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管理職シリーズ 第5回(最終回)

今、なぜ、管理職変革なのか?

シニアマネージャー 桃原 謙
【第1回】 次世代経営・事業幹部育成 3つの鍵
【第2回】 シニア管理職が活きる秘訣(ひけつ)
【第3回】 高度な専門性を活かす管理職
【第4回】 イノベーションを加速する組織マネジメント
【第5回】 今、なぜ、管理職変革なのか?

1. はじめに

2008年秋のリーマンショックに端を発した世界同時不況後、欧州での国債デフォルトによる金融不安は抱えつつも、現在の日本経済は、最悪時と比較して、落ち着きを取り戻しつつある。

最悪期だった2009年前半には、売上急減に伴って固定費削減を迫られ、人件費削減に着手した企業も多かっただろう。派遣労働者など有期雇用契約の更新が打ち止められ、正社員も社内失業者が600万人(労働力人口の約9%相当)に達したとの推計もあった。

その後、中国で約60兆円などの多額の財政出動を通じ、高成長を持続した新興国が成長エンジンとなり、ようやく2010年度の日本企業決算は増収増益が見込まれている。企業によっては、ここで少し一息を入れたい状況でもあろう。

しかし、中長期スパンで俯瞰(ふかん)すると、大きな津波が静かに押し寄せている。

第1に、少子高齢化によって、1995年をピークに、ここ数年急激に生産年齢人口が減少し、バブル崩壊以降、供給が需要を上回る「需給ギャップ」が継続している。中国・インド等新興国へのシフトが加速しており、生産拠点のみならず研究・開発機能まで移転している。労働人口の高齢化に加えて、雇用の空洞化がさらに加速するだろう。2010年3月25日付日本経済新聞によると、「パナソニックでは新卒採用の海外採用比率が2011年には80%に達する計画で、日本国内採用は前年比210人減の290人に厳選する」との事例も見受けられる。

第2に、環境・エネルギー・ヘルスケア分野を中心に技術・商品・ビジネスモデルのイノベーション(革新)がグローバル規模で進展している。特に、デジタル技術を活用したスマートグリッド等、従来の産業分野の枠を越えたイノベーションが次々と興っている。第一線の現場では、高度専門性を研ぎ澄ましてイノベーションを促進する組織運営が求められ、経営の現場では、経営資源の成熟事業から成長事業へのシフトや撤退等の事業ポートフォリオの最大化が一層重要になってくる。

2つの大きな津波の中で、日本企業はグローバル競争での生き残りをかけて、日本にはどのような機能を残していく必要があるのだろうか。日本ではどのような人材を確保・育成していく必要があるのだろうか。

今まさに、中長期を見据えてグローバルの視点から、コア人材である管理職のあり方を再考する時期に来ているのではないだろうか。

管理職シリーズとして、コア人材として再考すべきテーマ(経営・事業人材、組織マネジメント、高度専門性、シニア層)をこれまで4回にわたって取り上げ、解決の方向性を提唱してきた。本最終回では、総集編として、管理職人材マネジメントにおける変革の方向性を総括していきたい。特に、今後も維持すべき点と、将来に向けて変革すべき点を明確にしていきたい。

2-1.変革の方向性(現場レベル)

ピーター・F・ドラッカーの指摘通り、組織責任者(組織マネージャー)のミッションとして、(1)個人の総和よりも大きな組織成果を創出すること、(2)短期成果と中長期成果を調和することが上げられる。

特に、少子高齢化や技術革新の大きな変化の中で、短期成果に追われるだけでなく、中長期を見据えた手を打つためにも、現場における管理職の働き方を見直していく必要がある。

(1)組織マネジメントの視点 (エンパワーメント)

従来は、個人の総和より大きな組織成果を創出するために、「全メンバーに割り振った成果をいかに達成させるか」が組織マネジメントの主眼であった。

しかし、非連続なイノベーションが求められる中では、「一部メンバーに突出した成果をいかに創出させるか」という視点が新たに求められるだろう。なぜならばイノベーションとは経験則からの飛躍であり、大成功もあれば、明日に繋がる一時的な失敗も避けられず、突出した成功をどう引き出すかが重要だからである。

突出した成果を促進するには、メンバーへの働きかけが重要になる。つまり課長クラスを中心とした管理職が、メンバーの業務進ちょくを管理するだけでなく、役割や力量に応じてメンバーにエンパワーメント(力づけ)することが一段と重要になる。すなわち「権限の委譲+情報の共有」を通じて、仕事に対する当事者意識(オーナーシップ)を持たせることである。なぜなら、知恵やワークモチベーションが成果につながるナレッジワーカーを動機付けするには、当事者意識を持って、内面から駆り立てていく動機付けが一層重要となってくるからに他ならない。
(詳細は、「第4回 イノベーションを加速する組織マネジメント」をご参照ください)

(2)リーダーシップの視点 (実践的リーダーシップ)

【図表1】管理職人材マネジメント 変革の方向性
出所:NTT データ経営研究所にて作成

短期成果と中期成果を両立していくためには、日常業務に必要な打ち手だけでなく、技術・商品・ビジネスモデルの中長期的な方向性を洞察して、未来から今日の打ち手を見極め、着手していく必要がある。そのためには、顧客すら認識していない未知のニーズや、将来の技術動向を見極める力が必要であり、「高度な専門性」に裏打ちされたリーダーシップが一層求められるようになる。

つまり、従来のように、既存事業の延長線であれば、一般社員の専門性を活かせば事足りたかも知れない。

しかし今後は、部長クラスを中心とする管理職が、自身が保有する深い専門性と周囲を見渡す広い専門性を活用して将来の姿を示す、つまり「実践的リーダーシップ(Thought Leadership)」が重要となってくる。そして、描き上げた将来の姿を基にして、日常発生する偶然の出来事を上手く活かしながら、周囲の組織や人を巻き込んでイノベーションを目指すリーダーシップが求められるのである。
(詳細は、「第3回 高度な専門性を活かす管理職」をご参照ください)

2-2.変革の方向性(全社レベル)

 全社における人材マネジメントでは、従来は、入社年次等の「マス(塊)のマネジメント」が主流だった。しかし今後は、「個のマネジメント」に一層シフトせざるを得なくなるだろう。つまり、現場レベルにてエンパワーメントや実践的リーダーシップを通じて、社員一人ひとりの当事者意識を最大限に引き出すには、個人の特性・価値観・意思等に応じた人材マネジメントが必要だからである。

「個のマネジメント」の実現に向けて、(1)役割(職責)の視点と、(2)キャリアの視点に着目して言及していきたい。

(1)役割(職責)の視点 (役割の多様化)

グローバル規模でのイノベーション競争に打ち勝つために、社員の持てる力を見極めて、強みを活かして職責として役割を与え、役割に応じた貢献を目指すことは言うまでもない。しかも理想論としての「適材適所」を語るだけではなく、実際に「個」のレベルで徹底することが真に求められる。

今後は、管理職における役割は一層多様化していき、キャリアも複線化していくだろう。従って、まず全社として、役割の多様化を支援する仕組み、つまり複数の役割を明示して現場を支援していくことが求められる。

主な役割要素としては、「経営・事業を担う役割」や、「組織マネジメントを担う役割」、さらには「高度専門性を担う役割」等が上げられる。例えば、部長クラスでも、組織マネジメントを担う人材もいれば、組織マネジメントに加えて高度な専門性を発揮する人材もいるだろう。また高度専門性を中心に発揮してスタッフとして活躍する人材もいるだろう。

その中で特に留意が必要なのは、「退職予備軍」とされるシニア管理職であり、役割(職責)が曖昧(あいまい)な中で企業への貢献実感が少ない場合が多い。今後年齢構成においてシニア層(50歳台)の増加が進展する中で、シニア層への対応が急務になっていくだろう。
(詳細は、「第2回 シニア管理職が活きる秘訣」をご参照ください)

日本企業では「全員経営」、すなわち「全員で企業を支える」思想が浸透している企業も多い。しかしバブル崩壊後の人事施策によって、企業と社員の関係性が希薄となりつつあり、一体感を得られなくなっている企業も少なくはない。

だからこそ、「全員経営」、すなわち「全員が各自の役割を持つコア人材である」との意識は、日本企業の強みとして今後も維持すべきであろう。ただ小手先だけで職場活動を通じて一体感を醸成するだけではなく、社員が各自の役割(職責)で貢献することで、「自分はコア人材である」と社員全員が実感できることが重要である。つまり社員が役割(職責)を通じて得る貢献実感こそが、日本企業が今後も維持していくべき点ではないだろうか。

(2)キャリアの視点 (キャリアの早期見極め・インセンティブの設計)

グローバルでの非連続なイノベーション競争に打ち勝つために、高度な経営・事業力、組織マネジメント力、専門性において、社員一人ひとりに真のプロフェッショナリティが求められることは言うまでもない。

従来は、新卒入社後横一線でより高い管理職ポストを目指してきたが、高度なプロフェッショナリティを涵養(かんよう)するには、管理職任用前後(30歳後半)といった早いタイミングで、社員のキャリアを見極めていく必要があるだろう。特に、経営・事業力を育成するためには、やはり30歳後半以降、グローバルや異事業等の必要な職務経験を意図的・計画的に積ませる必要がある。
(詳細は、「第1回 次世代経営・事業幹部育成 3つの鍵」をご参照ください)

労働政策研究・研修機構による2010年3月「労働政策研究報告書No.114」によると、「他社に通用する能力を持つと考える人材は、40歳台後半から50歳台にかけて職務満足度が相対的に高い」との調査結果もある。キャリアの早期見極めを行い、社員に応じた真のプロフェッショナリティの研鑽(さん)を目指すことで、シニア層での職務満足にも良い影響が期待できる。

さらに、キャリアを見極めてキャリア自立した人材にとっては、職務へのインセンティブは決して一律ではない。例えば、経営・事業人材であれば上位ポストでの機会がやる気を生むだろう。また組織マネジメント人材ならば管理スパンの大きさや部下の成長が動機の源泉かも知れない。さらに専門性人材ならば未経験の新しい領域における職務を通じて専門性の磨きをかけることだろう。

従来、人事制度では等級・評価・報酬の向上が動機付けの主なインセンティブであるとの前提があったが、役割が多様化する中で、地位や評価・報酬といった外発的な衛生要因のみならず、成長機会の獲得といった内発的な動機付け要因にも配慮することが重要となっている。

従って、全社では、人事制度のみならず、人材開発や職務配置等の内発的動機付けにも配慮したインセンティブ設計を通じて、現場を支援することが求められている。

このように、「キャリアの早期見極め」と、「インセンティブの設計」は、これからまさに変革していくべきテーマではないだろうか。

3. おわりに

今後10年間、日本企業の存在意義は何だろうか。

日本企業の存在意義は、技術・商品・ビジネスモデルのイノベーションを通じて、日本だけでなくグローバルにおける顧客価値を創出して、社会や株主に還元していくことには変わりないだろう。

それでは、今後10年間、日本における企業人材の存在意義は何だろうか。

それはまさしく、グローバル分業体制の中で、イノベーションをリードしていくことに他ならない。つまり管理職が高いプロフェッショナリティを有して多様な役割を担い、全員がコア人材として企業に貢献していくことである。言い換えれば、管理職一人当たりの付加価値において、新興国に引けをとらない高みを目指していくことに他ならない。

今期増収増益が見込まれ企業経営に落ち着きを取り戻しつつある今、屋台骨を支える管理職の変革に着手する時が到来している。

そして、今の閉塞感を打開して、日本企業や社員の活力を取り戻す絶好のチャンスではないだろうか。 3度目の「失われた10年」をもう繰り返さないためにも。

以上

 (参考)

【第1回】 次世代経営・事業幹部育成 3つの鍵
【第2回】 シニア管理職が活きる秘訣(ひけつ)
【第3回】 高度な専門性を活かす管理職
【第4回】 イノベーションを加速する組織マネジメント
【第5回】 今、なぜ、管理職変革なのか?
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