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アバターと共生する未来社会のあり方

No.66 (2021年2月号)
大阪大学栄誉教授 石黒 浩
NTTデータ経営研究所 代表取締役社長 柳 圭一郎
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ISHIGURO HIROSHI
石黒 浩
大阪大学 大学院 基礎工学研究科システム創成専攻
教授

1963年滋賀県生まれ

大阪大学基礎工学研究科博士課程修了。工学博士。京都大学情報学研究科助教授、大阪大学工学研究科教授を経て、2009年より大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻教授。2017年大阪大学栄誉教授。国際電気通信基礎技術研究所(ATR)石黒浩特別研究所客員所長。科学技術振興機構・ムーンショット型研究開発事業・プロジェクトマネージャー。2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)テーマ事業プロデューサー。

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YANAGI KEIICHIRO
柳 圭一郎
NTTデータ経営研究所
代表取締役社長

1960年福岡県生まれ

1984年東京大学法学部卒業、同年日本電信電話公社入社。2006年10月 株式会社NTTデータ 金融ビジネス事業本部 資金証券ビジネスユニット長。2009年NTTデータ・ジェトロニクス株式会社 代表取締役社長就任。2013年 株式会社NTTデータ 執行役員 第二金融事業本部長。2016年 同取締役常務執行役員 総務部長 兼 人事部長。2018年 同代表取締役副社長執行役員。2020年6月 同顧問およびNTTデータ経営研究所 代表取締役社長に就任。

NTTデータ経営研究所は2020年12月4日、「第5回 経営研イノベーティブセミナー2020」を開催した。基調講演のゲストには、知能ロボット学者で大阪大学栄誉教授・ATR石黒 浩特別研究所客員所長の石黒浩氏を招き、「アバターと未来社会」をテーマに講演いただいた。講演後には、柳 圭一郎社長と石黒氏による対談が行われた。以下はその内容を採録したものである。

人間そっくりのアンドロイドを開発

ご講演ありがとうございました。アバターと呼ばれる遠隔操作ロボットやCG(コンピューターグラフィックス)のエージェントの可能性や必要性を理解することができました。

石黒先生は、人間そっくりのアンドロイド、すなわちジェミノイドを開発されています。お話の中で興味深かったのが、そのジェミノイドを通して会話している相手がジェミノイドに注射をすると、遠隔操作している人があたかも自分に注射をされたように実際の痛みまで感じるということです。まさにジェミノイドが自分の分身になっているわけですね。

石黒先生はご自身にそっくりなジェミノイドも開発されています。きっと、ご自分の顔の表情などを分析されたのだと思います。講演の中では、ERICA(ERato Intelligent Conversational Android:エリカ)と呼ばれるアンドロイドの紹介もされていました。音声認識を用いて人間と自然に対話するアンドロイドとのことでしたが、とてもきれいな女性ですね。どなたかモデルがいらっしゃるのですか。

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石黒先生の開発されたアンドロイド、ERICA (ERato Intelligent Conversational Android)

石黒

「ERICA」にはモデルはいません。姿形は、いわゆる美人と呼ばれる人、30人ぐらいの特徴や、美容整形の施術のルールなどを採り入れてCGで合成したものです。音声もすべてコンピュータで作っています。

実は、美人と言われる人の顔は特徴がないのです。簡単に言うと、人形のようなつるりとした顔をしていて、どの角度から見ても想像をかき立てられます。講演の中で、高齢者の方と会話をする遠隔操作型ロボット「テレノイド」を紹介しました。ジェミノイドは人間そっくりですが、テレノイドは人間として必要最小限の見かけで、年齢も性別もわからないニュートラルなものになっています。

見かけに個性や特徴がないと、人間はそれをポジティブな想像で補うという性質を持っています。10人中8人がきれいな顔だと思わないと美人ということにはなりません。そうなるには、想像で補うような顔でなければなりません。つまり、特徴がなく、左右対称で、つるりとした顔ということになるわけです。

なるほど、それは面白いですね。先生の講演の中で、アンドロイドは基本的に、本人に近づけるものだという話がありましたけれど、本人を越える能力や容姿を与えてもいいということでしょうか。例えば、石黒先生ご自身は美男子ですけれども、アンドロイドをさらにもっと美男子に変えることも可能ということですか。

石黒

それはいくらでもできます。ジャニーズ事務所のタレントに近づければ、みんな美男子になります。実際に、遠隔操作するアンドロイドの製作を依頼されることもありますが、モデルになる人はだいたい、自分より少し美男子にしてほしい、少し美人にしてほしいと言いますね。私もそうですが、若い自分のアンドロイドを操作すると、やはり気分も若くなります。

化粧をすると、自分の内面が若返るのと同じです。先ほど、アンドロイドへの触覚すら感じるという話をしました。脳と体は双方向につながっているわけですが、見かけと心もおそらく双方向につながっている部分があって、若いアンドロイドにすれば心も若く、逆に、威厳のあるような姿形にすれば、威厳のあるような心持ちになるのではないかと思います。

なるほど。私は今、ちょうど60歳なのですけれど、45歳ぐらいの自分のアンドロイドを作ることも可能なのですね。卑近な質問で恐縮ですが、ちなみに、あのようなアンドロイドを作るのに、どれぐらいの費用がかかるものなのでしょうか。

石黒

45歳の柳さんのアンドロイドを作るのはまったく難しくありません。製作費用はご相談に応じてといったところですが、どれだけ動くかによって異なります。顔だけ動けばいいというのであれば1000万円ぐらいでできます。両腕が動き、上半身が動くとなるとその2倍、3倍とかかるといったところです。

私は6月までNTTデータの副社長を務めていましたが、事業部長の中には、自分の等身大のパネルを作ったりする者もいました。この対談を視聴されている方も、1000万円ぐらいでできるのなら、自分の分身を作ってみたいと考える人もいるのではないでしょうか。

石黒

実際に、企業経営者の方から製作を依頼されたこともあります。夏目漱石や、勝新太郎さん、立川談志さんなどのほか、亡くなった著名な方のアンドロイドを製作することもあります。最近では、渋沢栄一のアンドロイドの製作を手掛けました。渋沢栄一記念館(埼玉県深谷市)で公開されています。

アンドロイドによって人間の機能が拡張できる

アバター、すなわち自分の分身がいると、いろいろと便利そうです。石黒先生はすでにそういう使われ方をされていると思いますが、海外での講演などにもアバターに行ってもらえばいいですよね。アバターなら、ビジネスクラスに乗せろと言ったり、ファーストクラスがいいといったことも言ったりしませんから、旅費も安く抑えることができます。さらに、東南アジア、例えばシンガポールなどは、日本との時差もほとんどありませんから、自分の分身が一人で海外講演に行くと身体的に楽になるわけですね。

石黒

私自身のアバターは上半身と下半身が分解できるようになっています。スーツケース2つに収まります。頭部も取り外し可能で、これは飛行機の手荷物として持ち込むことができます。

講演の内容はあらかじめ録音しておけばいいので楽です。参加者の方との質疑応答についても、最近のAI(人工知能)は、かなりの部分で対応できるようになってきています。仮にAIが対応できなくても、人の声をそっくりにまねする技術もあります。私の研究所の若いスタッフが、私の声で質問に答えてもいいわけです。

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分解し、飛行機の手荷物としてスーツケース2つに収納可能な石黒先生のアンドロイド

聞く側にとっては、石黒先生ご自身が答えられるのと、アンドロイドが答えられるのとでは印象が違うものなのでしょうか。

石黒

アンドロイドと会話するほうが気軽に話すことができるという人が多いです。生身の人間は迫力があってきついというのです。私は、マツコ・デラックスさんをモデルにした等身大のアンドロイド「マツコロイド」を開発しました。テレビ番組の中で、女子高生の悩み相談役(カウンセリング)をマツコロイドにやらせるという実験を行ったのですが、ほとんどの女子高生が、マツコさん本人に話すよりもマツコロイドのほうが相談しやすいと感想を述べていました。存在感が多少マイルドになるのがアンドロイドのいい点ですね。

私は社長として威厳のあるタイプではないので、社員はそれほど怖がっていないかもしれませんが、私のアンドロイドがいれば、社員にとっても話しやすいかもしれないですね。

石黒

柳さんは話し方も優しい感じですけれど、怖い社長だったらぜひお勧めします。

アバターであれば外国語を話すのも簡単ですね。NTTデータの場合、子会社が米国やスペイン、ドイツにもあります。日本の子会社の社長の中には英語でスピーチができるという人はいますが、全員がスペイン語やドイツ語まで話せるわけではありません。そういうメンバーがミーティングをする場合、アンドロイドに行ってもらって議論をするということもできそうです。

石黒

そうですね。もう少しすれば、ほぼリアルタイムで通訳ができるような技術が出てくるでしょう。日本にいて日本語で喋ったものが、アンドロイドが勝手に英語やスペイン語、ドイツ語などに通訳して話すといったことが可能になります。そうなると、本当に世の中が変わりますね。

講演で、アンドロイドが注射されると、操作している本人が痛みを感じるという話がありました。例えばそういうアンドロイドがあって、現地の人たちがアンドロイドと握手をしたり、ハグしたりすると、その気持ちを感じることができるかもしれませんね。

石黒

それは、私自身、よく経験しています。欧州、南米などで、アンドロイドで講演をすると、最後に記念写真を撮ってほしいと参加者が集まってきて、アンドロイドの体に触れることがあります。私自身が触られているような感じがしますし、気分は悪くないです。

アバターとしてのアンドロイドに触れられると、本人が触られていることを感じるということですが、体の不自由な人の中には、触られていることを感じることができない人もいます。そういう方にとっても、アンドロイドが感じていることを脳で感じられるということになるのでしょうか。

石黒

そうなると思います。大事なのは、自分が思い通りに動かしている機械の体でも何でも、そういったものは、自分の体の一部になるということです。似た研究はたくさんあって、例えば、ものすごく使い慣れた道具は自分の体の延長になるという研究もあります。

つまり人間はとてもフレキシブルで、そういう意味では、自分の身体を、どんどん拡張していくことができるわけです。自動車に乗っていてもそういうところはあります。自動車がぶつかると、運転している自分も、「痛いっ」という感じになりますよね。

アンドロイドの場合、映像よりもさらにリアルに感じられますね。映像でも多少は気持ちが悪いといった感覚はあるでしょう。昔の人間には多分なかった感覚だと思うのですけれども、今の時代の私たちは、非常に精密な映像をどこでも見ることができます。

それを見てぞくりとするようなことはあるかもしれませんが、自分のアンドロイドなら、なおさらのこと、リアルに感じるようになるということですね。石黒先生のアンドロイドも肌の触覚などについてはかなり意識して作られているのでしょうか。

石黒

今では、映像もすごくよくできているのですが、同じ世界にいる感じはしませんよね。それに対してアンドロイドは、まさに同じ三次元の世界にいるのです。その同じ世界の中にいるという感覚を重視すると、やはりCGでは物足りないというか、ロボットでないとできないと思いますね。CGは触ることができませんから。人と関わるときに触覚はとても重要なのですけれど、それが、再現できるのはロボットだけだと思います。

アンドロイドの肌の触覚については意識しています。ただ、触る人はいないですけれど。すごく人間らしい、女性の姿形のアンドロイドに触るというのは失礼なので、開発している側としても触ってほしくないですし、触られることはないのですが、あえて、万一触ったときには、人間らしく感じるようには作ってあります。

2025年大阪・関西万博で目指すレガシー

ここからは少し、これからどういうことが実現でき、未来がどうなっていくかということを議論したいと思います。これはまさに、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)のテーマにも重なると思うのですけれども。石黒先生は大阪・関西万博で「いのちを拡げる」を担当テーマとするテーマ事業のプロデューサーに就任されています。講演では、人類の幸せのために「新たな科学技術で人や生物の機能や能力を拡張し、『いのち』を広げる可能性を探求する」という狙いについてもご紹介がありました。

1970年に千里で開かれた大阪万博は、最先端の機械文明で豊かな生活を実現することを見せてくれました。それに対して、2025年に大阪湾の人工島「夢洲」で開かれる今度の万博は、どのようなことを実現しようとしているのでしょうか。

石黒

いくつかのレガシーを作り上げたいと考えています。1つ目は「世界中のあらゆる人が集まれる物理・仮想会場」としてのレガシーです。物理的な会場に仮想的な会場を重ねることによって、お金があって飛行機のチケットを買える人だけが参加する万博ではなく、貧しい人も豊かな人も、大人も子どもも気軽に参加してほしいと考えています。さらに、仮想空間であればずっと残すことができます。万博から広がる仮想空間の生活があってもいいと思います。

もう1つのレガシーはやはり「いのち」について議論することです。私たちはもう、単に科学技術に支えられて生き延びればいいということではなく、「いのち」そのものを自分たちでデザインできてしまう、そういう技術を持っているわけです。以前なら神様しかできないと言われていたことが今、人間の力でできてしまうのです。

私が30年前に、学位を取ったときには、脳と遺伝子はいじってはいけない、観察はしてもいいけれど、勝手に変えてはいけないと言われていました。しかし、脳や遺伝子を観察していると、病気の原因がわかることもあります。そうであれば、やはり遺伝子治療をしたい、脳を治療したいということになります。治療だけならいいが、では、どこまでが病気なのか。

例えば脳の機能が少し衰えた人の脳を元気にしてしまっていいのかとかという問題も出てきます。脳に手を出したり遺伝子に手を出したりすることはすでに、神の領域に入っている、人間が人間をデザインしているというところがあるわけです。ですから、どこまで、そういうことをしていいのか、やるのであれば、どういうポリシーでやるべきかを真剣に考える必要があります。

まさにそこを石黒先生にお尋ねしたいと思っていました。石黒先生からご覧になって、アンドロイドがさらに進歩していく中で、ここは踏み込んではいけない、ここまでできるアンドロイドは作ってはいけないという線引きみたいなものはありますか。

石黒

それはありません。アンドロイドがすべてを行っていいと思います。アンドロイドを通して人間とは何かを考えることになるし、逆に言うと、アンドロイドが人間になる可能性さえ捨てきれないと思います。

そもそも、人間にとって、生身の体は必要な要件かと問われたら、どう答えるでしょうか。パラリンピックに出場するような選手の中には、健常者以上の身体能力を持つ人がたくさんいます。彼ら・彼女らを見て、手足がないから80%の人間である、とは誰も思わないわけです。つまり、生身の肉体が人間を定義する要件ではないのです。

ロボットと人間を比較することがおかしいことであって、ロボットが人間になる可能性もあるわけです。だから、あらゆる可能性を考えながら、人間とは何かを、もう一歩深いところで考えるのが次の50年だと思うのです。

確かに深いですね。そこまで行くと哲学的な議論になってきます。

石黒

誰もが人間は何なのかと思い続けています。すべてのビジネスは人に向いてる。当然ながら、人について深く理解しているところが新しい製品や新しいサービスを作れるわけです。より深いところで人間を理解していきたいというのが、この世に生きているほとんどの人の希望だと思います。

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コロナ禍は人間とは何かを考える絶好の機会

当社、NTTデータ経営研究所でも、人間に関する研究といいますか、脳や人間自体の行動パターンなどまで含めたデータベースを構築し、より人間の中身を知ろうとしています。例えば、従来のECサイトは、どちらかと言えば、検索履歴など外形的なものをベースにして商品やサービスをレコメンドするようなものが多かったのですけれど、今はもう少し各個人の価値観や内面の心理に踏み込んで、最適な提案をするような機能を提供していこうとしています。それはまさに、そういうニーズがあるからです。

さらに、米国の大統領選挙などを見ていて感じるのは、いくら表面的な調査をやっても有権者本人が何を考えているかは、なかなかわからないということです。しかし、それをしっかり理解していかないと、正しい知見は得られないと思います。そこがまさに、商売のネタであって、どの企業も、一生懸命にやっているわけです。

石黒

もう一つ私が重要だと思うのは、多様な価値観です。グローバライゼーションは、人間とはこうあるべき、経済は発展させなければならないという一つの価値基準で世界を動かそうとするところがあります。しかし、人間とは何かについては、それぞれ文化によっても考え方が違うのです。

奇しくも新型コロナウイルスの感染拡大が世界中で起こっています。私はこのコロナ禍が、私たち人間にもたらした大きな影響は、単純なグローバライゼーションにいったん歯止めをかけ、それぞれの立場で一度、人間とは何かと考え直してみなさいと、そう言われているような気さえするのです。

もちろん、グローバリゼーションによって世界と連携することは悪くないと思います。ただしそのことが、同じ価値観で世界が動かなければならないということではないはずです。例えば、地球温暖化に賛成するところもあれば反対するところもあります。今はまさに、人間の生体系も含め、いろいろな視点で、人とは何かを考えるいい機会だと思うのです。気が付いたら、香港も上海も、大阪も東京も、同じように人が入り乱れて、どこの国かわからないような状態になっていたのですけれど、コロナ禍により明確になっています。

この機会を生かして、改めて自分たちの文化に目を向け、その文化の上で、人間とは何かを考え直してみると、盲目的にグローバライゼーションを進めたり単純な価値観に振り回されたりすることがなくなるかもしれないと思います。

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NTTデータの前社長は理系出身でしたが、哲学への想いが強く、新入社員によく「君たちは哲学を勉強したことがあるか」と尋ねていました。残念ながらほとんどの新入社員の人はそれを聞いてぽかんとしていたようですが。おそらく今の若い人の多くは、哲学を学んだり、人間とは何かといったこと、なぜ自分がここに存在しているのかといったことを考えたりする機会はあまりないのでしょうね。大学の学生さんはどのような傾向がありますか。

石黒

私は工学部にいましたが、哲学のような一般教養がどんどん少なくなり、学部では専門教育の科目を増やすようになりました。私は、それは非常によくないと思っています。専門教育は大学院などでやって、最初のころは、一般教養をもっとちゃんと身に付けさせるべきだと考えています。特に哲学などはすごく大事だと思います。

私は近い将来、大学の学部の偏差値が逆転するという仮説を持っています。現在、多くの大学では、医師や弁護士を生み出す、医学部や法学部の偏差値が高くなっています。逆に教育学部は低いようです。しかし、いずれこれが逆転すると考えられます。なぜなら、医師や弁護士はいずれ、AIがこなすようになるからです。一方で、人間を相手にする教育は難しく、なかなかコンピュータでできるようにはなりません。そのため、AIが進んでくると、記憶力で勝負をしていた学部と、人間の本質を捉えなければならない学部が逆転するような気がします。

ロボットと人間は切り離すことはできない

まさに人間にしかできないことは何かという観点になってきますね。そう考えていくと、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんで、自分の体は動かなくても、アンドロイドを使ってやりたいことができる時代になるかもしれません。そうなると、人間として最後に残るのは何なのか、どこが機能していれば人間なのかといったことを深く考えるきっかけになりそうです。

石黒

そこで一つ重要な視点は、ロボットと人間は切り離せないということです。人間はサルとどこが違うのか、他の動物とどこが違うのかというと、技術を使う、道具を使うところです。人間が技術や道具を使わなかったら、サルなどの他の動物と一緒になるわけです。つまり、人間とは何かについて、答えはわかっていないけれど、技術によって進化している、能力を拡張しているというということは、人間にとって一番明白な特徴です。

そうなると、人間は技術と融合しているから人間であって、ロボットと比べるものではないのです。だから、人間とは何かと考えるときにロボットとの比較で考えるというよりも、ロボットや技術を取り込んで、どうやって進化していくかという視点で考えるのが大事だと思います。

講演の中では「不気味の谷」の問題も指摘されていました。人間そっくりのアンドロイドを作ろうとすると、動きも声も見かけもすべてが人間らしくないと、そのアンドロイドに接する人は不安を抱くということでした。

将来、人間に近いアンドロイドが、街のあちこちにいるような時代になると、最初は抵抗感を感じる人も多いように思います。考えてみれば、最初に自動車が登場したとき、大部分の人は、すごく気持ちが悪かったと思います。時には人にぶつかってくることもあり、危険な存在でもあります。

それが今では、道路を走るための秩序ができてきたのと同じように、おそらくアバターロボットが街中に普及していくようになって、それをみんなが使いこなすようになっていくと、自然とよりよい社会になるというか、人間が、より新しい能力を手に入れるというか、そういうふうになっていくのだと思います。

石黒

「不気味」と言えば、私が一番気持ち悪いのが、電車の中でスマホを操作している人が多いことですね。誰もが一心不乱に、まるで呪いをかけるように、スマホをいじっている。こんな光景は、SF映画にもありません。全員が板みたいなものに指をこすりつけているシーンです。一歩引いて眺めてみれば、相当気持ち悪いことをしていますよね。

人間は、便利だというと、盲目的に受け入れてしまって、それがいかに気持ち悪いかということをすっかり忘れてしまいます。逆に言えば、ロボットが多少不気味でも、いつか必ず受け入れられるでしょう。

今回の「第5回 経営研イノベーティブセミナー2020」の開会のごあいさつでも申し上げましたが、私たちはどうしても、今ある課題を何とか今の技術で解決しようという方向に動いてしまいがちです。しかし、それでは新しいものは生まれてきません。経営者としては、今すぐではなく、10年後、20年後、30年後かもしれませんが、どういう社会になるのかを意識しながら、自分の会社のあるべきこと、あるいは社会のあるべきことを考えていかなければいけないと思っています。

講演の中で石黒先生は、コロナ禍により通勤しなくても仕事ができるようになったことで、会社という制度が続くのかどうかも問われると指摘されていました。会社がなくなるのはかなりショッキングなことですけれども、そのような点も意識をしながら、経営をしていかなければなりません。トップに立つ者はそういう考え方で会社を動かしていく必要があると思ってます。

そういう中で、今日ご講演、あるいはこの対談を通じて、石黒先生が描かれている未来の姿を非常に強くイメージすることができたと思っています。そのようなきっかけを与えていただいたことに深く感謝を申し上げて、対談を終了させていただきたいと思います。どうもありがとうございました。

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石黒

ありがとうございました。

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