薬散布機械に比べてコストを削減でき、散布の精度も高く、環境への影響を最小限に抑えることができるのが特徴だ。他にも、カメラを搭載したドローンにより水稲の生育状況や病害虫の発生状況の監視するドローンの開発・提供など、さまざまなシーンで農業現場にドローンが活用され始めている。
(2)規制
■総務省の5G規制緩和とドローン活用
2024年6月、日本の総務省は、通信事業者以外の企業や自治体が上空に5G通信網(以下、ローカル5G)を築くことができる制度を2024年度中に設けると発表した。ローカル5Gは、自治体や企業などが限られたエリアで柔軟に5G網を構築できる無線通信システムである。ローカル5G網を構築することで山奥でのドローン活用などに通信網を活かし、地場産業の高度化や人手不足対策に繋げることが狙いだ。この取り組みは、民間事業者がますますドローンを活用できるような土壌づくりに繋がると期待されている。制度化の検討に先駆けた実証実験では、山間部にある広大なゴルフ場を高精細カメラ搭載ドローンが飛び回り、芝生の育成状況を管理した。また顧客にクラブハウスからドローンで飲食物を配送するなどの実証実験も行われており、今後の実用利用が期待されている。
(3)保険
■ドローン保険の補償拡充
ドローンの機体や、ドローン利用時の対人・対物損害を補償するドローン保険の高度化も進みつつある。日本のあいおいニッセイ同和損害保険株式会社は、産業用ドローンの共同開発事業を手掛ける株式会社エアロネクスト(本社:東京都渋谷区)と資本業務提携し、ドローン専用保険の開発を始める。新たに開発する保険は荷物の破損や遅延、機体の落下など、ドローンを使った物流に必要な補償をパッケージにして販売する予定だ。飛行データを取得・分析し、手動飛行、自動飛行、保管中の3区分で保険料率を決める。例えば手動で飛行した場合、事故のリスクが高いため保険料は上がる。今後、従来型の汎用ドローン保険の枠を超え、各社共に商用利用時の場面ごとの固有リスクに対応した新たなドローン保険が開発されていくことは想像に難くない。
続いて、同様の観点からアメリカのドローン動向について事例を交えていくつか紹介する。
(1)民間
■事例 ①:ドローン配送サービス
Amazon社はアメリカ国内でカリフォルニア州ロックフォードやテキサス州カレッジステーションをはじめとした都市で、最大5ポンド(約2.3kg)までの商品を1時間以内に配送するサービスを行っている。サービスの特徴は、障害物検知・回避技術を搭載し安全な配送を実現する技術力にある。Amazon社が開発する最新型ドローンMK30は、小雨や高温・低温といった気象条件であっても、配送エリア内で障害物を見つけて回避できるよう感知・回避技術が搭載されている。本サービスはアメリカ連邦航空局(FAA)から目視外飛行承認を得ていることから、多くの地域で展開が予定されており、今後10年以内に年間5億個の荷物の配送を実現すると同社Webサイト 7 で記載されている。
■事例 ②:メンテナンスサービス
アメリカでは、電力・エネルギー業界での送電線や変電所の点検、建設やインフラ業界での建物や橋梁などの構造物点検、製造業での工場設備の点検や保守など、さまざまな場面でドローンが活用されている。Precision Hawk社(本社:アメリカ・ノースカロライナ)は人工知能を搭載したドローンを各事業会社に提供し、送電線や電柱の状態を詳細に把握できるよう支援している。またアメリカの特徴的な事例として、バイデン政権の目玉施策である「American Jobs Plan(米国雇用計画)」のインフラ投資法・雇用法に関連してドローンが用いられたことが挙げられる。同法では、国家としてのインフラ投資予算配分を試算するために、国内インフラの状況把握の際にドローンが活用された。このように、ドローンによるインフラ点検は実用性が高く、アメリカ国内でも多くの活用事例がある領域といえるだろう。
(2)規制
■ライセンス取得者に対するドローン飛行の規制緩和
アメリカではPart107という重量55ポンド(約25kg)未満の小型ドローンの商業利用に関する規則が定められている。同規則はドローンが目視範囲内で飛行することを基本としており、目視外飛行についてはPart 108という新しい規定を設けることが検討されている。Part 107規則要件の緩和を求める場合には、Waiver(事前に定められた規則を一部外れて飛行するための承認)やExemption(事前に定められている規則に当てはまらない特別な飛行承認)を申請する。同国では、ドローンの規則外飛行についても複数の承認基準が設定されていることから、ドローンをより柔軟に運用するための仕組みづくりが進んでいるといえるだろう。
(3)保険
■事例:補償内容の充実
アメリカでも日本と同様にドローン保険の補償内容の充実化が進んでいる。直近のトレンドとしては、ドローン機体や対人・対物賠償責任の補償に加え、ドローンを操作するコントローラーなどへの補償、ドローン操作中に発生した他人へのプライバシー侵害に対する補償を提供する保険会社が増えている。ドローン保険を取り扱うSkyWatch社(本社:アメリカ・カリフォルニア)は、ドローンの盗難や操作中のドローンの失踪なども補償範囲に含めている。補償内容が充実している理由として、ドローン活用が広がる中でリスクが明確になり、より実効性の高い補償が提供できるようになったことが考えられる。
これらの事例から、日本よりもアメリカの方がドローンに関する取り組みが進んでいることが分かる。
2. ドローンインフラであるUTMとは
アメリカでドローンの活用が進む理由として、法規制の検討とそれを踏まえたUTM開発への取り組みが挙げられる。続いて今後のドローン発展を支えるインフラであるUTMの基本機能および日本のUTMサービスについて紹介したい。
(1)UTMとは
UTMとはドローンの飛行を安全かつ効率的に管理するためのシステムである。ドローンの運行計画、飛行経路の管理、他の航空機やドローンとの衝突回避、飛行中の監視などの調整を行う。
UTMの機能はISO基準で国際標準として6つの機能が指定されている。その機能とは①「ドローンの飛行計画管理機能」、②「情報提供機能」、③「登録管理機能」、④「空域情報管理機能」、⑤「位置情報管理機能」、⑥「報告作成機能」である。各機能の詳細と関連するデータの流れは図表3の通りである。これら6つの機能によるドローン関連技術の標準化と進展において、日本企業が重要な役割を果たしていることに注目したい。
具体的には、日本電気株式会社(NEC)が ①、②、株式会社NTTデータ社が ③、④、株式会社日立製作所が⑤、⑥に関する規格それぞれ分担して作成した(図表4)。各機能が標準化されたことで、ドローンを活用するシステムに求められる具体的なサービスや機能要件、システム全体のアーキテクチャの検討、ステークホルダー間の機能実装分担、システムの調達などの調整が容易になる。これによりUTMを活用したドローンの普及と発展がさらに加速する見通しだ。ユーザーはUTMを活用することで法規制を遵守し、安心安全にドローンを活用することができる。
(2)日本のUTMサービススキーム
日本では通信系事業者やドローン事業者を中心に、各社がUTMサービス(以下、Private UTM)の開発に取り組んでいる(図表5)。各社のUTMサービスは、国土交通省が管理するドローン機体の登録、飛行計画の登録、事故の通報などの情報を管理するDIPS2.0データ基盤(以下、Public UTM)にAPI 8 で結合されている。そのため異なるPrivate UTM利用しているユーザーでも同じ航空地図が使用され、各Private UTMに接続されたドローンが同じ時間に同じ場所を通らないように調整されている。
現在、各社が複数のサービス展開をしている事例は少ないが、今後はPrivate UTMサービスの種類が充実し、ユーザーがそれぞれの用途に応じて最適な機能(例:農業用ドローンの農薬をUTMから購入できるEC機能、物流ドローン貨物保険提供機能など)を持ったPrivate UTMサービスを選択できるようになるだろう。
前編まとめ
本編では、ドローンの市場規模、日本とアメリカのドローンの動向およびドローンインフラであるUTMの基本機能について紹介した。
後編では、UTMについて自動車のインフラと比較しながら確認し、ドローン発展社会における保険会社の目指すべき姿について考察する。