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情報未来

DX推進がパンデミックから地域医療を守る処方箋

No.69 (2022年3月号)
NTTデータ経営研究所 ライフ・バリュー・クリエイションユニット アソシエイト・パートナー 北野 浩之
NTTデータ経営研究所 ライフ・バリュー・クリエイションユニット マネージャー 土屋 裕一郎
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KITANO HIROYUKI
北野 浩之
NTTデータ経営研究所 ライフ・バリュー・クリエイションユニット
アソシエイト・パートナー

病院のコンサルティング会社、会計系ファームを経て現職。医療から健康・予防領域における事業戦略立案、新規事業化支援、PoC支援、行動変容モデルや個別化など次世代アプローチ手法の創出支援を中心にプロジェクトを推進。また「健康×街づくり」をテーマに、街づくりなどに取り組んでいる。

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TSUCHIYA YUICHIRO
土屋 裕一郎
NTTデータ経営研究所 ライフ・バリュー・クリエイションユニット
マネージャー

自治体病院、外資系医療機器メーカー、コンサルティングファームを経て現職。デジタルを活用した事業開発・事業構想策定、ワークショップを活用した伴走型課題解決、行動変容支援などを担う。ビジネス(事業化)×リサーチ(研究)×サイト(現場)の視点でユーザー価値の最適化を支援。博士(医療技術学)、MBA、診療放射線技師。

概要

新型コロナウイルスの蔓延による医療サービスの提供体制の逼迫により、わが国にとって医療サービスの継続性確保が安全保障上、極めて重要な政策であることが明らかになった。

東日本大震災以来、医療機関のBCP対策の重要性は強く意識されてきたものの、パンデミックでは期間が長期に及ぶこと、地域(国)全体で医療の提供体制が逼迫すること(周辺から支援が受けられないこと)などから、通常の震災対策としてのBCPでは限界がある。

本稿では、パンデミック下における医療サービスの継続性確保のための重要な解決策は、医療機関および医療圏全体のDXの推進であることから、今後の医療分野におけるDX推進の意義について述べる。

1 パンデミックの医療機関に対する影響

(1) パンデミックの歴史

コロナウイルスは、2019年12月以降全世界で猛威を振るい、全人類の生活に大きな影響を与えている(感染者数3.8億人、死亡者570万人※1)が、人類がウイルスの脅威にさらされた事例は20世紀以降で少なくても4度あった。中でも最も人類に大きなダメージを与えた例は、1918年~20年のスペイン風邪で、3年の間に5億人が感染、死亡者は1億人を超えていた※2とされる。1978年以降は、鳥インフルエンザによるパンデミックの危険性がたびたび指摘され、2009年にはヒトヒト感染の事例が確認されたが、幸いなことに急速な感染拡大の段階には至らなかった。

(2) コロナ禍による医療機関への影響

国内でのコロナ感染患者は2020年の1月28日に認められ、30日にはヒトヒト感染が確認されたと厚労省より発表。その後、感染者数の拡大を受けて、緊急事態宣言などによる都市機能の封鎖などが行われ、全ての国民の生活に重大な影響を与え続けているが、特に大きな影響を受けているのが医療機関(と医療従事者)である。新型コロナウイルスが指定感染症2類であるため、診察、入院などの対応ができる医療機関が限られ、少ない対応医療機関に、多くの患者が集中した。その結果、医療提供体制のひっ迫などが起こる事態となっている。

これまで医療機関は、東日本大震災などを契機に、医療提供サービスの継続性確保の観点で様々な備えをしてきた。例えば、電源の二重化や貯水槽設備の増設などのライフラインの損失に対する対策、薬品や医療材料の損失補充対策として一定期間の在庫の確保(余剰在庫)や複数取引先との契約、医療機器の破壊やネットワークの破損、紙データ、電子媒体の破損などに起因するデータの消失に対する対策として耐震対策や設備の冗長化・情報のデジタル化やバックアップの取得などが挙げられる。

図1| 過去のパンデミック

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出所| NTTデータ経営研究所にて作成

(3) パンデミックの特殊性(震災との相違点)

このような備えがあったにも関わらず、現在、医療機関に大きな影響が生じている。これは、通常の震災などの災害とパンデミックとの相違があったためと考えられる。

具体的な相違点は、①影響が及ぶ期間が一時的ではなく長期に及ぶこと、②災害の範囲が広範(今回は全世界規模)に及ぶこと、③物理的な損傷を伴わないため、既存の提供体制を維持することを前提に対策が取られること、である。①②の観点では、地震などの災害の際には国内の医療従事者の支援、物資供給などを受け、災害直後の混乱期を乗り越えることができるが、パンデミックでは外部からの支援が極めて困難となる。また③では、日本の特徴である多くの病床数と民間医療機関が医療を担う体制を維持したまま対策を取ろうとしたため、ガバナンスが効かず、医療リソースを集中させるなどの対応が取れなかった。仮に大きな地震発生時であれば、医療機関のハードが損傷することで既存の体制を取ることをあきらめ、早々にドラスティックな対策を取る可能性がある。しかし上記のような事情が重なり、我が国における医療提供体制は大きな影響を受けている。

2 解決策の提示(DXの推進による解決)

次にパンデミックへの対応の反省に立ち、国民の安全保障の観点から、今後の同様な事態において適切に医療提供体制を維持・継続するための方策を、国内の取り組み事例を交えつつ考察する。

(1) 検討方針

被害が長期化、広域化する中で、限られたリソース(医療従事者のほか、もの、情報などを含む)の効率的な活用のために、DXを推進することが必要であるとの仮説に基づき、(2)以下で、経営資源である「ヒト」「モノ」「ジョウホウ」の観点で検討を行う。

(2) ヒトの効率化

医療サービスの主体は「ヒト」である。現在コロナ感染の第6波による感染者数、濃厚接触者の増加により、医療従事者の出勤停止が相次ぐ事態となっている。パンデミックでは長期化という特徴があるため、少ない人員でサービスを維持するための方策が必要であるが、オンライン診療の実用化が進むなど、すでに政策的な対応が見られる。

昭和大学では、通常の診療はもちろん、ICU(集中治療室)の遠隔管理として、病院と離れた場所にある支援センターをネットワークでつなぎ、支援センターにいる専門医が、病院のICU患者の様子をモニタリングできる取り組みを行っている。また、長野県伊那市では、モバイルクリニックとして、医療機器と看護師を乗せた専用車両が住民宅を訪問。医師が遠隔地からビデオ機能を使ってオンライン診療を行い、看護師がその指示に従って検査や処置を施しており、僻地の患者に医療を提供している。また、慶応義塾大学病院(産科)では、オンライン妊婦検診として、MeDaCa Proのビデオ通話機能と、中部電力のプラットフォームを介して体重、血圧などのデータを医師と共有し、診察に活用。ハイリスク妊婦と院内感染のリスクを同時にヘッジできる取り組みを行っている。医師の診察などは感染リスクが極めて高いシーンである。このリスクをヘッジするため、オンライン診療の活用への期待は大きい。診療報酬制度上も点数化されるなど、オンライン診療の間口は広がりつつあるものの、まだ導入する医療機関のメリット(主に診療報酬)が少ないこと、ユースケースが限られること、必要な医療行為ができないことなどの課題も多い。少なくとも最後の課題については、DXの推進により解決可能であり、医療業界に広くオンライン診療が普及することにつながると考えられる。

(3) モノの効率化(物流)

医療サービスは想像以上に「モノ」が必要である。モノがなければあらゆる処置・処方ができない。パンデミックの特徴である長期化は、製造工程における人員不足などによる供給能力の低下や物流段階での遅延などを引き起こすことで医療提供体制に影響を与える。震災時には、被災を免れた地域から物資の供給などを得られるが、パンデミック下では国内はもとより海外からの供給も止まる可能性がある。限られた資源(製薬や医療機器、消耗品などの医療用資材)を、どのように最適に配分するかが重要な課題になる。

この解として、モノの管理を単独医療機関ではなく、地域単位(例えば2次医療圏単位)で行うことが想定される。限られた物資(薬剤や医療機器など)の優先順位の設定を地域全体で行い、そのモノを使える人員がいる医療機関に集中的に投下し、患者を集約することで、継続的な治療を実現できると期待される。そのために必要となる仕組みが、現在は医療機関ごとに管理している在庫管理機能を、物流を担う医薬品・医療機器卸とつなぐという仕組みの導入である。医療機関の在庫管理は、RFID(Radio Frequency Identification : 近距離無線通信を用いて、ID情報などのデータを記録した専用タグと非接触による情報のやりとりをする技術)やSPC(Statistical Process Control : 統計的工程管理)による発注自動化など、DXが進みつつある分野である。この営みをさらに地域の卸(物流)システムと統合することで、それぞれの医療機関が持つ在庫を非常時に一元的に管理可能な仕組みとなる。これによりハード、ソフト両面を見て医療提供体制を維持するために最適なモノの配分が実現する。

なお、医療機関の在庫と地域の物流システムとの連携は、災害時のみではなく平時でも医療機関に効果がある。上記連携を行うことで、在庫管理業務が自動化、効率化するとともに、在庫点数が減少し、キャッシュフロー改善が期待できるからだ。

図2| DXを活用したモノの効率化

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出所| NTTデータ経営研究所にて作成

(4) ジョウホウの効率化(情報連携)

医療提供を支えるため、患者情報は必須である。前記の通り、パンデミック下において、オンラインで受診する際やかかりつけ医に行けないため初めての医療機関にかかる際など、検査が難しい状況も想定される。また、地震など物理的な損傷を伴う災害では、院内のサーバが損傷し、患者情報が消失してしまう事態もある。そこで、現在多くの医療機関が採用している院内サーバでの患者データ保管から脱却し、外部(クラウド)にバックアップをとり、災害時のデータ損失リスクを大幅に削減して医療の継続提供を担保する方策が考えられる。

例えば、独立行政法人地域医療機能推進機構(以下JCHOという)は、JCHOクラウド・プロジェクトとして、2015年7月から10病院を対象としたクラウド型医療情報基幹システム(電子カルテ・医事会計)の構築を進め、複数の病院で運用を開始している。このシステムは、院外のデータセンターに設置されたJCHO専用の共有仮想サーバ上にクラウド型医療情報基幹システムを配備し、閉域データ通信ネットワークで院内の部門システムおよび本システムを操作する端末設備を接続して複数病院の診療業務を遂行するものである。ここでは、サーバを共有することによるシステムの構築および運用のコスト削減に加えて、病院業務データの均質化や活用などを視野に入れている。また、データセンターは東日本・西日本の二か所に設置し、両データセンターに同じ構成でシステムを構築することで、そのデータの相互バックアップを行っている。これにより、地震・津波・洪水などの広域災害発生時における患者情報の消失を防止すると同時に、災害時にも診療業務の継続を確実に遂行する体制を整えている。

さらに、クラウドのデータを地域内連携として、相互に閲覧できる仕組みの導入も必要である。現状では大学病院や急性期病院のカルテを診療所が閲覧できる仕組みの導入が多いが、災害時においては、診療所の持つ平時の患者データを、地域中核病院が参照できる仕組みが求められており、地域連携システムの発展が必要である。

3 最後に

このように医療業界のDX化を通じて様々な課題からサプライチェーンを守ることは、結果的に国民に対して良質な医療サービスを提供するため(安全な暮らしを守るため)に必要不可欠であり、特に今回のパンデミックにより、強く求められていることが明らかとなった。DX化の推進は、通常の診療の品質向上や受診の効率化など、平時での医療機関、患者双方のメリットも大きい。今回の状況は極めて不幸な事象であるが、このことを契機として、医療業界のDXが進むことを願いたい。

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