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EUタクソノミと先行する欧州サステナブルファイナンス

No.68 (2021年11月号)
NTTデータ経営研究所 金融政策コンサルティングユニット マネージャー 池田 雅史
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IKEDA MASASHI
池田 雅史
NTTデータ経営研究所 金融政策コンサルティングユニット
マネージャー

1 はじめに

2050年までのカーボンニュートラルの実現、2013年度対比で2030年までに温室効果ガスの排出量を46%削減させるなど、ここ1年で、環境配慮・CO2排出量削減にかかる政策アジェンダは一気に具体化した。定められた時間軸および目標の達成にむけ、官民各者は、その取り組みをさらに加速させる見込みである。

グローバルでみると、環境配慮や持続可能性に着目した取り組みは、欧州が先行するとされる。本稿では、取り組みを促すドライバーのひとつとして、金融も含めて業界へのインパクトが大きいEUタクソノミについて概説するとともに、さらに先行する取り組みとして、関連する欧州銀行の動きについて述べたい。

2 EUタクソノミとは

EUタクソノミ(EU Taxonomy)とは、2019年12月に公表された「欧州グリーンディール(European Green Deal)」に即し、2020年7月に施行された環境配慮に資する経済活動についての分類基準である。「欧州グリーンディール」は、「気候中立な大陸(Climate-neutral Continent)」の実現にむけたEU環境政策の全体像を示したもので、EUタクソノミはその柱のひとつとなる。EC(欧州委員会)はClimate-neutralの実現について、企業単独の取り組みではなく、投融資など、金融による後押しが不可欠と考えている。EUタクソノミは、「環境に持続可能な経済活動(environmentally sustainable economic activities)」を行う企業・プロジェクトに対して、より多くの資金が集まるようにするための”仕掛け“になると期待されている。

EUタクソノミが定める、「環境に持続可能な経済活動(envi-ronmentally sustainable economic activities)」となるには、次の4つを満たす必要がある。

①以下の6つの「環境目標(envi-ronmental objectives)」のうち、1つ以上について大きく貢献すること

  • 気候変動の緩和(Climate change mitigation)
  • 気候変動への適応(Climate change adaptation)
  • 水と海洋資源の持続可能な利用と保全(The sustainable use and protection of water and marine resources)
  • サーキュラーエコノミーへの移行(The transition to a circular economy)
  • 環境汚染の防止と抑制(Pollution prevention and control)
  • 生物多様性と生態系の保全と回復(The protection and restoration of biodiversity and ecosystems)

②上記①を満たしつつ、残りの環境目標(すなわち、最大5つ)のいずれにも「著しい害を及ぼさない(DNSH:Do No Significant Harm:DNSH)」こと

③最低限の「セーフガード」は満たしていること(例:多国籍企業に対するOECDのガイドライン、事業や人権にかかわるUNの指針・原則)

④EU Technical Expert Group(以下、EU TEG)が定めた「技術的スクリーニング基準(technical screening criteria)」を満たすこと

「1つ以上について大きく貢献する」、「いずれにも『著しい害を及ぼさない(DNSH:Do No Significant Harm:DNSH)』こと」など、識別には一定の定性判断が残るものの、今後は、各業界で、実践に向けた活動・プラクティスが蓄積されるものと考える。

EUタクソノミは今後、欧州各国の規則に落とし込まれることが想定される。弊社は昨年度、市場関係者に対し、EUタクソノミ含めた環境配慮などに関する規則の認知度・取り組み度合いを、調査した。その結果をみると、「他の規則と比べると、EUタクソノミを含めた欧州規則についての情報収集はこれから」「本邦規則と比べると、現地ならではの情報を収集するのは難しい」などの意見が相次いだ。また「取引先の選別につき、欧州企業は、環境配慮の度合いや施策をより厳格に見るようになった」との声もあった。環境配慮や持続可能性への問題意識の高い欧州企業との取引および同地での事業展開においては、これまでになく現地の動向と諸規則への理解が求められることとなろう。(表1)

表1|注目すべき欧州規則とインパクト(例)

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出所| NTTデータ経営研究所

3 EUタクソノミに先行する欧州のサステナブルファイナンス

欧州銀行では、EUタクソノミ以前から、環境配慮・サステナビリティ向上にむけた取り組みが進められている。以下で、いわゆるサステナブルファイナンスについて欧州当局の考え方を述べるとともに、欧州における民間銀行の取り組みを2つ紹介したい。

(1) サステナブルファイナンス

EC(欧州委員会)によると、サステナブルファイナンスとは、ESGを考慮したファイナンスなどとされる。環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)を投融資に際し考慮することで、持続可能性の高い経済活動やプロジェクトに対し長期の投融資資金が流れることが期待されている。環境に対する考慮とは、環境汚染の抑制や循環社会に留まらず、気候変動への影響抑制や適応を含む。また、社会に対する考慮とは、人権のほか、不平等に対する考慮やインクルージョンも含んでいる。また、ガバナンスでは、組織態勢や従業員との関係を含むほか、環境や社会に対する意思決定を着実・的確なものとすることも含む。

サステナブルファイナンスとは、環境への悪影響を抑制しつつ、社会やガバナンスを考慮することで、経済的な成長を後押しする金融(ファイナンス)などとされ、冒頭で述べた、欧州グリーンディールの着実な遂行において不可欠とされている。

(2) 欧州銀行の取り組み

欧州銀行の取り組みとして、フランスを代表するBNP Paribas銀行と、ドイツの地域銀行であるGLS Bankの取り組みを紹介しよう。BNP Paribasでは環境配慮に対する取り組みの早さ、GLS Bankでは地域の専門機関と連携した仕組みづくりといった点で注目に値する。

■ BNP Paribas銀行の例

BNP Paribasは、持続可能性などに関する取り組みとして以下の5つを柱とした活動を行う。

A) エネルギーの移行および気候変動に関するアクション(Energy transition and climate action)

B) 自然資本と生物多様性(Natural capital and biodiversity)

C) 持続可能な預金・投融資(Sustainable savings, investment and financing)

D) 循環社会(The circular economy)

E) 社会と金融の包摂(Social and financial inclusion)

このうち、A)については、2015年の時点でパリ協定に沿う形で融資のポートフォリオを調整することを表明したうえで、2017年には、非伝統的なハイドロカーボン(炭化水素)や、石炭火力発電への新規投融資の停止を発表している。2021年には、石油やガスの採掘や生産に関する投融資エクスポージャーを2025年までに10%削減することを打ち出した。

また、C)については、預金者・貸出先に留まらず、幅広い地域の専門機関を意識した、より広範囲の方針を打ち出している。実際、同社HPによると、BNP Paribasは、持続可能な預金・投融資を行うにあたり、将来の受益者や、これら受益者から信託を受けるアセットマネジメント会社などの仲介機関も、ステークホルダーとして視野に含めるとしている。

さらに、グループでは、プライベートバンキングや生命保険、退職預金や従業員の預金、不動産投資など含め、広範囲のソリューションを開発することも打ち出している。直近では、2021年5月に、アセットマネジメント部門・生命保険部門・ウェルスマネジメント部門・不動産部門の4部門連携により、専門の個人向けサービス部門(Investment and Protection Services)を立ち上げ、グループ全体で、顧客に対し総合的なサービスを提供することを発表した。

BNP Paribasはこの他、ソーシャルファイナンスや、グリーンボンドの組成・引き受けなどでも先行することが知られ、IFRやEuromoneyなどの業界誌において複数回にわたりサステナブルファイナンスについてのアワードを受賞した。我が国の銀行は、PRI(責任投資原則)やPRB(責任銀行原則)などへの署名を契機に、環境配慮にむけた投融資および関連する活動に着手しつつあるが、開始の時期やコミットメントの強さ、グループ力の結集度合いなど、BNP Paribasの取り組みの後塵を拝していることは否めないようにも思われる。

■ GLS Bankの例

次に、相対的に経営資源の限られる地域銀行ならではの取り組みとして、ドイツで最初の“social-ecological bank”であるGLS Bankの取り組みについて述べたい。

GLS Bankは総資産7000億円程度の地域銀行で、ドイツで初めて創設された、社会・環境を配慮した活動を行う銀行である。同社の取り組みで興味深いのは、「認証(certification)」を用いて、気候変動の抑制やCO2排出量の削減を、地域の専門機関と連携して進めていることである。

具体的には、①CO2排出量の測定ツールを提供する会社、②CO2排出量をコントロールするためのアドバイスを行う研究機関、の2社との協業により、「Stop Climate Change」という認証サービスを提供する(順にKrimActive社、Wuppertal Institute社)。規模の小さい金融機関ゆえ、専門人材などリソースに制約がある一方、1回の認証に留まらず、安定的に認証・監視を行う仕組みを構築することで、地域の持続可能性向上を目指しているとも解釈できる。(図1)

図1| 認証「Stop Climate Change」をめぐる連携図(イメージ)

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出所| NTTデータ経営研究所にて作成

GLSは、「Gemeinschafts-bank für Leihen und Schenken」の意で、これは、貸出・寄付と協働する銀行などの意味を持つ。同銀行は、有機農家や自然・健康に関する機関、介護施設や、失業者のためのプロジェクトなど、環境・社会に配慮した事業・活動に対し、投融資を行う銀行である。上記の認証制度は、地域の持続可能性を高めるための仕組みのひとつであるが、地域の専門機関と連携しつつ、社会・環境配慮にむけた金融を行っていることは、示唆に富む。我が国地域銀行においても、ESGや持続可能性などを意識した金融は緒に付きつつあるが、リソースの制約を乗り越えるため、たとえば、地域の専門機関と連携出来れば、提供するサービスや仕組みの実効性を高めることができるのではないだろうか。

4 今後にむけて

本稿では、目下業界への影響が広範に見込まれるEUタクソノミを概説しつつ、事例として、先行する欧州銀行の取り組みを2つ紹介した。これらは、必ずしもEUタクソノミのみを踏まえたものではないが、同規則以前より、環境・社会への配慮・持続可能性の向上に向けた取り組みを進めていたことは注目に値する。

残念ながら、ESG・SDGsに関する本邦における金融機関の取り組みは、コミットメントや実効性が弱いのではないかとの指摘も一部ではある。実際、プレスリリースやその他開示資料で示される取り組みの中には、既存の取り組みにESG/SDGsを紐付けたものや、アドホックで施策の背景にある思想が窺えないものもみられる。

例に挙げた2つの銀行の取り組みは、コミットメントの強さと先行性(BNP Paribas)、リソースの制約を克服するための連携・仕掛け(GLS Bank)という意味において示唆に富むものである。我が国の銀行においては、地域の持続可能性や我が国の持続可能性を意識した、文字通り長期視点に立つ取り組みがこれまでになく求められている。

本稿に関するご質問・お問い合わせは、下記の担当者までお願いいたします。

NTTデータ経営研究所

金融政策コンサルティングユニット

マネージャー

池田 雅史

E-mail:ikedam@nttdata-strategy.com

Tel:03-5213-4115

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