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Insight
経営研レポート

AIが企業のアーキテクチャを書き換える

Academy of Management 年次大会2026が、日本の経営者に示す意味
2026.10.27
NTTデータ経営研究所 代表取締役社長 山口 重樹
NTTデータ経営研究所 グローバルビジネス推進センター マネージャー Jaivardhan Lal
NTTデータ経営研究所 グローバルビジネス推進センター シニアコンサルタント Zhong Junhao

AOM 2026(第86回年次大会)参加レポート
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はじめに

1936年に設立されたAcademy of Management(AOM)は、経営学・組織論分野において世界を代表する学術団体へと発展し、現在では約120カ国から20,000人を超える会員を擁している。第86回目を迎えたAOMの年次大会は、研究者が最先端の知見を発表し、既存理論に挑戦し、新たな研究課題を形成する場として、この分野で最も重要なフォーラムの一つとなっている。AOM自身も、本大会を経営学・組織論分野における世界最大の学術者の集まりと位置づけている。

本レポートは、2026年次大会への参加を踏まえ、NTTデータ経営研究所(以下、当社)が現地で観察した主要なテーマ、議論、および研究動向について報告するものである。特に、人工知能(AI)が経営学・組織論研究に及ぼす影響の高まりに焦点を当てるとともに、AIが経営における根本的な課題、リーダーシップの実践、組織設計、意思決定プロセス、そして仕事の未来をどのように再構築しつつあるかについて、当社の考察を述べる。

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ペンシルベニア州フィラデルフィア——この5日間、同市は世界最大規模の経営学者の祭典を迎えると同時に、AIが企業に何をもたらすのかという、この分野における最も重要な議論の舞台となった。

エグゼクティブサマリー

人工知能は、「技術をどう導入するか」という問いから、「企業のアーキテクチャそのものをどう設計するか」という問いへと移行しつつある。

2026年のAcademy of Management年次大会では、AIは単なる生産性向上のツールとしてではなく、経営における最も根本的な問い——持続的競争優位は何によって生まれるのか、どの活動・能力を企業内に残すべきか、組織はどのように設計されるべきか、そして経済的価値は最終的にどこで獲得されるのか——に影響を及ぼす力として、ますます議論されるようになっている。

本レポートの中心的な結論は、AIによる優位性は、より優れたモデルへのアクセスやAIツールの導入数の多さから主に生まれるのではなく、企業が価値を創造し、そこから学習し、統制し、獲得する仕組みそのものを再設計することから生まれるというものである。

大きな変化としては、次の4点が挙げられた:

  • 第一に、AIそのものが持続的な差別化要因として残る可能性は低い。モデル、ツール、汎用的な活用方法は急速に拡散する。したがって持続的な優位性は、AIを「模倣が難しい資産」——独自の学習ループ、独自の活動システム、信頼に基づく顧客関係、組織文化、物理的資産や規制上の地位、そして企業固有の知識——と組み合わせる方法から生まれる可能性が高い。
  • 第二に、企業の境界が変化している。AIは探索・調整・生産のコストを引き下げる一方で、検証、ガバナンス、アカウンタビリティ、技術依存に関する新たなコストを生み出す。そのため、戦略的な「自社で行うか、外部に委ねるか」という問いは、単純な「何を社内で実行すべきか」から、「何を統制し、そこから学び続けなければならないか」へと変化している。AIを活用した業務をアウトソースすることは、その業務から生まれる学習そのものを外部に委ねることも意味しうる。
  • 第三に、AIによる組織的な効果の大部分は、ツールの導入そのものよりも「再設計」から生まれる可能性が高い。AOMで示された知見によれば、AIネイティブ企業は、既存の組織構造にAIを後付けするのではなく、製品、ワークフロー、人間の役割、エージェントの役割を一体的に設計している。既存企業(インカンベント)にとっての意味合いは、個々の業務を自動化するのではなく、決定的なボトルネックを中心に、エンドツーエンドの活動システムそのものを再設計することである。
  • 第四に、価値創造は価値獲得を保証しない。AIが顧客に大きな価値をもたらしても、その経済的な見返りをエコシステム内の別のプレイヤーが獲得してしまうことがある。したがって、誰が対価を支払うのか、いつ支払うのか、模倣からどのように守るのか、データはどこに蓄積するのか、そして顧客との関係をどの階層が握るのかといった意思決定は、導入が拡大した後ではなく、早い段階で行われなければならない。


これは日本企業にとって、機会とリスクの両方を意味する。日本には、AIにとって価値ある補完資産——深い専門知識、信頼に基づく顧客関係、オペレーション能力、規制上の地位、物理的資産、そして蓄積された組織知——が数多く存在する。しかし、これらの資産は自動的にAI時代の優位性へと転化するわけではない。ワークフロー、権限、組織の境界、事業モデルをほぼ変えずにAIを導入するだけでは、目に見える生産性の向上は実現できても、意味のある戦略的差別化は生まれない可能性がある。

したがって、日本の経営層にとっての戦略的な問いは、「AIをどこで使うべきか」から、次の問いへと変化している。

AIが自社の独自性を強化し、学び続けなければならない領域への統制を保ち、創出した価値の意味あるシェアを獲得できるように、企業をどのように再設計すべきか。

そしてこの問いが、本レポートで取り上げる4つの論点をつないでいる。

AOM 2026現地レポート——注目すべき点

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AOM 2026における当社参加者(左から):Jaivardhan Lal、山口重樹、Junhao Zhong

Academy of Managementには約7,500人の発表者が参加し、ペンシルベニア・コンベンションセンターと周辺のカンファレンスホテルを舞台に、戦略、組織、アントレプレナーシップ、テクノロジー、人間行動といった領域にわたる3,500以上の対面セッションが開催された。この規模自体も重要だが、それ以上に注目すべきはテーマの変化である。AIはもはや専門的な技術トピックとして扱われてはいなかった。AIは、企業がなぜ存在するのか、どのように競争するのか、どのように価値を獲得するのかという議論の中心に位置するようになっていた。

以下の観察は、当社が参加したセッションに基づくものであり、全プログラムに関する統計的な主張ではなく、現地での所見である。

AIは専門トピックから、経営学全体を組織づける問いへと移行した

AIは、戦略、組織理論、アントレプレナーシップ、生産性、ガバナンス、プラットフォーム、マネタイズといった、あらゆる領域に登場した。重要な変化は、AIに関するセッションの数ではなく、問いそのものの質にあった。学者たちはもはや「企業はAIをどのように導入すべきか」を議論していない。彼らが議論していたのは、AIがいかに競争優位の源泉、企業の境界、そして生産の単位そのものを変えるのか——そして、この学問分野の基礎理論がなお成立するのか、という問いであった。「AI時代における経営理論の再考」や「生成機械時代における企業の理論」といったタイトルのセッションが並び、そのほとんどが満席となっていた。

アジア系研究者の存在感は大きく、一方で日本の存在感は見うけられなかった

当社が参加したセッションにおいて、日本人研究者の参加は見られなかった。一方で、中国系・インド系の研究者は、経営学研究の最前線における議論を形づくる存在として、非常に高い存在感を示していた。これは国別の研究水準を評価するものではない。しかし日本にとっては重要な戦略的警鐘である。なぜならば、グローバルな議論への参加は、どのような問いが立てられ、どのようなエビデンスが注目され、どのような経営思想が実務へと伝わっていくかに影響を与えるからである。

議論の舞台は、米国から離れ、日本の欧州パートナーへと近づいていく

AOMは、年次大会が少なくとも4年間、米国を離れることを既に発表している。2027年はウィーン(シアトルからの変更)、2028年はトロント、2029年はフランクフルト、2030年はロンドンでの開催となる。AOMはこの決定を、グローバルな会員の参加を支えるための開催地ローテーションの一環と位置づけている。理由はいずれにせよ、実務的な影響は同じである。フィラデルフィアはしばらくの間、米国最後の開催地となり、経営学のグローバルな議論の舞台は欧州とカナダへ移っていく。したがって、日本の研究者、大学、企業にとっては、2026年大会に限らず、今後の国際的な開催においても、存在感を維持し続けることが重要である。

AI時代の企業を形づくる4つの戦略的論点

本セクションでは、当社が最も重要と考えた議論を、経営者が今日直面する4つの戦略的判断——何が防御可能な優位性として残るのか、企業は何を継続して行い、あるいは統制すべきか、AIネイティブな設計とは何を意味するのか、そしてAIが生み出す価値は最終的にどのように獲得されるのか——に整理して紹介する。これらの議論は多様な領域・手法にわたっていたが、次第にこれらの根本的な問いへと収斂しており、AI時代における競争優位、組織の境界、価値創造の再評価が広く進んでいることを示していた。

論点

主な論者

競争優位

Jay Barney — ユタ大学

Raphael Amit — ペンシルベニア大学ウォートン校

Kathleen Eisenhardt — スタンフォード大学

企業の境界とエコシステム

David Teece — カリフォルニア大学バークレー校

Carliss Baldwin — ハーバード・ビジネス・スクール

Annabelle Gawer — サリー大学

Ron Adner — ダートマス大学タック・スクール・オブ・ビジネス

AIネイティブ組織

Rembrand Koning — ハーバード・ビジネス・スクール

Phillip Kim — バブソン・カレッジ

価値獲得

Richard Makadok — オハイオ州立大学

Andy Wu — ハーバード・ビジネス・スクール

Marshall Van Alstyne — ボストン大学クエストロム・スクール・オブ・ビジネス

1.AIが急速に広がる中での持続的競争優位の源泉とは

経営者への問い

企業が同様のAIモデル、AIツール、AIの技術的能力にアクセスできるとすれば、AIそのものが持続的な競争優位を生み出すことは可能なのか。


学者たちの主張

戦略論におけるリソース・ベースド・ビュー(RBV)の代表的な提唱者であるユタ大学の特別教授、ジェイ・バーニー氏は、AIは大きな価値を創出し、一時的な優位性をもたらすことはできるが、それ単独で持続的な競争優位を生み出す可能性は低いと主張した。

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ジェイ・バーニーの議論の核心は、AIが競争優位の源泉となり得るかという問いであった。

その論拠は構造的なものである。AIが変革的であるからこそ、それは急速に拡散する。どの企業もAIを無視することはできず、その結果、AIの導入は差別化要因ではなく、競争に参加するための前提条件となる。早期に導入した企業はスピードと学習の面で優位に立てるかもしれないが、競合はやがて追いつき、しばしば先行者の学びから恩恵を受ける。

バーニー氏はこの議論を、多くの経営者が最も強力な防御力(堀)があると考える領域——独自データ——にも展開した。彼の見解では、データが持続的な優位性をもたらすのは、極めて限定的な条件の下でのみである。すなわち、(1)競合が機能的に同等のデータを持っていないこと、(2)多くの知見が比較的小規模なサンプルからでも得られるにもかかわらず、当該のユースケースが本当に大規模データセットを必要とするものであること、(3)競合が、企業の観察可能な意思決定の背後にある分析内容を推測できないこと、(4)提携関係、規制上のデータ移植性要件、従業員の転職などがあってもデータが独自性を保ち続けること、という4条件である。これら4条件をすべて同時に満たす企業データセットはほとんど存在しない。

これは、企業がAIへの投資を減らすべきだという意味ではない。むしろ企業は、競争優位が、AIそれ自体ではなく、価値があり、希少で、模倣が困難な資源とAIを組み合わせることから生まれると認識すべきである。バーニーは、AIが情報処理・分析をますますコモディティ化させるにつれて、差別化の源泉は、彼が「残余的異質性(residual heterogeneity)」と呼ぶもの——リーダーシップ、組織文化、社会関係資本、対人的な信頼——へと移っていくと論じた。


同じセッションで発言したラファエル・アミット教授は、これを補完しつつも異なる視点を示した。彼はAI技術そのものが単独で持続的な優位性の源泉となる可能性は低いという点でバーニーに同意した。しかし、AIを企業の活動システムに組み込むことで、より持続的な差別化が生まれる可能性があると論じた。

アミット教授の見解では、AIを活用する組織はますます循環的かつ自己強化的になっていく。下流の活動から生まれる出力が、継続的に上流の活動にフィードバックされる。顧客行動がデータを生み、データが知見を生み、知見が製品・サービスを改善し、改善された提供物が新たな顧客行動を生む——こうした学習の好循環が生まれる。AIは観察、解釈、適応をほぼリアルタイムに圧縮し、組織学習を加速させる。

優位性の潜在的な源泉は、その結果として生まれるシステムレベルの複雑性にある。競合はモデルやアプリケーションを模倣できるかもしれないが、その力学が外部から観察・診断しにくい、相互に連関した活動システム全体を模倣することは容易ではない。

同時に、アミットはAIを深く統合することに伴う重大なリスクも指摘した。緊密に結合したシステムは、エラーをスピードとスケールの両面で増幅させる可能性がある。人間とエージェントが混在する環境は、アカウンタビリティ、責任、そして学習の所有権に関する未解決の問いを生む。さらに、外部のモデルプロバイダーやクラウドプラットフォームへの依存は、企業が「AI活用度を高めている」ように見えながら、実際には価値創出プロセスの重要な要素に対する統制を徐々に手放してしまうという、誤った能力感を生み出しかねない。


未解決の論点

最も重要な意見の相違は、データが競争優位の源泉となり得るかという点に関するものであった。

バーニー氏が懐疑的であったのに対し、生成AI関連の新興企業に関する自身の研究を踏まえて、スタンフォード大学のキャスリーン・アイゼンハート教授は、より楽観的な見解を示した。彼女は、多くの生成AIの文脈において、優れたデータは単なる入力情報ではないと論じた。それはハルシネーションを減らし、モデルの性能を高め、継続的なユーザーフィードバックを通じて学習の経済性を生み出す仕組みでもある。この意味において、独自かつ高品質なデータは、真の戦略的資産となり得る。特に、信頼された臨床文献と専門知識が模倣困難な障壁を生み出すヘルスケアのような領域において、その傾向は顕著である。

経営者にとっての意味合いは、「自社のデータは『堀』となり得るのか」という問いが、依然として開かれたままであるということである。データが本質的に防御可能である、あるいは必然的にコモディティ化するという前提のいずれか一方に立つのではなく、企業はバーニー氏が提示したような基準を用いて、自社の状況をケースバイケースで評価しつつ、AIネイティブ業界から現れる新たなエビデンスにも注意を払うべきである。


日本企業にとっての意味

日本企業は、バーニー氏がAI時代においても希少性を保ち続けると指摘した資源——深く根付いた組織文化、組織内・組織間における高い信頼、長年にわたる顧客関係、そして蓄積された組織知——の多くを有している。

しかし、これらの資産が優位性を生むのは、それらが自社固有の方法でAIと組み合わされた場合に限られる。競合と同じ基盤モデル、コパイロット、AIツールを購入し、ほとんど変わらないワークフローにそのまま導入するだけでは、持続的な差別化は生まれにくい。

したがって、より戦略的な課題は、AIを導入するかどうかではなく、自社の独自の強みを増幅させる独自の活動システムに、AIをいかに統合するかである。この意味において、持続的な競争優位の源泉となるのは、AIそのものではなく、他社が模倣困難な能力とAIを組み合わせる組織の力である。

AIへのアクセスはモートではない

容易に拡散するもの

防御の可能性を持ちうるもの

モデルとツール

再帰的な学習ループを備えた企業固有の活動システム

汎用的な活用方法

バリューチェーン上の独自のボトルネック的地位

単体としての生産性向上

信頼、文化、意思決定の型

技術的な構成要素

構成要素同士がどのように連携しているかの不透明性

四条件を満たさない独自データ

四条件を満たすデータ(同等物が存在せず、スケールに依存し、推測不能で、独自性が保たれているもの)

まとめ:AIは従来の優位性の源泉を置き換えるものではない。それは、競合が「ダウンロード」できないものの価値をむしろ高める。

2.調整コストが崩壊する中での企業の境界線とは

経営者への問い

AIがリサーチ、契約、調整、生産のコストを引き下げた場合、企業は自ら何を行うべきか。そして、何を統制し続けなければならないのか。


学者たちの主張

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのユンジン・ユー氏が議長を務めたセッション「生成機械時代における企業の理論」には、この分野を代表する研究者たちが集結し、経営学における最も古い問いの一つを、まったく新しい条件のもとで再検討した。生成AIシステムは、予め定義された出力を通じてではなく、利用のまさにその瞬間に価値を創出する。これは、資産や価値は展開される前に規定できるという、企業の古典理論の根底にある前提そのものに挑戦するものである。

デヴィッド・ティース教授:新しいコストが古いコストに取って代わる

カルフォルニア大学バークレー校のデヴィッド・ティース教授は、企業理論の基盤の多くを再考する必要があると論じた。経済学者、ロナルド・コースによる企業理論の原点を支えていた取引コストや契約コストは劇的に低下しており、場合によってはゼロに近づいている。しかしその一方で、古典理論が想定していなかった新しいコスト——AIが生成した出力の検証、ハルシネーションの管理、倫理的な防護柵の構築、自律的エージェントのガバナンス、そして計算インフラへの資金投入——が新たに生まれている。

これは根本的な非対称性を生み出す。エージェントによる行動を開始することはますます安価になっている一方で、その品質と信頼性を検証することは、コストが高く困難な作業である。より重要な能力の多くが企業の外部——プロバイダー、プラットフォーム、エコシステムに分散して存在するようになるにつれて、ティース教授は、最も適切な分析単位は、もはや企業、あるいは業界でさえなく、より広いエコシステムになりうると論じた。

彼の見解では、依然として価値を持ち続けるのはダイナミック・ケイパビリティ——機会を察知し、それを捉え、それに応じて組織を変革する能力——である。かつて人間の意思決定者が数個の選択肢しか検討できなかった場面で、AIは数百のシナリオを生成できるようになるかもしれない。しかし、判断と戦略的選択の責任は、依然として人間に残る。

ティース教授はまた、今後さらなる学術的関心が必要な、新たに現れつつある2つのエージェンシー問題を指摘した。

  • 選好の不透明性(Preference opacity):目的を問い直し、明確化できる人間のエージェントとは異なり、AIシステムは、企業が直接統制できない不透明な学習プロセスやデータセットによって形づくられた目的に基づいて動作することが多い。
  • 目標の乗っ取り(Goal hijacking):自律的なエージェントが、人間である依頼主の意図から外れた中間目標を追求してしまう可能性があり、これは新たなガバナンス上の課題を生む。

AIエージェントの実効的なガバナンスは、それ自体が重要な経営課題になっていく可能性が高いと、彼は示唆した。

カーリス・ボールドウィン教授:新たな組織形態の出現

バーバードビジネススクールのカーリス・ボールドウィン教授は、より長期的な歴史的視点を示した。彼女の主張によれば、企業とは本質的に、特定の技術的パラダイムを活用するために設計された人とツールの配置である。歴史を通じて、旧来の組織形態が生産を効率的に調整できなくなったとき、新たな組織形態が生まれてきた。

職人的生産からフロー生産へ、事業部制企業からモジュール型プラットフォーム・エコシステムへ——それぞれの組織モデルは、前の世代のモデルが解決できなかった問題を解決してきた。ボールドウィン教授の主張は、AIが第5のパラダイムを生み出しつつあるのではないか、というものである。

この新たなモデルにおいては、AIによって能力を拡張された個人が生産の基本単位となる。こうした個人の一部は従来型の企業内で働き続ける一方、AIシステムによって支えられた、高い能力を持つ独立プロフェッショナルや一人企業として活動する人が増えていく可能性がある。

アナベル・ガワー教授:企業の境界は学習の境界になる

英サリー大学アナベル・ガワー教授は、この議論を最も明確に総括したと言えるだろう。彼女の主張によれば、生成AIのもとでは、企業の境界に関する中心的な問いは、もはや単純な「自社で行うか、外部に委ねるか」ではない。それは学習に関する問いへと変わる。「誰が、誰から、どのデータに基づいて、誰の統制のもとで学ぶのか」という問いである。

AIは必ずしも企業を大きくしたり小さくしたりするわけではない。むしろAIは、企業が「選択的に開かれた」存在になることを促す。定型的な認知タスクはますます外部化される一方で、組織学習を推進するデジタル資産——独自のデータパイプライン、評価フレームワーク、ファインチューニング能力、オーケストレーションシステム、フィードバックループ——は内部に保持される。

ガワー教授はまた、より広い競争環境についても指摘した。大手テクノロジープラットフォームは、AIスタック全体にわたって急速に統合を進めており、基盤モデルだけでなく、新たに生まれつつあるエージェント層の統制も目指している。その結果、多くの企業の境界は、自社の戦略的選択だけによってではなく、少数の支配的なAIプラットフォーム間の競争によって、ますます形づくられるようになる可能性がある。

ロン・アドナー教授:エコシステムの視点から見た境界

ダートマス大学タックビジネススクールのロン・アドナー教授によるエコシステムの視点は、境界に関する意思決定に、重要な「依存関係のテスト」を加えたものである。

経営者は、価値提案が成功裏に届けられる前に整合させておかなければならない、活動・組織内の役者・地位・関係性をマッピングする必要がある。なぜならば、企業が自らの役割を効果的に遂行していても、重要な補完者(コンプリメンター)が機能しなかったり、重要な依存関係が別のプラットフォームによって統制されていたりすれば、交渉力、スピード、顧客価値を失う可能性がある。

したがって、実務上の課題は「選択的な統制」の問題となる。企業はバリューチェーンのすべての構成要素を所有する必要はないが、どの外部依存関係が将来の価値創出におけるボトルネックとなり得るかを見極める必要がある。


未解決の論点

このパネルでは、単純な結論を出すことを意図的に避けた。

AIは最終的に企業をより開かれた方向、あるいはより閉じた方向のどちらに向かわせるのかと問われた際、ガワー教授の回答は実質的に「両方が同時に起こる」というものであった。組織は、外部のエコシステムやデータソースから利益を得られるだけの開放性を保ちながら、同時に競争優位を生み出す学習資産を守らなければならない。

同様に、ティース教授も、資産特殊性のような概念がAI時代においてなお重要性を保つかどうかについては、予測を避けた。より広く見れば、従来型の企業を主要な分析単位として強く擁護する参加者はいなかった。学者たちは、どのコストが低下し、どの新しいコストが生まれているかについては次第に確信を深めているようであったが、企業の境界が最終的にどの方向へ動いていくのかについては、はるかに不確かなままであった。

実務家にとって、これは境界に関する意思決定が、従来の前提だけに基づいて行われてはならないことを示唆している。学習、検証、ガバナンス、エコシステムへの依存という、新たに現れつつある経済性に基づいて、ケースごとに評価する必要がある。


日本企業にとっての意味

日本企業は歴史的に、企業の古典理論が重視してきたまさにその関係性——長期的なパートナーシップ、信頼できる中間業者、系列型の取引先網、そして時間をかけて構築された協働的なエコシステム——のマネジメントに優れてきた。

しかし、協調コストが低下するにつれて、戦略上の重心は移っていく。重要な問いは、どの活動を効率的に調整できるかではなく、どの活動について、信頼、検証、統制、そして学習を継続しなければならないか、という点になる。

特に3つの能力が重要になる。

  •  AIを活用した業務における品質の検証・保証能力
  • 組織を代理して行動するAIエージェントのガバナンス
  • 中核的な業務プロセスに組み込まれた学習ループの所有権

そこから、2つの実務的な示唆が得られる。第一に、AIの調達に関する意思決定は、ますます企業の境界に関する意思決定そのものになっている。AI機能を自社で保有・運用するか、独自に管理するか、既製のものを購入するか、あるいは外部ベンダーに運用を委ねるかによって、誰が企業の学習を観察し、獲得し、そこから利益を得るのかが決まる。第二に、アウトソーシングはもはや業務だけを移転するのではなく、学習そのものを移転することにもなりうる。パートナーシップやAIベンダーを評価する際、企業はコストとパフォーマンスだけでなく、データがどこに流れ、改善がどこに蓄積し、運用によって生まれる知識を最終的に誰が所有するのかについても検討すべきである。

AI時代において、最も重要な境界は、活動そのものの周りにあるのではなく、組織の学習能力の周りにあるのかもしれない。

境界は消えない。移動するのだ。

旧来の境界の論理——企業をまとめていたコスト

新たな境界の論理——今、境界を決めるコスト

探索コスト:パートナーや情報を見つけるコスト

検証コスト:AIが生成した成果物をリリース前に確認するコスト

契約コスト:契約を作成し、履行させるコスト

エージェント・ガバナンスコスト:AIエージェントの決定権限、境界、エスカレーションに関するコスト

調整コスト:人と計画を整合させるコスト

コンピュートおよびインフラへの依存

監督コスト:人の働きを監督するコスト

学習の統制:独自のワークフローとデータループを内部に保持するコスト

(該当なし)

機械による業務が失敗した際のアカウンタビリティおよび規制上のリスク

取引コストが低下するにつれて、企業の戦略的な境界は、依然として信頼、検証、統制が必要とされる領域へと移動していく。

3.AIネイティブ企業と既存企業

経営者への問い

企業を真にAIネイティブにするものとは何か。そして、既存企業(インカンベント)は、どこで自らの地位を守ることができるのか。

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学者たちの主張

企業がAIネイティブであると言えるのは、その製品、生産システム、組織設計、エコシステムとの関係性が、当初からAIを中心に構築されている場合である。従業員が生成AIツールを使っているというだけでは、AIネイティブとは言えない。この2つのアプローチが根本的に異なる結果をもたらすことから、この区別は最も重要な実務的知見の一つとして浮かび上がった。

両者の違い:AIファースト企業は、既存の事業にAIを付加する。AIネイティブ企業は、製品、生産システム、組織を、当初からAIを中心に構築する。

ハーバード・ビジネススクールのレンブランド・コーニング教授は、この問題を生産関数の問題として再定義した。経済学者、マイケル・クレマーの補完的タスクに関する「Oリング理論」を引用しつつ、彼はAIが最大の組織的効果を生み出すのは、高度に相互依存したシステムの中で最も弱いタスクを改善する場合であると論じた。ボトルネックに対処することで、個々の活動の改善を単純に足し合わせた以上の価値が生まれうる。逆に、一つの重要なタスクの失敗が、システム全体のパフォーマンスを損なうこともある。

コーニング教授はまた、企業家が場当たり的にツールを導入するのではなく、AIを自社の生産プロセスに体系的にマッピングすることで、著しく良い成果を得ている、というフィールド実験のエビデンスを示した。AIがワークフローをどこで再構築しうるかを理解するだけで、創業者が何を構築するかが変わり、マイルストーンの達成率が高まり、必要な資金額が減少した。


AIネイティブ・スタートアップに関する研究は、この違いをさらに定量的に示した。マッチングされたサンプルにおいて、AIネイティブ企業は比較対象となるスタートアップよりも規模が小さく、階層も少ない一方で、従業員一人当たりの価値は著しく高い傾向にある。サンプルによって差はあるが、従業員一人当たりのバリュエーションは30〜76%高く、サービス集約的な業種においては、AIネイティブ企業の従業員数は同業他社の概ね3分の1程度であった。

そのメカニズムは、研究者たちが「プロダクト・チャネル」と呼ぶものにあるようだ。AIが製品そのものに組み込まれることで、顧客はその提供物を通じて直接的に価値を生み出すことができる。これに対して「プロセス・チャネル」とは、従業員が社内でAIツールを使い、生産性を高めることを指す。これも有用ではあるが、エビデンスによれば、社内利用だけでは同じような構造的インパクトは生まれない。実際、この研究は、ChatGPT、Copilot、Cursorといったツールの導入それ自体は、組織が著しく小規模・効率化されることを予測しないと明確に示している。

これは重要な意味を持つ。組織的な「配当」は、主にツールの導入からではなく、再設計から生まれるのである。


AIの導入と生産性に関する併設ワークショップで示されたエビデンスは、その理由を説明する助けとなる。初期のAIコーディング支援ツールに関するランダム化フィールド実験では、完了したタスクにおいて約26%の生産性向上が見られた。これは意味のある、しかし依然として漸進的な向上である。より高度なコーディングエージェントに関する研究では、さらに顕著なパターンが示された。コーディングの活動量は大幅に増加したものの、最終的にリリースされたソフトウェアの量は約20%程度の増加にとどまった。

その説明は、組織的なボトルネックにある。AIが生成した成果物は、依然としてレビュー、テスト、統合、コンプライアンス、承認、導入といったプロセスを経なければならない。その結果、パフォーマンスはバリューチェーンの中で最もAI化が進んでいない部分によって制約される。したがって、リリースされた成果ではなく、生成された活動量を測定することは、AIの実際のビジネスインパクトを大幅に過大評価するリスクがある。

バブソン・カレッジのフィリップ・キムは、組織の「軽量化」を、人間組織の重要性が低下した証拠として解釈することに注意を促した。信頼、アカウンタビリティ、正当性、コミットメントは依然として不可欠である。AIネイティブ企業は従業員数が少ないかもしれないが、必ずしも単純な組織になっているわけではない。複雑性は消えるのではなく、従業員数からシステムアーキテクチャ、ガバナンス構造、エコシステムへの依存関係へと移行しているのである。


未解決の論点

既存企業の優位性の最終的な源泉について、コンセンサスは得られなかった。

多くの経営者は独自データが持続的な防御壁をもたらすと想定しているが、その前提は会議全体を通じて疑問視された。複数のセッションで議論された、より防御可能性の高い立場としては、以下が挙げられる。

  • 真のオペレーション上のボトルネックの統制
  • 規制上の資産やライセンスの所有
  • 模倣が困難な物理的インフラ
  • 深く根付いた顧客関係
  • 高い信頼に基づく提供能力
  • 確立された販路と実行ネットワーク

同時に、重要な問いが未解決のまま残されている。AIネイティブ企業に見られる優れた資本効率性と軽量な運営モデルは、規模拡大後も持続するのだろうか。極端な組織の軽量化は、ガバナンス、レジリエンス、イノベーション能力における隠れた脆弱性を生み出さないのだろうか。現在のエビデンスはスタートアップの環境に集中しており、同様の優位性がより大規模で複雑な企業においても成立するかどうかは、依然として未解決である。


日本企業にとっての意味

日本の大手既存企業にとって、戦略的な問いは、何人の従業員がAIを使っているかではない。より重要な問いは、レガシーなプロセスがその価値を損なう前に、どの独自かつ模倣困難な資産をAI活用型のシステムへと転換できるか、である。

そうした資産には、規制上の市場地位、物理的なネットワーク、信頼に基づく顧客関係、オペレーション上の専門知識、独自のワークフロー、蓄積された組織知などが含まれる。これらの優位性は依然として価値を持つが、それはAI活用型の環境に向けて再設計された場合に限られる。

AIがどの個別タスクを自動化できるかを問うのではなく、企業は顧客価値が生まれる活動システム全体をマッピングし、最も弱い補完的なステップを見極めるべきである。多くの日本の大企業において、ボトルネックは生産そのものではなく、承認、レビュー、調整、意思決定といった活動にある。

こうした制約を再設計することは、すでに効率化されている活動を自動化するよりも、大きな価値を生むことが多い。

最後に、経営者は成功を、AIの活動量ではなく、事業の成果というレベルで測定すべきである。プロンプトの数、生成されたコンテンツの量、コードの行数が増えても、それが必ずしも顧客価値につながるわけではない。重要な指標は、実際に顧客に届くもの——発売された製品、提供されたサービス、改善された意思決定、達成された事業成果——である。

この議論から得られる中心的な教訓はシンプルである。AIネイティブとしての優位性は、競合よりも広範にAIを使うことから生まれるのではなく、価値がどのように創造され、届けられ、継続的に改善されるのかという仕組みの中に、AIが組み込まれるように企業を再設計することから生まれる。

AI活用型の既存企業 対 AIネイティブ企業

軸

AI活用型の既存企業

AIネイティブ企業

製品

既存の提供物にAIを付加

AIの能力を中心に提供物を設計し、顧客は製品を通じて直接価値を生成する

ワークフロー

既存プロセスをAIで加速

ボトルネックを中心に、第一原理からプロセスを再設計

組織

既存の役割の中でAIツールを利用

人間とエージェントの役割を一体的に設計。より階層が少なく、小規模で、アーキテクチャ志向

経済性

AIが既存の事業モデルを支える

価格設定とユニットエコノミクスに、AIのコストと能力を反映

エコシステム

既存のサプライヤーとプラットフォーム

モデル、クラウド、データへの依存関係を、当初から設計

既存企業の優位性は、レガシーそのものではない。それは、レガシーなプロセスがその効果を打ち消してしまう前に、模倣困難な資産をAI活用型の提供システムへと転換する能力である。

4.マネタイズ戦略とタイミング

経営者への問い

AIが価値を創出したとしても、誰が対価を支払うのか、いつ支払うのか、そしてバリューチェーンの中のどのプレイヤーがその見返りを獲得するのか。


学者たちの主張

オハイオ州立大学のリチャード・マカドック教授は、価値獲得という課題を理解するための、おそらく最も明快なフレームワークを提示した。彼は、マネタイズ戦略は大きく2つのカテゴリーに分けられると論じた。

  • 直接マネタイズ:ユーザーが購入、サブスクリプション、利用量に応じた課金を通じて、消費の前または消費中に対価を支払う。
  • 間接マネタイズ:広告、フリーミアムのアップグレード、データのマネタイズ、クロスサブシディ(相互補助)を通じて、利用後に、あるいは第三者から対価が支払われる。

この2つのモデルのどちらを選ぶかは、単なる経営上の好みの問題ではない。それは、その製品を取り巻く「専有可能性レジーム(appropriability regime)」の強さ——すなわち、企業が自社の提供物を模倣、海賊行為、価値の流出からどの程度守れるか——に依存する。

マカドック教授は、これを異例なほど説得力のある因果関係のエビデンスによって示した。2016年12月、予期しない制限解除によってApple のiOSの専有可能性レジームが弱まった後、新たにリリースされる有料アプリの数は年間約700本減少し、一方で広告収益型の新規アプリは年間約1,400本増加した。ユーザーから事前に課金することがもはや成立しない環境になったため、企業は直接マネタイズから間接マネタイズへと移行したのである。

マカドック教授のより広い論点は、モバイルアプリの範囲を大きく超えて当てはまる。専有可能性が弱まると、企業は直接的に価値を獲得する能力を失い、間接的なマネタイズの形態へと押し出されることが多い。彼は、AI時代において強く共鳴する問いをもって議論を締めくくった。収益がアダプション(利用の開始)ではなくエンゲージメント(利用の継続・深化)に依存するとき、製品は次第に、有用なツールから、注意(アテンション)の最大化を主目的とした仕組みへと変化していくのではないか、という問いである。

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アンディ・ウー教授はマネタイズのタイミングに関する研究を発表し、無料期間が長期化することが、顧客の参照価格と、企業が発展させる能力の両方をどのように変化させ得るかを示した。

ハーバード・ビジネススクールのアンディ・ウー教授は、価値獲得の第二の側面——タイミング——に焦点を当てた。彼の研究は、マネタイズのタイミングは中立的な実装上の決定ではないと論じる。それは、顧客の期待と組織の能力の両方を形づくるものである。

第一のメカニズムは「マネタイズ・アンカリング」である。顧客が製品を無料で受け取ることに慣れる期間が長くなればなるほど、後から課金することが難しくなる。ユーザーは「ゼロ」という参照価格を内面化し、将来の価格決定力を弱めてしまう。

第二のメカニズムは「マネタイズ・インプリンティング」である。無料期間が長期化する間に、組織自体がそのビジネスモデルに適応してしまうことである。製品設計上の決定、業務上のルーティン、組織能力は、直接的な支払いではなく、間接的なマネタイズに最適化されていく。

その意味合いは重大である。直接マネタイズが実行可能な選択肢として残る期間には、限られた「窓」しか存在しない。ある時点を過ぎると、顧客の理論上の支払い意思にかかわらず、直接課金することはもはや最適ではなくなる可能性がある。

ウー教授はこれを次のように要約した:

「企業がどのようにマネタイズするかは、いつマネタイズするかによって左右される」

生成AIに関する彼のより広い視点は、もう一つの懸念を提起する。従来型のソフトウェアとは異なり、生成AIは高い変動コストと不確実な変動収益を組み合わせていることが多い。計算コストは利用量に応じて増加するため、その経済性は、ソフトウェア産業の多くを特徴づけてきた、限界コストがほぼゼロという構造とは根本的に異なる。

ウー教授の次の指摘は特に印象的であった:

「テクノロジー・バブルとは、誰もが価値創造にばかり注目し、価値獲得に注目する者がいなくなったときに生じる」

未解決の論点

中心的な未解決の問いは、AIのバリューチェーンの中で、最終的にどこに利益が蓄積するのか、という点である。

ボストン大学クエストロム経営大学院のマーシャル・ヴァン・アルスタイン教授は、最先端モデルの開発企業は、長期的な価値獲得の機会が構造的に限定される可能性があると論じた。モデル間の乗り換えコストは比較的低く、ユーザーはしばしば複数のプロバイダーを併用(マルチホーム)でき、直接的なネットワーク効果も、多くの従来型プラットフォーム市場と比べて弱い。

その結果、持続的な価値獲得は、スタックの別の場所——特に、企業が顧客のコンテキスト、ワークフロー、決定権限、統合ポイントを統制する「オーケストレーション層」——で生じる可能性がある。

ヴァン・アルスタイン教授は、経済的レント(超過利益)は、技術と同じペースで改善しない希少な資源の周辺に蓄積する傾向があると指摘した。それには以下が含まれうる。

  • 人間による判断と検証
  • 信頼に基づく顧客関係
  • 規制上の地位とライセンス
  • 物理的インフラ
  • 独自のオペレーション上のコンテキスト

フロンティアモデルへの今日の巨額投資が、最終的に魅力的なリターンを生むかどうかは、依然として不確かである。同様に、AIエコシステムのどの層が、時間の経過とともに企業価値の最大のシェアを獲得するのかも、依然として明らかではない。会議全体を通じて議論されたマネタイズのタイミングと専有可能性のフレームワークが有用なのは、これらの問いに答えを出すからではなく、事態が展開していく中でそれらを評価する手段を提供してくれるからである。


日本企業にとっての意味

日本企業にとって、マネタイズはAI推進の最終的な商業ステップとして捉えられるべきではない。それは、どのような能力が構築され、誰が学び、戦略的な統制がどこに蓄積するかを左右する、早い段階での設計上の決定である。

この議論からは、3つの実務的な規律が導かれる。

  • 大規模な展開の前に、誰が対価を支払うのか、そしてどのマネタイズモデルを採るのかを定めること。長期にわたる無料提供や大幅な補助は、顧客の期待と組織の能力の両方を徐々に間接マネタイズの方向へシフトさせ、後からの価格設定を難しくする。
  • 現実的なユニットエコノミクスを用いてAI推進を評価すること。生成AIは、計算、推論、モニタリング、品質保証など、意味のある変動コストを伴うことが多い。ソフトウェア時代から引き継いだ前提の上に構築された事業モデルは、こうしたコストを無視すると立ち行かなくなる可能性がある。
  • 直接マネタイズにコミットする前に、専有可能性を評価すること。模倣が容易で差別化を守ることが難しい市場では、顧客の需要にかかわらず、持続的な直接課金は難しい場合がある。そのような状況では、企業は補完的資産、エコシステム上の位置づけ、信頼関係、あるいはサービスの統合を通じて価値を獲得する必要があるかもしれない。

より広い教訓はシンプルである。AIによって価値を創造することは、ますます可能になっている。しかし、その価値を獲得することは、依然としてより難しい戦略的課題である。勝者となるのは、最も高度な技術を持つ企業ではなく、AIが創出する価値の意味あるシェアを保持できるように、事業モデル、エコシステム上の位置づけ、マネタイズ戦略を設計する企業なのかもしれない。

直接マネタイズ 対 間接マネタイズ(マカドック教授による分類)

直接マネタイズ

間接マネタイズ

支払いのタイミング

利用の前または利用中(事前)

利用後、または第三者から(事後)

一般的な形態

購入、サブスクリプション、利用量に応じた課金

フリーミアム、広告、データ、クロスサブシディ

獲得する支払い意思

ユーザー自身の支払い意思

支払者の支払い意思(ユーザーとは異なる場合がある)

収益が連動するもの

アダプションまたは利用量

エンゲージメントとエコシステム効果

決定的な要件

フルな体験の前に生まれる支払い意思と信頼

実行可能な支払者、補完財、または下流での価値獲得の仕組み

AIにおいて、マネタイズは最後の商業ステップではない。それは、何が構築され、誰が学び、どこに力が蓄積するのかを決める、早い段階での設計上の選択である。

結論

AIによる優位性は、最も多くのツールを導入した企業のものではなく、仕組みそのものを再設計した企業のものとなる。中心的な経営課題は、もはやAIをどこで使うかではない。AIが差別化を強化し、重要な学習への統制を保ち、価値創造を価値獲得へと転換できるように、企業をいかに再設計するかである。

  1. 技術は拡散する:モデルへのアクセスや汎用的な活用方法は、希少なものではなくなっていく。すべての競合が購入できるものによって、誰も勝つことはできない。
  2. 境界は移動する:低下する協調コストに代わって、検証、ガバナンス、依存関係のコストが現れる。企業が気づいているかどうかにかかわらず、企業が統制すべき対象は変化している。
  3. 組織はアーキテクチャになる:優位性は、AI、人、資産、外部プロバイダーがシステムとしてどのように構成されるかに依存する——そして、最も強い部分を加速させることではなく、最も弱い補完的なステップを再設計することに依存する。
  4. 価値獲得は設計されなければならない:企業がAIによってより多くの価値を創造しても、エコシステムの別の層がその見返りを獲得することがある。誰が、いつ、どのような仕組みで支払うのかは、後から考えるべきことではなく、設計上の決定である。
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日本の経営者のための3つの原則とは

日本の課題は、単純にAI導入が不足していることではない。より重要なリスクは、境界、決定権限、マネタイズの論理が変わらないままのプロセスの中に、AIを導入してしまうことである。その道筋は、戦略的な差別化を伴わない、目に見える効率化——「優位性のない活動」——を生み出しかねない。

しかし日本には、この時代に向けた本当の強みもある。蓄積された専門知識、高い信頼に基づく提供力、オペレーションの深さ、規制上・物理的な資産、そして長期的な顧客関係である。これらはまさに、汎用的なAI能力がコモディティ化するにつれて価値を高める補完資産である——しかし、それは静的な過去の優位性として扱われるのではなく、企業固有のAI活動システムへと転換された場合に限られる。

最後に、日本の経営者がAIを活用して持続的かつ差別化された競争優位を創出する際に検討すべき、3つの原則を当社から提案したい。

原則1.タスクだけでなく、活動システムそのものを再設計する。

AIの成功を、削減された時間や生成されたコンテンツの量だけで測定してはならない。リリースされた製品、成約した商談、解決した案件といった、事業成果全体が改善したかどうかを測定すべきである。

タスクレベルの生産性向上は模倣が容易であり、下流の承認、レビュー、調整のボトルネックの中に埋もれてしまうことが常である——活動量の増加は、成果の増加よりも一桁大きくなることが多い。経営者は、顧客価値を生み出すエンドツーエンドの活動システムを特定し、その中で最も遅い補完的なステップを再設計すべきである。多くの日本企業において、そのステップは生産プロセスではなく、意思決定プロセスである。

原則2.すべての構成要素ではなく、決定的なボトルネックを統制する。

自社で構築するか、購入するか、パートナーと組むかを判断するたびに、企業が学習と統制を継続しなければならない対象を明確にし、契約上のデータフローがそれと一致しているかを確認すべきである。

すべてのモデル、データセット、インフラ層を自社で所有することは、現実的でも必要でもない——そして、ハイパースケーラーへの依存は、今やガバナンス上の所与の前提となっている。戦略的な問いは、どのボトルネックが企業の統制下に残らなければならないかである。規制上の資産、顧客との接点、独自の評価プロセス、物理的な配送網、決定権限、あるいは業務を改善する学習ループなどがそれに当たる。それ以外はすべて外部から借りることができるが、ボトルネックは借りることができない。

原則3.スケール化する前に、価値獲得の仕組みを設計する。

広範な展開の前に、支払者、タイミング、専有の仕組み、戦略的なデータフローを定義し、規模拡大の各マイルストーンでそれらを見直すべきである。

価格設定、データの移植性、データの権利、エコシステム上の役割の決定を、導入後まで後回しにすると、企業は利用を拡大させながら、別のプレイヤーがその価値を獲得してしまう可能性がある——そして組織自体も、自らが選んだわけではない事業モデルに、静かに適応していってしまう。マネタイズのアーキテクチャは、生成AIの実際の変動コストをユニットエコノミクスに反映させながら、製品や運用モデルと並行して設計されるべきなのである。


出典およびエビデンスに関する注記

  1. Academy of Management. 第86回年次大会プログラムおよび公式会議資料、フィラデルフィア、2026年7月31日〜8月4日。
  2. AOM 2026におけるIOMC代表団のセッションノートおよび発表時の写真。発言者に帰属する記述は、直接引用として示されている場合を除き、要約したものである。
  3. Adner, R. 2017. Ecosystem as Structure: An Actionable Construct for Strategy. Journal of Management, 43(1), 39-58. doi:10.1177/0149206316678451.
  4. Kim, H. and Koning, R. 2026. AI-Native Firms. Harvard Business School Working Paper 26-090.
  5. Mahalingam, A. and Wu, A. 2026. Monetization Timing. Strategy Science 2026にて発表され、AOM 2026のバリューワークショップにおいて議論された研究。
  6. Demirer, M., Musolff, L. and Yang, S. AOM 2026のAI導入と生産性に関するワークショップで発表された、AIコーディングエージェントに関するフィールドエビデンス。本レポートは、発表者による「活動量」と「リリースされた成果」の違いに関する留保事項をそのまま維持している。
TOPInsight経営研レポートAIが企業のアーキテクチャを書き換える