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山口社長とスニール・グプタ教授の対談【第 2 部】

2024.04.12
(語り手)米国ハーバード・ビジネススクール経営学教授 スニール・グプタ
(聞き手)NTTデータ経営研究所 代表取締役社長 山口 重樹
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この記事は、当社代表取締役社長 山口重樹と米国ハーバード ビジネススクール経営学教授 スニール・グプタ教授との『Driving Digital Strategy(デジタル戦略の推進)』について対談を行ったインタビューの第2部となります。

第1部の記事はこちらからご覧いただけます。

『 After Stories : Evaluation of the cases in DDS 』

山口

スニールさんが本書の中で触れたいくつかの事例の後日談について、議論を進めたいと思います。

はじめにGEですが、スニールさん、御著書出版後のGEのデジタル変革の流れをどのように評価されますか?GE(General Electronic社)の成功した点、直面した課題は何でしょうか?

グプタ

今では誰もが、GEのデジタル変革は成功しなかったとわかっています。CEOだったジェフ・イメルトは、今は辞任しています。

問題は、その理由です。戦略が間違っていたのか、それとも実施方法が間違っていたのか?ジェフ・イメルトの構想は、GEの事業をデジタル化しプラットフォームを構築するというもので、ほとんど誰もが正しかったと考えています。実際に、多くの企業が同じようなことを推進しています。

ジェフ・イメルトの持論は、価値は製品にあるのではなく、データにあるというものでした。GEが製造するエンジンやタービンといった製品ではなく、それらの製品から得られるデータが価値を生むというものです。私たちは、どのようにデータを取得し、どのようにデータを活用して製品の性能を向上させるか、製品志向ではなくもっとずっとソリューション志向で取り組む必要があります。それが正しい取り組み方です。

実施にあたってGEが間違ったのは、カリフォルニアという全く違った土地に、数千人を抱える非常に大掛かりなデジタル組織を作ろうとしたことです。GEはそのプレディクス・プラットフォームのために大々的な宣伝を行いましたが、実際の製品やソフトウェアやプラットフォームは、まだ準備ができていませんでした。多くの不具合があったのです。それどころかGE社内の各部署も、このソフトの使用を拒否しました。なぜならまだ完成していなかったからです。GE内部の人間が使いたがらないものを、どうして顧客が利用できるでしょうか?

私は、彼らのビジョンが壮大かつ非常に野心的だったと思います。しかも同社はそれに非常に力を入れ、別組織の設立に多額の予算をつぎ込んだので、まるで歩き方の前に走り方を覚えようとするみたいでした。GEがすべきだったのは、まずは小さなチームで基本的なソフトウエアシステムを試し、時間をかけて開発し、それを再び社内で試してから、社内の人間が気に入るか確かめるべきでした。自分が顧客ナンバーゼロであり、他の顧客に試してもらう前に自分がそのソフトウェアを信頼できなくてはいけないのです。

私は実施方法が間違っていたと思いますし、そもそもGEはソフトウェア企業ではなかった。同社は利益を上げ、非常に野心的なソフトウエアプログラムを目指しました。それが間違いでしたが、ビジョンと方向性は間違っていなかったのです。

山口

なるほど。組織文化は非常に重要で、デジタル変革を成功させるためには組織文化を変えるべきだということがよくわかりました。

一方、アドビは2018年以来素晴らしい成長を遂げました。スニールさん、この経緯についてご見解をお願いできますか?

グプタ

アドビは2013年に、コンピューターにプレインストールしたソフトウェアの販売から、クラウド上のソフトウェアつまりサービスとしてのソフトウェア、サブスクリプションサービスへと移行しました。これは大変な成功を収め、2013年から2016年、2017年にかけて成長しました。しかしその頃、CEOのシャンタヌ・ナラヤンは、いまだに業務が縦割りで行われていることに気づいたのです。マーケティングチームはウェブサイトへのアクセスを増やすことばかり考えている。製品チームは新しい利用機会や新しいソフトウェア機能に集中している。財務部門はバージョンアップ売上や継続収入をどこだけ確保できるかに専念している。しかし、各部署の間には何の繋がりもない。統一見解がないのです。

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肝心なのは、こうした縦割り組織をいかにして撤廃するかでした。そこでアドビはデータ駆動型運営モデル(DOM)というものを作りました。次のスライドを見ればおわかりになりますが、非常に簡単なプロセスです。基本的には、顧客体験の流れを「見つける、試す、購入する、使用する、更新する」の5つの段階に分けました。新しい顧客がやってきて、ソフトウェアを見つけ、試し、購入し、使用し、更新する。ロケット工学とは違い、とても単純なことです。

マーケティング部門は「見つける」、つまりウェブサイトへのアクセス促進に専念しているので、その顧客の質にまで気が回りません。でもいざ顧客が購入して利用する段階になると、そのサポート部門が、「マーケティング部門が紹介してくれた顧客はよくない、使い方を知らない」と言うのです。

同じように商業部門、購買部門は、顧客が必要としていない非常に高価な製品を買わせようとする傾向があります。その結果、製品を販売あるいは過剰販売すると、顧客はその製品があまり役に立たないので後でバージョンアップしようとしなくなります。各部門は、自分たちにとって都合のよいように最適化しようとします。でも顧客にとっては何も最適化されません。それがアドビ社の見解でした。そこで縦割り組織を撤廃し、データの統一、いわば「単一の真実」を実現したのです。今ではマーケティング部門は、顧客を獲得するだけでなく適切な顧客を獲得するよう気を配っています。

同じように、顧客が製品をあまり頻繁に使用していないようなら、それは製品チームだけの責任ではありません。もしかしたら「試す」段階で正しい製品をお勧めしなかったのかもしれない。製品を過剰販売したのかもしれない。今では、単に自社の重要業績評価指標(KPI)を最大化するだけでなく、満足感のある顧客体験を実現する必要があると、アドビの全ての部門が一緒に考えていると思います。KPIも、その結果として変化するのです。

山口

最後になりますが、貴書ではデジタル変革の成功例として、ニューヨークタイムズの話が取り上げられています。

スニールさん、特に最近のデジタルトレンドや課題に照らして、同社の経緯に関する見解と展望をお話いただけますか?

グプタ

ニューヨークタイムズの例とは、こういうことです。一般的に新聞社はグーグルやソーシャルメディアの台頭と戦ってきました。グーグルなら顧客は無料で情報を得ることができますから、どうしてわざわざニューヨークタイムズを買う必要があるのでしょう?ほとんどの新聞、ほとんどのメディア企業は、広告費をベースとしています。つまり実際は、広告費で収益を上げるために新聞を低価格で販売しているのです。

しかしこれも、デジタル技術のために難しくなりました。ニューヨークタイムズは、印刷広告にとって主要紙の1つでした。しかし企業が印刷広告からデジタル広告に移行するにつれ、ニューヨークタイムズのような企業は、グーグルやアマゾンやフェイスブックのような、デジタル広告分野で競争するデジタル巨大企業と対峙することになったのです。

広告主は、New York Times.com よりもグーグルやフェイスブックで宣伝したがります。ニューヨークタイムズは、十分な広告収入が得られない上、顧客は他で無料ニュースを読んでしまうという苦境に立たされました。

どうしたらよいでしょうか?2011年、ニューヨークタイムズは大胆な手法に出ました。ペイウォールを設けて、「一定数の記事はNew York Times.com で無料で読めるが、もっと読みたければ、月額購読料のような一定の料金を払わなければならない」と言ったのです。これは非常に危険な賭けでした。多くの人が、「無料で読めるニュースがあるのに、オンラインのニューヨークタイムズなんて誰がお金を払うんだ」と思いました。しかしそういう人たちも、ニューヨークタイムズの内容には、ウェブサイトやティックトックやソーシャルメディアといった他のウェブサイトでは得られない価値があることに気がついたのです。同社が行ったこの実験は、大きな成功を収めました。

事実、驚くべきことに、今日では、ニューヨークタイムズのオンラインニュースコンテンツには、1000万人以上の購読者がいます。これは相当な数です。今では広告よりも購読料の方が、多くの収益を上げるようになりました。これは素晴らしい成功物語です。

山口

これは、ビジネスモデル変革の成功例ということですね。3件の後日談をご紹介いただき、ありがとうございました。2018年の事例に関する最新状況についても貴重な洞察をお聞きすることができ、大変興味深かったです。しかも、2018年に発表されたフレームワークがいまでも適用しうるというのも印象的です。

『 Views on Disruptive Changes 』

山口

最後のセクションでは、生成AIとモノのインターネット(IoT)に関する「破壊的変革」について、スニールさんのお考えをお聞きしたいと思います。この先進的なAIは、デジタル変革の全体像をどのように変えていくでしょうか?どんな可能性や課題があるでしょうか?

グプタ

たしかにChatGPTやその他類似のソフトウェアのおかげで、生成AIは一世を風靡しています。とにかく本当に素晴らしい。人々はこの技術をどう活用すればよいのか、いわば困惑している状態だと思います。

もちろん生成AIはすでに大きな影響を及ぼしていますが、クリエイティブ業界には今後さらに大きな影響を与えるでしょう。たとえば広告代理店なら、広告の制作やパーソナライゼーションの方法が変わるでしょう。知識をベースとした企業も、影響を受けるでしょう。グーグルなら、検索結果の表示方法が非常に大きく変わるでしょう。マイクロソフトは生成AIを使って、グーグルにより優位に対抗したいと考えています。

多くの業界がこの移行を経験すると思いますが、生成AIは基本的には大規模言語モデルなので、さらに広く浸透するのは従来型のAIだと思います。モノのインターネットがよい例でしょう。スライドに出していただいていますが、全くそのとおりです。インダストリー4.0などのIoT変革は、始まってから10年近く経ちます。そして工場を自動化し、機械のデータを取得し、デジタルツインを作成できるということで、B2B業界を非常に大きく変えました。効率性の向上、サプライチェーンの改善、ジェットエンジンやタービンのような大きな資産の監視などの面で、本当に大きな影響がありました。これらは実に強力で、その影響は今後さらに大きくなることでしょう。

『 Closing 』

山口

ありがとうございました。『Driving Digital Strategy』に基づいた素晴らしいディスカッションをありがとうございました。本日のお話を通じて、貴書の中で紹介されている理論的概念、デジタル戦略がどのようにして組織内の変革を推進するかについて、大変よく理解することができました。

最後に、日本の企業経営者やリーダーに向けたメッセージとアドバイスをお願いします。

グプタ

テクノロジーが急速に進歩していることは、誰もがよく知っています。各職場には、全く新しい技術革新を考案するために科学者も雇用されています。また、消費者がそれを非常にすばやく取り入れていることも知っています。消費者から見れば、15年前には、スマートフォンなどありませんでした。今では誰もが持っています。ソーシャルメディアはすっかり浸透しました。ニュースも、以前とは違った方法で読まれています。人々との繋がり方も変わりました。B2B業界の企業も、技術を非常に違った方法で使っています。

技術が発展するにつれ、消費者行動も変わるでしょう。消費者行動が変われば、課題を解決し、自分たちにとっての価値を創出するのに新しい方法を探すようになります。その結果、企業は進化して、事業の進め方、価値の生み出し方、価値獲得の仕方を変えなければなりません。しかし私は、技術を困難として捉えるべきではないと思います。テクノロジーは多くの新しい機会を提供してくれます。

最後に、あるマスターカードの重役から聞いた言葉をお伝えします。その人は、「オープンマインドな既存企業に勝る者はない」と言いました。なぜなら、既存の大企業には潤沢なリソースがあるからです。新興企業にはない信用、バランスシート、ブランド、顧客があります。誰もが、スタートアップを創ればいいと考えがちです。しかし、実際には大企業の方が、世の中を変えるには有利な立ち位置にいるのです。必要なのは、そのための自由な発想と技術を活用する勇気だけだと思います。

この記事の対談動画はこちら

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Yamaguchi Shigeki
山口 重樹
株式会社NTTデータ経営研究所 代表取締役社長
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Sunil Gupta
スニール・グプタ
ハーバード・ビジネス・スクール 経営学教授

ハーバード・ビジネス・スクールのエドワード W. カーター記念教授であり、同校マーケティング・ユニットに所属。また、ハーバード・ビジネス・スクールのGMP(General Management Program)の主査であり、かつデジタル時代の事業戦略の転換(Driving Digital Strategy)講座の共同主査も務める。MBAおよびAMP(Advanced Management Program)ではデジタルマーケティング戦略を教えている。

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