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デジタル庁発足による電子行政へのインパクト

No.66 (2021年2月号)
NTTデータ経営研究所 社会基盤事業本部 社会システムデザインユニット長 パートナー 上瀬 剛
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KAMISE TAKESHI
上瀬 剛
NTTデータ経営研究所 社会基盤事業本部 社会システムデザインユニット長
パートナー

郵政省(当時)、外資系コンサルティングファームを経て現職。IT政策、電子政府等の公共分野を中心に、新規事業立案、グローバル展開、制度検討、IT人材育成、働き方改革まで多岐にわたるコンサルティング、調査を手がける。

1 はじめに

菅内閣の看板施策であるデジタル庁設置については、9月末に弊社ホームページ上の「経営研レポート」にて背景や注目点などを取りまとめた※1。執筆から2か月以上経過した現在(2020年12月上旬)でも多くのアクセスがあり、デジタル庁に対する読者からの高い関心をうかがわせる。

その後、政府内での検討も急ピッチで進み、2021年の通常国会への法案提出を経て、デジタル庁の発足は2021年9月頃へと当初予定よりも前倒しされることが確実な状況である。ここでは、本稿執筆時点での情報を基に、重要施策と実現課題を整理する。

2 組織面

ITに係る省庁再編の先例である90年代の橋本行政改革では、通信放送員会設置などの抜本的見直し※2を中間報告で示したものの、その後の巻き返しにあい、結果的に小規模な組織見直しにとどまった。しかし今回は、組織規模、予算や権限のいずれにおいても当初想定されたものよりも強力かつ広範となる見込みである。

これまでの検討が順調に進んだ理由は以下のとおり。

  • 菅総理の直轄案件かつ平井担当大臣の専門領域であることから、官僚任せになっていない
  • 各府省としても、一部権限がデジタル庁に移行したとしても、デジタルでの取り組み強化方針の下、様々なIT系の予算、政策がとおりやすい環境にある
  • 1人10万円の定額給付金やマイナポイントなどにより政府のデジタル化戦略が国民に身近になり、表立っての反対、抵抗がしにくい

(1)権限

デジタル改革関連法案ワーキンググループ作業部会の2020年11月20日の第4回会合での取りまとめ資料※3(以下「取りまとめ資料」)にて、以下のとおりデジタル庁の権限に関する方向性が示された。医療、教育、防災については「準公共領域」としてデジタル庁による積極的関与の根拠を与えるとともに、地方自治体の業務の標準化では地方行政を重視する政権の意向がうかがえる。

  • 内閣の事務を直接助け、デジタル社会の形成に関する司令塔として、各府省の施策の統一を図るための総合調整機能(勧告権を含む)を有する
  • デジタル政策の企画立案を行い、国、地方公共団体、準公共部門などの情報システムを統括・監理し、重要なシステムについては自ら整備する。これにより行政サービスを抜本的に向上させていくことが求められる
  • デジタル庁がつかさどる事務は、国の情報システム、地方共通のデジタル基盤、マイナンバー、民間のデジタル化支援、準公共のデジタル化支援、データ利活用など

一方で、各府省に対する総合調整、統括、監督といった点については、具体策は今後の設計、運用に委ねられている。設計次第で屋上屋を架すリスクもあり、業務負荷増、スピード感の損失とならないようなITおよびデジタルの導入に係る事前・事後の実施プロセスの設計がポイントになる。

(2)人員、組織

デジタル庁の組織については、与党からの後押しも得て、民間登用を含む500人規模の大規模組織を志向しており※4、トップは若手、民間になる可能性があるとされている。自民党も、人材の採用、配置においては従来の組織文化や前例にとらわれずに、人材の登用強化を図るべきと提言をしている。※5

一方で、多くの人数を抱えたからといって、十分機能するかは別問題である。これまでも独立行政法人、公的金融機関などで民間からトップを迎えたケースは多くあったが、待遇、安定性(時の政権の意向で人事が行われる)、国会対応や霞が関内の調整業務といった独自の要因により、必ずしも十分に力を発揮できたわけではない。現段階で、トップおよびそれに準じた幹部層の人事は発表されておらず、難航する可能性もあろう。また、実務レベルの採用においても、IT技術、サービス開発やマーケティングにたけた人材を民間から多く確保することは、待遇や勤務環境面から容易とは言えない。監督、予算、各府庁との調整などを担う官僚出向組とは異質な面もあることから、トップが両者を使いこなすのは至難の技である。

民間企業から人材を確保する場合、従来のような若手の出向による勉強の場としての位置づけのみならず、優秀な民間のエキスパート人材がデジタル庁で長らく働き続ける、あるいは数年勤務後に、出身企業以外から専門性を買われてより高い処遇を受けるといった人材流動性の確保も鍵である。

(3)予算

政府情報システムは「デジタル庁システム」「デジタル庁・各府省共同プロジェクト型システム」「各府省システム」の区分に分類されている。予算の大部分を占める各府省システムにおいては、現在予算案策定中の次年度(2021年度)分までは各府省予算とするものの、2022年度予算からはデジタル庁予算として一括計上の方向で検討とされている。検討という用語は政府内の最終調整が済んでいないことをうかがわせるが、2022年度概算要求に向けた準備が本格化する2021年春以降に政府および関係するIT企業がどういった動きを見せるのか注目である。

3 地方行政における標準化、クラウド展開

取りまとめ資料にある一連の主要施策のうち、国の情報システムやデータの整備については、菅内閣発足以前から、「クラウドファースト」「官民データ活用」などの戦略が進められており、その継続・補強としての色合いが強い。その一方で、地方行政における標準化、クラウド展開とマイナンバーカードの普及については、現政権の強い意向、独自性が表れている。

(1)地方行政における標準化

基幹系情報システムについては、2025年までに標準準拠システムに移行するという目標を立てる。その上でIT室、総務省、各府省の役割分担の下、地方行政にかかる総務省系、医療・福祉・年金などにかかる厚生労働省系を中心とする、計17業務を対象に検討が進められる。

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総務省系業務については、税務システム等標準化検討会、住民記録システム等検討会が前政権時代に設けられ、標準仕様を各IT事業者がパッケージ上に機能として搭載するための取り組みが動き出している。今後は他府省においても同様な動きが広がるとともに、政府から各地方公共団体やIT事業者に対して、従来の推奨を上回る強い措置が取られる可能性もある。

(2)地方公共団体向けの全国版クラウド

一方、クラウド化についても、「クラウド化については、迅速かつ効率的に進めるため、地方公共団体が利用できるプラットフォームを、国が提供する」と、国の積極的関与が明確に示された。こうした国主導の全国レベルでのクラウド展開は、関係者により長年提唱はされてきたものの、導入インセンティブや義務化の弱さ、三層分離※6と呼ばれる独自の地方公共団体向けセキュリティ対策もあって進んでこなかった。

今回の取りまとめ資料で示されたのは政策の方向性にとどまるが、今後は、費用対効果の検証とともに、移行しやすい環境構築、予算の確保、セキュリティ対策との整合性確保といった具体策が問われる。

(3)実現に向けた具体策

大規模自治体向けの緻密な標準化を、住民数万人程度の自治体に対して進めるのは難しいとされている。また、地方が住民ニーズに合わせて進めてきた個別行政サービスとの整合性もあり、一つの方式で全自治体を縛る標準化は有効に機能しない可能性がある。

そうした点を踏まえると、全自治体が守るべきルール(一階部分)と、独自展開を認める部分(二階部分)を設ける仕組みが現実的だと考えられる後者については、スマートフォン上のアプリ市場のような「カフェテリア方式」として、一定のルール、互換性に準拠しつつ市場原理を働かせ、自治体で最適なものを選択できる仕組み(以下のパターン3)が望ましいのではないかと思われる。

クラウドに関しても、国内外でパブリッククラウドが複数大手の競合により発展してきたことを踏まえ、基盤部分は共有しつつ、サービス領域(SaaS)では複数から選択できる環境を構築できるかが鍵となる。(図1)

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4 マイナンバー

(1)現況

マイナンバーおよびマイナンバーカードの活用は、特にコロナ禍において定額給付金や電子決済におけるマイナポイント還元策などによって身近に感じられるようになった。カード発行枚数は伸びを見せているものの、2020年11月1日時点では約2780万枚※7にとどまっており、政府が目標とする「2022年度末にほぼ全国民への発行」との乖離は依然として大きい。

(2)今後の施策

政府が進めるカードの利活用拡大施策のうち柱となるのは、各種資格証のカードとの一体化であり、健康保険証と運転免許証との一体化が鍵となる。このうちマイナンバーカードの健康保険証利用は、2021年3月に開始予定で、既にマイナポータル上での利用申し込みが可能である※8

マイナンバーカードの健康保険証としての利用には、以下のようなわかりやすいメリットがある。

  • 就職や転職、引越ししても保険証の切替えを待たずにカードで受診が可能
  • カードリーダーにかざせば、スムーズに医療保険の資格確認ができ、医療機関や薬局の受付における事務処理の効率化が期待できる
  • 自分の特定健診情報(2021年3月)、薬剤情報(同10月)をマイナポータルで確認可能(括弧内は開始時期)

今後は、これまでになかったこうしたわかりやすいメリットが国民に伝わるか、また、マイナポータル経由での申し込みを要するという手続き面でのハードルを越えることができるかが正念場となる。

一方、菅内閣で急速に動き出した運転免許証との一体化については、2020年12月11日に開催されたマイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ(第6回)での配布資料「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤の抜本的な改善に向けて(案)※9」によると、「運転免許証について、令和6年度(2024年度)末にマイナンバーカードとの一体化を開始する」とされている。

5 最後に

本稿では、デジタル庁の重点施策のうち、地方行政における標準化、クラウド展開およびマイナンバーカードに焦点を当て説明した。しかしデジタル庁にはそのほかにもサイバーセキュリティ、準公共分野での利活用拡大、データ活用促進などの多岐にわたる課題が待ち構えている(図2)。

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今後は法案の国会審議とともに、デジタル庁発足の具体的準備が加速すると思われるが、組織立ち上げを自己目的とせず、国民や企業がIT活用のメリットを十分享受できるような政策が実行されているか、引き続きフォローしていきたい。

※1 https://www.nttdata-strategy.com/knowledge/reports/2020/0930/

※2 平成9年9月 行政改革会議中間報告 http://www.kantei.go.jp/jp/gyokaku/0905nakaho-01.html

※3 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/dgov/houan_wg/dai4/siryou2.pdf

※4 NHKニュース(2020年11月15日)(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201115/k10012712821000.html)

※5 自民党衆議院議員 小林史明氏HP上の自民党による11月17日付提言全文(https://fumiaki-kobayashi.jp/archives/4139)

※6 市町村のネットワークを個人番号事務系、LGWAN接続系、インターネット接続系に分離、分断するもの

(https://www.soumu.go.jp/main_content/000688753.pdf)

※7 総務省「マイナンバーカードの市区町村別交付枚数などについて」https://www.soumu.go.jp/main_content/000717511.pdf

※8 https://www.gov-online.go.jp/tokusyu/mynumber/insurance_card/

※9 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/dgov/kaizen_wg/dai6/siryou2.pdf

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