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情報未来

金融・決済業界に影響するWeb3の整理と今後の展望

No.71 (2023年3月号)
NTTデータ経営研究所 クロスインダストリーファイナンスコンサルティングユニット アソシエイトパートナー 大河原 久和

経済産業省「キャッシュレス・ビジョン」、キャッシュレス推進協議会「キャッシュレス・ロードマップ2019」策定に関与。著書に「決済サービスのイノベーション」(ダイヤモンド・共著)

1 Web3と決済・金融

中央集権的な管理者を置かず、参加者同士でデジタルトークンのやり取りを可能にする世界観に注目が集まっている。これが、非中央集権の「参加型コミュニティ」による事業運営の推進を標榜する「Web3」である。

Web3はブロックチェーン技術を活用した分散型Webの世界観を指し、デジタル資産価値の創出や新たな資金流通の仕組みを実現しようとしている。サービスの運営主体はDAO(Decentralized Autonomous Organization)と呼ばれる中央集権的な存在を排除した自律分散型組織であることが多い。

Web3の理解のためには、「新たな社会システムの実装」と「システム実装の手段」の2つの側面を見て、これらを分けて事象を整理する必要がある。

「社会システムの実装」としてのWeb3は、「中央集権型の既得権益を破壊する手段として自律分散型による新しい社会システムを指向し、法定通貨やGAFA等の中央集権的プラットフォーマー、既存金融業界への挑戦を企図する動き」と捉えられる。具体的には、ブロックチェーンを利用したビットコインは法定通貨に対する挑戦であり、DeFi(分散型金融:Decentralized Finance)は既存金融機関の預貸(金融)システムへの挑戦と整理できる。一方、「システム実装」の手段としてのWeb3は、「ブロックチェーンとの相性が良いと考えられるビジネスを実装する動き」である。貿易金融、トレーサービリティなど、既存の商習慣や業務・システムをアップデートするために、ブロックチェーンを目的実現に向けた「手段」と捉え、綿密にメリット・デメリットを評価した上で、ブロックチェーンの活用を判断するものである。最近はブロックチェーンの活用と言っても、新技術の活用を謳うことで既存のITシステムへの対抗を企図するだけの動きに見える取り組みもあり、手段と目的の取り違えに陥っていないか留意する必要がある。(図1)

図1

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出所| NTTデータ経営研究所にて作成

技術面では、Web3を支えるブロックチェーンは、インターネットに接続された無数のコンピューティングリソースによって成り立つ。このことからも、Web1.0やWeb2.0で登場したネットワークとしてのTCP/IPやハードウェアとしてのクラウドコンピューティングといった既存技術を破壊する存在ではない。一方、ビジネスの面からは、ビットコインが中央集権的に管理される法定通貨のアンチテーゼとして誕生したとされるように、既存の金融業界に挑戦するWeb3のサービスが出てくる可能性がある。筆者はその領域として、STO(Security Token Offering:有価証券の価値のデジタル化)と既存銀行ビジネスに真向から対立するDeFiの動向に注目している。

2 Web3とメタバース

Web3とメタバースは混同されやすいワードである。これまでPCやスマホアプリというデバイスで実現してきたコミュニケーションや取引の場がある一方、メタバースはヘッドマウントディスプレイ(HMD:Head Mounted Display)やスマートグラスというデバイスを介すことで創出される「仮想空間での活動の場」と整理できる。ガバナンス主体でメタバースを分類してみると、Web2.0のように中央集権型のものもあるし、ブロックチェーンやDAOを手段として利用したWeb3型(自律分散型)のものもあり、これを前提とした上で、Web3とメタバースとの融合の動きが見られる。具体的にはメタバースの普及において、ブロックチェーン上で生成されるNFT(代替不可能なトークン:Non-Fungible Token)を特定メタバースへの参加権として活用したり、逆に、メタバースをNFT保有者のコミュニティ形成の場として活用したりすることが想定されている。つまり、特定領域においてはメタバースとブロックチェーンとの親和性を認識できることから、メタバースとWeb3との区別がなされていないケースが散見されるのである。

ここではWeb3とメタバースの区別を前提にしつつ、メタバースという仮想空間において、個人間取引を行う際の決済サービスのあり方を展望しておきたい。先ずは、既存のEC決済等と同様に、利用者にとって使い慣れた既存の決済手段(国際ブランド付クレジットカードや●●Pay)が、メタバース内決済に利用されるようになると考えるのは自然である(この場合は、Web3とメタバース内決済に必然的な関連はないと整理できる)。しかしながらメタバースにおける決済で重要な視点は、「メタバースでユーザーが快適かつ安心・安全な取引と決済を可能にする」ためのユーザー体験の設計にある。メタバースが消費者に普及するか否かの分水嶺は、ユーザーに没入型の体験を快適に提供し、現実世界やEC取引と同等の安心・安全な取引と決済環境が整備されていなければならない。例えば現段階でクレジットカードは安心・安全な決済手段と認識されているものの、メタバース空間での取引の都度、クレジットカード番号とPINを入力させるプロセスは利用者にとってフリクションが大きい。またメタバース空間が個人間でのクロスボーダー取引の場であることから、個人間で利用可能、安価で安心・安全なクロスボーダー決済を用意する必要性も認識できよう。このような課題認識を踏まえれば、メタバース内決済では、「従来型の決済システムを完全に作り直す」という発想のもと、Web3を支えるブロックチェーン技術で生成するトークンをあたかも「メタバース内通貨」としてハウス型の決済サービスに仕立てる動きも出てこよう。

現段階ではメタバースは消費者普及に向けた取り組みの創成期にある。今後はメタバース空間におけるより良いユーザー体験の視点から、サービスそのものと同時に、取引に必要な決済のデザインについて、より深い検討や実装が進むものと期待される。

今後、Web3の世界観に照らして創造される新たな資金流通ルートの登場が、我が国における決済・金融サービスの発展に繋がっていくかどうか、その動向に注目したい。

TOPInsight情報未来No.71金融・決済業界に影響するWeb3の整理と今後の展望