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コラム・オピニオン

雇用形態と日本語の変化

2020.03.02
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過去形質問との出会い

私は1978年に東北大学に入学し、4年間を仙台で暮らした。その際、近所の精肉店で買い物をする度に違和感を覚えたものである。店主が客に他に注文はないかと聞くとき、「あとは良かった?」と過去形で質問するからだ。これは仙台地方の方言なのかと思ったが、北海道でもみられる用法だという話を聞いた。

卒業して東京で就職した後は、「過去形質問」のことは忘れていたが、1990年代に入ると、再び過去形質問に遭遇する。ファミレスで、若い店員が「ご注文はこれでよろしかったですか?」と聞くようになったのだ。

しばらくして、長女が大学で日本語学を学ぶようになったので、「あの過去形の質問は日本語としておかしい」と言うと、反論された。丁寧に話すとき、過去形を使うのは英語も同じだと。確かに「would you…please?」と言う。長女曰く、「バイトを始めた高校生が精一杯丁寧に話そうとして、いつもと違う過去形を用い、それが広まったのでは?その時々で広く使われる言葉が正しい日本語として認知される」。その後、そこそこ大人の店員も「よろしかったですか?」と聞くようになった。

「バイト敬語」誕生の背景

違和感は他にも。

一つしか頼んでいないのに「こちらがコーヒーのほうです」←念のため紅茶も隠し持っているの?

「こちらがピザになります」←客に出した瞬間に解凍される冷凍物?

と、聞き始めた当初は、心の中でツッコミを入れたものだ。

90年代に、上記のような「バイト敬語」が広がったのはなぜか?これは、コンビニやファミレスが増え、高校生を含む若年層を非正規労働力として活用する雇用形態が広がったためだと思う。

実際に、90年初頭から10年ほどの間にコンビニ・ファミレス店舗数は右肩上がりで急増している(図1)。また、15~24歳の人口と就業者数の推移をみると、人口は91年にピークに減少に転じるが、就業者数のピークは92~93年で、この10年間の就業率のピークは95~96年となっている(図2)。就業者数には、コンビニ・ファミレス以外の業種も含まれているが、90年代前半の就業率の上昇は、これらの業態が学生年齢層に新たな就労機会を提供したことによるものと考えられる。

(図1)コンビニ・ファミレス店舗数の推移

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(出所)チェーンストア協会「FC統計調査」をもとに当社作成。

(図2)学生年齢層の就業状況

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(出所)総務省「労働力調査」をもとに当社作成。

近年の変化

しかし近年は、コンビニやファミレスで、バイト敬語を聞くことが少なくなったように思う。これは、以下のような雇用形態や労働の担い手の変化によるものと考える。

第一は、近年、日本人のフリーター(注)数が減少していること。総務省によれば、2009年(平均)の177万人から、2019年は138万人と、約40万人も減った(図3)。2013年以降における雇用環境の改善と人手不足の深刻化を背景に、正社員として採用される機会が増えているからだろう。フリーターの減少によって、コンビニやファミレスで、バイト敬語を話す日本の若者に遭遇する機会は減少しているといえる。

(注)15~34歳のパート・アルバイト就業者およびパート・アルバイトへの就業を希望する者

(図3)国内フリーター数と外国人労働者数

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(出所)総務省「労働力調査」、厚生労働省「外国人雇用状況の届出状況まとめ」をもとに当社作成。

第二は、女性と高齢者の就業が増えたこと。例えば、35~64歳の女性と、65~74歳の男性の就業率(人口に占める就業者の比率)をみると、2013年頃から明確な上昇を示している(図4)。人手不足が深刻化するなかで、女性と高齢者が働きやすい環境整備が進んだためだ。この年齢層の人々は、バイト敬語を使わないと推測される。

(図4)女性と男性高齢者の就業率・%

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(出所)総務省「労働力調査」をもとに当社作成。

第三は、外国人労働者が増えたこと。厚生労働省によれば、国内の外国人労働者数は、2019年10月時点で165万人。2009年のほぼ3倍に増加し、フリーター数を上回っている(上記図3)。コンビニなどで接客する外国人の日本語はたどたどしい面もあるが、言葉使いは教科書的な用法に従っている。おそらく、海外の日本語学校で教える言葉使いに「よろしかったですか?」はないのだろう。

ちなみに、贔屓のおでん屋で働くベトナム人の店員さんは、きれいな日本語を話す。ベトナムは、今や日本への留学生数が東南アジアで最も多い国であるが、その背景には、日越協力による日本語教育の充実がある。国際交流基金によれば、ベトナムの日本語教育機関数は2015年時点で219ヵ所あり、学習者数は6万人にものぼる。日本ファンを増やし、外国人の働き手を双方ともにストレスなく受け入れるためには、日本語教育充実の取り組みが不可欠である。

おわりに

以上述べてきたように、雇用形態や労働の担い手の変化は、使われる日本語にも影響してきた。

今後は、アジア諸国の所得増加に伴い、日本での外国人労働力確保は徐々に困難化していくものと考えられる。接客ロボットや介護ロボットを含め、デジタル技術を活用して人手不足に対応することが必須となっていくだろう。幸い、わが家のスマート・スピーカー(アレクサ)は、教科書的な日本語を話してくれるので、言葉使いに対してストレスは感じない。しかし、AIが今の若者達の言葉を学習していくと、どうなるのだろうか…。私はこの点を楽観視している。近い将来、AIがセンサーで会話者の年齢を判断し、ストレスを感じないように言葉を使い分けてくれるに違いない。

以上

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Miyanoya Atsushi
宮野谷 篤
取締役会長
株式会社NTTデータ経営研究所
岩手県出身。1982年東北大学法学部卒業。同年日本銀行入行。金融市場局金融調節課長、金融機構局金融高度化センター長、金融機構局長、名古屋支店長などを経て2014年5月理事(大阪支店長)。2017年3月理事(金融機構局、発券局、情報サービス局担当)。2018年6月から現職。
専門分野は、金融機関・金融システム、決済・キャッシュレス化、金融政策・金融市場調節。
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