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情報未来

web3がもたらす社会変革

情報未来研究会レポート
No.71 (2023年3月号)
情報未来研究会事務局
NTTデータ経営研究所 執行役員 エグゼクティブコンサルタント 三谷 慶一郎
NTTデータ経営研究所 デジタルイノベーションコンサルティングユニット シニアインフォメーションリサーチャー 小田 麻子

1 はじめに

「情報未来研究会」はIT社会の潮流を見つつ、健全な社会や企業の在り様を探るため、弊社創立以来、断続的に実施してきた活動である。2016年度からは弊社のアドバイザーを務める慶應義塾大学の國領二郎教授を座長に据え、経営学と情報技術分野の有識者、およびNTTデータとNTTデータ経営研究所のメンバーを委員として、定期的に開催されている。

2022年度は「デジタル時代のトラスト」をテーマに活動する中で、2022年11月に、伊藤穰一氏(株式会社デジタルガレージ 取締役 共同創業者 チーフアーキテクト、千葉工業大学変革センター センター長)をお招きし、「web3がもたらす社会変革」をテーマにご講演を頂いた。本項では、当日のご講演内容の一部を抜粋し、ご紹介する。

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Ito Joichi
伊藤 穰一
株式会社デジタルガレージ 取締役 共同創業者 チーフアーキテクト、千葉工業大学変革センター センター長

デジタルアーキテクト、ベンチャーキャピタリスト、起業家、作家、学者として主に社会とテクノロジーの変革に取り組む。民主主義とガバナンス、気候変動、学問と科学のシステムの再設計など様々な課題解決に向けて活動中。

2011年~2019年、米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの所長を務め、デジタル通貨イニシアチブ(DCI)の設立を主導。クリエイティブコモンズの取締役会長兼最高経営責任者を務め、ニューヨーク・タイムズ、ソニー、Mozilla財団、The Open Source Initiative、ICANN、電子プライバシー情報センター(EPIC)などの取締役を歴任。

テクノロジー、哲学、建築など幅広い視点からWeb3と社会の関わりについて発信するポッドキャスト「JOI ITO 変革への道」を放映するほか、Web3の変革コミュニティで様々な実験に取り組んでいる。2022年6月「テクノロジーが予測する未来 web3、メタバース、NFTで世界はこうなる」を出版。

2 講演「web3がもたらす社会変革」

(1) 会計の歴史と未来

web3がもたらす社会変革を語るにあたって、まずは会計の歴史から始めたい。

会計の原型はメソポタミア文明まで遡る。シュメールの古代都市から出土した粘土版には、楔形文字で取引の記録が残されている。都市に行き交う大量の物品とそれに伴う複雑な情報を記録し、管理できるようになったことが、数万人規模の都市の繁栄を可能にした。

さらに現在の資本主義社会の発展に大きく貢献したのは、複式簿記と株式会社である。古代シュメール人が使っていた粘土板は中央集権型の仕組みであったが、複式簿記と株式会社の登場によって分散型へと進化し、一般の人が投資家として株式会社に参加出来るようになった。

その後のファイナンスの普及によって、現代の経済は一層複雑になった。しかしその一方で、複式簿記によってPLやBSが生まれた時代から、会計そのものは本質的にさほど進化していないのではないか。現代の企業は複雑なERPシステムと多様な情報を使ってモデリングを行っているが、決算においては、未だに紙に落とし込む形でPLとBSを発行しており、その結果、会計システムが取り扱う情報は、非常にロスが多いものになっている。外の世界では大きなイノベーションが起きているにもかかわらず、会計のレイヤーにはそうした変革があまり見られない印象がある。

これまで会計の世界は、企業が帳簿を持ち、会計士や監査法人を経由して、株式市場にディスクロージャーを行い、株主総会で投資家に説明するという、非常にゆっくりとした時間軸で動いていた。

しかしこれからの会計システムは、ERPで取り扱う情報の標準化、さらには近年進化しつつある自然言語処理や不確実性コンピューティング(probabilistic computing)等の新たな技術によって、非常に曖昧な性質のもの、関係性や約束等も含む幅広い対象を素早く処理できるようになるだろう。

さらに今まさに訪れようとしているブロックチェーンの世界では、世界中のどこからでも、誰でも、リアルタイムの帳簿を見ることが可能になる。この変化が旧来の会計の世界に極めて大きなインパクトを与えることは間違いない。

またブロックチェーンの特徴であるパブリック性は、取引や遣り取りの間に立つ組織や仕組み自体を不要にしてしまう。実際、web3で最もよく使われているブロックチェーンのEthereumは、そのアニュアルレポートにおいて、自身を暗号通貨ではなく、人間のコーディネーションのプロトコル(“Ethereum is a protocol for human coordination”)であると定義している。

このような世界が訪れた暁には、会計の世界に留まらず、企業や組織のガバナンス、ひいては民主主義や資本主義自体の在り方も大きく変わっていくのではないか。

(2) web3の特徴と可能性

それでは改めて、今なぜweb3なのか?巷でよく言われているのは、ブロックチェーンではなく、クローズドなデータベースで作った方が簡単なのではないか、ということである。そこでweb3の特徴としてまず1点目に挙げておきたいのは、オープン性とグローバルな標準化である。パーミッションを得た人なら誰でもブロックチェーンを見て書き込めるというオープン性、さらにグローバルに開かれた場において、ボトムアップで標準化が進展し、より良いものが出来ていくという点が、単純な内部管理データベースとの大きな違いである。

2点目の特徴として、高い透明性がある。ただし現状では、一部に不透明な部分が混ざっており、前項のオープン性・グローバル性とも関連して、マネーロンダリング等に悪用されるリスクも否定できない。まずは透明性の解析をきちんと行えるようにする必要があるが、既にこの分野で様々な新しい技術が検証され始めているので、技術的な解決が可能であると思っている。

3点目に、プログラム可能なスマートコントラクトの実現がある。ブロックチェーン上に約束や関係性を含めることによって、今まで不可能だった組織化やガバナンスが実現できるのではないか。さらに裁判所や警察、弁護士等がいないと徹底が困難だったルールも、技術的に執行することが可能になるかもしれない。

web3の今後の普及については、様々な観点から否定的な見解も存在する。ただし振り返ってみると、Web1.0の時も、同様の意見が多く見られた。e-mailが登場した時は、FAXの方が良いという人がたくさんいたが、e-mailを使う人が増え、その利便性が理解されると、結局はキラーアプリケーションとしてWeb1.0の普及に貢献することになった。またインターネット回線自体も、1999年頃にはCD1枚分の音声ファイルをダウンロードするのに丸1日かかるほど速度が遅く、全く役に立たないとか、専用線でやった方が早いと言われていた。しかしインターネットの利用者が徐々に増えたことで、接続費用が安くなり、やがてブロードバンドが普及するに至って、やっと使えるものになったという経緯がある。この様に新しい技術を何とか使ってみようとする人、インターネット上で様々な実証を試みる人達の取り組みを経て、徐々にインフラとして機能するレベルまで発展してきたことを思い出して頂きたい。

まさに今、web3はかつてのインターネットと同じ状況にある。暗号通貨の決済やアートのNFTといった目立つキラーアプリケーションがいくつかあるものの、その殆どは今のところ既存のデータベースで対応した方が安く、早くできるだろう。しかしこれまで述べてきた様な幅広い可能性を持つweb3というものを、皆で諦めずに使い続けることによって、徐々にコストが下がり、様々な課題も解消して、やがては大きく社会を変えるインフラになるのではないか。

もちろん、その際には、きちんとした法律の枠組みの中でリスクを防いでいくことが重要である。しかし同時に消費者保護という本来の目的を見失わず、必要に応じて適切なレベルのガバナンスを行うこと、さらに今の法律に当て嵌めて終わるのではなく、いずれ技術によってルールをコントロールできるようになる可能性も視野に入れて、法規制そのものを随時見直していく必要があるだろう。

現在、日本では、金融庁が2023年の法施行に向けて、ステーブルコインの流通に関する最終調整を行っているところである。税務分野にも変化が起こっているし、いくつかの市町村ではDAOの立ち上げが行われている。さらに来年頃から様々な分野で実験が始まる予定であり、web3は今まさに動き始めたところと言えるだろう。

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