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Insight
経営研レポート

中東の地政学的緊張に伴うML/TFリスクの分析と金融機関・当局への示唆

2026.04.10
金融政策コンサルティングユニット マネージャー 戸田 幸宏
同 シニアマネージャー 山本 邦人
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はじめに

本年2月末に始まった米国・イスラエルとイランの間の直接的な軍事衝突は、世界のエネルギー・サプライチェーンの要衝であるホルムズ海峡の航行環境に大きな影響をもたらしている。特に、日本のようなエネルギー輸入依存度の高い国家にとって、LNG(液化天然ガス)や原油の安定供給は国家の経済安全保障に直結する死活問題である。足元では、長期間足止めされていた船舶の一部が同海峡を通過した事例が確認されているが、ホルムズ海峡の航行の条件として事実上の「航行料」が要求されている状況である。

本稿では、イラン革命防衛隊(Islamic Revolutionary Guard Corps: IRGC)をはじめとするテロ組織・制裁対象組織が、制裁網を迂回するために人民元や暗号資産(ステーブルコイン)を要求する背景と、それがもたらすマネー・ローンダリングおよびテロ資金供与(ML/TF)リスクを整理し、日本の金融機関および当局への示唆を提示する。

なお、本稿における分析および提言は、執筆時点(2026年4月初旬)における中東地域の地政学的状況および確認されている事象を前提としている。中東情勢は極めて流動的であり、今後の軍事衝突の推移、停戦合意の成立、あるいは関係国による経済制裁の解除・強化などにより、本稿の前提となる事実関係やリスク評価が大きく変容する可能性がある点に留意されたい。

1. 現状の整理

1.1 イラン革命防衛隊(IRGC)の概要(組織的特性と制裁状況)

イラン革命防衛隊(以下、IRGC)は、イランの正式な軍隊の一部であり、イラン国策の重要なツールであるテロ利用に中心的な役割を果たしている軍事・政治的組織である1。米国は、IRGCを外国テロ組織に指定しており、米財務省外国資産管理室(Office of Foreign Assets Control: OFAC)のSDNリスト(特別指定国・人物リスト)にも登録されている。

さらに、金融活動作業部会(Financial Action Task Force: FATF)はイランを継続的に「行動要請対象の高リスク国(ブラックリスト)」に指定し2、国際社会に対して最も厳格な対抗措置を求めている。このような状況において、IRGCまたはその関連組織への資金提供は、名目を問わず、重大なテロ資金供与および国際的な制裁違反に該当する恐れがある。

1.2 ホルムズ海峡の航行状況

ホルムズ海峡は世界の原油・LNG輸送にとって重要なチョークポイント(要衝)である。イランによる事実上の航行制限以降、ペルシャ湾内には多数の船舶(日本系船舶も含む)が足止めされる事態となった。こうした中、幸いにも無事に、2026年4月上旬、日本の海運会社と中東企業の共同保有に係るLNG船が同海峡の通過を果たした。これはホルムズ海峡の封鎖環境下における初の日本関係船舶の脱出事例として注目を集めたが、通過に至った具体的な経緯や交渉内容については公表されていない。

1.3 ホルムズ海峡の航行条件

複数の国際報道機関の報道3によれば、IRGCは、ホルムズ海峡の航行条件として、独自の審査基準を設け、積載するエネルギー資源の量に応じた事実上の航行料(原油換算で1バレルあたり約1米ドル相当)を中国人民元またはステーブルコインで支払うことが要求しているとされている。仮に、約200万バレルを積載可能な超大型原油タンカーが通航すると、1回の通航につき約200万ドル(約3億円)という巨額の費用が発生する計算となる。

なお、この航行料システムは、一律の料金を徴収するものではなく、船籍国や所有者の属する国家の対イラン関係に基づく「友好度」の評価によって、通航の可否および料金条件の差別化がなされているようである。

2.  人民元やステーブルコインが利用される背景・目的

IRGCが、航行料の徴収にあたり、米ドルではなく人民元やステーブルコインを指定する背景には、既存の国際金融システムに備わるAML/CFTの監視網および、米国からの経済制裁を意図的に回避する明確な狙いがある。同時に、IRGCが航行料の支払いにステーブルコインを指定している事実は、AML/CFT規制が強化されている昨今の状況においても、暗号資産がML/TFの手段として悪用されている証左といえよう。

2.1 IRGCの狙い(ドル決済システムと二次制裁の回避)

世界の基軸通貨である米ドルを用いた決済は、必然的に米国のコルレス銀行を経由するため、OFACの制裁リストに基づく取引モニタリングの対象となる。米国の対イラン制裁は、米国企業のみならず外国企業にも効力を及ぼす二次制裁(セカンダリーサンクション)の枠組みを備えており、違反した金融機関や事業会社はドル決済網から完全に追放される。IRGCは、伝統的な金融機関が担う「米ドル決済のゲートキーパー」を回避するために、米ドルの代替通貨として、人民元やステーブルコインを暗号資産による支払いを要求している。

2.2 中国(人民元)のリスク

FATFによる中国に対する第4次相互審査報告書等4では、中国の国内金融システムにおけるAML/CFT体制には一定の進展が認められるものの、国連安保理決議に基づく「ターゲットを絞った金融制裁(TFS)」の履行においては重大な欠陥(「不遵守(NC)」や「一部遵守(PC)」の評価)があると指摘されている。

さらに、中国が独自に展開する人民元国際決済システム(CIPS)は、SWIFTの代替インフラとして機能し得るため、制裁対象者が欧米諸国の監視の目を逃れて貿易決済を行うための「安全地帯」として悪用されるリスクが内在している。IRGCは、まさに欧米諸国からの制裁回避のために、この脆弱性をついている状況である。

2.3 暗号資産のリスク

FATFはマネー・ローンダリングおよびテロ資金供与対策に関する国際基準(FATF勧告)の勧告15において、暗号資産(VA)および暗号資産交換業者(VASP)に対する厳格なAML/CFT基準の適用を求めており、日本では、暗号資産交換業者に対して本人確認の義務化やトラベルルールの導入などを通じて対策を講じている状況である。しかしながら、分散型金融の代表例である暗号資産の中でも特にステーブルコインは、その価格の安定性、高い流動性、相互運用性、国境を越えた送金の容易さから、一般の利用者だけでなくテロ組織等の犯罪者にとっても極めて魅力的なツールとなっている。実際に、2025年における不正な暗号資産取引量の84%がステーブルコインによって行われていたというデータが2026年3月に公表されたFATFのレポート5で提示されている。

ステーブルコインなどの暗号資産が悪用される最大の要因は、金融当局に登録等したVASPを介在させず、当事者間で直接送金を行うアンホステッド・ウォレット(自己管理型ウォレット)の存在である。この自己管理型ウォレットを使用することで、規制された暗号資産交換業者(VASP)や金融機関などの仲介業者を介さずに、個人間で直接送金(P2P取引)を行うことが可能であり、マネー・ローンダリングおよびテロ資金供与対策(AML/CFT)の義務や監視を完全に回避して資金を移動させることが可能となっている。更に、資金の出所や目的を隠すため、ミキサー、チェーンホッピング(複数のブロックチェーン間で資金を移動させること)、スマッシング(監視のしきい値を避けるために多額の資金を少額に細分化すること)などを組み合わせ、複雑な取引の過程にステーブルコインを組み込み、資金の流れの追跡を困難にさせる手口も存在している。

また2026年3月に公表されたFATFのレポートでは、IRGCなどのイランのテロ組織が、制裁回避活動の資金調達に暗号資産を利用しており、2024年から2025年にかけて数十億ドル規模の資金がIRGC関連のオンチェーンアドレスで受理されたことが指摘されている。

3.  日本の金融機関および規制当局への示唆

地政学リスクの高まりや暗号資産のML/TFリスクを踏まえ、日本の金融機関および規制当局は、地政学リスクを収集・活用したインテリジェンス・ベースの対応へと進化する必要がある。

3.1 金融機関への示唆(リスクベース・アプローチの前提の見直しとKYSCの強化)

金融機関は顧客管理(CDD)におけるリスクベース・アプローチの前提を見直す必要がある。従来、海運会社やエネルギー関連企業、総合商社といった国内の巨大優良企業は「低リスク顧客」として位置づけられてきた。しかし今後は、対象顧客が「極限の地政学リスクに直面した場合、自社の資産や人命を守るために簿外で制裁対象者と取引してしまう潜在的リスク」を評価シナリオに組み込むべきではないだろうか。

また、過去のレポート6でも提言したが、顧客管理の際には、従来のKYCに加え、KYSC (Know Your Supply Chain)がより重要になる。今回の中東の地政学的緊張の高まりでは、イランとの取引は無いものの、物資運搬の過程でホルムズ海峡を航行すること自体がリスクになりうることが明るみになった。KYSCを行うためには、金融機関のコンプライアンス部門は、営業部門や顧客の物流担当者と連携し、商流の解像度を極限まで高めていくことが必要である。

3.2 当局への示唆

FATFのレポート7では、ステーブルコインやアンホステッド・ウォレットに関連するリスクを軽減するため、各国の金融当局に対して主に下図のような対策を講じることを推奨している。日本は、世界に先駆けて改正資金決済法にてステーブルコインの規制を導入している状況であるが、特に(5)、(7)が優先的に取り組むべき対策と思慮する。

(5)マクロな脆弱性の監視に関しては、日本のVASPは既に厳格な規制下にあるため、IRGCなどの制裁対象者は、日本のVASPを利用する可能性は低い。その一方で、制裁対象者からの要求によって、国内の事業会社が海外の子会社や、アンホステッド・ウォレットによるP2P取引、非公式ルートなどを通じてステーブルコインを調達・送金してしまう恐れはゼロではないため、「規制の枠外を含めたマクロな脆弱性を監視する体制」へシフトしていく必要がある。

また、(7)官民連携(PPP)の活用に関しては、国内の金融機関が単独で、貿易の偽装(TBML)や「航行料」の支払いを検知することは限りなく難しい状況である。そのため、従来の「金融庁や財務省、銀行」が連携した旧来のPPPにとどまらず、「経済産業省・国土交通省(=貿易・海運データ)」や「警察庁・公安調査庁(=テロ・制裁動向)」「ブロックチェーン分析企業(=暗号資産の動き)」などの組織を加えた「分野横断型の官民連携」の構築が重要ではないか。

図表 1 FATFによる暗号資産のリスク低減に向けた金融当局に対する推奨事項

No.

類型

推奨事項

概要

(1)   

VASPや発行者などへの規制強化

FATF勧告15の適用と義務の明確化

ステーブルコイン発行者や仲介業者(VASP)などのすべての関係者に対し、リスクベースのアプローチを用いて明確で法的拘束力のあるAML/CFT義務を適用すること

(2)

ステーブルコイン特有の措置と事前監督

発行者に対し、流通市場におけるステーブルコインの凍結、焼却、回収を実行する技術的能力を維持させることや、償還時の顧客管理(CDD)、高リスクチェーンでの発行制限、許可リストや拒否リストの導入を検討すること。また、発行前に厳格なコンプライアンス審査・監督を制度化すること

(3)

流通市場の能動的な監視の義務付け

発行者に対して、ブロックチェーン分析ツールを用いて流通市場でのステーブルコインの利用状況や位置情報をプロアクティブに監視させ、追加の報告要件を課すことを検討すること

(4)

当局自身の体制強化・機能拡張

当局の技術的能力の向上

監督当局や法執行機関が、スマートコントラクトの機能やクロスチェーン取引の仕組みなどを理解し、ブロックチェーン分析ツールを効果的に活用するための高度な技術的専門知識を育成すること

(5)

マクロな脆弱性の監視

アンホステッド・ウォレットによるP2P取引や、無許可・非公式な換金チャネルの使用といった脆弱性を積極的に監視し、決済・投資目的のビジネスモデルのリスクを評価すること

(6)

連携・枠組み構築

国際的・国内的な協力体制の構築

国境を越えるエコシステムに対応するため、必要に応じて多国間の監督カレッジを設立すること。また、情報交換を迅速に行うためのMOU(覚書)や法的規定などのツールを整備すること

(7)

官民連携(PPP)とサンドボックスの活用

リスク指標や脅威に関する協力を強化するための構造化された官民パートナーシップを構築すること。また、不正利用を防ぎつつ技術革新を促進するための「サンドボックス」を業界参加者とともに設立すること

おわりに

中東の地政学的緊張に伴うホルムズ海峡における航行条件の変容は、決済手段としてのステーブルコインのML/TFリスクの高まりを如実に示している。IRGCは、物理的なチョークポイント(要衝)を人質に取りつつ、デジタル空間の抜け穴(アンホステッド・ウォレットなど)を巧みに利用することで、従来の金融機関をゲートキーパーとする欧米金融システムの監視網の無力化を図っている。

この脅威や脆弱性に対し、日本の金融機関は「自行の口座から直接的なテロ資金供与が行われなければよい」という受動的なコンプライアンス姿勢から脱却しなければならない。顧客の商流に潜む地政学リスクを解像度高く把握する「KYSC(Know Your Supply Chain)」の実践は、もはや先進的な取り組みではなく、顧客の偶発的な制裁違反を防ぎ、自行を守るための必須要件となるだろう。

また、規制当局においても、金融・外為の枠組みを超えた対応が急務である。貿易・海運データとブロックチェーン上の資金移動を紐づけるなど、インテリジェンスの統合を図る分野横断型の官民連携(PPP)の構築が求められる。

なお、中東情勢は極限の不確実性の中にあり、今後の停戦に向けた政治的合意や紛争の終結によって、海峡の封鎖状況や「航行料」要求といった目下の脅威が急速に沈静化する可能性もあれば、別種の制裁回避スキームへと形を変える可能性もある。金融機関および規制当局においては、本稿の前提が将来的に変容し得ることを十分に認識したうえで、変化し続ける動的な地政学リスクを継続的にモニタリングしていく体制の構築が不可欠である。本稿が、金融機関における次世代のリスクベース・アプローチ推進の一助となれば幸いである。

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