はじめに
生成AIを使う企業は、もう珍しくない。総務省「令和7年版 情報通信白書」1によれば、生成AIを業務で活用する方針を掲げる日本企業は49.7%と、ようやく半数に届いた。同調査によると、米国、ドイツは8割前後、中国は9割を超える。日本と諸外国との差は依然として大きい。ただ、本当の問題は普及率ではなく、活用の中身である。
同白書で、日本企業が挙げる導入課題の筆頭は「効果的な活用方法がわからない」、次点が「セキュリティリスク」だった。セキュリティへの警戒そのものは当然である。生成AIの業務利用が広がるほど、情報漏えいや悪用の危険は現実味を増しており、こうしたリスクへの対応を軽視したまま、AIを活用した効率化にとどまらない収益獲得の検討には進めない。ただ、課題の上位に「使い方の迷い」と「守り方」が並ぶ一方で、「AIで何を稼ぐか」という議論が見当たらない。導入は進んだのに成果の手応えが薄いとすれば、原因は技術ではなく、問いの立て方にある。
視野を海外に広げても、景色はそれほど変わらない。世界の大企業の決算を見渡すと、AIで売上を伸ばしたと明確に言える会社は、AIそのものを売る側の企業と、顧客接点をデジタルで持ち、効果を測れる一部の企業に偏っている。製造や金融の大企業の多くは、AIの成果をいまも削減時間と利益率で語っている。普及率で先を行く国々でも、AIを成長に結びつけた企業は少数派なのである。この山を登り切った企業はいない。
守りか、攻めか。DXの時代に散々問われたあの分岐が、いまAIでそっくり再来している。そして多くの企業が、前回と同じ選択、つまり「守り」のAI活用にとどまろうとしている。議事録の要約、資料の下書き、問い合わせ対応の自動化など、どれも意味はある。ただ、その取り組みで売上は1円でも増えるだろうか。
AX(AIトランスフォーメーション)とは、AIを既存業務に「足す」ことではなく、AIを前提に事業と経営を「組み替える」変革を指す。分かれ道は、このAXを効率化・コスト削減の「守り」で終わらせるか、その守りを土台に、成長と収益をつくる「攻め」へ転じるかにある。
本稿では、企業のAI活用が「守り」にとどまる要因を整理したうえで、事業成長や収益創出につなげる「攻めのAX」の考え方と、その実現に向けて企業に求められる取り組みについて考察する。
1 総務省「令和7年版 情報通信白書(概要)」(2025年7月)
1. なぜAIは「守り」で止まるのか
業種を問わず、AI活用構想の立ち上げの現場で交わされる議題は、驚くほど似ている。利用ガイドラインの整備、セキュリティの担保、データ連携基盤の構築、そしてツールの選定。いずれも必要な論点だ。しかし、「それで、どの事業を伸ばすのか」という問いが誰の口からも出ないまま、会議が終わる。そんな光景が、いま多くの会社で繰り返されている。
これは担当者の怠慢ではない。構造の問題である。
構造の根幹には、一つの認識差がある。AIを「いまある作業を速くするツール」と見るか、「仕事の組み方そのものを変える技術」と見るかである。ツールと見れば、問いは自然と「どの作業を速くするか」になり、成果は削減時間で測られる。技術と見れば、問いは「誰が何を見て、どう決め、どう動く仕事に組み替えるか」になり、成果は事業の数字で測られる。同じツールを同時期に入れても、この認識差が1年後の景色を分ける。そして、この認識差が組織に表れる場所は3つある。
1つ目は、主導部門の出自だ。多くの企業でAI活用を主導しているのは、情報システム部門か、そこからスピンアウトしたDX推進組織である。彼らはシステムとリスクの専門家であって、事業の専門家ではない。そのため、論点は自然とリスク管理・データ連携・ツール選定へ集中しやすい。「どの業務を効率化するか」までは踏み込めても、「どの事業をどう伸ばすか」は守備範囲の外なのである。ビジネスの視点を持つ人材が推進の中枢にいないことが「守り」にとどまる要因の1つである。
2つ目は、経営の議題設定である。AIのリスクを重視すること自体は適切である。サイバー攻撃は激しさを増し、生成AIを悪用する手口も現れている。情報漏えいや誤回答への備えを欠いたまま攻めに出るのは、大きなリスクが伴う。問題は、経営会議のAIに関する議題が「守り」で終わってしまうことだ。他社のインシデントが報じられれば対策を議論する。それは必要な対応である。しかし、どう稼ぐかが一度も議題に上がらないなら、話は別だ。どう守るかを議論する経営は必要である一方、それだけでは新たな成長と収益の機会を逃す可能性がある。守りは議論の出発点であって、終着点ではない。
3つ目は、制度の不整合である。AIで仕事のやり方を変えることに、公式なインセンティブを用意している企業は限られる。挑戦して失敗すれば評価に響き、成功しても処遇は変わらない。それどころか、自分の業務をAIに置き換える取り組みは、自身の役割や雇用への不安につながる可能性もある。現状維持に報い、変化にコストを課す評価制度のままでは、現場の積極的な取り組みを促すことは難しい。
ただし、守りのAXそれ自体は間違いではない。ガイドラインとセキュリティは、攻めに出るための土台である。顧客データを高度に活用し、その培った仕組みを外部に提供する攻めの取り組みも、顧客と社会からの信頼なしには成立しない。守りが固い企業ほど、顧客からデータや業務を安心して任せてもらえるようになり、収益獲得機会の範囲が広がる。問題は、守りを固めることではなく、守りを固めた先の問いを持たないことだ。効率化についても同じことが言える。効率化は、それ自体をゴールに置けば費用にとどまるが、攻めに向かう助走と位置づければ、新たな価値を生み出す資産の蓄積につながる。同じ効率化でも、その先を設計しているかどうかで、AI投資が費用にとどまるか、将来の成長や収益につながる資産かが分かれるのだ。
2. 「攻めのAX」とは何か
攻めのAXを一言でいえば、AIに向ける問いを「どの業務を効率化できるか」から「どの事業をどう伸ばすか」へ転換することである。両者の違いを図表1に整理した。
【図表1】守りのAXと攻めのAX

NTTデータ経営研究所が作成
攻めのAXには「AIの見方」「起点の問い」「目的」「主導」「対象範囲」「成果指標」「投資の性格」といった7つの観点がある。その観点のうち、他のすべてを左右するのが「AIの見方」である。AIを道具と見る限り、起点の問いも主導部門も成果指標も、守りの側に自然と揃っていく。
そのうえで、経営にとって最も重要な観点は「投資の性格」である。守りのAXにおいて、AI投資は費用である浮いた時間と削減できたコストが成果のすべてで、そこで完結する。一方、攻めのAXでは、将来の事業成長につながる資産の形成を目的とする。獲得した顧客、蓄積したデータとナレッジ、組み替えた業務プロセス。これらは次の打ち手の原資となり、複利的に成長が積み重なっていく。。1年後、2年後に埋めがたい差となって表れるのはこの部分だ。
では、何を狙ってAXを進めるのか。攻め筋は4つある(図表2)。
【図表2】攻めのAX:4つの攻め筋と3つの段階

NTTデータ経営研究所が作成
①の意思決定は、最も見落とされている攻め筋である。小売業で需要予測の精度が上がれば、発注会議は「先週の報告」から「来週の先回り」に変わる。経営が数字の報告を受けるのではなく、来週の発注予測について経営の意思や戦略を乗せる状態である。意思決定の速さは、それ自体が競争力である。
しかも、AIが提供できるのは速さだけではない。市場動向や競合の動き、規制の変化といった社外の情報を集め、社内の実績データと突き合わせ、複数の打ち手をシミュレーションして「この条件ならこの選択肢が優位」という示唆まで導き出すことができる。これまで経営企画が数週間かけて用意していた材料が、短時間で揃う。材料が早期に揃えば、経営会議そのものを前倒しでき、意思決定は速くなる。会議の時間の使い方も、資料の読み合わせと数字の確認から、選択肢を比べて決めることへ移る。経営が意思決定に集中できる状態を作ること。これが意思決定の攻め筋の到達点である。
②の需要創造は、マーケティングと営業の攻め筋だ。製造業なら、過去の商談記録や図面をAIが読み込み、顧客ごとに刺さる提案の初稿を作成する。金融なら、画一的な商品案内が一人ひとりの状況に沿った提案に変わる。小売なら、売場やアプリでAIが顧客の疑問に答え、買い物かごの中身を変える。効率化で浮いた営業の時間を「訪問件数を増やす」に使うか、「提案の質を変える」に使うか。ここが守りと攻めの分かれ目になる。
③の事業モデルは、商品・サービスの提供の仕組みそのものを変える攻め筋である。典型は設備保全だ。時間を基準に一律で点検・部品交換を行うTBM(Time Based Maintenance:時間基準保全)は、まだ使える部品を捨てる過剰整備と、それでも防げない突発故障を両方抱えている。センサーデータをAIが常時解析し、設備の状態に応じて必要な保全を行うCBM(Condition Based Maintenance:状態基準保全)へ移行すれば、保全コストが下がるだけではない。「止まらないこと」自体を価値として提供できるようになり、修理代の都度払いは稼働保証付きの継続課金に変わる。売り物が保守作業から「止まらない状態」に変わるとは、顧客が抱えていた突発停止のリスクを、売り手が引き受けることでもある。リスクを引き受ける側に回った企業は、稼働率などの成果に応じた値段設定が可能になる。人とAIの分業を組み替えた先に、価格とスピードと顧客体験の再定義がある。
④の新規収益は、攻めのAXの到達点だ。自社の業務変革で培ったデータ、ノウハウ、仕組みを同じ課題を抱える他社に提供して収益を得る。物流企業が自社の配車最適化の仕組みを外販する、製造業が予知保全のノウハウをサービス化する、といった動きがすでに始まっている。
図表2が示すとおり、どの攻め筋も最初の一歩は「効率化」である。攻めのAXは効率化を否定しない。むしろ効率化から始まる。分かれるのは設計だ。攻めから逆算して効率化を助走に位置づけるのか、効率化そのものをゴールにするのか。厄介なのは、初期段階では、どちらも同じように削減時間という成果が表れるため、外からは両者の見分けがつかないことである。同じ需要予測の導入でも、発注作業の省力化で終わるのか、意思決定の組み替えまで見据えているのか。その先の設計があるかないかで、1年後の景色は大きく変わり得る。
3. 攻めに転じた企業は、何が違うのか
守りで止まる企業と攻めに転じる企業を分けるのは、技術力ではない。違いは3つの点に表れる。
1点目は、「人選」に表れる。攻めに転じた企業は、AIプロジェクトの中核に「AIに詳しい人」ではなく「業務に詳しい人」を据えている。AIリテラシーは半年もあれば身につく。しかし、現場の商流や暗黙の判断基準への深い理解を得るには時間がかかる。現場のエースを推進の中核に据え、AIの専門家がそれを支援する。この人選の順序を逆にすると、実務に結びつかないユースケースの検討にとどまる可能性がある。
2点目は、「経営会議」に表れる。CEOやCOOが、AXを自分の言葉で語れるかどうかが肝になる。特定の部門に任せきりにすると、成果が部門内でとどまる。攻めに転じた企業では、トップ自らが全社に横串を通す仕組み、すなわち事業部門をまたいだ推進体制と成果を全社で共有する場を設けている。名ばかりの「DX推進委員会」が形骸化していく一方で、仕組みが十分機能した推進組織には事業側から人が集まってくる。
3点目は、投資の順序に表れる。攻めに転じた企業は、最初から全方位に取り組むわけではない。まず一丁目一番地、つまり効果が大きく、社内の誰もが成果を認めざるを得ない業務に絞って、目に見える結果を出す。そして、その成果を原資に次の領域へ再投資する。こうした取り組みを段階的に、かつ連続的に進めることで、最初の成功が次の投資や関係者の協力につながり、成果が足し算ではなく掛け算で拡大していく。
上記の3点を押さえた上で、企業が「守り」から「攻め」へ登り切る道筋を表したのが、図表3のAX5段階モデルである。
【図表3】AX5段階モデル:「AIが人を支える」から「人がAIを導く」へ

NTTデータ経営研究所が作成
第1段階の「支援」と第2段階の「助言」は、多くの企業がすでに取り組み始めている領域だ。転換点は第3段階の「育成」にある。業務プロセスと判断基準を学習し切ったAIは、人を補助するだけでなく、人を育てることができる。新任者のオンボーディングをAIが担い、ベテランの暗黙知が退職などによって失われる前に、組織の資産として蓄積・活用できるようになる。ここまで来ると、AIは単なるツールというより、人間の同僚に近い。
第4段階の「代替」では、業務を実行する主体が人間からAIへ移る。AIが業務を回し、人は3つの役割を担う。責任を持って意思決定する「判断」、部門をまたぐ業務の継ぎ目を繋ぐ「調整」、そして業務プロセスそのものの「改善」である。注意したいのは、ここで人の役割を「確認」と「監督」だけに置かないことだ。AIの出力を眺めて承認するだけの役割にとどまれば、人がAIを導く側ではなく、AIの流れ作業に組み込まれる側に回る。「AIが人を支える」から「人がAIを導く」へ。この転換は、人の仕事を判断と調整に位置づけなおす設計があって初めて成立する。
そして第5段階は外販である。この過程で培ったナレッジ、アセット、ソリューションは、同じ課題を抱える他社にとって、価値のある商品・サービスになり得る。自社変革の副産物が、新しい収益事業に化けるのである。
肝心なのは、この5段階が「守りに始まり、攻めに終わる」一本の道だという点である。外販から逆算すれば、支援段階の効率化は単なるコスト削減ではなく、売り物になる資産の仕込みになる。守りと攻めは対立する概念ではない。同じ山を、途中で降りるか、登り切るかの違いである。
おわりに
生成AIそのものの性能差は、今後縮小していくだろう。モデルやツールは調達できる一方、AIで何を狙うかという設計と、それを実現する組織の力は、容易に獲得できるものではない。守りの整備が進んだ企業では、問いが「AIから会社を守れるか」だけでなく、「AIで市場を攻められるか」へと広がっていく。
いかに守りを固め、そのうえで攻めるのか。DXで一度突きつけられた課題が、AIでもう一度、すべての企業の前に置かれている。世界を見ても、山を登り切った企業、つまりAIを事業成長に結びつけている企業は、まだ限られている。だからこそ、今度は守りで立ち止まらず、AIを活用した事業成長や新たな収益創出にまで取り組む企業が増えていくことを期待したい。
