概要
当社では2021年より山形県酒田市で「酒田リビングラボ」*1 の立ち上げ・運営の支援を行っている。地域課題起点の企画においては、リビングラボや地方創生、地域DXなど、さまざまな試みが行われているが、「酒田リビングラボ」では、新規サービス立案のためのサービスデザインの方法論とコ・デザインの方法論を組み合わせることで、住民課題の探索から住民参加でのサービス開発まで一貫して繋げる方法論を開発した。
リビングラボのアプローチの前提となる背景と、実践を通じて考案した方法論について紹介した第一回に続き、第二回では、第一回で説明した方法論が具体的にどのように使われたかについて、事例を通じて紹介する。また、リビングラボを展開していく上での課題について論じる。
「酒田リビングラボ」について
「酒田リビングラボ」は、酒田市デジタル変革戦略 *2 の一環として、住民参画型でデジタルを通じて地域の課題解決を行う枠組みである。酒田市、地域のコーディネーター、地域産業振興機関、地元企業、当社からの構成メンバーで(時期によって入れ替わりはありつつも)、コアメンバーを組成して運営にあたっている。2021年にパイロット版のワークショップ(WS)を実施、2022年のプロジェクトでは「若者がより活躍しやすくなる酒田」をテーマに活動を行い、住民とのコ・デザインを通じた問題理解セッション、問いの設定、住民と地域事業者参加のアイデア創出ワークショップを経て、2023年はプロトタイプ検証ワークショップなど、地域事業者をパートナーにしたサービス開発フェーズに進んでいる。公開ワークショップは5回開催し、コロナ禍の開催となったものの延べ52名の参加があった。
「酒田リビングラボ」立ち上げ・運営の実例
本項では、第一回で説明したアプローチが、実際にどのように使われ、どのような効果が得られたかを、酒田リビングラボでの実施事例を通じて紹介する。
本項で扱うリビングラボのアプローチは、第一回にて詳説したが、「① 新規サービス立案のためのサービスデザイン、デザインイノベーションのプロセスと方法論」「② コ・デザイン、参加型デザイン、ソーシャルデザインの方法論」「③ エフェクチュエーションを通じた地域資源の特定と、ネットワークづくりの3分野の方法論」を組み合わせたものである。
実施の流れとしては、企画・トライアル段階と本展開段階に分けられる。企画・トライアル段階では、企画構想と実際に行えるかどうかのテストとしてのトライアルを行った。本展開段階では、体制づくりから課題探索、機会定義、コンセプト立案、プロトタイピング、事業化の流れを実施した。また課題理解や評価の機会として住民参加型のワークショップを実施した。(図1)
以下、各フェーズでの詳細を記述する。
企画・トライアル段階
構想と地域のプレイヤーの探索
構想に先立ちリビングラボの先行事例から、立ち上げと運営にあたって障壁になる点のリサーチを行った。また、事例と酒田市の戦略からリビングラボの目的と位置づけの整理も行った。この時点で、ある程度の構想は作りつつも、地域で利用できる資源に合わせ、いくつかのタイプの構想の選択肢を検討した。また、酒田市と地域産業振興機関の協力を得ながら、地域活動への意欲がある地域団体や地域企業など、地域のプレイヤーを特定し、トライアルワークショップへの参加を打診した。また、地域課題と地域資源を理解するために現地フィールドワークも実施し、現在の地域における賑わいの状況や人びとの生活状況、地域課題解決にあたっての拠点の視察などを行った。
トライアルと事業化の試み
トライアルワークショップとして、住民参加の公開ワークショップを実施した。短時間で行えるアイデア出しとして、地域課題出しとアイデア出し、アイデア出しの補助としてテクノロジーカードを活用するセッションを計画した。ワークショップの流れとしては、冒頭で企業ゲストがシェアリングエコノミーやスマートミラーを試作品体験型で紹介し、それに続いて2つの住民参加型のセッションを実施した。一つは地域課題の洗い出しで、住民参加者が認識している地域課題を付箋に記述し、模造紙に一覧にした。もう一つは解決アイデア出しで、冒頭のトークで出てきた最新テクノロジーをカードの形で用意し、そのカードと地域課題を掛け合わせて住民がアイデア発想をしたところ、14のアイデアが創出された。
また、参加者からはアイデア創出以外にも、こうした場の設定自体に価値があるという感想が得られた。その他にも、人が集い発想を繋げることで可能性が広がる、自分たちのアイデアを実現する手段としてデジタルは活用できるなど、場を通じた問題解決への主体的な姿勢の醸成や新しいものを生活に活かしていくことへの前向きな姿勢がうかがえるコメントが得られた。
ワークショップ後、本ワークショップから組成されたアイデアをもとに、参加した事業者や酒田市、地域産業振興機関とともに、ビジネスモデルキャンバスやバリューネットワークなどを使いながら事業化の検討を実施した。本プロジェクト化には至らなかったが、トライアルを通じて、課題理解とアイデア出しを通じて地域課題が解決される流れの理解がコアメンバー間で浸透した。
トライアルの取り組みを通じて、人間中心デザインのアプローチを活用した「コ・デザインの要素」、課題に対してのアイデア出しなどの「デザインイノベーションの要素」、地域資源のありようから事業を組成していく「エフェクチュエーションの要素」を組み合わせるという仮説に対して効果的であるという感触が得られた。
本展開段階
コアメンバーの組成とセカンダリーリサーチ
リビングラボの本格展開にあたり、酒田市で地域活動に関わる方に対し、地域の住民の声を反映する役割としてのコアメンバー参画を打診した。キックオフでは、地域に関する問題意識の共有と枠組みを共有した。おのおのが抱える地域活動での課題感をもとに、取り組むテーマについてコアメンバーで検討し、「若者が自己実現しやすくする」というテーマでプロジェクトを組成した。また、感覚が地域の抱える問題意識と一致するかを確かめるべく、すでに酒田市で実施済みの市民アンケート結果を分析し、若者の活躍については多くの市民が問題意識を持っていることを確認した。文献調査も実施し、地域における若者の課題としてはキャリア志向と地元にある職の傾向が一致しづらいこと、また上の世代との価値観ギャップが大きい点などが理解できた。
コ・デザインワークショップ
文献調査を通じて理解した課題を深堀りし、より理解を深めるために、質的調査として当事者参加型のワークショップを企画・実施した。“まち”が置かれている状況を見据えながら、若者自身が働きやすい、活躍しやすいと感じ、未来に希望が持てるまちとは何かを明らかにすることを目的とした。
ワークショップは2回にわたって実施した。ワークショップでは、地域での生活上の課題にはじまり、地域コミュニティとの距離感や自分たちが活躍していく上での地域の人々の反応、さらには自分が目指す生活像や自身の価値観などについて対話が行われた。対話を促進するために、コ・デザイン技法のひとつであるイメージカード(写真2)を用いた。日々の暮らしの中で、おのおのが感じている「もやもや」や閉塞感に近い表現を画像から選んでもらい、画像を使いながら話してもらうことで、なかなか口頭で表現しづらいこと、ニュアンスのある文脈や感情といった表面的でないことまで表現してもらうことができた。また当日グラフィックレコーディングを用いて実施中のまとめもおこなった。
KJ法によるインサイト分析
ワークショップ結果の分析は、KJ法で実施した。実施した結果、地域で若者が活躍する上での課題としては下記5点が抽出できた。
- 自分に共感して、活動を助けてくれるような、同世代とつながれない
- 従来の地域活動の枠組みは若者には参加しづらい
- 若者は新しいチャレンジをしたいと思っているが、上の世代(地域や職場)が自分たちに理解を示してくれない
- 生活上遭遇する悩みに対して、他者との交流などを通じて相談できない
- 自分や家族のライフスタイルと、土地の特性が合わない
分析結果はグラフィックも用い、当事者に分かりやすい形へデザインし、フィードバックを経て最終化した。
インサイトのうち1~4は、同じような想いを抱える他者と繋がりがないこと、それによって自分たちの課題を解決する活動をすることができない、という点に集約される。解決の方向性としては、人々をつなぎ、コミュニティを作るかという方向性が見えてきた。
この問題解決の方向性を具体化させるために、デザインイノベーションの方法論を用い、解決の焦点を絞るための問いを設定し、当事者およびIT事業者等シーズを持つ側の両方が参加するアイデア創出セッションを企画した。
事前準備として、デザインイノベーションの方法論を用い、インサイトからHMW(How Might We)クエスチョン形式の問いを設計した。
問いの設定とアイディエーションワークショップ
アイディエーションワークショップでは、特定した課題に対して、当事者および地域のIT事業者がアイデア出しを実施した。
リサーチ結果のインサイト共有を行った後、アイデア出しを実施した。アイデア出しではHMW形式の問いと、テクノロジーとの組み合わせでのアナロジー発想を促すテクノロジーカードのインプットなどを使うことで、従来の発想の枠組みを越えたアイデアが発想されるよう工夫を行った。
HMW形式の問いは下記の4点を提示した。
問い① どのようなしくみがあったら若者がもっとつながれるだろうか?
問い② どういう形のコミュニティだったら若者は参加できるだろうか?
問い③ どうやったら生活上の悩みに対して解決策や相談先を見つけることができるだろうか?
問い④ どうやったら上の世代に若者の価値観への理解を促進できるだろうか?
それぞれの問いに対して15~19個、合計68個のアイデアが創出された。
また、参加者からはリビングラボの趣旨への賛同が得られ、ネットワーキングの場、他の世代の考えていることを知る場としても有用だという声が得られた。
コ・デザインの観点からすると、これまでの課題抽出やアイデア創出、続いてのプロトタイプ評価などの活動参加を通じて、当事者としてリビングラボ活動への積極的な関与を継続する方がみられるなど、当事者参加型のアプローチは参加する人々の主体性を醸成する効果があるといえる。具体的には、ワークショップの機会に参加するほか、関心がありそうな他の人も誘って参加する、プロトタイプ検証の対象となる活動自体への協力などである。
ストーリーボードでのコンセプト立案
デザインイノベーションの方法論をベースにコンセプト立案と評価を実施した。ワークショップで創出されたアイデアをもとに、コンセプトを3案のコンセプトに集約した。コンセプト案それぞれについて概要や利用シーン、画面イメージなどにまとめた。コンセプト案は当事者に対する、アンケートやデプスインタビューを通じて評価をもらった。デプスインタビューに関しては、ペルソナ形成にも役立てるべく、コンセプトが必要とされる課題状況の深堀りや価値、どのようなシナリオで使われるかなどの深堀りを行った。
コンセプト評価結果をもとに、有望なコンセプトについては、ストーリーボードを使った利用シナリオの設計を行った。
地域事業者の参画とプロトタイプ評価セッション
立案されたコンセプトをベースに、さらにアイデアを組み合わせ、アイディエーションワークショップ参加者の一つである、趣旨に賛同した地域事業者の主導による事業化の試みがスタートした。酒田リビングラボでは、枠組みを継続して住民参加型でのプロトタイプ評価プロセスを支援した。
プロトタイプ評価プロセスでは、スマートフォンを用いて、デジタルサービスの試作品を想定ターゲットに触って評価してもらうワークショップを実施した。この中では、利用者にとって価値があるか、どのような利用者にとって価値が大きいかなどを検証した。プロトタイプ評価の結果を受けて実証を行うなどリリースに向けた取り組みが継続している。
ここまで、デザインイノベーション、コ・デザイン、エフェクチュエーションを通じて、構造的なアプローチをもってリビングラボの立ち上げ・運営を行う方法論を、実例とともに示した。以降では、本アプローチにおけるリビングラボの可能性と課題について論じたい。
デザインイノベーション型のリビングラボの可能性と課題
本アプローチの可能性
事例で紹介したように、デザインイノベーション型のリビングラボによって、地域課題を拾い上げ、先端技術と掛け合わせ、イノベーションとして具現化することの可能性を高めることができる。これは社会課題解決を加速していく必要がある日本社会にとって有用な方法論となりえるだろう。
他のアプローチと比較すると、従来のまちづくり手法と比べると、課題発見から人工物生成までの繋がりを一気通貫でできることが利点である。また、デザインは未来志向であるため、現状ベースではなくトランジションを踏まえ、非線形での新たな生活様式や地域エコシステムの在り方を構想するという射程を持つことも強みである。テクノロジー起点型のアプローチと比べると、地域の人々のニーズを反映するもの、人びとの暮らしにフィットするものを作りやすいという点が利点となる。
本アプローチの課題
本アプローチの課題としては、実施していくためのケイパビリティの構築が必要なことが挙げられるだろう。質的調査、コミュニケーションデザイン、コンセプトデザイン、ファシリテーションなど専門的知見が要求される。
また、ソーシャルイノベーション一般に共通される問題だが、出口戦略には課題がある。地域事業者によって事業化される出口のみに頼ると、事業者の意欲という偶然性に左右される。また、もともと目指していた住民視点での課題解決から、ビジネス上維持可能な範囲での課題解決へとフォーカスが変化する可能性がある。課題を実現する主体を増やすために、スタートアップエコシステムの形成などを並行して行う必要があるだろう。
おわりに
これまで2回にわたり、デザインイノベーション型のリビングラボについて紹介した。本アプローチはデザイン手法を用いることで、未来視点を持ち、住民課題の探索から住民参加でのサービス開発まで一貫して繋げることができる点が強みである。今後もデザイン視点にて地域課題へ取り組む場合の方法論の構造化や普及を進めたいと考える。