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情報未来

2021年宇宙の旅

No.66 (2021年2月号)
NTTデータ経営研究所 取締役会長 宮野谷 篤
Profile
MIYANOYA ATSUSHI
宮野谷 篤
NTTデータ経営研究所
取締役会長

映画「2001年宇宙の旅」をご存じでしょうか。1968年に米国で初公開された宇宙FS映画です。監督はスタンリー・キューブリック。以前から宇宙映画は多数ありましたが、宇宙船や宇宙空間の映像のリアリティと美しさは別次元のものでした。

この映画は地球人が木星に行く物語ですが、内容は哲学的で難解です。例えば、①序章「人類の夜明け」では、猿人が道具の使い方を覚えるまでのシーンが15分も続き、セリフなし。②終章「木星と無限のかなた」では、木星に着き老衰した主人公が巨大な胎児に転生してジ・エンド、22分間セリフなし。③各章に登場する黒い石板も謎のまま…。結局何だったの?とモヤモヤ感が残ります。

しかし、人間とAIの対立を描く中盤は引き込まれます。平時における宇宙船の操縦や船内環境制御はHALというコンピュータ任せなのですが、HALは途中から暴走し、乗員を次々と殺害。船長は手動でHALのAI回路を切断し、一人難を逃れます。人間を凌駕するAIの判断力と暴走、AIの自我や倫理感などは、AIが普及した現在の大きな論点であり、作品の先見性に驚くばかりです。この映画のメッセージの一つは、「道具や機械は人間が一方的かつ自在に使うもの」という驕りへの警告かも知れません。

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木星に向かうディスカバリー号、筆者画

さて、今年は2021年。映画の想定から20年を経ています。木星への有人飛行は実現していませんが、地球と宇宙ステーションとの間では人の往来が可能です。昨年11月、宇宙飛行士の野口さんをステーションに運んだのは、米国スペースX社製の商業有人宇宙船「クルードラゴン」。既に宇宙輸送ビジネスが成立しているのです。一方、日本の誇る小型惑星探査機「はやぶさ」は、無人で宇宙の目的地を実査し、帰還することができます。昨年12月、「はやぶさ2」は6年間で50億キロに及ぶ旅を成功させ、小惑星リュウグウでの採取物を地球に届けました。世界中が新型コロナウィルス対応に追われた2020年の暮れ、このニュースで勇気づけられたのは私だけではないでしょう。

では人間は、何のためにリスクを負って宇宙船に乗るのでしょうか。人間や生物の健康に関する実験、宇宙空間や他の星の平和利用、宇宙旅行体験といった目的が考えられます。当社は昨年12月、内閣府 宇宙開発戦略推進事務局の委託事業において、本邦初となる宇宙施策に関する国民の意識調査を実施しました。その結果、宇宙に関する将来技術を日本が提供していくことに関し、多くの世代で約9割の高い支持が示されました。もっとも、宇宙利用や日本の宇宙政策の内容に関しては、認知度の低さも示されました。宇宙分野への優秀な人材の確保、予算投入への国民の理解促進といった観点からは、効果的な情報発信が必要です。

映画に出てくる謎の石板「モノリス」は、マニアの間では人間に進化の啓示を与える物体だと解されています。冒頭の猿人は、石板に触れた後、道具の使用を思いつくからです。そんな奇跡のような物体は実在しませんが、イノベーションは「既知の融合」と「未来視点」の双方から生まれるものでしょう。そして前者はAIの得意分野です。後者はAIでもできそうですが、半世紀前のこの映画が示したように、私としては人間の好奇心や想像力に期待したいと思います。

TOPInsight情報未来No.662021年宇宙の旅