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経営研レポート

リビングラボを通じた市民参加型の地域デジタルトランスフォーメーション(1):リビングラボの方法論

新規事業開発・実行支援
2024.02.26
ビジネストランスフォーメーションユニット
マネージャー 伊藤 藍子
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概要

当社では2021年より山形県酒田市で「酒田リビングラボ」*1 の立ち上げ・運営の支援を行っている。地域課題起点の企画においては、リビングラボや地方創生、地域DXなど、さまざまな試みが行われているが、「酒田リビングラボ」では、新規サービス立案のためのサービスデザインの方法論とコ・デザインの方法論を組み合わせることで、住民課題の探索から住民参加でのサービス開発まで一貫して繋げる方法論を開発した。

本レポートでは、リビングラボを通じた市民参加型の地域デジタルトランスフォーメーションをテーマとして、第一回では、リビングラボのアプローチの前提となる背景と実践を通じて考案した方法論について紹介したい。続く第二回では「酒田リビングラボ」での実践事例とリビングラボを展開していく上での課題について論じる。

リビングラボの背景

リビングラボは、ラボ環境ではなく実際の生活環境で利用者による検証を行っていく枠組みとして、1970年代に欧米で生まれた。現在は参加型民主主義やテクノロジーの社会に対する影響の大きさ、デザイン対象の拡大に伴い、社会課題に市民や地域のさまざまな主体が協働して取り組むための枠組みへと変化している。

リビングラボは、発祥元の欧米においても、使用する方法論や定義は実施母体において、さまざまなものが見受けられるが、本稿で指すものは、専門知を一般化したものである「デザイン思考」としてよく知られている、デザインイノベーションのアプローチをベースにしたものである。

以下では、日本においてリビングラボを構想する上での前提となる3つの影響の流れを説明する。

(a) 市民参加型民主主義の文脈

一つ目の影響は市民参加型民主主義の文脈である。選挙やパブリックコメントといった従来の形ではない、ボトムアップ型で新しい形での人々の参加を試みるムーブメントは、リビングラボの発想に理念的に影響を及ぼしているといえる。例えば「くじ引き民主主義」や、スペイン発の合意形成デジタルプラットフォーム「Decidim」*2、あるいは市民提案予算などの事例が見られる。また、公共サービス提供の文脈にはなるが、オズボーンの『パブリック・サービス・ロジック』では、公共サービスに「サービス・ドミナント・ロジック」の考えを適応し、サービス利用者である住民との共創によって公共ガバナンスを再編成するという考えも提唱されている*3。ポリティカルコンシューマー、エシカル消費、ハッシュタグアクティビズムなど、生活者の日頃の生活と政治的な社会活動が地続きになる流れもある。

これらの流れは大きな方向性として、モダニズムを越え、マスではなく個々人単位、個人の主体性がより重要になること、受け身な「消費」ではなく別の形で価値共創に関わることへの対応という側面があるだろう。

また、これらの自律分散的な社会の姿を支えるものとしてデジタルをはじめとした技術の社会への浸透がある。

(b) デジタルトランスフォーメーションの文脈

二つ目の影響としてはデジタルトランスフォーメーションがある。デジタルトランスフォーメーションは、デジタルを中心とした先端テクノロジーを通じて、ビジネスモデル、産業構造、社会構造をより知識経済に対応したものに変化させることである。これを地域に応用すると、地域においてデジタルの受容性を上げ、地域課題に対応したデジタルソリューションを開発することで、地域の問題解決ケイパビリティを上げていくという捉え方ができるだろう。つまり「デジタルで生活の中で身近な問題を解決することを普通にしていく」というということである。ここにはスマートシティの失敗がある。スマートシティではテクノロジードリブンの考え方がとられ、製品のテストには繋がったが、まちでの生活の質の向上には繋がらなかったという反省がある*4。地域やコミュニティの理解があってこそ、テクノロジーが社会に価値ある形で浸透するという前提がある。リビングラボは、住民参加型の手段を提供することで、地域のデジタルトランスフォーメーションを成功させる鍵となる可能性がある。

(c) まちづくりの文脈

地域がおかれた文脈やまちづくり特有のアプローチも、地域に設置されるタイプのリビングラボの形に影響を与えている。

地域の文脈としては、モダニズムで形成された地縁でのコミュニティや生活習慣は消滅しつつある中、人びとの孤立や困りごとの多様化による行政単独での問題解決の限界、伝統的な地縁での繋がりではない新しい人々の繋がり方の模索が求められている点がある。

まちづくり特有のアプローチとしては、アセット・ベースド・コミュニティ・デベロップメントのように地域の人的・文化的・経済資源を活かし、まちづくりの主体のネットワークを形成するという考え方がある。

また、別の観点としては、地域づくりの文脈として地域発のイノベーションの枠組みも存在する。経済産業省のリビングラボ導入ガイドブックによれば、地域固有の課題を発見し、オープンイノベーションにより新しいビジネスを生み出すものとしてリビングラボが位置づけられている*5

前段で述べた酒田市のデザインイノベーション型のリビングラボは、これらを考慮した上で、「社会課題に市民や地域のさまざまな主体が協働し、とりわけデジタルを活用したイノベーションを生み出すリビングラボ像」を想定し、構想を行った。

デザインイノベーション型のリビングラボのアプローチ

上記を受けたリビングラボ像の形成に向け、主に「① 新規サービス立案のためのサービスデザイン、デザインイノベーションのプロセスと方法論」「② コ・デザイン、参加型デザイン、ソーシャルデザインの方法論」「③ エフェクチュエーションを通じた地域資源の特定と、ネットワークづくりの3分野の方法論」を組み合わせる形でアプローチを考案する。

アプローチの考え方

本アプローチの基本的な考え方としては、サービスデザインやエフェクチュエーションといった、産業における新規サービス立案のための方法論と共創型であるコ・デザインといった手法を組み合わせるという発想に立っている。産業における手法を活用することで、不確実な状況で課題を探索し具体化する、実現のためのネットワークを築くという活動が効果的に実行できる。一方こうした手法は、市民参加的側面を考慮しないため、その部分はコ・デザインなどの共創型の考え方や手法をベースに拡張する。また、デザイン手法は個別のプロジェクト単位のプロセスについては得意とするが、プロジェクトレベルではなく土台のエコシステムづくりに拡張したときの考え方は汎用的なものがないため、エフェクチュエーションやビジョン形成の考え方を参照する。

① 新規サービス立案のためのサービスデザイン、デザインイノベーションのプロセスと方法論

サービスデザインやデザインイノベーションなどの方法論は、プロダクト開発で活用されているものであり、潜在ニーズも含めた生活者視点での課題探索、問題定義、アイデア創出、サービスコンセプトの具体化、プロトタイプを通じたユーザーやビジネスの検証までのプロセスと方法論を一括で備えているため、強力な推進力を持つ。地域の社会課題理解と解決策の立案においても同様のプロセスを応用することで、地域課題解決の試みにおいてしばしば発生する地域課題理解が表面的なものに留まる。あるいは、単なるアイデア出しのみで終わってしまい具体化に結びつかないという課題に対応することができる。上記への対応でいうと、前述した(b)のデジタルを使った地域のあらたな生活コンセプトを描くことや(c)の地域課題理解や地域発のオープンイノベーションといったテーマに対応する。

② コ・デザイン、参加型デザイン、ソーシャルデザインの方法論

①のタイプのデザインは人間中心の考え方で“人々のために”デザインを行うが、“人々とともに”作ることを視野においているタイプのデザイン方法論ではない。一方、コ・デザイン、参加型デザイン、ソーシャルデザインの方法論は共創型の考え方や方法論を備えており、(a)での実践も多い。こうした方法論では、イメージコラージュやLEGO、書き込むことができる地図など、人びとが自分で表現を行うことを助ける道具を用意することで、人びとが潜在ニーズを自ら表現することを助けたり*6、DIY的に住民自身がサービスづくりに関与できるプラットフォームを用意して住民がサービス提供に貢献する立ち位置になることを支援する*7など、心理的・物理的関与を増やすことによって住民側の当事者意識をサポートする。インタビューやテストに受け身で関与するのではなく、住民自身がモチベーションをもとに推進を助ける立ち位置になることで、課題解決における住民の立ち位置を転換するよう働きかけるものである。

写真:「酒田リビングラボ」におけるイメージをツールとして活用した共創セッション(酒田市HPより)

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③ エフェクチュエーションを通じた地域資源の特定と、ネットワークづくり

エフェクチュエーションは、起業家のマインドセットを研究したものであり、机上で事前に定められた戦略と手段を実行するという考えをとるのではなく、探索する中で自分が働きかけられるリソースや進んで関わってくれる人々とのパートナーシップをもとに、動的に目標や手段を再設定しながら、実現したいアイデアをさだめていくという機会創造型を取る*8 ものである。

このマインドセットは、問題解決の実施主体が試みを開始した時点で利用できる情報が限られている状況であり、(c)で述べたような地域リソースを活用していくというまちづくりの特性にも適している。リビングラボにおいても試みを通じて、生活者や行政機関、産業振興機関、企業、社団法人といった地域でのステークホルダーがリソースを提供し、それがコミットメントとなり、行動計画とエコシステムが形成される。生み出されていく成果についても最初から定められたものではなく、パートナーシップをもとに可能性がある方向に収斂されていく。また、大きなビジョンは描きつつも、パートナーシップごとの個別の目標を調整しやすくなる。

上記のアプローチのもと、具体的なプロジェクトのプログラム組成・体制として、実行レイヤーであるプロジェクトと、それを支えるエコシステムレイヤーを構想する。

プログラム組成:プロジェクトレイヤーとエコシステムレイヤー

リビングラボは中長期的な課題解決のためのエコシステム形成を目指すものであるため、個別のプロジェクトのレイヤーとは別に、生活者や企業などのステークホルダーのコミュニティからなるエコシステムレイヤーでの活動プログラムを想定することが望ましい。

個別プロジェクトレイヤーの活動

個別のプロジェクトレイヤーでは、具体的なテーマに関する解決案を立案していく課題解決プロジェクトを実施する。解決策ではデジタルや地域サービスを組み合わせることを前提とする。

プロセスの要素としては、予算化、体制構築、テーマの設定、住民との共創を通じた課題探索、解決アイデアの創出、プロトタイプの検証、ビジネス検証、都度の情報発信を含む。

エコシステムレイヤーの活動

個別プロジェクトのほかに、地域での継続的な関係性の構築や地域課題の全体理解を図る知識蓄積のためのエコシステムレイヤーを想定する。エコシステムレイヤーとしては住民側と企業や研究機関など、リソース提供側の二種類での活動を想定する。

① 生活者コミュニティ

個別プロジェクトにおけるデプスインタビューや検証のワークショップなどでの参加者のネットワーク。プロジェクトの参加のみでは活動頻度が低下してしまうため、コミュニティ形成を助けるためには、情報発信をサポートする役割を担うなど「緩い」関係性で繋がれる活動プログラムがあるほうが望ましい。

② 地域事業体のエコシステム

リビングラボをきっかけに地域のステークホルダーを繋げるための活動。リビングラボでの個別プロジェクトでのアイデア創出や、プロトタイプ制作、事業化する場合の事業主体としての関与を想定する。新規事業立案やそのノウハウ獲得を目指すIT企業、ヘルスケアなど、地域の特定ドメインでの新規サービス立案を検討している事業者や地域課題の研究を行う大学のゼミなどが考えられる。

図:リビングラボのプログラム構成

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以上、当社が「酒田リビングラボ」での実践を通じて形成してきた、デザインイノベーションの方法論を活用した地域課題解決のためのソリューションを形成するタイプのリビングラボの方法論について紹介した。

次回は、上記のアプローチが、実践のプロジェクトでどのように活用されたかを「酒田リビングラボ」の事例からご紹介し、リビングラボの展開における課題について論じたい。

第二回の記事はこちら

*1「酒田リビングラボ」紹介ページ(酒田市公式ウェブサイト)https://www.city.sakata.lg.jp/shisei/dx/dx_livinglab/index.html

*2 Decidimは市民参加のためのデジタルプラットフォームであり、世界30か国の都市で導入されている。https://decidim.org/

*3『パブリック・サービス・ロジック』,オズボーン,2023

*4「夢の「スマートシティ」構想はなぜ失敗し続けるのか?」,クラーク,2021,『MITテクノロジーレビューvol.5 City Issue』

*5 リビングラボ導入ガイドブック 経済産業省 令和元年度 中小企業実態調査事業(リビングラボにおける革新的な社会課題解決サービスの創出に係る調査)成果資料 https://www.meti.go.jp/policy/servicepolicy/living_lab_tebiki_a4.pdf

*6 ”Convivial Toolbox: Generative Research for the Front End of Design”, Sanders and Steppers, 2013

*7『日々の政治 ソーシャルイノベーションをもたらすデザイン文化』, マンズィーニ,2020

*8『エフェクチュアル・アントレプレナーシップ』,リード他, 2018

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