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グリーンリーダーシップのための行動デザイン

No.68 (2021年11月号)
NTTデータ経営研究所 ライフ・バリュー・クリエイションユニット マネージャー 小林 洋子
NTTデータ経営研究所 地域未来デザインユニット ユニット長 アソシエイトパートナー 江井 仙佳
Profile
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KOBAYASHI YOKO
小林 洋子
NTTデータ経営研究所 ライフ・バリュー・クリエイションユニット
マネージャー

国際機関、国際税務アドバイザリーを経て現職。行動科学の知見を使い、人が行動しやすい環境を作り社会課題の解決を図る行動デザインチームのリーダー。米MITプランニングスクール修了、NPO法人まちのおやこテーブル(設立申請中)理事長

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ENEI NORIYOSHI
江井 仙佳
NTTデータ経営研究所 地域未来デザインユニット
ユニット長/アソシエイトパートナー

大手コンサルティングファームなどを経て、NTTデータ経営研究所に入社。地域計画・開発領域の知見・スキルをベースに、国の府省庁の政策立案から、社会貢献型企業の経営戦略までを行う。サステナビリティやレジリエンス、地方都市圏の再生など、国土全体からグローバルレベルでの課題をテーマとしつつ、身近なスケールからその解決・実現に向けたアプローチを探っている。日本都市計画家協会理事、東京大学まちづくり大学院講師(スマートシティ論)などを兼任。国際コンペ「21世紀の京都 グランドビジョン」受賞ほか。

1 サステナビリティに求められる行動変容

私たちの社会は今、プラネタリーバウンダリー(地球の限界)のリスクに直面している。

2020年3月に公開されたIPBES※1による生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書政策決定者向け要約の日本語版では「SDGsと生物多様性2050年ビジョンは、社会変革(transformative change)なしには達成できない」とし、「今なら、社会変革を可能にする条件を整備できる」とのメッセージを発している。

では、社会変革をどう実現していくか。

かつて米国の文化人類学者レズリー・ホワイトは、文化の構成要素として「技術」「社会制度」「価値観」の3つを挙げ、そのいずれかの変化が他の要素をリードし、社会の変容を促すという社会文化進化論を唱えた。個人に立脚した社会が形成された現在、個々の価値観の変化に基づく「行動変容」が及ぼす影響は以前に増して大きくなっているのではないだろうか。

個人の価値観への働きかけについては、政策実行時においては慎重を期すことが必須である。一方で、制度改革やイノベーションだけでは解決しえない課題も存在しており、とりわけサステナビリティやレジリエンス、地方創生といった大きなテーマ領域においてその傾向が顕著である。個人の尊厳や自主性の尊重といった倫理観を保ちつつ、各人の行動を促し、社会的な要請と個人の最適解とを両立させるべき時代に私たちは立っている。

※1 IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)

2 行動変容をどう促すか

(1)行動するきっかけを作る ~ナッジの活用~

人に自発的に行動してもらおうと上手く働きかけることは難しい。「環境に良いものを提供しても消費者は選択しない」「地球環境を守っていても、価格が高ければ選ばれない」—— こうした声が企業などサプライサイドから挙がるのを耳にしたことは無いだろうか。望ましい行動を伝える啓発活動は興味がない人には届かず、ユーザーヒアリングやアンケートの結果に基づいて商品やサービスを作っても行動が伴わない。ポイント付与で行動のきっかけを作っても長続きしない。これは環境行動に限らず、思い当たる方が多いだろう。

行動が伴わない要因には「関心がない」「価格が高い」という合理的な理由だけでなく、「きっかけがない」「何となく」という一見非合理な要因も関わっている。人間の行動メカニズムや意思決定を研究する行動科学では、人間は案外、直感的に判断して行動を決めており、必ずしも日々熟慮の上で合理的に判断してばかりではないということが分かっている。

我が国では環境省がこの行動特性を踏まえた「ナッジ(Nudge)」という手法に着目し、社会実装を進めている。ナッジとは、本人の選択の自由を尊重しつつ行動経済学などの理論に基づいて本人がより良い選択を自発的にしやすくなるきっかけをデザインする手法であり、元々は「軽く肘でつついて促す」を意味する言葉である。

環境省では、平成29年度からナッジ事業(低炭素型の行動変容を促す情報発信( ナッジ) 等による家庭等の自発的対策推進事業)をスタートし、海外のエビデンスを踏まえてナッジが我が国の行動変容を促進する効果があるか検証を進めており、我が国のエビデンスの蓄積や行動変容モデルの構築を支援している。

これまでに、家庭のエネルギー消費量をよく似た家庭と比較したレポート(HEM:ホームエネルギーレポート)を送付することで省エネ行動を促す省エネナッジ、GPSセンサを使い環境に良い走行をしているかをフィードバックするエコドライブナッジ、配送日をあらかじめ通知することで配達時の受け取りを増やし、再配達を削減する実証などが行われている。当社も環境行動を促すナッジの実証を行っているところである。

(2)行動しやすい環境づくりを ~企業の行動変容のススメ~

行動するきっかけをデザインする手法としてナッジは広がりつつあるが、限界もあることも見えてきた。ナッジは意識的に行動する関心層には天井効果があり、行動したくない意思が明確な無関心層には反感を買ってしまうこともある。また、行動をはじめた後の継続性にも課題がある。

大事なことは手法の是非ではなく、行動ができない要因(ボトルネック)に合わせて適切なアプローチをデザインすることで、当社では「行動デザイン」と呼んでいる。行動のボトルネックには大きく分けて「個人要因」と「環境要因」がある(図表1)。行動を促したい人が、行動についてどう捉えており行動する動機があるか(認知)、行動できる状態にあるか(能力)、行動するために必要な手段はあるか(実現手段)、行動できる環境か(環境)を分析する。(図表1)

図表1|4つの行動阻害要因(ボトルネック)

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出所| NTTデータ経営研究所

どのように行動するべきかではなく、人が実際にどのように行動するかを前提に、行動しやすくなるよう全体をデザインして手法を選ぶことが行動デザインの要諦である。要するに、人が行動しやすい状況を作るのである。

サステナビリティに関して言えば、個人が持続可能性に好影響をもたらす購買活動「スマートチョイス」をしないことを問題視するのではなく、スマートチョイスをしない人がいることを前提に、チョイスしやすい環境をいかにつくるのかについてのアイデアとイノベーションが求められている。

そして、行動デザインの観点からそのリーダーに相応しいのは、B2Cに関わる企業や事業者ではないかと考えている。なぜならば、個人の行動起点で見ると企業は「環境」に位置付けられるからである。企業が生活者に環境貢献を促す機会や「結果的にサステナブルな行動をしてしまう」選択肢を提供することで、自らもビジネスチャンスを拡げながら、社会の変容を後押ししていく —— こうしたグリーンリーダーシップによる「経済と環境との両立」の実現は理想の姿の一つではないだろうか。

3 グリーンリーダーシップ支援

企業がグリーンリーダーシップを発揮していく際の課題の一つは、無関心層の存在であろう。そこで、サステナビリティに関心が高くない人に対しては、サステナビリティ以外の価値を提供することも重要である。例えば、タバコのポイ捨て対策として、ごみ箱を投票箱に見立てて「ロナルドとメッシ、どちらが世界一のプレイヤーか」と質問を書いておき、思わず吸い殻をゴミ箱に捨てたくなるように工夫することが例として挙げられる。これはイギリスの事例だが、ポイ捨てによる迷惑行為を4割減らす効果があったとされる。

本来の目的はタバコのポイ捨てを減らすことだが、「ポイ捨てはやめましょう」と貼り紙をする正攻法ではなく、思わず行動を変えたくなるように環境をデザインするのである。大阪大学の村松真宏教授が提唱する仕掛け学の3要素の一つにある「目的の二重性」である。本人からすると行動する理由は興味や面白さだが、結果的に本来の目的が達成されるのである。

もう一つの課題は、サステナビリティに対して単独でイノベーションを起こすことが難しい点がある。これに対しては、リーダー同士のプラットフォームが重要と考えている。当社では令和元年度以来、サステナビリティの中で最も生活に密着した「食」の領域に着目し、継続的に「食べる」ことと「地球の持続可能性」とをつなぐ取り組みを、国や民間企業と連携して進めてきた。そのなかで見えてきたヒントをいくつか紹介したい。

(1)企業の行動変化を促すために

①さまざまなアイデアの共有

当社は、農林水産省、消費者庁、環境省が進める「あふの環プロジェクト」の事務局機能の一部を受託、そのサポートを継続している。このプロジェクトは、食品や農林水産物の持続的な生産・消費の実現を目指すもので、勉強会や持続可能な取り組みを紹介した動画を表彰する「サステナアワード」などを実施している。

本プロジェクトの特徴の一つは、企業や農林水産業の生産者が主役であることである。2021年8月末現在、大手流通や食品メーカー、農業生産者、国連環境計画など128の企業・団体などが参加している。国連総会の開催時期にあわせて実施する「サステナウィーク」では、これら「あふの環メンバー」が、持続可能な活動を一斉発信する取り組みを行っており、様々なアイデアが生まれ、共有する機会となっている※2

(2)企業の行動変化を促すために

②共感・共有価値重視のコレクティブ・インパクト

当社は、環境省事業「STOP!食品ロス」プロジェクトを機に、株式会社オールアバウトが立ち上げた事業創出プラットフォーム「Collective Action Japan」に運営パートナーとして参加している。

本プラットフォームでは「消費者のせいにしない」をテーマに、コンポスト、規格外食材の有効活用、獣害対策のジビエ利用などについて、コレクティブ・インパクト型でのプロジェクト創出を図っている。こうした、グリーンリーダーシップ型のプロジェクトメイキングにあたっては、一般的な事業創出に比べ、より一層「共感」や「共有価値」などが重要視されることを日々感じている。通常のマーケティングに加え、「家庭からの生ごみをゼロするには」「生産現場での不適格品を100%利活用するには」といった社会課題解決のアジェンダを立て、関心層も無関心層も行動しやすい取り組みを共創していくことが成功の鍵となるのではないだろうか。

※2 各年の取り組みは、農林水産省WEBサイト(https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/being_sustainable/sw2021_map.html)に掲載されており、これからサステナブルな取り組みを始めようとしている事業者にとって参考となるアーカイブとなっている。

4 まとめ

社会変革に向けては国民全員の意識変革ができれば理想だが、それは現実的ではない。そのため、サステナビリティに対する関心の程度がそもそも人によって異なることを前提に、①サステナビリティの関心層に対しては普及・啓発を通じて正しい情報を提供し、サステナビリティやエシカルを正面から訴える商品やサービスを提供すること、②正攻法では行動しにくい層には思わずサステナブルな行動をしてしまうアイデアを具現化することを通じてグリーンリーダーシップを発揮することが、企業に求められている。

また、企業には、自社だけでなくサプライヤーを含めたサプライチェーン全体の変革が求められている。B2C企業が消費者のサステナブルな行動を促す環境アプローチを実行できれば、まさにグリーンリーダーシップを体現することになり、そしてその効果を二酸化炭素排出量などに換算できれば、ESG投資などにおいても評価につながるだろう。

プラネタリーバウンダリーのリスクが迫るなか、あらゆる主体の行動が今、必要である。人の行動に着目して社会の変容を後押ししてビジネスチャンスも広げるグリーンリーダーシップの行動デザインをともに実践していきたい。

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NTTデータ経営研究所

ライフ・バリュー・クリエイションユニット

シニアマネージャー

小林 洋子

E-mail:kobayashiy@nttdata-strategy.com

Tel:03-5213-4110

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