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Insight
経営研レポート

InsurTechエコシステムはどこへ向かうのか

~DIAから見るInsurTechの潮流(上)~
2019.08.01
金融経済事業本部
金融政策コンサルティングユニット
シニアコンサルタント 鈴木 聡史
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“Ecosystem Beyond Insurance”をテーマに過去最大規模に成長したDIA

第6回となるDIA(Digital Insurance Agenda)は、過去最大の開催規模で盛況をおさめた。DIAは6月25日~27日の3日間にわたりオランダ・アムステルダムで開催され、主催者発表によると世界56カ国からおよそ1,300人以上が参加し、50以上のスタートアップが自社のソリューションについてのプレゼンテーションを実施した。NTTデータ経営研究所は、前回のミュンヘンに引き続き今回も参加した。

今回のテーマは、「Ecosystem Beyond Insurance」。「Ecosystem」について、その大切さが随所で言及されるなど、単体ではなく連携スキームの中であるべき次代の対応方針が語られていたのが特徴だ。マッキンゼーのJörg Mußhoff氏は基調講演の中で、「保険バリューチェーンは、それぞれの領域において専門的なソリューションを有するデジタルプレイヤーにより今後細分化(disaggregation)される可能性がある」とし、そのような状況の中でデジタル技術に強みを持つ新興の保険会社のみならず、伝統的な保険会社も含め、いかに「Ecosystem」を形成し、デジタルプレイヤーと協業していくかが競争力維持のために大切であるとした。

これに加え、今回のDIAでは「Ecosystem」を形成した先に目指すべきものは何かについて語られ始めたというところに大きな特徴がある。その多くが、保険会社はもっとカバレッジを広げていけるという主張であった。3日間のDIAの締めくくりの講演を担った損保ジャパンの楢崎浩一氏も、”Theme park for security, health, and wellbeing of customer”という言葉を使い、保険会社は今までのように偶発的事故に備えた保険を売るだけではなく、様々な企業と協力し、もっとプロアクティブに顧客の幸福を総合的に支える企業になるべき、と主張していたのが印象的であった。

InsurTechで存在感を増しつつあるアジア

今回、初めて2人の日本人が基調講演を行った。ライフネット生命の社長を務め、その後香港に拠点を置くAIAグループ(友邦保險)のGroup Chief Digital Officer、岩瀬大輔氏と三菱商事やシリコンバレーを経て損保ジャパンのグループ最高デジタル責任者(CDO)となった楢崎浩一氏である。初期のDIAには、日本人はもとより、アジアからの参加者はほとんどおらず、保険のイノベーションの舞台は当面欧米がメインとなるのではないかと考えてられていた頃からすると隔世の感を禁じ得ない。

岩瀬氏は、大企業においてイノベーションが停滞しがちな理由として、それぞれの地域に根差したローカルな組織との連携不足、テクノロジー組織との連携不足、旧態依然のビジネスマインド等をあげた。それを打破するためには、前述の組織間の連携強化に加え、クロスファンクションかつアジャイルなマインドセットを持つことが求められるとした。

楢崎氏は、「theme park for security, health, and wellbeing of customer」という目標を語るとともに、世界の3拠点(東京、シリコンバレー、テルアビブ)で取組んでいるプロジェクトを紹介した。その中には「自動運転の電動車いす」など従来の保険会社の枠にとどまらない事例もあった。

両氏とも、保険会社のリソース単体で今後のビジネス戦略を立てるのではなく、保険会社以外のプレイヤーを含む新たな「Ecosystem」の中でデジタル化を図る必要があることを強調している。また、その際は従来の保険サービスからは一見連想できないような周辺サービスも含め、まさに「Ecosystem Beyond Insurance」の観点から、保険会社として今後の戦略を練っていく必要があるとしているのが印象的である。

次回DIAは、本年12月に香港で開催されることが発表された。欧州のみで開催されてきたDIAが初めてアジアで開催されることとなる。前回DIA ミュンヘンでの中国の衆案保険COOの基調講演や、今回の日本人の基調講演等をみても、アジアへの注目が徐々に高まっていると感じていたが、DIA香港の開催はInsurTechにおいてアジアの存在感が高まってきたことを一層印象づけることになるだろう。

コラム

印象的・直観的なプレゼンテーションが奏功?!

DIAが世界中のInsurTechや保険会社に訴求できた要因として、その「わかりやすさ」があるのではないかと思われる。DIAにおけるInsurTech企業によるピッチはPowerPointを極力使用しない、というルールがある。日本でよく見られる、自社のサービスをPowerPointに文字と図できれいにロジカルに整理したものはあまり見かけない。しかし、これにはDIAがInsurTechのエコシステムを構築するためのマッチングの場であることを常に強調してきた点に大きく起因しているといえよう。

InsurTech企業達は、それぞれに与えられた約8分の持ち時間のなかで、PowerPointの描写ツールは殆ど使用せず、口頭ベースで自社の理念やソリューションの特性など、聴衆に最も伝えたいことを強調し、続いて実際の自社のサービス画面を投影するケースが多い。こうした現場向けのリアリティある演出により、他のスタートアップや保険会社からの参加者が自分たちのニーズを再認識し、プレゼンテーターに共感し、協業可能性を真剣に意識するためエコシステム拡大に一役買っている可能性がある。

“Beyond Insurance”を実現するダイアモンドアワード受賞企業の顔ぶれ

DIAにおいては、毎回参加者の投票によってダイアモンドアワードという優秀賞が選ばれる。DIAにおけるInsurTechの潮流を理解するにあたっての一助となるよう、以下に第6回の受賞企業を紹介する。

Cytora (イギリス)

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同社は2014年にケンブリッジ大学からのスピンアウトとして創業され、以後独自のリスク分析エンジンを開発するなどしてきた。現在では大手損害保険会社等が同社のソリューションを採用している。同社は機械学習とAIエンジンを用いてAPI等を経由して得る外部データのリスクを分析することを得意としている。取得するデータは、固定資産に関連するものや、過去の災害情報に関するものが含まれ、これらの情報は保険会社が有する顧客リスクポートフォリオを補正するのに役立つという。代表的なものとして引受業務向け基盤をソリューションとして提供しており、引受時のリスクの資料からの分析や、顧客リスクに対し採るべき低減策の優先順位付けなどを行い、保険会社の引き受け業務の効率化を支援している。

Vayyar (イスラエル)

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2011年にイスラエルで起業したVayyarはRF(Radio Frequency)技術を用いて、安価に人の細胞を調べることにより乳がん等の悪性腫瘍を検出することを主なビジョンとして研究開発を始めたスタートアップである。現在は、その技術を利用して屋内や自動車内にいる人の状況を監視し、何か異変があった場合にアラートを出すことができるサービスを開発している。

今回DIAで紹介されたのは、Walabotというシステムである。このシステムは、カメラやウェアラブルを使用せずに、高齢者や要介護者の1日の活動パターンを追跡することができるというものである。例えば、シャワールーム、寝室、家の周りでの転倒事故の発生を検出するとともに、歩行距離、部屋の平均時間などを監視して異常行動や健康状態の悪化を検出・分析することができる。

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画像:デバイスからのレーダーで室内を探知するイメージ及びデバイス詳細(出典:Vayyar社資料)

MDGO (イスラエル)

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MDGOは「自動車とヘルスケアの間のギャップを埋める」を目標に、自動車事故発生時の乗員のけがの程度を瞬時に分析するシステムを研究開発している。MDGOは、車体、車内に配置したセンサー技術により、乗員の身体にかかる力を正確に予測することができるAIアルゴリズム、マシンラーニングモデルを開発した。この技術を用いて、事故発生とほぼ同時に医療機関に乗員のけがの詳しい情報が届けば、医療機関は従来よりもかなり早く救急救命の準備をすることができ、乗員の生存率も向上することが期待できる。将来的には事前にドライバーの危険を検知し事故を未然に防ぐサービスも研究しているとのことである。

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画像:MDGOは自動車から抽出したデータをクラウドを通じて医療機関と連携する(出典:MDGO社資料)

mitipi (スイス)

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スイス発のmitipi社は、「強盗」という単語を世の中から抹消することを理念に、保険との組み合わせを前提としたスマートホームテクノロジーの研究開発をしている。同社のデバイス「Kevin(ケビン)」は、光や影の効果、そして音声を発することによって住人の不在時でもまるで誰かが家にいるかのような効果を演出することができる。Kevinはオンライン、オフラインいずれの環境でも使うことができ、留守の家が心配な住人は外出前にスイッチを押せばあとはKevinに留守番を任せることができる。

mitipiはスイスの保険会社smile.direct(ヘルヴェティア(Helvetia)保険系列)と提携しており、Kevinユーザーはsmile.directから保険サービスの提供をうけることができる。DIAにおいて、同社は、スマートホームと保険の組み合わせにより、リスクの予防、検出を容易にし、未来の保険への良い示唆となるデバイスであるとして評価された。

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画像:一見スピーカーのようだが、このデバイス「Kevin」が留守の間、家を守ってくれる(出典:mitipi社資料)

LEAKBOT (イギリス)

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同社は、イギリスに拠点を置く損害保険会社向けのスマートホームデバイスを提供するスタートアップだ。デバイスを建物内の主要な水道管に設置することで、水道管の温度変化を常に監視する。一般に、漏水時に見られる現象として、水道使用量が少ない時間帯は水道管の温度が高くなるなどの特性があるとされる。そして、もし漏水が発生すれば、複数の地点間の水道管の温度差に異常な差異が見られるという。そこで、同社のThermi-Q(特許取得済)のソリューションを用いれば、デバイスで複数地点間を計測し漏水の可能性についてアラートを発することができる。同社はアラートを受け取るためのユーザー向けアプリの提供もしており、ユーザーは水道管の状態についてスマートフォンを用いて常時確認することが可能である。アラートの精度は98%に達するという。

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画像:Leakbotの漏水検知デバイス(出典:Leakbot社資料)

LA PARISIENNE (フランス)

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フランスに本社を置くLA PARISIENNE ASSURANCES社は、1829年に馬車向けの保険を提供する有限保険会社として創業され、その後損害保険分野を中心に成長を遂げた。今日では損害保険分野を中心にIPaaS(Insurance Product as a Service)の形で同社が開発した保険商品がAPIで接続して活用されることを前提にサードパーティ向けに提供している。また、API開放やブロックチェーンの活用を積極的に進めており、デジタル化された保険サービスを提供するフランスの先進的保険会社の位置づけとなっている。

同社は、デジタル化された管理コストの低い保険を扱うことが多く、提供される保険も料率の安い少額保険が多いという特徴がある。今般DIAで紹介された同社のサービスは、昨今欧米で流行している電動キックボード向けの保険である。電動キックボードは、そのコンパクトさもありこの数年で大きく普及した反面、交通事故や路上への放置が多発したため、安全な管理に向けた法整備が各国で進められている。また、シェアサイクル同様に電動キックボードのシェアリング(レンタル)サービスも盛んである。

LA PARISIENNE社は、フランスのネットワーク会社Sigfoxと提携し、高速ネットワーク回線やIoT技術を組み合わせ電動キックボードのユーザーがそれぞれの利用時間、走行状況に応じて柔軟に損害保険をかけることができるオンデマンドサービスを提供している。今年から一部の国で5G回線を利活用した通信サービスが提供されるようになったが、まさに保険会社が通信会社やIoT事業者と連携して、加入者の状況を逐一捉えて個人ごとにカスタマイズされた保険サービスをする先進的な事例であるということができよう。

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画像:欧米で流行している電動キックボード

Breathomix (オランダ)

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オランダに本社を置く、Breathomixは、呼気で患者の健康状態を診断できるソリューションを提供している。同社は「最先端のデータドリブン医療」をコンセプトに、医療コストの削減や患者の負担軽減への貢献を目指したソリューション開発を行っている。呼気は、代謝物質とそれらの断片(揮発性有機化合物:VOC)の複合混合物で構成され、これらは完全に非侵襲的に評価できるとされる。これらの物質は、気道、肺、血液に由来するものがあり、同社は医療分野の専門家とともに、分子レベルで呼気中の成分から病理判定できるソリューションを提供している。同社のデバイスを使用すれば、患者はデバイスに向けて息をするだけで、自身の健康状態の診断をうけることが可能となる。

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画像:Breathomix社の呼気診断デバイス(出典:Breathomix社資料)

ダイアモンドアワード受賞企業から見る“Ecosystem Beyond Insurance”

ダイアモンドアワードを受賞した企業を見てみると、保険会社が今まで連携をしてこなかったような保険の周辺領域の企業が多く並んでいることがわかる。CytoraやLA PARISIENNE ASSURANCESは、伝統的な保険サービスとの関連付けをしやすいが、人の行動を遠隔で監視できるVayyar、自動車事故のけがの程度を瞬時に分析するMDGO、強盗を減らすデバイスを開発するmitipi、水漏れを監視するLeakbot、呼気で健康診断ができるBrethomixは保険会社等とのコラボレーションの方法やビジネスモデルの構築から考える必要がある企業である。というのも、いずれのサービスも保険会社向けというよりも、一義的には顧客が自らのリスクを管理するために使用することが想定されているからである。

これらのサービスは、伝統的な保険サービスからの視座だと保険とかけ離れたサービスに思えるが、実は顧客にとっては大きなアドバンテージとなりうるものである。顧客のニーズは、いざというときに支払われるかもしれない保険金よりも、適切なリスク管理を常態的に行うことにより、日々の生活の危険を低減したり快適さを増進したりすることであるからだ。

他の業界を見てみると、例えば銀行業界は、銀行業務のデジタライゼーションが世界的に浸透する中で、改めてクライアントファーストとは何かを考え始めている。エコシステムが拡大を続け、「Ecosystem Beyond Insurance」のコンセプトが提唱されるようになった現在、保険会社も、クライアントファーストを念頭にサービス設計をすることが求められている。サービス設計にあたっては、そのリソースを保険と密接に関連した領域のみに求めるだけでなく、その周辺領域も含め、顧客のリスク管理、顧客の幸福、ひいては社会の全体最適を考えていく必要があるのではないだろうか。

そうすることで、その領域で創出される新たなテクノロジーやサービスコンセプトが、保険に活かされるという良いサイクルが生まれてくる可能性がある。

(上)では、やや抽象的な形で、議論を展開したが、(下)では、ダイアモンドアワードの傾向だけではなく、保険会社がクライアントファーストのサービスを実現するうえでどのようなデジタライゼーションの取組みが必要かといった観点からDIA全体を通した傾向をさらに深堀し、InsurTechのトレンドの詳細についてさらに具体的な考察をしたい。

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