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Insight
経営研レポート

異業種から医療機器業界への参入課題とは(前編)

~社会実装のステップと「難所」の克服~
2026.04.02
ライフ・バリュー・クリエイションユニット

ディレクター 北野 浩之
シニアコンサルタント 中場 海和人
シニアコンサルタント 廣瀬 智哉
シニアマネージャー  桜花 和也
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はじめに

高齢化による医療需要の高まりやデジタル化の進展などを背景に、医療機器市場は拡大を続けている。今や製造業に閉じるものではなくなり、IT企業によるデータ解析や、小売企業の顧客接点など、異業種の強みが医療機器市場でも価値を発揮する時代が到来している。しかし、医療機器業界特有の商慣習や現場のニーズを理解せずに医療機器業界に参入すると市場競争に敗れる、あるいは競争の土俵にすら上がれないなど、投資の失敗につながりかねない。

本稿では医療機器産業参入における障壁を明らかにした上で、それぞれの障壁に応じた打ち手を論ずる。まず前編では、新規参入企業が陥る可能性が高い「製品開発の壁」とその克服方法を考察する。続く後編では、医療機器を市場に上市した後に陥る可能性が高い「市場競争の壁」とその克服方法を考察したい。

1. 国内医療機器市場の魅力と参入動向

日本の医療機器1市場は、規模および環境の両面で魅力的な市場であるといえる。

「医療機器産業ビジョン2024」2では、国内の医療機器市場は、年平均3.7%で成長しており、グローバルでの医療機器市場と比較するとその伸びは大きくないものの、2027年までに約380億ドル3に達すると予想されている(図表 1)。

【図表 1】 各国における医療機器売上高推移

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【出典】

医療機器産業ビジョン研究会「医療機器産業ビジョン2024」(2024年3月, P3)

また同ビジョンでは、日本市場の特徴として、IT系の製品を含む高度な医療機器を扱うことができる限られた市場の一つであることが指摘されている。さらに、世界的にみても医療水準が高いことから、医療機器の価値や競争力を高めるためのエビデンスを取得する市場としても適しており、新ビジネスモデルや製品の開発・実証場所として有望であることが示されている。こうした点から、日本市場は多様な医療機器を生みだすポテンシャルを維持しているといえる。

このような魅力のある国内医療機器市場に対して、当該業界以外の企業の参入が今後さらに進むと見込まれる。

 

実際に、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(以下、PMDA)によって承認された「AIを活用した医療機器」という観点で異業種参入の状況をみると、2024年9月までに承認された41品目のうち、27品は従来の医療機器メーカーを起源としない企業によるものである(図表 2)。富士通Japan株式会社による肺炎画像解析支援プログラムや、Apple社による心房細動履歴プログラムなどはIT企業が医療機器業界に参入したことを示す事例4である。

【図表 2】AIを活用した医療機器の承認企業分類

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【出典】

PMDA「令和6年度のこれまでの事業実績及び今後の取組について」(2024年12月)を基に当社作成

経済産業省と厚生労働省による「第2期医療機器基本計画」5では、医療機器市場への異業種企業による参入数がKPIとして設定されている。あくまでも医機連6傘下の企業に限るが、2024年度に実施されたアンケート調査では、回答企業の10%が異業種から医療機器業界に参入した企業であることが示されている。また、経済産業省の医療機器産業ビジョン研究会の第1回WG7では「製薬企業やIT企業、スタートアップなどの異業種の参入で競争が激化する」と予見しており、国としても医療機器業界への異業種参入が進むことを見据えていることがうかがえる。

このように異業種から医療機器業界に参入する事例は今後も増加すると見込まれるが、同市場に魅力を感じて参入を検討する企業は、医療機器業界の特殊性を十分に把握しておく必要がある。

 

1 本稿における「医療機器」は、薬機法第2条第4項の定義に基づく。一般医療機器、管理医療機器等のクラス別分類については、別途医療機器産業連合会のページなど(https://www.jfmda.gr.jp/guide/device/)を参照のこと。

2 医療機器産業ビジョン研究会「医療機器産業ビジョン2024」(2024年3月)

3 $1≒\145より、約5.6兆円相当の市場規模を見込む

4 PMDA「令和6年度のこれまでの事業実績及び今後の取組について」(2024年12月)

5 厚生労働省「国民が受ける医療の質の向上のための医療機器の研究開発及び普及の促進に関する基本計画」(2022年5月31日)

6 一般社団法人 日本医療機器産業連合会の略称

7 医療機器産業ビジョン研究会「第1回WG資料 医療機器業界動向」(2023年5月)

2. 研究開発の社会実装のステップ/難所~一般論~

医療機器業界への参入に限らず、まずは新規市場への参入を研究開発の社会実装ステップの観点から考察したい。一般に、研究開発の社会実装には、「研究」「製品開発」「事業化」「市場・産業化」の大きく4つのステップがあり、その間には乗り越えるべき3つの難所(「魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」)8があるとされている。

「魔の川」は利用者のニーズを捉えきれないことによる製品開発の壁であり、検討が企業や研究所が保有している技術起点(いわゆるプロダクトアウト)である場合に直面する可能性が高い。

 

次に、「死の谷」では2つの障壁が含まれる。一つ目は「魔の川」を真に超えていないことによる「事業化の壁」である。利用者のニーズがあると判断した領域であっても、開発された製品が多くの利用者が求めるものではなく、売上が見込めず、事業として成立しないケースである。

二つ目は、投資判断の難しさによるものである。製品開発初期から十分な売上を見込めず、将来の売上見通しも立ちにくいため、企業は当該製品への投資判断を下すことが難しい。企業は限られた資金で市場導入を目指すことになるため、開発・改良や人員(研究開発、営業担当等)の確保などが進まず、事業化が進まないといったケースが存在する。

 

最後は「ダーウィンの海」である。こちらは競合企業との競争に敗れることを指す。現在市場に投入されている製品の多くは、この難所を超えるために各種販売戦略を検討し、マーケティング活動に取り組んでいるものと考えられる。

【図表 3】社会実装のステップと乗り越えるべき難所

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【出典】

出川通「技術経営の考え方 MOTと開発ベンチャーの現場から」(2004年)を基にNTTデータ経営研究所作成

8 出川通「技術経営の考え方 MOTと開発ベンチャーの現場から」(2004年)

2.1 難所と医療機器への適用/解決策~「魔の川」編~

上記はあくまでも研究開発における一般例である。では、これを医療機器業界に当てはめるとどのようなことがいえるだろうか。

「魔の川」は、利用者のニーズを捉えきれないことによる製品化の壁である。医療機器業界においては、医療機器の開発が医師や看護師などの医療従事者の課題(ニーズ)起点になっておらず、製品化を試みても医療現場から受け入れられない事態に該当する。

 

医療機器を開発しようとする企業各社は、自社の強みとなる技術を有している。そのため、まずは自社の技術を使い、どのような医療機器ができるのか、まず製品のイメージを抱くことが多いのではないか。仮説として、自社の技術が活きる領域を検討することは重要であるが、まずは医療現場のどこに課題があるのかを見極め、その上で、自社の技術がどのように貢献できるのか、と順に検討を進めることが望ましい。

 

例えば、医療機器や医薬品の市場導入の可否を審査・承認を担うPMDAは、製品の開発にあたってまず整理すべきこととして、「開発コンセプトの明確化」9を掲げる。また、PMDAでは医療機器の開発を目指す企業からの相談にのる「全般相談」10という制度を設けている。同制度は、医療機器の開発担当者が医療機器の承認に向けたポイントや概要を知りたい場合に活用するものである。

 

同制度に言及する「プログラム医療機器の薬事開発・承認申請に関する手引き」には、開発しようとする医療機器が「医療の現場のどのような問題を、どのような方法で解決するのか」「誰が誰に使うのか」「何ができるか」といった点をPMDA担当者は知りたい旨が記載されており11、現場理解が重要であることが示唆されている。医療機器の開発を進める際にはこれらの観点を意識されたい。

 

ただし、異業種からの参入においては、「どんな問題を解決するのか」「現在どんな医療行為が行われているのか」の明確化もしくは効果的なコンセプト設定が難しい可能性がある。その場合は医療従事者へのインタビューなどを通じて現場理解の解像度を高め、機器開発に向けた検討を行うことが好ましい。

【図表 4】開発にあたって整理すべきこと

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NTTデータ経営研究所が作成

9 PMDA「プログラム医療機器の特性を踏まえた適切かつ迅速な承認および開発のためのガイダンス」

10 PMDA「医療機器審査部が実施している相談について」

11 PMDA「プログラム医療機器の薬事開発・承認申請に関する手引き」より。全般相談で把握したいこと、として記載。

2.2 難所と医療機器への適用/解決策~「死の谷」編(1)KOLマネジメントの難しさ~

次に「死の谷」である。一つ目の障壁は細部の意識が顧客と合わないケースである。医療従事者などへのインタビューを踏まえ、医療現場のニーズがあると判断し開発した製品であっても、医療現場に受け入れられないケースは往々にして存在している。この背景には、「KOLマネジメント」の難しさがある。

 

KOLはKey Opinion Leaderの略であり、医療業界においては製品の開発や拡販につながる医療従事者(主に医師)を指し、大学の教授や学会への寄稿論文が多い医療従事者など、専門領域において医療業界内でプレゼンスを有する医療従事者が該当する。

KOLマネジメントの課題の一つは、限られたKOLの意見が過度に重視されることで、実際の主要な利用者である一般の医療従事者の業務フローや価値観、現場の制約との乖離が生じやすい点にある。KOLは当該分野において高い専門性や先進的な視点を有している一方で、日常診療における時間的制約や人的リソース、既存業務との親和性といった現場全体の平均値を必ずしも示していないケースがある。その場合、製品仕様やUI、製品導入時の運用設計といった細部において、「理論的には優れているが、現場では使いづらい」製品となり、導入が進まない要因となる。

 

この課題に対する打ち手としては、KOLの知見を起点としつつも、それに過度に依存しない製品開発の進め方を採用することが重要である。その具体策の一つとして、単一のKOLに依存するのではなく、異なる立場や施設規模、診療環境を代表する複数のKOLを設定し、多角的な視点を取り入れることが挙げられる。複数のKOLを通じて意見の幅を確保することで、特定の環境や価値観に偏った仕様決定を防ぎ、より現場実態に近い製品設計につなげることが可能となる。

加えて、KOLの意見を参考にしながら、実際に製品を使用する一般医療従事者の声を幅広く収集し、日常業務の中で無理なく使えるかどうかを確認していくことが求められる。

 

その意味で重要なのは、KOLの「選び方」である。KOLは必ずしも知名度や学術的実績の高さのみで選定すべき存在ではない。むしろ、日常的に医療現場に立ち、一般の医療従事者と近い業務環境や制約条件を共有しているか、また現場の実情を言語化し開発側に伝えられるかといった観点が重要である。現場感覚と発信力の両立したKOLを選定することで、製品開発と実運用の乖離を抑えることが可能となる。

2.3 難所と医療機器への適用/解決策~「死の谷」編(2)投資判断の難しさ~

死の谷の二つ目は、事業化に向けた投資判断がなされず、資金不足に陥る点である。医療機器業界は規制が厳しいこと、エビデンスが求められるなど、研究開発から市場に出るまでに長い時間を要する。製品を市場に導入するまでには、安全性・有効性の検証、承認審査、保険適用といったプロセスを経る必要があり、売上が立たない期間が長期化する。この結果、開発が一定段階まで進んでいても、将来の回収見通しを描ききれず、追加投資が見送られるケースが少なくない。

 

こうした状況をさらに難しくしているのが、「小さな成功」が成功として評価されないことである。研究開発段階では、最終的に想定される大規模市場や理想的な完成形が先行して共有されがちであり、限定的な用途や小規模市場での成果は「途中経過」として過小評価される傾向がある。その結果、段階的に価値を積み上げていく現実的な成長シナリオよりも、完成時点の不確実な将来像が投資判断の基準となり、意思決定が停滞している可能性がある。

 

この課題に対しては、最初から大きな市場を狙うのではなく、スモールスタートを前提とした事業設計と評価の枠組みを構築することが重要である。例えば、特定の診療科や限定的なユースケースに絞り、規制対応や実運用を通じて得られた成果を明確に「成功」と定義する。

そのうえで、技術の成熟度や事業進捗に応じたマイルストーンを設定し、各段階での達成を投資判断や評価に反映させる仕組みが求められると考える。こうした段階的なアプローチを採用することで、不確実性を抑えながら実績を積み重ねることができ、結果として横展開や適用領域の拡大を通じて、最終的には大きな市場を抑えることが可能となる。

 

スモールスタートという考えにおいて参考にすべきはゼネラル・エレクトリック社の「Fast works」12である。これは顧客の声を踏まえ、実用最小限の製品を開発し、市場からのフィードバックを基に改良していくプロセスである。小さく始め、現場で価値を検証しながら事業を育てていく考え方は、長期化しがちな医療機器開発と親和性が高い。小規模であっても実際に使われ、対価が支払われた実績を積み重ねることで、不確実性は低減される。こうした「小さな成功」を正しく評価し、次の投資につなげる循環をつくることが、医療機器分野における死の谷を越えるための打ち手として機能し得るのではないか。

【図表 5】GE社のThe fastworks Framework

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【出典】

Mark Little,Vice President and Chief Technology Officer “Innovation and what’s Next”,2014を基に当社で作成

12 Mark Little,Vice President and Chief Technology Officer “Innovation and what’s Next”,2014

おわりに

本レポートの前編として、医療機器の研究開発~事業化において直面する課題とその対応策について考察してきた。医療機器市場は今後も成長を見込める分野である一方で、参入や事業運営の難しさがあることも事実である。異業種から参入し、医療機器の開発にあたり重要なのは、医療現場の理解を深め、現場の課題を把握することである。その上で、自社がその課題の解決に取り組むべきなのか、慎重な検討が必要である。

本レポートの後編では、「ダーウィンの海」の克服を念頭に、医療機器業界における競争のポイントについて考察を行いたい。

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株式会社NTTデータ経営研究所

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シニアコンサルタント 中場 海和人

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