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水のパワー

2023.08.15
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1.夏と水の使用

今年の7月はとにかく暑かった。夏は熱中症のリスクがあるため、こまめな水分補給が欠かせない。その他、鉢植え植物への水やりは日課となり、ビルや工場の冷房用の水使用量も増える。

東京都の配水量

東京都水道局によれば、1年間で一日の配水量が最大となった日は、2021年度では7月10日(443万km)である。過去10年間をみると、最大配水量を記録した日は2014年度を除きすべて7月となっている(図1)。

また、年間平均では一日配水量が概ね横ばいなのに対し、最大配水量は2019年度以降減少傾向にある。

(図1)

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(出所)東京都水道局「事業概要」より弊社作成。一日平均配水量は年度間の一日平均。吹き出しは一日最大配水量の記録日。

気温と水使用量の関係

東京都の気温が最も高くなるのは8月である(図2)。

夏季には気温と水使用量は正比例するとの実証結果がある*ので、水使用量のピーク日は8月に記録しそうなものだが、なぜ7月なのか?また、最大配水量が2019年度以降減少しているのはなぜか? 

*社団法人環境情報科学センター「平成 20 年度 ヒートアイランド対策の環境影響等に関する調査業務報告書」

(図2)

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(出所)気象庁データベースより弊社作成。

ビルの冷房

上記実証研究によれば、東京都の一日配水量が7月に最大となるのは、ビルや商業施設等における空調設備の水使用量が増加するためである。これを踏まえると、近年の東京都最大配水量の減少は、2019~21年の7月の平均気温の低さと、ビルなどの空調設備の性能改善の影響によるものと考えられる(図3)。

東京都の直近の配水量データは2021年であるが、今年7月の東京の平均気温は28.7度と過去最高を記録した。一日最大配水量は大きく増加しているだろう。

(図3)

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(出所)東京都水道局、気象庁データより弊社作成。平均気温は7月中の日々の平均気温の平均値。

ビル空調設備のイノベーション

ビルなどの大型建物における空調設備は、かつては水を大量に使う冷却塔方式が主流であったが、現在の新築物件では、熱効率や節水効果の高い水冷/空冷設備が採用されている。

もっとも、テレワークが普及するなかで、都内ビルへの出勤者数は企業(フロア)ごとのバラツキが拡大していると考えられる。全館空調のみでは効率的に対応できないおそれがある。

今年の7月は記録的な暑さとなったが、東京都周辺では降水量が非常に少なかった。この結果、8月3日時点の東京都水源ダムの貯水量は昨年、一昨年の7割弱である。水需要が増える夏季において貴重な水資源を効率的に使用するためには、AIの活用により全館空調と個別空調を最適化することを含め、一層の節水イノベーションが求められるだろう。

2.アジア諸国の水事情

日本の水道インフラは高度に整備されており、蛇口をひねればいつでも安全な飲み水が手に入る。しかも、水道料金は先進国の中でもかなり安い(図4)。

これは非常に幸せなことである。

(図4)

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(出所)公益財団法人 水道技術研究センター「海外の水道事業における水道料金 水道の国際比較に関する研究委員会編」(2023 年7月)より弊社作成。

アジア諸国の上水道普及率

日本のように、安全な水が常時かつ安価で手に入るのは、世界では決して当たり前なことではない。アジアでは、上水道普及率が100%近いとWHO統計で確認できる国は、日本、韓国、シンガポール、マレーシアのみ。少なくとも11か国は60%未満である(図5)。

図5からは、一人当たりGDPが1万ドルを超えると、上水道普及率が100%近くまで高まると言えそうだが、多くの国はそのレベルに達していない。

(図5)

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(出所)上水道普及率はWHO(世界保健機関)、一人当たりGDPはIMFの統計より弊社作成。両指標とも2022年。上水道普及率は、飲料水を“safely managed water services”から得ている人口の全人口に占める比率で算出。中国、タイ、インドはこの定義のデータが非公表。

飲料水源の質~水道から生水まで~

WHOは、家庭向け上水サービスの質を、良い順に以下の5段階に分類している(図5の上水道普及率は、下記①の定義)。

①    Safely Managed:必要な時に安全な水が手に入る

②    Basic:安全な水が、供給源まで往復30分以内に手に入る(待ち時間含む)

③    Limited:安全な水が手に入るが、供給源まで往復30分以上を要する(待ち時間含む)

④    Unimproved:井戸などからの保護されていない(unprotected)水

⑤    Surface Water:川、ダム、湖、池、運河などからの直接の水

生水への依存

アジアでは、水道インフラが届かない農村部において、川や池などの水(以下「生水」)を直接飲んでいる人々が多い(図6)。

こうした地域では、下水や産業排水の浄化施設整備も遅れているため、生水飲用は衛生上問題が多く、幼児の死亡リスクが高い。

(図6)

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(出所)WHO統計より弊社作成。

水インフラと貧困

また、水インフラが未整備な国は概して貧困度も高い(図7)。

私が関係するNPO「アジア協会アジア友の会」は、アジア諸国の農村部に井戸を贈る活動を50年以上続けている。これまで7か国で約2200基の井戸を造り、寄贈したうえで、寄贈地の住民が自立できるよう支援している。

(図7)

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(出所)世界銀行統計「poverty rate」から弊社作成。poverty rate は、一日の収入が2.15ドル以下の世帯数の全体に占める比率。マレーシア、タイはゼロ。カンボジアはデータなし。

アジア諸国の経済成長はめざましいが、水インフラの面では、まだまだ先進国による支援が必要な段階にある国が多い。

3.日本の水ビジネスをアジアへ

井戸は、水道インフラが行き届かないアジア諸国の農村部に「命の水」を届ける現実的な手段である。しかし、将来的・最終的には、高品質の上下水道インフラを農村部まで整備することが望ましい。この面で、日本が「水ビジネス」を通じて支援できる可能性は大きい。

水道事業の特殊性

水道事業が他の産業と異なる点は、多くの場合、事業体の経営を地方自治体が担っていることである。この点は日本も同様だが、日本の水道事業は、水質管理や安定供給、漏水防止、災害対応、経営管理などの面で非常に高い水準を誇る。

また、民間でも、クボタや栗田工業、メタウォーターなど、水ビジネスを国内外で展開している企業が多数ある。

水道インフラの開発支援における官民連携

水道インフラ支援の内容は、対象国ごとの事情に応じて異なる。水道インフラの整備が遅れている国においては、上下水道設備の開発、建造、維持などの支援が必要であり、インフラが整備されるにつれて水道事業体の経営安定化や水質・環境維持のための法整備などが必要となる。

前者は民間企業が、後者は政府や地方自治体が得意とする領域である。地方自治体の水道事業と、民間企業の水ビジネスがコラボして、アジア諸国の水インフラの整備・高度化に貢献し、Win-Winの関係を構築することが望まれる。

水事業の高度化~水道DX~

実は、日本の水道事業にも課題は山積している。まず、人口減少に伴い水道利用者が減っている。また、水道設備の老朽化が進む一方、設備管理を担う技術職員数は減少している(図8、9)。

このため、デジタル技術を活用した水質・漏水データの自動取得といった水道事業の効率化・高度化(水道DX)が急務である。

このような技術・サービスを確立できれば、他の先進国のほか、中国、マレーシアなど経済発展が一定水準以上に進んだ発展途上国にもインフラの輸出を訴求していけるだろう。

(図8)

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(出所)日本水道協会・水道統計より弊社作成。法定耐用年数を超えた水道管の総延長に占める比率。

(図9)

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(出所)日本水道協会・水道統計より弊社作成。

おわりに

図5で示したアジア諸国の上水道普及率の低さは、一方で日本の水ビジネスにとって潜在的な市場規模の大きさを示唆している。日本の官民あげた取り組みにより、アジアの水問題改善に貢献すると同時に、日本の水ビジネスを一層発展させることを期待したい。

弊社も、政府・地方公共団体や水ビジネス企業向けのコンサルティングを通じて、少しでも貢献したいと考えている。

以 上

Profile
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Miyanoya Atsushi
宮野谷 篤
取締役会長
株式会社NTTデータ経営研究所
岩手県出身。1982年東北大学法学部卒業。同年日本銀行入行。金融市場局金融調節課長、金融機構局金融高度化センター長、金融機構局長、名古屋支店長などを経て2014年5月理事(大阪支店長)。2017年3月理事(金融機構局、発券局、情報サービス局担当)。2018年6月から現職。
専門分野は、金融機関・金融システム、決済・キャッシュレス化、金融政策・金融市場調節。
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