logo
Insight
情報未来

オンライン落語会の意外な効用

No.66 (2021年2月号)
NTTデータ経営研究所 取締役 唐木 重典
Profile
KARAKI SHIGENORI
唐木 重典
NTTデータ経営研究所
取締役

私は無類の落語ファンです。小学生低学年の頃に初めて古典落語を聴いてその面白さに惹かれて以来、未だに新たな興味は尽きません。大看板と言われるような名人の話芸をじっくり聴くという醍醐味だけではなく、まだ芸歴の浅い噺家の進化を、何年かかけて確かめるというのもけっこう楽しいものです。

いろいろな落語会を訪れるうちに、噺家の友人もできました。この数年は各地で落語会も活況を呈し、彼らは忙しく過ごしてきましたが、今回のパンデミックにより、多くの客を集めての落語会を開催することはできなくなってしまいました。一時期は全く落語を披露する機会を失い、彼らは戸惑いと不安に包まれたそうです。私自身も好きな落語を生で聴く機会を逸して随分寂しい期間を過ごしました。

そうこうするうちに、オンラインで落語を聴いてもらおうという動きが少しずつ広がり、今では毎日いくつものコンテンツがネット上で提供されています。運営ノウハウも徐々に蓄積され、集客や料金回収のしくみも整ってきたように思います。

オンライン落語会が普及し始めた当初は、冷めた見方が多かったように思います。いわく「話芸というものは直接味わうものである」とか「客の反応を直に捉えられないのでオンラインは落語にそぐわない」などの意見が主流でした。私も確かに、音楽と違って、息と間が命の話芸にはオンラインという舞台は不似合いかなと当初は思ったものです。

しかし実際には多くの人に受け入れられていきました。従来からの落語通にとっては、既に頭の中に完成している落語ワールドをトレースしてくれる復元機能として、また、落語に慣れていない層には気軽に体験できる新たなエンタメコンテンツとして、それぞれ価値があったのです。実際に、オンラインで初めて落語を聴いて興味を持ったという人は確実に増えています。寄席に足を運ぶのには二の足を踏んでいた人にとって格好の入門編になったのでしょう。

さらに、最近ではほかの芸能や音楽、映像とのコラボという斬新な企画も次々とプロデュースされ、これまでは想定していなかった落語の可能性を広げつつあります。それを「邪道」と呼ぶか「発展」と呼ぶかは価値観によりますが、私は多様な表現力があることは芸能としての生命力を高めることになると、前向きに捉えています。

上方落語家の桂米團治師は「もしかしたらこの流れは落語の原点回帰かもしれない」と話しています。実は上方落語は歴史的には大道芸から発展したもので、それこそ神社の境内で客を集めるために、効果音や音曲を入れたり、時には踊りや芝居を挿入したりしてアピールしたのです。江戸落語は座敷芸から広がったため、余分なギャグは入れずにストーリーをしっかり聞かせるというスタイルが根付きました。東西の笑いの質の差はそこにも由来があるのですが、それはさておき、米團治師は上方落語のかつての姿のように、多様性を備えて購買層を広げることが今の時代にも求められているということを言いたかったのかもしれません。

オンライン社会の急激な広がりによって、落語界が変化を求められている以上に、ビジネスの世界ではさらに多くの影響があるはずです。従来の価値観にしがみついてばかりいると、新しい時代の波に乗り遅れるということはこれまでのいくつもの歴史の教訓に刻まれています。この世界的な苦境の中においても、何か次のステージに向けたヒントを掴み取り、具体的な行動に生かせるかどうかが、重要な分かれ目になるように思えてなりません。

content-image

筆者・鼠家途夢による高座

TOPInsight情報未来No.66オンライン落語会の意外な効用