InsurTechエコシステムはどこへ向かうのか
~DIAから見るInsurTechの潮流(上)~
金融経済事業本部
金融政策コンサルティングユニット
シニアコンサルタント 鈴木 聡史
”Ecosystem Beyond Insurance”をテーマに過去最大規模に成長したDIA
第6回となるDIA(Digital Insurance Agenda)は、過去最大の開催規模で盛況をおさめた。DIAは6月25日~27日の3日間にわたりオランダ・アムステルダムで開催され、主催者発表によると世界56カ国からおよそ1,300人以上が参加し、50以上のスタートアップが自社のソリューションについてのプレゼンテーションを実施した。NTTデータ経営研究所は、前回のミュンヘンに引き続き今回も参加した。
今回のテーマは、「Ecosystem Beyond Insurance」。「Ecosystem」について、その大切さが随所で言及されるなど、単体ではなく連携スキームの中であるべき次代の対応方針が語られていたのが特徴だ。マッキンゼーのJörg Mußhoff氏は基調講演の中で、「保険バリューチェーンは、それぞれの領域において専門的なソリューションを有するデジタルプレイヤーにより今後細分化(disaggregation)される可能性がある」とし、そのような状況の中でデジタル技術に強みを持つ新興の保険会社のみならず、伝統的な保険会社も含め、いかに「Ecosystem」を形成し、デジタルプレイヤーと協業していくかが競争力維持のために大切であるとした。
これに加え、今回のDIAでは「Ecosystem」を形成した先に目指すべきものは何かについて語られ始めたというところに大きな特徴がある。その多くが、保険会社はもっとカバレッジを広げていけるという主張であった。3日間のDIAの締めくくりの講演を担った損保ジャパンの楢崎浩一氏も、”Theme park for security, health, and wellbeing of customer”という言葉を使い、保険会社は今までのように偶発的事故に備えた保険を売るだけではなく、様々な企業と協力し、もっとプロアクティブに顧客の幸福を総合的に支える企業になるべき、と主張していたのが印象的であった。
InsurTechで存在感を増しつつあるアジア
今回、初めて2人の日本人が基調講演を行った。ライフネット生命の社長を務め、その後香港に拠点を置くAIAグループ(友邦保險)のGroup Chief Digital Officer、岩瀬大輔氏と三菱商事やシリコンバレーを経て損保ジャパンのグループ最高デジタル責任者(CDO)となった楢崎浩一氏である。初期のDIAには、日本人はもとより、アジアからの参加者はほとんどおらず、保険のイノベーションの舞台は当面欧米がメインとなるのではないかと考えてられていた頃からすると隔世の感を禁じ得ない。
岩瀬氏は、大企業においてイノベーションが停滞しがちな理由として、それぞれの地域に根差したローカルな組織との連携不足、テクノロジー組織との連携不足、旧態依然のビジネスマインド等をあげた。それを打破するためには、前述の組織間の連携強化に加え、クロスファンクションかつアジャイルなマインドセットを持つことが求められるとした。
楢崎氏は、「theme park for security, health, and wellbeing of customer」という目標を語るとともに、世界の3拠点(東京、シリコンバレー、テルアビブ)で取組んでいるプロジェクトを紹介した。その中には「自動運転の電動車いす」など従来の保険会社の枠にとどまらない事例もあった。
両氏とも、保険会社のリソース単体で今後のビジネス戦略を立てるのではなく、保険会社以外のプレイヤーを含む新たな「Ecosystem」の中でデジタル化を図る必要があることを強調している。また、その際は従来の保険サービスからは一見連想できないような周辺サービスも含め、まさに「Ecosystem Beyond Insurance」の観点から、保険会社として今後の戦略を練っていく必要があるとしているのが印象的である。
次回DIAは、本年12月に香港で開催されることが発表された。欧州のみで開催されてきたDIAが初めてアジアで開催されることとなる。前回DIA ミュンヘンでの中国の衆案保険COOの基調講演や、今回の日本人の基調講演等をみても、アジアへの注目が徐々に高まっていると感じていたが、DIA香港の開催はInsurTechにおいてアジアの存在感が高まってきたことを一層印象づけることになるだろう。
コラム
印象的・直観的なプレゼンテーションが奏功?!
DIAが世界中のInsurTechや保険会社に訴求できた要因として、その「わかりやすさ」があるのではないかと思われる。DIAにおけるInsurTech企業によるピッチはPowerPointを極力使用しない、というルールがある。日本でよく見られる、自社のサービスをPowerPointに文字と図できれいにロジカルに整理したものはあまり見かけない。しかし、これにはDIAがInsurTechのエコシステムを構築するためのマッチングの場であることを常に強調してきた点に大きく起因しているといえよう。
InsurTech企業達は、それぞれに与えられた約8分の持ち時間のなかで、PowerPointの描写ツールは殆ど使用せず、口頭ベースで自社の理念やソリューションの特性など、聴衆に最も伝えたいことを強調し、続いて実際の自社のサービス画面を投影するケースが多い。こうした現場向けのリアリティある演出により、他のスタートアップや保険会社からの参加者が自分たちのニーズを再認識し、プレゼンテーターに共感し、協業可能性を真剣に意識するためエコシステム拡大に一役買っている可能性がある。
ダイアモンドアワード受賞企業から見る”Ecosystem Beyond Insurance”
ダイアモンドアワードを受賞した企業を見てみると、保険会社が今まで連携をしてこなかったような保険の周辺領域の企業が多く並んでいることがわかる。CytoraやLA PARISIENNE ASSURANCESは、伝統的な保険サービスとの関連付けをしやすいが、人の行動を遠隔で監視できるVayyar、自動車事故のけがの程度を瞬時に分析するMDGO、強盗を減らすデバイスを開発するmitipi、水漏れを監視するLeakbot、呼気で健康診断ができるBrethomixは保険会社等とのコラボレーションの方法やビジネスモデルの構築から考える必要がある企業である。というのも、いずれのサービスも保険会社向けというよりも、一義的には顧客が自らのリスクを管理するために使用することが想定されているからである。これらのサービスは、伝統的な保険サービスからの視座だと保険とかけ離れたサービスに思えるが、実は顧客にとっては大きなアドバンテージとなりうるものである。顧客のニーズは、いざというときに支払われるかもしれない保険金よりも、適切なリスク管理を常態的に行うことにより、日々の生活の危険を低減したり快適さを増進したりすることであるからだ。他の業界を見てみると、例えば銀行業界は、銀行業務のデジタライゼーションが世界的に浸透する中で、改めてクライアントファーストとは何かを考え始めている。エコシステムが拡大を続け、「Ecosystem Beyond Insurance」のコンセプトが提唱されるようになった現在、保険会社も、クライアントファーストを念頭にサービス設計をすることが求められている。サービス設計にあたっては、そのリソースを保険と密接に関連した領域のみに求めるだけでなく、その周辺領域も含め、顧客のリスク管理、顧客の幸福、ひいては社会の全体最適を考えていく必要があるのではないだろうか。そうすることで、その領域で創出される新たなテクノロジーやサービスコンセプトが、保険に活かされるという良いサイクルが生まれてくる可能性がある。
(上)では、やや抽象的な形で、議論を展開したが、(下)では、ダイアモンドアワードの傾向だけではなく、保険会社がクライアントファーストのサービスを実現するうえでどのようなデジタライゼーションの取組みが必要かといった観点からDIA全体を通した傾向をさらに深堀し、InsurTechのトレンドの詳細についてさらに具体的な考察をしたい。