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地域公共交通におけるMaaS基盤整備

No.66 (2021年2月号)
NTTデータ経営研究所 金融政策コンサルティングユニット 地域公共政策チーム マネージャー 坂田 知子
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SAKADA TOMOKO
坂田 知子
NTTデータ経営研究所 金融政策コンサルティングユニット 地域公共政策チーム
マネージャー

自治体の総合政策部門で政策立案に長く従事し、地域公共交通の責任者を兼務。MaaS基盤整備の1つであるGTFS-JPデータ整備に関する講演や寄稿を手掛ける。2020年より現職。自治体の総合政策アドバイザーを務めるほか、まちづくりプロジェクトにも従事。

はじめに

世界初の自動運転車両が間もなく発売開始となる中で注目されるMaaS(Mobility as a Service)だが、一般的には、自動運転や電気自動車、アプリを活用した予約やキャッシュレス決済など、新技術の総決算がイメージされることだろう。ただし、MaaSで大切なポイントは、利用者にとって使いやすい交通のあり方を定義することであり、必ずしも莫大な投資を伴う新技術導入とセットである必要はない。

国土交通省では、MaaSを「交通以外のサービスとの連携により、移動の利便性向上や地域課題の解決にも資する重要な手段となるもの」と解説している(図1)。

図1|MaaSとは

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出典| 国土交通省「日本版MaaS」の推進より https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/japanmaas/promotion/index.html

この「地域課題の解決」に資するという点が実は重要だ。「交通サービスをそれ以外のサービスと組み合わせて地域課題を解決する」どころか、地方においては、「交通空白地域」いわゆる「公共交通機関がない」という現状があり、そのこと自体が「深刻な地域課題」となっているのが実態だからだ。

その深刻な地域課題である「公共交通サービスの提供」をクリアしたうえで、創意工夫を凝らし、「地域課題の解決に資するMaaS」の実現を目指すわけだが、自治体にとってはハードルが高い取り組みである。こうした地方の現状に配慮してか、国はMaaSの前段となる「基盤整備」に対して支援を行うようになった。2020年11月17日に発出された国土交通省の報道資料によれば、令和2年度、MaaSの基盤整備としてAIオンデマンド交通の導入、キャッシュレス決済の導入、運行情報などのデータ化について全国41事業者への支援を決定したとされる。

そこで本稿では、MaaS基盤整備のうち運行情報などのデータ化に着目し、課題多き地方都市の取り組みと、地域課題に資するMaaS実現への展望について考察したい。

1 地域公共交通を支える自治体

公共交通にはさまざまな種類がある。鉄道、バス、旅客船、旅客機、タクシー。これらの公共交通サービスは、都市部ではそのほとんどが民間の事業者により提供されている。

ただし、地方都市では事情が異なり、県や市町村などの自治体が公共交通サービスの提供主体となっている場合がある。その多くはバスであり、いわゆる「コミュニティバス」と呼ばれるものが中心だ。民間事業者が運行するバスは一般には「路線バス」と定義され、運行主体の違いによって同じバスであっても呼称が区別されている。

ではなぜ、世の中には多くの民間交通事業者が存在するにもかかわらず、自治体がわざわざバスを運行しているのだろうか。この背景には、人口減少を受け民間事業者が路線バスの運行サービスを「収益事業」として認識することが出来ないが故にそもそも参入しない、あるいは撤退してしまう、といった地域事情が横たわる。そこで、住民の生活を支えるインフラを維持することを目的に、自治体が交通サービスの提供主体とならざるを得ないのだ。

2 自治体が負う交通事業者としての責務

コミュニティバスは自治体が道路運送法に定める申請を行い、国土交通大臣からの「自家用有償旅客運送者」の登録を受けなければ運行することができない。安全運航を念頭に複雑な要件が課されており、登録は容易な作業ではない。加えて地域の特性や実情に応じた運行計画(運行ルート、ダイヤ、運賃設定)を立案し、バス停の管理やバス車両のメンテナンス、運転士の確保(ほとんどの場合が地元のタクシー会社などの交通事業者に運行業務を委託)なども行う必要があるほか、何よりも利用者の安全を第一義に考えなくてはならない。コミュニティバスを運行させるということは、バス会社を経営することそのものなのである。

3 実務からみた地方版MaaSの基盤整備

筆者は自治体での勤務時代、総合政策部門の経験が長いのだが、セカンドミッションとしてMaaSおよびこれに向けた交通基盤整備の企画立案を担当し、交通政策部門を支援していた。当時、自治体のコミュニティバスの担当のもとには、バスに関する問い合わせが頻繁に寄せられていた。

主に「△△というバス停から病院まで行きたいのだが、何時のバスがあるか」という生活利用の問い合わせと「〇〇まで行きたいのだが、交通手段はあるのか」という観光利用での問い合わせが中心だ。これは、そもそもコミュニティバスの存在が十分に認識されていないことによるものと解釈される。

事業者としては、これらの問い合わせは、機会損失にも営業機会にもなり得る「芽」である。問い合わせをしてもらわなければ、バスの乗車機会を逃していただろう。それどころか、自治体として内外にコミュニティバスの認知度を高める工夫が不足していた可能性もあるのだ。さらに憂慮すべきは、そもそも「問い合わせという行為自体が面倒」と思う人が潜在的に多数存在する可能性が否定出来ないことだ。

ただし、住民の福祉のために働く自治体では、これらを「機会損失」とは認識するものの、「儲け損ない」とは捉えない。移動に制約がかかり、目的を達成できなかった住民の「外出機会」や観光客などの「来訪機会」を損なうことの方が真の「機会損失」と認識しているからだ。

4 経路検索に公共交通データを反映させるうえでのハードル

では、コミュニティバスの存在が地域内外で容易に認知され、かつ利用しやすいものとするためにはどうしたらよいだろう。利用者視点で考えてみると、最も簡便な情報の入手方法はインターネットを活用した経路検索ではないだろうか。

出発地と目的地のバス停や駅名を入力すると、最適な経路が表示されるというものである。とりわけGoogleマップは、バス停名や駅名が分からない場合でも、今自分がいる現在地を起点とし目的地の名称を入力するだけで、経路が表示されるという点で利便性が高い。

2017年、国土交通省ではこの経路検索におけるバス情報の充実に向けた取り組みとして「標準的なバス情報フォーマット」を定めた。JRや私鉄については、運行データを集約して販売する事業者が存在するため、経路検索サービスでのカバー率が高い。ところがバスに関しては、バス事業者自身がバスデータを作成し、経路検索事業者に提供しなければ表示されない現状にある(図2)。

図2|日本の公共交通データ流通の現状

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出典| 東京大学生産技術研究所 伊藤昌毅氏

資料「全国で進むGTFS-JPデータ整備:経路検索サービスでの活用と応用」

九州運輸局ホームページ 標準的なバス情報フォーマット(GTFS-JP)勉強会in熊本より

https://wwwtb.mlit.go.jp/kyushu/gyoumu/kikaku/file26-3_00004.html

「標準的なバス情報フォーマット」はバス事業者と経路検索事業者間でデータ授受をスムーズに行うためのデータ形式を示したものであるが、構造が複雑なため、併せてデータの作成手順も手引きとして用意されている(以下、標準的なバス情報フォーマットにより作成されたデータのうち静的データフォーマットを指して「GTFS-JPデータ」という)。

コミュニティバスの場合、自治体では運行データをExcel、もしくはWordで作成するのが一般的で、一元的な管理がなされていないケースが多い。しかも、これらのデータは、経路検索に必要な情報を満たしていない。経路検索サービスに提供するためだけに取得・作成しなければならないその他のデータが多く存在するためだ。手順が複雑なこともあり、結果としてGTFS-JPデータ作成に取り組もうという自治体関係者が少ないのが実態である。

5 自治体の交通担当者に求められる公共交通データのアップデートスキル

バスの運行をMaaSの基盤とするためには、鉄道をはじめとする他の交通機関との連携が欠かせない。実際には、大型商業施設や病院など生活利便施設の立地状況にも配慮する必要があるため、バスダイヤなどの見直しは定期的に行われている。つまり、経路検索に供される情報も、その都度更新されなければならない。さらには、早くから住民への事前告知に備える必要もある。すなわち、GTFS-JPデータは一度作成し、経路検索サービス事業者に提供することがゴールではなく、常にアップデートの必要が生じることを忘れてはならない。

ここで課題となるのが政府の支援施策だ。上述のとおりGTFS-JPデータの作成のみを推進するのであれば、「データ作成の外注費用」を「経済的支援」として助成すればよいわけだ。ただし、リリース後に、データ補正の必要が生じた場合の対応はどうなるのだろうか。自治体のバス担当者は自らアップデート対応ができないことが多く、その対応をまた外部発注しなければならないため、その財源確保に頭を悩ませることになるだろう。

経路検索サービス事業者は、更新が速やかになされないバスデータについては、直ちに掲載を取りやめることだろう。利用者からの苦情が寄せられれば、彼らのサービスの風評を害する恐れがあるためだ。すなわち、自治体の交通担当者に求められるのは、GTFS-JPデータを作成するだけではなく、必要に応じ速やかにかつ正確にデータ補正のできるスキルだ。公に供されるバス運行情報の精度と鮮度を保ち続けることが利用者に対するバス事業者の責務である。

6 交通担当者の育成にフォーカスした運輸局における自治体サポート事業

このような状況を勘案し、国土交通省では九州運輸局が先陣を切る形で、MaaSの基盤整理を念頭に、自治体向けに「GTFS-JPデータ作成サポート事業」を実施している。これは単なる助成などの経済的支援ではなく、自治体の交通担当者そのものの人材育成にも近い支援施策であることが特徴だ。

九州運輸局では、GTFS-JPデータの作成や補正が出来る自治体側要員の育成に向け、独自のマニュアルやデータ作成を実際に体験できるキットを作成。さらに、政府の交通系審議会で委員を務める東京大学生産技術研究所の伊藤昌穀先生をはじめとした学識経験者やIT事業者、運輸局職員を派遣し自治体側でのデータ作成を支援している。

筆者も自治体側パイロット事例として運輸局担当者の方とともに各自治体を訪問し、セミナーでの講演を通じて実務的観点から数多くの支援をさせて頂いた。このように、国土交通省の支援スキームが提供されたことで、自治体職員が自らデータ整備に取り組む事例も徐々に増えつつある。

7 自治体におけるGTFS-JPデータの活用事例

経路検索サービスにGTFS-JPデータが用いられていることは前述のとおりだが、私たちが公共交通を利用する際、頻繁に目にする「あるもの」にもこのデータが活用されている。駅や空港などにある電子版の時刻表や路線図、いわゆるデジタルサイネージだ。

バスの運行に関する情報発信は、バス停で行うよりも、複数の路線が同時に乗り入れるバスターミナルや病院、公共施設などのロビーなどで行うほうが効果的である。実際にGTFS-JPを活用し、コミュニティバスの運行情報の発信を実証実験した九州の自治体における事例を見てみよう。

図3|GTFS-JPデータを活用したデジタルサイネージ

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出典| 宮崎県串間市総合政策課 

資料「GTFS-JP整備を行ってみて」

国土交通省ホームページ 

「フェリー・旅客船航路情報の標準化・オープン化セミナー・講習会より

https://www.mlit.go.jp/maritime/maritime_tk3_000068.html

図3は10時57分現在における市民病院に乗り入れ予定のバスの一覧だ。バスの発車時刻とバス名(よかバス)、路線名(経由地情報を含む)が表示されている。11時5分を経過すると、最上位に表示されているバス情報が消え、以下が順次自動で繰り上がり表示されるシステムとなっている。

このシステムを動かすツールは、ライセンス無料で入手可能であり、自治体のコスト負担は伴わないのが特徴だ。ユーザインターフェースに優れることから、自治体におけるコミュニティバスの担当職員が表示画面のデザイン変更(表示される行数や文字の色、写真や画像なども挿入可)やデータ更新を自由に行うことも可能である。特段のネットワーク環境は不要で、パソコン1台とディスプレイ1台という構成で、簡便的な運用が可能となっている。

実際に、このデジタルサイネージを見た利用者からは、「不便なコミュニティバスだと思っていたが、実はこれほど運行していることを初めて知った」との評価が得られている。同自治体では今後、実証実験の対象地とした市民病院のほか、建設予定の「道の駅」や主要観光施設にもデジタルサイネージを活用したバス情報の発信を予定している。

おわりに

本稿では、MaaS実現に向けた基盤整備のうち、バス運行情報などのデータ化に着目して地方都市の取り組み事例を紹介した。

日々、私たちが利用している経路検索サービスは、タップひとつで瞬時に最適経路を提案してくれ、極めて高い利便性を提供している。ただし、そこに至るまでの経緯は、実は非常に複雑で遠い道のりであることを認識する必要がある。課題多き地方都市においてMaaSを実現するうえで、重要な基盤整備の1つであるGTFS-JPデータ作成が円滑に推進されることを期待したい。

本稿に関するご質問・お問い合わせは、下記の担当者までお願いいたします。

NTTデータ経営研究所

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坂田 知子

E-mail:sakadat@nttdata-strategy.com

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