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情報未来

経済安全保障から見た米中関係

No.69 (2022年3月号)
NTTデータ経営研究所 グローバルビジネス推進センター 主任研究員 岡野 寿彦
NTTデータ経営研究所 社会システムデザインユニット 兼 グローバルビジネス推進センターシニアスペシャリスト 新開 伊知郎
Profile
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OKANO TOSHIHIKO
岡野 寿彦
NTTデータ経営研究所 グローバルビジネス推進センター
主任研究員

上智大学法学部卒業後、NTTデータにてSE、法務を経験した後、中国郵便貯金システム構築プロジェクトマネジャー、北京現地法人経営、インド、東南アジアでの日系企業ITサポート事業開発責任者などを歴任。2011年より上海にて、人民銀行(中央銀行)直系企業グループとの資本提携に取り組み、合弁会社において経営陣No.2として経営参画。2016年からNTTデータ経営研究所にて、中国における現地化、合弁経営やデジタルビジネスをテーマに、企業人視点での分析・発信に取り組む。早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター「日中ビジネス推進フォーラム」研究員を兼務

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SHINKAI ICHIRO
新開 伊知郎
NTTデータ経営研究所 社会システムデザインユニット グローバルビジネス推進センター(兼務)
シニアスペシャリスト

慶応義塾大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了後、NTTデータ通信株式会社(現 株式会社NTTデータ)に入社。社内シンクタンクにて、価値観に基づくライフスタイル分析、IT時代の政治・行政への市民参加「eデモクラシー」、技術革新への対応手段としての純粋持株会社、社会マクロトレンド分析等の調査・研究活動に従事。2018年4月にNTTデータ経営研究所に入社、アジア諸国の経済・社会情勢調査、諸外国のIT政策調査、ITSに関する国際周波数標準化活動などに従事。1993年~1995年 スタンフォード大学経済政策研究センター(CEPR 現SIEPR)客員研究員、2016年~2018年 戦略国際問題研究所(CSIS)客員研究員

わが国の経済安全保障を推進するうえで、米国と中国の経済安全保障政策に対する理解は不可欠である。本稿では、米国の米中経済・安全保障検討委員会(USCC)の2021年年次報告書に基づいて米国の経済安全保障政策を分析し、これに対する中国政府の方針・政策、特に情報・データのコントロールの取り組みを概観する。

米国の経済安全保障に関する動向: 米中経済・安全保障検討委員会(USCC)の提言

1 はじめに

2021年11月、米国の米中経済・安全保障検討委員会(以下、USCC)は議会に2021年年次報告書を提出した※1。USCCは議会に設置された超党派の諮問機関で、そのミッションは、米中の経済通商関係が米国の安全保障に与える影響に関して調査分析し提言を行うことである※2。激しく党派対立している米国議会であるが、中国に対しては厳しい姿勢で臨むというコンセンサスがある。USCCの年次報告書も中国への対決姿勢を明確に打ち出しており、米国の政治エスタブリッシュメントにおける中国を見る目の厳しさを伺い知ることができる。政治面においては、米国は中国を主要な競争相手と位置づけて強硬な姿勢を取っている一方、米国企業は中国を重要な市場としており、中国との貿易や中国への投資は堅調である。米国経済の中国経済への関与が強まることが米国経済や安全保障にリスクをもたらすことにUSCCは懸念を持っており、リスクに対処する様々な提言を行っている。

2 USCCの中国経済評価 〜国家による経済管理の一層の強化〜

中国はコロナによる経済の落ち込みからいち早く抜け出したが、それは地方での支出拡大や企業への補助金によるもので、投資リターンの減少など中国経済の構造的問題の解決によるものではない。中国経済の構造的問題に関しては、中国指導部は経済の自由化によってではなく、国家主導の技術開発や企業に対する政府管理の強化によって解決を図ろうとしている、とUSCCは評価している。

(1) 国家主導の技術開発

USCCは、国家主導の技術開発という点では、合成生物学、ニューモビリティ(自動運転や新エネルギー、ゼロエミッションといった技術とカーシェアリングといったビジネスモデルの双方を含む)、クラウドコンピューティング、デジタル通貨(デジタル人民元)への取り組みを注視している。前者3つは今後の有望な産業において中国が優位に立とうとするもので、米国の脅威になるものと評価している。最後のデジタル人民元については、短期的には米国の脅威になるものではないが、長期的には基軸通貨である米ドルの地位を掘り崩し、金融制裁の有効性を損なう恐れのあるものとして注意を促している。

(2) あらゆる企業に対する国家管理の強化

中国政府は様々なチャネルを通じて企業をコントロールし、企業の意思決定を政策目標に合致するよう誘導している。中国政府は法により、出資比率に関わらず、出資企業のガバナンスにおける特権的なステータスを保有する。そのため、中国政府は出資する全ての企業を影響下に置くことができ、非国有企業に対しても事業活動を国の管理下に置くため幅広く出資を行っている。その他、補助金、助成金、税優遇といったインセンティブを用いて企業活動を共産党の政策利害と一致させている。米国企業および投資家は、「中国では他の市場経済とは全く異なり、国と事業活動、国有企業と非国有企業の境界が曖昧で、中国経済への参入は、共産党の政策目標の制約を受け、その管理下に置かれることを意味するということを理解しなければならない」と警告している。この点は、中国企業と合弁で事業を行う日本企業も留意すべきであろう。

(3) 軍産エコシステムへの資金流入

2014年以降、中国政府は中国の金融市場の開放を拡張し、2018年以降、外国の金融サービス事業者に中国の金融市場に参入することを勧誘した。こうした一連の動きにより、米国および諸外国の投資家が中国に投資するようになり、主要投資インデックスに中国証券が加えられるようになった。その結果、米国の資産は自動的に中国市場に配分されるようになり、米国投資家に対する経済リスクのみならず、米国に安全保障上のリスクがもたらされるようになった。米国および諸外国の中国資本市場への参入増加と、中国政府による企業セクターに対する管理強化は同時に進行している。さらに、中国軍産複合体に資金を誘導するため、中国政府は官民ファンドや軍事目的投資商品といったツールも利用している。米中の金融市場が結びつき、中国政府が金融市場を戦略的に利用する事態は、米国に新たな政策課題を生じさせている。なぜなら、米国資本と専門知識が、中国軍の能力向上と、将来人権侵害に使われるかもしれない技術を開発中の中国のスタートアップ企業を、意図せずに支援している恐れがあるからである。USCCは、従来の個々の企業や取引をスクリーニングする方法では、軍産エコシステムに関わる多様なプレーヤーを補足しきれず、中国の軍民融合戦略に対応できていないと指摘する。今後、米国がこれに対応して輸出・投資管理を強化する場合、日本にも同様の措置を取るよう要請することが想定され、日本企業は今後の動向を注視する必要があるであろう。

図1| 中国軍産エコシステム

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出所| 2021 REPORT TO CONGRESS OF THE U.S.-CHINA ECONOMIC AND SECURITY REVIEW

COMMISISIONの図を元に、NTTデータ経営研究所で作成

3 USCCの主な提言

上記の評価・分析に基づいて、USCCは以下のような提言を行っている※3

(1) 合成生物学、ニューモビリティ、クラウドコンピューティングに関する提言

  • 非ヒト遺伝子データの保護、収集、商用化に関するモデルフレームワークを作成し、遺伝子データが収集された国の知的財産権に関する原則の確立を目指すとともに、国のバイオテクノロジー資産の保護や中国の略奪的なデータ収集に関して国際社会の関心を喚起すること。
  • 自動走行車を開発する中国企業に対するアクセス規制法を制定し、特に中国の軍や情報機関を利するようなデータ収集活動の規制や、自動走行車によって収集されたデータの保護を行うこと。
  • 中国企業によって米国民にどのようなクラウドコンピューティングサービスが提供されているか、それらに対しどのような法や規制が適用されているか、米国民はクラウドコンピューティングサービス事業者のオーナーシップに関する情報に用意にアクセスできるかどうか、米国企業は中国国内において同様なサービスを自由に提供することができているか、もし制約があるとすればどのようなものかを調査した報告書を作成すること。

(2) 中国政府による経済管理の強化に関する提言

  • 重要なサプライチェーンや生産能力の中国への移転が米国の国家・経済安全保障に悪影響を与えないか審査する機関を設けること。
  • 輸出管理改革法および外国投資リスク審査現代化法の効果的な実施のために、大統領府にTechnology Transfer Review Groupを設置し、対象となる振興技術や基盤技術を特定し、その輸出管理を商務省に指示する権限を与えること。特にその技術のエンドユーザーの確認を確実に行えるリソースを確保すること。
  • 中国に施設を保有する米国上場企業に対し、中国での事業運営への中国共産党の委員会の関与の有無、あるとすればその内容について米国証券取引委員会に毎年報告することを義務付けること。

(3) 金融取引に関する提言

  • ある米国政府当局の下で制裁を受けた中国の企業・団体は他の省庁によっても自動的に制裁されることを確実にする包括的な法律の制定を検討すること。
  • NS-CMIC企業リスト(中国軍産複合企業リスト)に掲載された中国企業を対象とした既存の米国投資規制の管轄権およびそのような規制の対象となる企業・団体のスコープを拡大する法律を制定すること。
  • 中国の株式、債券、デリバティブへの投資に伴う米国の投資家および国益に対するリスクに対処するための包括的な法整備を検討すること。具体的には、中国企業に紐づいた変動持分事業体(VIE※4)への投資を禁止またはその投資リスクを明示させること、上場企業に新疆ウイグル地区の強制労働を利用した製品やサービスに直接間接的に関連するサプライチェーンに関与する企業からの調達やデューデリジェンス活動、商務省のエンティティ・リストや財務省の中国軍産複合企業リストの掲載企業との取引について米国証券取引委員会への報告を義務付けること、中国や香港の株式取引所で発行される証券、VIEを通じて米国株式取引所に上場している中国企業の証券、これらの証券のデリバティブ商品をインデックスに含めているインデックスプロバイダーを米国証券取引委員会の規制下に置くこと。

※1 USCC(U.S.-China Economic and Security Review Commission): https://www.uscc.gov/annual-report/2021-annual-report-congress

※2 USCCの組織や委員については、経営研レポート「米中経済・安全保障検討委員会と2020年年次報告」(https://www.nttdata-strategy.com/knowledge/reports/2021/0817/)を参照されたい。

※3 経済面での提言に関しては、安全保障貿易情報センターのレポート、「米議会 米中経済・安全保障調査委員会(USCC) 2021 年版報告書の主要提言内容について

(解説) ―経済関連規制に関わるものを中心に」が詳細に分析している。https://www.cistec.or.jp/service/uschina/45-20211130.pdf

※4 変動持分事業体(Variable Interest Entities, VIE)とは、変動持分(当該事業体の期待損失の一部を負担する、または期待残存利益の一部を享受する投資)により連結対象となる事業体。議決権により連結対象になる事業体と対応する概念である。2014年にアリババグループが利用して以降、中国企業が米国上場するスキームの一つとして広まったと言われている。(会計エージェント, https://accounting-agent.com/vie-model/、 BESPOKE PROFESSINALS, https://bespoke-pro.jp/2021/07/04/didi-ipo/など)

中国の経済安全保障に関する動向〜国家安全と米国依存の低下〜

中国政府は、経済成長の鈍化、米中対立の激化などを踏まえて、政策の軸足を「成長」から「安全」にシフトしつつある。習近平政権が推進する「共同富裕」や一連のプラットフォーマー規制の背景には「国家安全」の重視がある。

本章では、中国共産党政権の安全保障に関する基本方針を定めた「総体的国家安全観」(第1節)と米国USCC年次報告への対応(第2節)を踏まえて、経済安全保障政策の変遷(第3節)と中国政府が重視する「情報・データのコントロール」(第4節)について概説する。

1 総体的国家安全観

「総体的国家安全観」は、中国の安全保障に関する観念と基本的方針として習近平国家主席が2014年から提唱しているものである。ここでは、人民の安全を主目的とし、政治の安全(共産党体制の護持)、経済の安全(経済安全保障)を基礎と位置付けている。その上で、具体的な安全保障の対象として、政治、国土、軍事、経済、文化、社会、科学技術、情報、生態、エネルギー資源、核(原子力)の11領域を挙げている。軍事などの伝統的な安全保障に加えて、政治や文化も安全保障との対象と位置づけていることが特徴である。また、「情報」も2014年から安全保障の対象とされている。

総体的国家安全観の背景には、中国の世界経済・産業におけるプレゼンスが高まるにつれてこれを抑え込もうとする動きが強まり、この対外的な圧力が中国国内に存在する発展の不均衡など「矛盾」と結びついて国家の「安全」が脅かされることを警戒しているとされる。従って、国内の脆弱な要素を解決し、国内と対外関係とを合わせた一体的な国家安全システムを構築する方針を示していると理解できる。

総体的国家安全観は、国家安全法として具体化されるとともに、国家情報法、データセキュリティ法などにおいても指導的概念として明示的に言及されている。14次五カ年年計画でもその堅持と経済発展の統合などが言及されている。

「共同富裕」と国家安全

中国政府は米中対立など自国を取り巻く環境が複雑化するなかで、発展の不均衡など中国国内の「矛盾」が国家の安全を脅かす要因になることを強く警戒している。「戦狼外交」とも称される対外的な強硬姿勢のおおもとは、国内の課題にあると言える。そして、国家の安全や持続可能性の確保を目的に、経済成長の鈍化を前提とした政策の転換を進めている。その理念である「共同富裕」は、従来のような経済成長によるパイの分配が難しくなる中で、国家がコントロールして「分配システムの再構築」を行うものである。その一環として、これまで中国経済の成長の恩恵を受け、増加するネットユーザーを集客して成長してきたプラットフォーマーに、社会への利益還元を促している。

2 米国USCC年次報告への中国の対応

USCC年次報告など米国議会や政府の対中政策について中国の研究機関で分析・提言が行われている。例えば、北京市科学技術情報研究所 劉彦君研究員等による『中国の科学技術革新に関する米国の研究と判断の歴史的変化と将来の傾向※5』では、USCC年次報告書について「超党派のコンセンサスとしてまとめられており、これまでの提言内容は概ね1~2年以内には、規制として具体化されている」との認識を示している。そして、2020年度USCC年次報告について、米国はハイテク科学技術を対象に、「人材をめぐる戦い」を核に、「標準化をめぐる戦い」を重要手段として、中国の発展を「点から面で」制御していくと予測。「持久戦の準備」「科学技術の安全に関する攻撃および防御能力を高める」「技術導入と自立化を同時に進める」「ハイテク技術の人材・組織を強化する」「国際標準制定における発言権を強める」ことを提言している。

さらにはUSCC 2020年度年次報告で提言された次の事項を、米国が規制として具体化してくると想定されるため、対応策を策定するよう提起している。

  • 相互主義原則の採用による立法
  • 中国への技術移転目的のプログラム関係のビザ拒否方針の明確化
  • 中国の金融システムの危険性と脆弱性によるリスク分析
  • 重要治療薬や医療機器の国内か同盟国からの調達
  • 米国在台湾協会事務所長の大使と同様の手続き導入の検討
  • サプライチェーンの連携と安全保強化のための民主主義有志国の多国間レベルでの取り組みに、台湾を含めることを推奨。情報通信技術、集積回路、電子部品など、重要な戦略的産業に必要不可欠な材料の確保と、サプライチェーン回復力保証に重点を置く
  • 香港からの亡命受入れ拡大の検討

米国の経済安全保障政策に関する分析レポートでは、このほか、米国政府の中国ハイテク企業制裁や貿易戦争の特徴、インド・太平洋戦略などについて分析されている。

3 中国の経済安全保障政策の変遷

総体的国家安全観に基づき2015年に「中華人民共和国国家安全法」が採択・公布された。同法で「経済安全」について、「国家は基本的な経済体制と社会主義市場経済秩序を維持し、経済安全リスクを防止・解決する制度的メカニズムを改善し、国家経済の生命線である重点産業とインフラ、その他の重要経済利益における発展事業を推進する」(19条)と規定されている。

また、同法に先立ち2015年5月に中国共産党中央委員会と国務院は、対外開放を標榜しながらも同時に「核心利益」を守り、開放経済における経済安全体制を確立するために、① 外資に対する国家の安全審査機構の整備、② グローバル化のリスク防止・管理体制と管理システムの構築、③ 経済貿易安全システムの構築、④ 金融リスクの予防と管理システムの整備、を行うことを声明した。2010年台半ばに中国政府が経済安全保障で重視したのは、① 国家安全保障に影響を与える分野での対中投資の事前審査、② 市場管理・監督の強化による安定維持、③ 資源の安定供給のための国際ルートの確保、④ 輸出管理システムの構築、であった。

米中対立下の経済安全保障政策

2018年以降、米国トランプ前政権が経済安全保障を重視した対中政策を進めたことを受けて、中国における経済安全保障の概念も変化した。中国政府が「経済安全保障」という言葉を使う文脈では、コアテクノロジーと関連する知的財産、情報・データ、重点産業の保護、サプライチェーンの確保を強調するようになった。

第14次五カ年計画(2021年3月制定)では第53章「国家経済安全保障の強化」で、「食料安全戦略の実施」「エネルギー資源安全戦略の実施」および「金融安全戦略の実施」について言及している。さらに同計画において「安全」という言葉が150回以上登場し、「安全」を発展の前提条件として位置付けている。

第14次五カ年計画を分析すると、中国の最新の経済安全保障政策は「科学技術イノベーションの強化、技術の自立」と「サプライチェーンを自主的にコントロール出来る能力(双循環)」との相乗効果を中核とし、「食糧、エネルギー、金融の安全」と「情報・データのコントロール」が下支えをすることで、長期的に米国との依存解消を目指す「体系的なシステム」であると理解できる。また、取り組み方については、巨大な市場や企業(国営、IT、製造、中小企業)の資源、政府機能をフルに動員した「組織戦・総力戦」として理解できる。

※5 中国語原文タイトル『美国对中国科技创新研判的历史变迁与未来走向:基于《美国中国经济安全审查委员会(USCC)年报》的分析』、

英語タイトル:The Historical Changes and Future Trends of U.S. Research and Judgment on China‘s Scientific and TechnologicalInnovation :Based on the analysis of "USCC Annual Report"

4 国家安全と情報・データのコントロール

安全保障や産業競争力におけるデータの重要性が高まるなか、世界各国でデータやサーバー空間に対する国家安全と主権の確立のためのルール作りが活発になっている。中国では、国家や企業の競争力を左右する情報・データの国家によるコントロールが、安全保障の重要な要素として位置付けられている。2000年台にはグーグルやフェイスブックなどの米国企業のサービスを利用できないよう制限し、BAT(百度、アリババ、テンセント)などの中国プラットフォーマーが成長する環境を整えた。2017年に施行した「サイバーセキュリティ法」に続き、2021年9月にはデータの統制を強化する「データ安全法」、11月には「個人情報保護法」を相次いで施行。3本の法律で中国国内の重要データの流出を防ぐ体制を固めた。

米中技術覇権競争が激しくなる中で、特に、情報・データの国外への移転に中国政府は神経を尖らせている。滴滴出行(中国配車サービス最大手)は、2021年6月末にニューヨーク証券取引所に上場したが、半年も経たぬ同年12月3日に上場を廃止し、香港株式市場への上場準備に入ることを発表した。米国当局からの要求に基づく中国国内からの情報流出を警戒した中国政府の意向を踏まえた判断だとされる。上場直後の7月に、国家安全法とサイバーセキュリティ法に基づいて、同社のデータ管理に問題がないか中国国家インターネット情報弁公室(CAC)による審査が行われた。さらに、中国国務院と中国共産党中央弁公室の連名で、外国でのIPOに対する取り締まりを強化するガイドライン「法に基づき証券違反行為を取り締まる意見」を発表した。海外上場の中国企業について国境を越えるデータの流通や機密情報の管理に関する法律・規則を整備するとしている。中国政府はさらに、北京証券取引所の新設を打ち出すなど自国資本市場の強化に動き、中国本土や香港での資金調達を促している。米中間のデカップリングが、貿易や技術からマネーに及んできた。

最後に

日本の経済安全保障政策と企業経営は、同盟国である米国と最大の貿易相手国である中国の両国関係に依存することは不可避である。米国は中国とのハイテク覇権争いを制するために、半導体などハイテク産業の技術開発やサプライチェーン強化に政府の介入を強めていくだろう。一方中国は、米国への依存度を下げるために、政府主導での科学技術イノベーションやサプライチェーンをコントロールできる能力の強化を時間をかけても進めるだろう。米中両国内の国民の支持や政治的力学を考えると、ハイテク技術・産業におけるデカップリングが進み、日本企業が「踏み絵」を踏まされる局面が長く続くことは避けられない。

日本企業にとって最大の防御策は、米国、中国のいずれにおいても必要とされる技術を開発して守り、「依存関係」を作り続けることだ。そして、必要不可欠な技術力という「企業が行使できるパワー」を最大限に活かすためにも、米国、中国政府の政策や国内の議論、そして両国の企業の動向を深いレベルで分析していくことが不可欠である。

本稿に関するご質問・お問い合わせは、下記の担当者までお願いいたします。

NTTデータ経営研究所

グローバルビジネス推進センター

主任研究員

岡野 寿彦

E-mail:okanot@nttdata-strategy.com


社会基盤事業本部

社会システムデザインユニット

グローバルビジネス推進センター(兼務)

シニアスペシャリスト

新開 伊知郎

E-mail:shinkaii@nttdata-strategy.com

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