logo
Insight
情報未来

ウェルビーイングとまちづくり

~ ウェルビーイングの主語は「私・我々」から「森羅万象」へ ~
No.70 (2022年12月号)
NTTデータ経営研究所 地域未来デザインユニット シニアマネージャー 石丸 希
Profile
author
author
ISHIMARU MOTOMU
石丸 希
NTTデータ経営研究所 地域未来デザインユニット
シニアマネージャー

都市計画コンサルティング会社を経て現職。都市計画・建築の知見・スキルをベースに、政策立案、戦略づくり、企画・計画策定、マーケティング、事業化まで、まちづくりをトータルで支援。現在、スマートシティ、観光振興、地域再生・振興、防災・減災、地域産業振興などの分野を中心とした業務に従事。日本建築学会 地方都市再生手法小委員会 委員。技術士(建設部門・都市及び地方計画)、一級建築士、土地区画整理士。

1 ウェルビーイングとは何か

ここ数年、ウェルビーイングという言葉を耳にする機会が増えたが、その意味をご存じだろうか?

直訳では「健康」「福利」「幸福」などの訳語があてられるが、厚生労働省の資料※1において「個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあること」と定義されている。このように、近年では身体の状態だけに留まらない幅広い概念として用いられている。

このようにウェルビーイングの概念が拡大したのは、1948年の世界保健機関(WHO)憲章において定義されて以来である。

「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会訳)」

“Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.”

※1 厚生労働省がまとめている「雇用政策研究会報告書 概要(案)」

2 ウェルビーイングへの関心の高まりと我が国の動向

なぜ今ウェルビーイングが注目されているのだろうか?

その背景には、コロナ禍の拡がりやウクライナでの戦争勃発、地球規模での地政学的緊張の高まりなど、グローバルリスクへの懸念の増大の反動として、平和で安全な持続可能な社会の基盤としてのウェルビーイングに関心が高まっていることが考えられる。

このような関心の高まりと共鳴するように、国内外でウェルビーイングの視点を重視した取り組みが拡大している。我が国における、ウェルビーイングの概念の活用・導入に係る主要な動向※2を概括すると以下の通りである。

⑴企業のウェルビーイング

企業利益の最大化だけでなく、従業員や協力企業等を含む社会全体のウェルビーイングを考慮したウェルビーイング経営・ウェルビーイング産業の育成などの取り組みが推進されている。

⑵地域のウェルビーイング

デジタルの力で「大都市の利便性」と「地域の豊かさ」の融合を図る「デジタル田園都市国家構想」について、デジタル技術を活用するだけでなく、生活者の目線、高齢者や障がい者や子供も含む多様な住民の暮らしが向上しているか、ウェルビーイングの視点を重視した取り組みが推進されている。

⑶子供のウェルビーイング

「こども家庭庁」の設置に向けた政府の基本方針では「全てのこどもの健やかな成長、ウェルビーイングの向上」が基本理念として掲げられ、「教育振興基本計画」の次期計画(計画期間:令和5~9年度)では計画検討の視点としてウェルビーイングが掲げられている。

⑷ウェルビーイングに関する統計・調査、基本計画、人材育成

内閣府の「満足度・生活の質に関する調査」への主観的ウェルビーイング指標の追加、白書等へのウェルビーイング関係分析の記載、スポーツ基本計画等へのウェルビーイング関係の方針・KPIの設定などの取り組みが推進されている。

⑸ウェルビーイングの国際発信

先進7カ国(G7)教育大臣会合や、2025年の大阪・関西万博をウェルビーイングに取り組む我が国の姿勢を発信する機会とすることが検討されている。

※2 参考資料:日本Well-being 計画推進特命委員会 第五次提言

3 ウェルビーイングとまちづくり

本稿では、このようにウェルビーイングの活用・導入が拡大している様々な分野の中から、政府が「新しい資本主義」実現に向けた成長戦略、そして、デジタル社会の実現に向けた重要な柱に位置づけている「デジタル田園都市国家構想」に基づき推進している「地域のウェルビーイング」に着目し、以下に論じたい。

「地域のウェルビーイング」とは、「人々のウェルビーイングの向上に寄与する地域の設え(都市機能、文化、風土など)」であり、「人々のウェルビーイングを最大化する営み」が「ウェルビーイング視点のまちづくり」である。

まちづくりは、生活環境に対して働きかける持続的な活動である。従って、「ウェルビーイング視点のまちづくり」のためには、以下に示すように、そのプロセスに対応したウェルビーイング視点の活用・導入が求められる。

⑴ウェルビーイング視点でまちを計測する(ウェルビーイングの指標化と都市機能との相関の可視化)

まちづくりにおいては、道路や公園などの物的な整備水準や、教育や医療などの質的なサービス水準など、先ずはそのまちの都市機能の現状を把握する。加えて「ウェルビーイング視点のまちづくり」のためには、そのまちのウェルビーイングの現状を計測するとともに、ウェルビーイングがそのまちの、どの都市機能と強く結びついているのかについても把握する必要がある。

従って、都市機能の水準を計測してスコア化し、そのまちの強み・弱みを把握するだけでなく、ウェルビーイングを指標化してそのまちのウェルビーイング水準を計測するとともに、ウェルビーイングと都市機能の相関を可視化する必要がある。

ちなみに、先に挙げたデジタル田園都市国家構想では、ウェルビーイング 指標を測定し、これをまちづくりのKPIとして活用することにより、「ウェルビーイング視点のまちづくり」を推進している。また、デジタル田園都市国家構想推進交付金の交付要件として、ウェルビーイング指標に協力することが盛り込まれている。このように同構想では、自治体におけるウェルビーイング指標の普及が期待されているとともに、市民目線での政策立案(EBPM)に向けた自治体でのウェルビーイング指標の活用が推進されている。(図1)

表1|デジタル田園都市におけるウェルビーイング 指標の活用

content-image

出所| デジタル田園都市におけるウェルビーイング 指標の活用について/デジタル庁

⑵ウェルビーイング視点でまちを計画する(ウェルビーイングと都市機能の因果関係の分析)

まちづくりにおいては、まちの現状と目指す将来像とのギャップから課題を抽出し、ギャップを埋めるための事業を計画するが、「ウェルビーイング視点のまちづくり」のためには、どの事業が地域のウェルビーイング向上に寄与するのか(因果関係)について仮説を設定した上で計画を策定する必要がある。

従って、都市機能の水準のみから導出された課題に基づいて都市機能整備を計画するのではなく、どのような事業をどのような順番で実施することがそのまちのウェルビーイングの最大化に資するのか、都市機能整備とウェルビーイング向上の因果関係(相関関係ではなく)の分析に基づき、まちづくりの事業を計画する必要がある。

⑶ウェルビーイング視点でまちを検証する(ロジックモデルの再構築)

まちづくりにおいては、事業実施後に検証を行い、次の計画へのフィードバックを行うが、「ウェルビーイング視点のまちづくり」のためには、事業の結果、地域のウェルビーイングはどれくらい向上したのかを確認し、予想通りの成果が得られなかった場合には、計画を見直す必要がある。

従って、他の事業も含めた総合的な検証を踏まえ、ウェルビーイング向上のロジックモデルを再構築し、計画の見直しを行った上で、事業の軌道修正を図る必要がある。

content-image

4 まちづくりはウェルビーイングの概念の拡大を必要とする

これまで、ウェルビーイングの概念をまちづくりに導入した場合のまちづくりプロセスの変化について述べてきた。「ウェルビーイング視点のまちづくり」の結果形成されるまちの姿(アウトプット)やもたらされる効果(アウトカム)は、ウェルビーイングの概念の範囲、突き詰めるとウェルビーイングの主語に大きく影響される。

先に挙げた世界保健機関 (WHO)憲章で定義したウェルビーイングの主語は「私」であるが、まちづくりに導入した地域のウェルビーイングの主語は「我々」である。

まちづくりには今後、私や我々だけの最適解だけでは解決できない地球環境問題や格差社会の是正、地域間の緊張緩和など、パラコンシステント※3な課題への対応が求められている。

その為には、ウェルビーイングの主語を展開し、ウェルビーイングの概念を時間軸と対象軸の二軸で拡大する必要がある。

時間軸について、これから生まれてくる子供達を見据えた未来へ延伸することにより「希望と献身」がまちづくりに組み込まれ、今の礎を築いてくれた先人たちの過去へ延伸することにより「感謝と誇り」が組み込まれる。

また、対象軸について、人だけでなく動物や植物などの生物まで延伸することにより「敬意と慈愛」が組み込まれ、大地や海などの自然まで延伸することにより「謙虚と畏敬」が組み込まれる。

つまりは、ウェルビーイングの主語が地域を支えるすべてのもの『森羅万象」となる。筆者は、これらを主語とした場合のウェルビーイングを最大化するまちづくりを推進することにより、パラコンシステントな課題にも対応できるものと考えられる。主語が拡大していく今後のウェルビーイングなまちづくりに期待したい。

※3 二律背反するような事柄に対し、そこに内包される様々な矛盾を許容しつつも双方をつなぐこと。

本稿に関するご質問・お問い合わせは、下記の担当者までお願いいたします。

NTTデータ経営研究所

地域未来デザインユニット

シニアマネージャー

石丸 希

Tel:03-5213-4242

TOPInsight情報未来No.70ウェルビーイングとまちづくり