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脱炭素社会の鍵となるバーチャルパワープラントは普及するか?

No.66 (2021年2月号)
NTTデータ経営研究所 社会・環境戦略コンサルティングユニット マネージャー 渡邊 太郎
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WATANABE TARO
渡邊 太郎
NTTデータ経営研究所 社会・環境戦略コンサルティングユニット
マネージャー

大手電力会社を経て現職。

現在は地域新電力会社の設立支援や再エネ由来の水素を活用したエネルギー事業の実証事業、自動車リサイクル関連の事業開発支援を行う。

1 背景

世界の脱炭素化に向けた動きは加速している。パリ協定の発効やSDGsの浸透、ESG投資の拡大などによって、企業は持続可能な社会の実現と事業経営の両立が求められるようになった。

日本においても、2020年9月に菅内閣が発足し、同年10月の所信表明では2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにすることを表明、さらに11月には脱炭素に向けた研究・開発を支援する2兆円の基金創設を表明するなど、脱炭素社会の実現に向けて世界に遅れまいと対策を急いでいる。

日本が脱炭素社会を実現するうえでは、CO2排出量が日本全体の約4割を占め、社会経済に大きな影響を与えるエネルギー業界、とりわけ電力業界の変革が重要である。

脱炭素化とともに成長の源泉と捉えられているのがデジタル化だ。世界の時価総額ランキングでは、GAFAやBATなどのデジタルプラットフォーマーが上位を独占するなど、デジタルの活用なくして成長はないという位、重要度が増している。

本稿ではCO2排出量の削減に大きく貢献することが期待されるのは再生可能エネルギー(以下、「再エネ」という)である。本稿では、その導入の鍵となるバーチャルパワープラント(Virtual Power Plant以下、「VPP」という)が持つ調整力サービスの実現および普及可能性について、デジタル技術の活用も含めて考察を行いたい。

2 脱炭素社会の実現に向けた「調整力」の必要性

(1) CO2排出量からみた電力業界の現状および再エネ導入の必要性

環境省によると、2018年度の日本全体のCO2排出量は11億 3800万t-CO2、そのうち火力発電全体からのCO2排出量は4億6031万t-CO2であり、日本全体の約4割を占め、CO2排出量に与える影響が非常に大きい。※1

つまり、電力業界においてCO2排出量を削減するために一番効果的なのは、現在の主力電源である火力発電を可能な限り再エネに置き換えることである。上流部分での再エネ導入量増加は、電力を利用する末端の需要家の再エネ利用にもつながることから、社会全体でのCO2排出量の削減が期待される。

※1 出所:環境省(2020)電気事業分野における地球温暖化対策の進捗状況の評価結果について

(2) 再エネ導入促進のカギとなる「調整力」

IRENA(国際再生可能エネルギー機関)によると、2019年に17000件のプロジェクト実績から収集した太陽光発電コストは約7・1円/kWhと試算され、2010年から比べて82%低下した。また、同発電コストは化石燃料を使用する火力発電所の発電コストを下回るなど、再エネの導入は経済合理性を伴ったものになっている。一方で、再エネの大量導入のためには、解決しなければならない課題が二点あると考えられる。一点目は一般送配電事業者が有する電力系統の増強工事が必要であるという点であり、二点目は需要と供給のバランスを整え、停電が発生しないように電力システムを安定的に維持するための「調整力」である。後者の調整力こそが、デジタル技術の活用が求められる要素であると考えている。

電力広域的運営推進機関によると、調整力は「一般送配電事業者が、供給区域における周波数制御、需給バランス調整、その他の系統安定化業務に必要となる発電機、蓄電池、デマンドリスポンスその他の電力需給を制御するシステムその他これに準ずるもの(但し、流通設備は除く)の能力」と定義されている。現在は、出力調整が比較的容易なLNGなどの火力発電所が調整力サービスを提供しており、そのサービス実施主体は大型の火力発電所を有する大手電力会社である。

(3) なぜ調整力に着目すべきか

なぜ、再エネの普及拡大のために調整力に着目すべきなのか。その理由は二点あると筆者は考えている。

一点目は、火力発電所が有する調整力サービスに代わる新しいサービスがないと、電源代替が促進されないためである。再エネ導入量の増加に伴って同電源のコスト低下が進み、競争力が向上し、結果として火力発電所のプレゼンスが低下する。一方で、変動電源の再エネが増加すると調整力の必要性から火力発電所のニーズがかえって高まるという構図が生まれる。そのため、再エネの普及拡大のためには、新しい調整力サービスが必要である(図1参照)。

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二点目は、分散型電源の普及に伴う電力ネットワークの複雑化である。電力は貯蔵ができないという商品特性があり、常に需要量と供給量を一致させる必要がある。これまでの供給側の電源は、原子力発電や火力発電所など、人間が計画して供給量をコントロールすることができた。しかし気象条件によって発電量が左右される太陽光発電や風力発電などといった分散型電源が増加すると需給バランスの調整が難しくなり、これまでよりも計画値と実績値に乖離が出やすくなる。そのため、電力の安定供給を維持するために調整力の必要性が高まっている。しかし、複雑化した電力ネットワーク上で適切な量の調整力を把握するためには、高度な予測や瞬時の管理・制御などが必要になる。そのため、デジタル技術の活用が必要となるのだ(図2参照)。

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3 デジタル技術を活用した調整力サービス

(1) バーチャルパワープラントとは

デジタル技術を活用した調整力サービスとして有名なのがバーチャルパワープラントである。資源エネルギー庁によると、VPPは需要家側エネルギーリソース、電力系統に直接接続されている発電設備、蓄電設備の保有者もしくは第三者が、そのエネルギーリソースを制御(需要家側エネルギーリソースからの逆潮流も含む)することで、発電所と同等の機能を提供することと定義されている。VPPによるサービス提供先は、調整力提供先としての一般送配電事業者だけでなく、小売電気事業者(サービス例:インバランス回避や供給力提供)や再エネ発電事業者(サービス例:出力制御回避、市場売買の最適化)など様々である。

VPPの普及は、再エネの導入拡大のほか、電力需要のピーク時間帯に合わせて維持・管理している発電設備の代替として機能することで、維持費や設備投資、燃料費の抑制に寄与するなど経済的な電力システムの構築にも貢献することが期待されている。例えば、日産のリーフe+に搭載される蓄電池容量は62 kWhである。同車両10000台分の蓄電池容量は、「1基あたりの出力が80万kWの石炭火力発電所が設備利用率80%で1時間運転した場合の電気供給量」と同等である。

また、需要家側リソースの経済性向上にも寄与できる可能性がある。例えば、脱炭素化に向けて重要なリソースとして位置づけられる蓄電池やEV(電気自動車)は、自家消費や走行時以外のタイミングにリソースとして事業者に提供することによって、インセンティブを得られる可能性がある。デンマークで実施されたParker Projectでは、EVを活用した調整力の経済性検証が行われ、EV1台あたりの年間予想収入が約18~22万円との結果が出ている。

(2) VPPに必要なデジタル技術

VPPが提供する調整力に着目し、その必要なデジタル技術を考えてみよう。VPPが一般送配電事業者の要請を満たす調整力を提供するためには、契約している需要家の発電機や蓄電池、再エネなどのリソースが現在どれだけ発電(充電)され、今後数時間でどれだけ活用できるかを「予測」し、そうしたリソースを「集約(アグリゲート)」かつ「制御」するという一連のフローを網羅する必要がある。このフローを正確かつ短時間で実現するためには、高度な予測を可能にするAIや各リソースを遠隔監視・制御するIoTの活用が必要である。

(3) VPPの今後の動向と課題

欧州において、VPPは新しい電力サービスの一つとして普及している。例えば、2009年に創業した世界最大規模のVPP事業者であるドイツのNext Kraftwerke社は、バイオガス発電を中心として約8000の分散電源を活用して約7ギガワットを管理・制御しており、2018年度の売上は約750億円に上る。2020年11月、同社と東芝エネルギーシステムズは、2021年11月に日本でのVPPサービスの実施に向けた新会社設立に合意したと発表した。

日本においては、VPPサービスの一つであるデマンドレスポンス(Demand Response 以下、DR)が既に商用化されており、2020年度の調整力公募では厳気象対応調整力である電源 Ⅰ´を中心に応札・落札が進んでいる。同年度の全体の契約総額は約66億円、落札容量は128万キロワットであり、そのうちDRが落札全体に占める割合はキロワットベースで30%であった。※2

また、2021年度にはVPPサービスの取引が期待される需給調整市場が開設される予定であるが、現在は一般社団法人環境共創イニシアチブが2016~2020年度の計画期間でVPP構築実証事業費補助事業を実施している。同事業には、東京電力HDや関西電力などといった大手電力会社のほか、SBエナジーやエナリスなど通信事業者を親会社とする新電力も参画しており、今後のVPPサービス事業には異業種の参画が見込まれる。制度面でも、VPPサービスを展開するにあたり、アグリゲーターのライセンス制が導入される予定であり、電気事業者以外の新規参入者がサービス提供できる準備が整いつつある。

一方で、VPPの普及可能性に向けた課題も複数存在する。筆者が特に課題認識を持っているのは、「事業としての収益性」と「短時間での応動に向けた技術力」である。前者について、主な収益源は市場取引の代行費用になると見込まれるが、矢野経済研究所が発表しているVPP関連サービス事業の2021年度の売上は75億円、2030年度で730億円と、決して大きな市場ではない。普及のためにはビジネスとして本サービスが確立する必要があるのではないか。

また、後者について、需給調整市場の商品要件には10秒以内に応動する一次調整力が求められており、2024年度以降に取引が開始される予定である。従来の火力発電所では、ガバナフリーと呼ばれる、発電装置の付属機器であるガバナー(調速器)によって、周波数変化に追随するように出力を増減させる運転で対応が可能であるが、VPPの場合、複数のリソースをアグリゲートして制御しなければならない。そのため、通信技術の向上や高度な遠隔監視・高速制御といったデジタル技術のさらなる活用が求められるのではないかと考えている。

※2 経済産業省(2019)一般送配電事業者による2020年度向け調整力の公募調達結果などについて

4 VPPの普及に向けて

ここまで、脱炭素社会の実現に向け電力業界における再エネ普及促進の鍵となる調整力、とりわけデジタル技術の活用が期待されるVPPについて整理を行ってきた。VPPが一事業として成立するためには、同事業から得られる収益源の拡充と技術のさらなる進化が必要だと思料される。欧米では、エネルギー企業によるAIやIoTをはじめとしたデジタル技術を有するスタートアップ企業のM&Aが増加しており、日本の大手エネルギー企業もシリコンバレーなどにオフィスを構え、日々情報収集を行っている。また、VPPではないが、DeNAのようなIT企業が関西電力と連携して新サービスを開発するなどといった動きもみられる。こうした異業種の参入/連携によって、複雑化する電力ネットワークの中でデジタル技術を活用した新しいサービスが創出されることを期待したい。

本稿に関するご質問・お問い合わせは、下記の担当者までお願いいたします。

NTTデータ経営研究所

社会・環境戦略コンサルティングユニット

渡邊 太郎

E-mail:watanabeta@nttdata-strategy.com

Tel:03-5213-4150

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