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情報未来

デジタルガバナンスによるDXの推進

No.66 (2021年2月号)
NTTデータ経営研究所 情報戦略事業本部
デジタルイノベーションコンサルティングユニット
IT戦略コンサルティンググループ
シニアマネージャー 船木 春重
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FUNAKI HARUSHIGE
船木 春重
NTTデータ経営研究所 情報戦略事業本部 デジタルイノベーションコンサルティングユニット IT戦略コンサルティンググループ
シニアマネージャー

大手携帯電話事業者でサービス開発、システム開発運用を経験した後、米国大手半導体製造業ソリューションアーキテクトとしてユーザー企業の事業開発、IT戦略策定、IT組織改革に関わる支援に従事し、現職。

はじめに

新型コロナウィルスは経済・社会に対し多大な影響を与え続けている。企業の経営・事業に対してもネガティブな影響があるとの見方が多い中、企業のIT投資動向はどのようになっているであろうか。

一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)が実施した2020年10月の緊急動向調査によると、コロナ禍の影響下においてもIT投資は堅調であり、2021年度のIT投資予測は「増える」との見通しが約34%を占めている。

また同調査では、IT投資によって解決したい課題として、「ビジネスモデルの変革」を挙げた回答が前回実施の6~7月時点よりも増えている。企業のデジタル・ITへの意識は、コロナ禍を乗り越えるべく攻めの姿勢に向かっているといえる。

このように、経営・事業に資するITやデジタル技術の活用に期待が持たれる一方、実際にはすべての企業がデジタル技術の活用に成功しているわけではない。うまくデジタル・IT投資を進め、デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)の成果を上げるには、経営者は何を行うべきであろうか。

本稿では「デジタルガバナンス」に焦点を当て、DXの推進に向けて取り組むべき方向性を論じる。

1.デジタルガバナンスとは

2020年5月、情報処理の促進に関する法律(情促法)の一部改正が施行された。今回の情促法改正では、企業のDX推進が主眼のひとつとなっており、その具体策が「デジタルガバナンス」の取り組みの促進である。

2020年11月に経済産業省と情報処理推進機構から公表された解説文書によれば、デジタルガバナンスとは、「DXを継続的かつ柔軟に実現することができるよう、経営者自身が、明確な経営理念・ビジョンや基本方針を示し、その下で、組織・仕組み・プロセスを確立(必要に応じて抜本的・根本的変革も含め)し、常にその実態を掌握し評価をすること」とある。

実はこの一文に後述するデジタルガバナンスの指針がすべて盛り込まれているのではあるが、やや長いため、初見では分かりづらいかもしれない。筆者なりに要約すると、「DXを全社的な取り組みとするために、経営者自らが率先してDX推進の仕組みづくりを行い、成果を出し続けていく活動」としてみたい。

DXは「デジタル」という言葉が入っていることもあり、当初はIT部門の専任事項であると思われてきた面がある。しかしDXは「デジタル」を使った「トランスフォーム(変革)」であり、変革を伴わなければならない。その変革の対象としてビジネスに着目し、「デジタルビジネス」の創出に多くの企業が取り組んでいる。

しかし、継続的に成果を生み出していくためには、散発的でアドホックな取り組みではなく、全社的に仕組みを作った形で取り組むことが必要となる。それには経営者がその取り組みをリードすることが必然的に求められてくる。

そこでデジタルガバナンスの概念が登場するのである。経営リードによりデジタルビジネスやテクノジーを含む全社のDXの取り組みを進めるのがデジタルガバナンスであるといえる(図1)。

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2.デジタルガバナンス・コード

デジタルガバナンスの概念に続き、本章では「デジタルガバナンス・コード」について筆者の見解も交えながら解説する。

デジタルガバナンス・コードはその名が示すように、デジタルガバナンスを実行していくための「指針」である。デジタルガバナンス・コードは大項目が4つ、小項目を合わせても6項目と非常にシンプルな構成となっている(図2)。

これらの項目ごとに、基本的事項として「柱となる考え方」、後述するDX認定のための「認定基準」、および当該項目のガバナンス向上を図るための「望ましい方向性」と「取組例」が定義・記述されている。詳細は公表資料を参照いただきたいが、ここではデジタルガバナンスの推進にあたっての筆者なりのポイントを概説する。

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(1)ビジョン・ビジネスモデル

どんな企業でも経営者はビジョンを掲げ、企業はそのビジョンに向かって活動しているが、デジタルガバナンスでは、デジタル技術が自社に与える競争環境の変化をリスク・機会として整理し、その結果を自社のビジョンづくりに反映させることを求めている。

また。ビジネスモデルについては、企業が顧客に対しどのような価値を提供することでビジョンを実現するのか、を整理したものとして表現すべきとしている。単に特定の事業での「お金の稼ぎ方」の羅列を示すのではなく、企業全体としての顧客価値の枠組みを定義することが望まれる。

その枠組みの中に「デジタルをどう活用するのか」を念頭におき、描くことが重要である。

デジタル技術の進歩のスピードは速い。いまやそれを反映することのないビジョンやビジネスモデルでは、その実現が心もとないのではないかという考え方がこの指針の背景にある。

(2) 戦略

ここでいう戦略とは、(1)で定義したビジネスモデルを実現するための施策・方策、およびその実現のためのリソースや計画のことである。ビジョン・ビジネスモデルと同様、ここでもその実現の施策・方策はデジタル技術を使うことも含めて検討することがポイントとなる。

戦略の項はさらに次の2つの小項目が定義されている。

① 組織づくり・人材・企業文化に関する方策

戦略の実行には、必要なリソースとして多くの場合組織体制、人材、さらに外部組織との連携について整備が必要となる。これらの整備計画を立案し実行していくこと、またITベンダーとどう組むかといったアウトソーシング戦略や、スタートアップ企業とのオープンイノベーション環境などの外部連携の方針・計画についても、必要に応じて策定し実行していくべきである。

② ITシステム・デジタル技術活用環境の整備に関する方策

策定した戦略をデジタル技術の活用により実現していくためには、当然ながらITシステムの利用が欠かせない。そのためにデジタル・IT環境の整備計画を立案し実行していくことが必要である。

その整備計画と並行して、デジタル技術活用のためにどんな技術をいつ頃自社に取り込んでいくのか、あるいは開発していくかといった技術戦略についても、戦略全体と整合性をとりながら整備する必要がある。これに付随して、複数の類似技術が乱立してその一部がブラックボックス化したり、レガシー化するといった事態を引き起こさないように、技術標準化・アーキテクチャの整備も計画しておくべきである。

(3) 成果と重要な成果指標

(2)の戦略の計画立案と実行においては、その実施進捗度合の測定のための「物差し」(KGI/KPI)を定義し、進捗度合を測定するべきである。また、測定した結果を生じさせた成功・失敗の要因を分析し、次の戦略策定の際のインプットとすることも大切である。

測定のための物差しの設定は、難しいと考えている企業が多くみられる。戦略の策定後に指標を別途検討しようとすると、測定が困難な指標を採用してしまうなど、さらに難しい状況となりうる。

そのため、戦略に含まれる各施策の検討と合わせて施策ごとの指標を検討すること。そして最終的に施策群を束ねる際に施策間のつながりも踏まえて指標を検討することを勧めたい。これにより全体で整合が取れた指標を得やすくなる。

(4) ガバナンスシステム

ここでいうシステムとはITシステムのことではなく、デジタルガバナンスを支える「仕組み」のことである。具体的には、DX推進指標などの自己診断の枠組みを用いて自社の課題を把握すること、サイバーセキュリティ対策を推進することが求められている。

以上の各項目について実施していくわけだが、本コードは、それらを一度きりではなく定常的に実施していくための「仕組み(プロセスやルール)」の整備についても求めている。

デジタルガバナンス・コードの項目自体をみると、これまでの企業経営およびITマネジメントで実施してきた内容と重なる部分が多いことがわかる。ただ違いとして認識しておきたいことは、企業経営全体に「デジタル」の観点を取り込んでいくべきという考え方が通底にあるということである。

また、デジタルガバナンス・コードの目新しい点として、コーポレートガバナンスコードのように投資家などのステークホルダーへの情報開示の必要性を強調していることが挙げられる。デジタルガバナンスの取り組みを情報開示することにより、外部の目からその取り組みを評価されやすくなる。また、同じ枠組みで情報開示をすることで本コードが共通言語となり、開示側にとっても他社とのベンチマークが行いやすくなる。これが本コードを使うメリットのひとつとなっている。

3.DX認定制度

前述した情促法の改正・施行により、デジタルガバナンスの基準を満たした事業者に対して認定を与える制度(DX認定制度)が開始された。DX認定を取得することで、自社がDXを推進する仕組みを持っている“DX-Ready”な企業であるということを対外的に表明でき、投資家などステークホルダーへのアピール、コミュニケーション向上や優秀なデジタル人材の獲得につながることが期待しうる。詳細については解説文書および2020年5月に公表した当社経営研レポートを参照されたい。

おわりに

デジタルガバナンスは「ガバナンス」という言葉から、規程やガイドラインなどを定めて遵守させ監視するための取り組みといった、「守り」のイメージを持たれるかもしれない。しかし、本稿で述べたように、デジタルガバナンスは全社的なDX推進を目指す「前向き」な「攻める」ための取り組みである。

また、デジタルガバナンス・コードの導入やDX認定の取得は手段であり、DX推進という目的に向かうために使える機会として捉え、活用を検討すべきであろう。当社では2019年度にデジタルガバナンス・コード策定に向けた研究会の業務を受託し検討の支援を行い、その後も企業のDX認定支援にも携わってきた。

その経験を通じ、デジタルガバナンスは今後企業の基本的取り組みとして定着しうると考えている。デジタルガバナンス・コードやDX認定取得がDX推進の一助となれば幸いである。

本稿に関するご質問・お問い合わせは、下記の担当者までお願いいたします。

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