©飛騨市
当社は、株式会社Edo(本社:岐阜県飛騨市、代表取締役社長:関口 祐太、以後「Edo」)とともに、同社が採択された2024年度の観光庁事業「子育て世代も参加可能な業務型ワーケーション実証事業 ※1 」の実証実験を実施しました。その結果、3泊以上の地方越境型ワーケーションにより参加者の意識と行動がポジティブに変化し、また、その継続する可能性が示されました。
背景
岐阜県飛騨市(人口約2.1万人)では、「まちづくり観光」の推進に取り組み、滞在と交流を重視した観光スタイルの定着や、関係人口の増加、都市部企業との連携による地域経済の活性化を目指しています。さらに、新たな来訪者を受け入れるための人材育成や、「飛騨市学園構想 ※2 」に代表される持続可能な地域づくりにも力を入れています。
こうした背景から、株式会社Edoは、「地方越境型ワーケーション」の実証に最適な地域として飛騨市を位置づけ、新しい旅行機会の創出に向けた取り組みを進めております。
都市部では得がたい人と自然との距離が近い山間部の飛騨市では、首都圏には無い「自然」「不便さ」「人と人との密な関わり」等の “非日常” を体験することが可能です。この “非日常” こそが、人間の意識や行動の変化、ひいては価値観や思い込み(認知)の変化に寄与する重要なファクターであると仮定し、飛騨市での地方越境型ワーケーションがもたらす効果を科学的アプローチに基づき検証しました。
ワーケーションの概要
モニターとして4社にご協力いただき、それぞれの企業ニーズを踏まえ、Edoにて4パターンの地方越境型ワーケーションモデルを造成しました。
■各企業からのニーズとワーケーション実施期間、参加者数・宿泊数(大人には配偶者を含む)
① トヨタ自動車株式会社及びグループ企業
ニーズ・目的:ラーケーション活用(働き方改革推進としての新しい休み方の社内外への浸透)
実施期間:2024年10月20日(日)~2024年10月21日(月)、2025年1月12日(日)~12月13日(月・祝)、1月24日(金)~1月25日(土)
宿泊数、参加人数:1泊2日×3回:62泊(大人31名/子ども31名)
② 株式会社エヌアイデイ及びグループ企業
ニーズ・目的:人材育成(社員の中長期的かつ多様なキャリア形成に向けた交流・研修)
実施期間:2024年11月20日(水)~12月23日(土)
宿泊数、参加人数:3泊4日:33泊(大人10名/子ども3名)
③ 丸井グループ株式会社及びグループ企業
ニーズ・目的:事業開拓(地域との関わりや新たなビジネス創出の可能性の検討)
実施期間:2024年12月8日(日)~12月14日(土)
宿泊数、参加人数:5泊6日:30泊(大人6名/子ども1名)
④ 株式会社イトーキ(イトーキ労働組合)
ニーズ・目的:労働組合 (仕事と子育ての両立をテーマとした、社員間の対話を促進及び施策の創出検討)
実施期間:2025年1月11日(土)~1月12日(日)
宿泊数、参加人数:1泊2日:45泊(大人27名/子ども18名)
実証実験の内容、結果の概要
飛騨市での地方越境型ワーケーションを通じた非日常体験により、参加者の意識や行動、価値観や思い込み(認知)が変化するという仮説を立て、アンケート調査を通じて実証を行いました。
■検証仮説
実証の検証仮説は以下の通りです。
- 仮説1:飛騨市での地方越境型ワーケーションの実施前後で参加者の意識や行動、価値観や思い込み(認知)が変化する。
- 仮説2:上記変化はワーケーション実施後(1か月間)も継続する。
■実証実験の流れ
ワーケーション参加者(上記①~④)を対象に、ワーケーションの実施前、ワーケーション実施後(終了直後)、ワーケーション実施後(1か月後)の3時点でアンケート調査を実施しました。
ワーケーション前後のデータを比較することでワーケーションによる短期的な効果を統計解析を用いて評価するとともに、ワーケーション実施から長時間経過した後(1か月後)のデータも比較対象に加えることで、ワーケーションの中長期的効果も評価しました。
■取得項目の一覧
アンケート調査での取得項目は以下の通りです。
表 アンケート調査の取得項目一覧
取得項目 | 概要 | 出典 | |
---|---|---|---|
基本属性 | 出身地、転居の有無、学歴、年収、外食傾向等を取得。 | 独自設問 | |
心理状態、認知傾向 | 仕事の悩み、プライベートの悩み、自己主体性・協調性傾向を評価 | 独自設問 | |
人生満足度、自己効力感 | 自分の人生にどの程度満足しているのか(人生満足度)を評価。 | SWLS(Satisfaction With Life Scale) | |
内発的モチベーション | 内発的モチベーション傾向を評価。内発的モチベーションは自分の内側から湧き上がる興味や関心、意欲によって動機づけられている状態を指す。 | MWMS(Multidimensional Work Motivation Scale) | |
無意識のバイアス | 無意識のバイアス傾向を評価。具体的には仕事上での無意識の態度や考え方に関するバイアスを評価。 | 「アンコンシャス・バイアス」マネジメント(2019)守屋智敬 | |
マインドセット | 固定マインドセット、成長マインドセットの度合いを評価。固定マインドセットは能力や才能は生まれつき決まっており、努力しても変わらないという考え方を指す。一方、成長マインドセットは、自分の能力や才能は、努力や経験によって成長させることができると信じる考え方を指す。 | 「グリット研究とマインドセット研究の行動経済学的な含意(労働生産性向上の議論への新しい視点)」川西・田村(2019)、行動経済学第12巻(2019)87-104 | |
人間関係に関する認知傾向 | 人間関係に関する認知を評価する尺度。具体的には周囲の人との関係構築や働きかけについての意識を評価。 | JCQ(Job Crafting Questionnaire):Wrzesniewski and Dutton(2001) | |
外向性 | 外向性、承認欲求傾向を評価。ビッグファイブ理論において、外向性は社交性や活動性、積極性など、外界への関わり方を表す性格特性を指す。 | 人の性格特性ビッグファイブ理論の外向性を参考に独自設問 | |
行動傾向 | 1人で行動することを好むか、グループで行動することを好むかの傾向を評価。 | 独自設問 | |
環境・場所へのイメージ | 現在住んでいる場所、田舎、飛騨市について、それぞれにどのようなイメージを持っているか評価(ポジティブ7項目《自然が豊か、過ごしやすい等》、ネガティブ7項目《課題が多い、刺激が少ない等》)。 | 独自設問 | |
住む場所への興味関心、再訪意向、移住意向 | 現在住んでいる場所、田舎、飛騨市についてそれぞれへの興味関心、再訪意向、移住意向等を評価。 | 独自設問 | |
子どもの変化 | 参加した子どもの行動、意識の変化を評価。 | 独自設問 |
■実証実験結果(一部抜粋)
実証実験の主な結果は以下の通りです。結果として、上記仮説1、仮説2ともに部分的に支持する結果(3泊以上の実施で変化あり)が得られました。
① 地方越境型ワーケーションを3泊以上実施することで、仕事の悩みが低減する。さらに、その効果はワーケーション終了後も持続する可能性がある。
地方越境型ワーケーションを3泊以上実施した参加者は、実施前より実施後の方が、仕事の悩みが気になっている程度が低くなり、その傾向は1か月後まで継続していました。一方で、1泊2日の参加者では同様の結果は得られませんでした。
図 地方越境型ワーケーションの実施前後での仕事の悩みの平均値の推移(3泊以上の参加者)
※ 7件法によってデータを取得。Repeated Measures ANOVAにより検定を実施。* p値<0.001, p値<0.01, ** p値<0.05
② 地方越境型ワーケーションを3泊以上実施することで、自己肯定感が増加する。さらに、その効果はワーケーション終了後も持続する可能性がある。
地方越境型ワーケーションを3泊以上実施した参加者は、実施前より実施後の方が、自己肯定感が高く、その傾向は1か月後まで継続していました。一方で、1泊2日の参加者では同様の結果は得られませんでした。
図 地方越境型ワーケーションの実施前後での自己肯定感の平均値の推移(3泊以上の参加者)
※ 7件法によってデータを取得。Repeated Measures ANOVAにより検定を実施。* p値<0.001, p値<0.01, ** p値<0.05
③ 地方越境型ワーケーションを3泊以上実施することで、内発的モチベーションが増加する。さらに、その効果はワーケーション終了後も持続する可能性がある。
地方越境型ワーケーションを3泊以上実施した参加者は、実施前より実施後の方が、内発的モチベーションが高く、その傾向は実施後1か月後も継続していました。一方で、1泊2日の参加者では同様の結果は得られませんでした。
図 地方越境型ワーケーションの実施前後での内発的モチベーションの平均値の推移(3泊以上の参加者)
※ 7件法によってデータを取得。Repeated Measures ANOVAにより検定を実施。 p値<0.001, p値<0.01, * p値<0.05
④ 地方越境型ワーケーションを3泊以上実施することで、無意識のバイアス(現状維持に関するバイアス)が低減する。さらに、その効果はワーケーション終了後も持続する可能性がある。
地方越境型ワーケーションを3泊以上実施した参加者は、実施前より実施後の方が、無意識のバイアス(現状維持に関するバイアス)が低く、1か月後までのその傾向は継続していました。一方で、1泊2日の参加者では同様の結果は得られませんでした。
図 地方越境型ワーケーションの実施前後での無意識のバイアス(現状維持に関するバイアス)の推移(3泊以上の参加者)
※ 7件法によってデータを取得。Repeated Measures ANOVAにより検定を実施。*** p値<0.001, ** p値<0.01, ** p値<0.05
実証事業(実証実験を含む事業全体)で得られた主な成果、考察
地方越境型ワーケーションによる効果を得るには3泊以上の中期滞在が必要
今回の実証実験では、地方越境型ワーケーションを3泊以上実施した参加者においてのみ、心理状態や価値観(バイアス)の変化が生じ、1泊2日では同様の変化は認められませんでした。この結果は、1泊2日の短期間でのワーケーションでは表層的な体験にとどまってしまうため効果が得られにくく、効果を得るためには3泊以上の中期滞在が必要であることを示唆しています。また同効果が発生したメカニズムについては、詳細な検証が必要である者の、飛騨市の住人や自然とのふれあいを通じて「自分たちの常識が通用しない」環境での気づきが生まれ、この気づきをきっかけとして参加者の心理状態・価値観にまで変化が生じたと考えています。
当社が過去に実施した沖縄県や和歌山県のワーケーション実証事業 ※3 では、2泊3日以上の実施で有意な効果が確認されており、本結果を支持しています。一方で、今回のワーケーションで認められた価値観(バイアス)等の変化は、過去の実証事業では確認されていません。この結果は、ワーケーションの実施場所や内容によって得られる効果・効用が異なるケースがあることを示唆しており、今回の飛騨市のような、地域の特色を活かした地方越境型ワーケーションプランは、ワーケーションを通じた他地域企業の関係人口創出に貢献できると考えられます。
今後のNTTデータ経営研究所の取り組み
■ワーケーションの効果・効用に関するエビデンスの蓄積・普及
本実証実験の結果として、地方越境型ワーケーションによる心理状態・価値観の変化が認められましたが、本実証実験は実験条件の統制や解析方法等に課題を有しており、さらなる検証が必要です。そのため、引き続き株Edoをはじめとする全国各地のワーケーション推進事業者・団体と連携し、ワーケーションの効果・効用に関する検証ならびにエビデンス蓄積・普及を今後も進めてまいります。
■ワーケーションをきっかけとした地域課題の解決への寄与
ワーケーションは、地域を知る貴重なきっかけとなり、関係人口創出に寄与します。関係人口は地域創生・地域振興の重要な要素であるため、中長期的には地域課題の解決にも繋がります。しかし、ワーケーションの効果は永続的ではありません。そのため、ワーケーションに続く施策を継続的かつ段階的に設計・提供することが、都市から地方へのより大きな人の流れを創出するために不可欠です。当社は、ワーケーションの実証実験から得られたエビデンスに基づき、この流れを科学的にデザインすることで、ワーケーションをきっかけとした地域課題の解決に貢献してまいります。
※1 観光庁:令和6年度 子育て世代も参加可能な業務型ワーケーションナレッジ集 https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001891395.pdf
※2 飛騨市学園構想 人口約2.2万人の岐阜県飛騨市において、飛騨市教育委員会主導で2019年から取り組む地域の教育魅力化プロジェクト。飛騨市長と教育長がタッグを組み、保育園(6ヶ所)・小学校(5校)・中学校(2校)・小中学校(1校)・高等学校(2校)・特別支援学校(1校)・民間企業・家庭・地域が総がかりで年齢や区画を越えた学びの環境構築に向けて活動して います。現在、第二章が始動。 https://www.city.hida.gifu.jp/soshiki/30/32272.html
※3 過去に実施した沖縄県、和歌山県のワーケーション実証実験では、生産性の向上、職業性ストレスの軽減、ワークエンゲージメントの向上等の効果が認められています。