はじめに
本連載では、全3回に分けて、金融がその他のものと交わる世界について、IndustryからSceneへの視点転換を軸に、金融サービスの構造変化と今後の可能性を整理してきたものである。
第1回では、金融提供の在り方の多様化、その背景にある構造的変化、Web3要素を含めた将来可能性について、第2回では、「金融」の掛け算の先に、“モノ”ではなく、“コト”として、昨今の文化・潮流といえる“推し活”を置き、このScene観点による観点の広さ、そうでないと捉えられない金融の可能性・在り方について挑戦的に考察しつつ、実際のビジネスの動きについてもお示しし出来た、と認識している。今回、一区切りとなる第3回として、特定の社会参加者が持ちうるペインとそこに寄り添うステークホルダーに向けて、金融がビジネスとして、収益を上げながら成立しつつも、どう寄り添い、翻って社会に還元をしていくアプローチをし得るのか、意欲的・試行的に考察を行うものである。
1.多様な人材の参画が求められる今、必要な方々に必要な時に届く金融サービスの在り方
日本社会は、世代のあり方について大きな転換点を迎えている、といわれている。核家族化の進展が続き、「三世代同居」の割合は19.9%(1980年)から7.7%(2020年)にまで縮小1した。「家族が互いに支え合う」というお茶の間のアニメや物語で語られてきたような世界観は、「個人の生活を、社会全体でどう支えるか」という問いへと変化しつつある。
その背景といわれているのは、日本の人口の「構造そのものの転換」である。図表1に示すように、日本はすでに生産年齢人口が豊富な「人口ボーナス期」を過ぎ、少子高齢化が社会的負荷となる「人口オーナス期」に入っている。シニア層の労働参加や女性の就業率向上といった従来型の打ち手はこれまでも推進されてきたが、それだけでは完全または十分とはいえず、追加的な打ち手が未だに必要な状況と考えられる。実際、2040年には1,100万人もの働き手が不足するとの推計2もある。もう一段、多様な人材が活躍できる社会構造への転換を考えなければならない時が、今まさに訪れている。
【図表1】 人口オーナス期に求められる社会・経済の仕組み

出典/参考:
(出典)総務省『人口推計』および国立社会保障・人口問題研究所『将来推計人口』
(参考)株式会社ワークライフバランス『コロナに関係なく、私たちの働き方はとっくに「限界」だった 日本人が知らない、人口ボーナス期・オーナス期の「勝てるルール」の違い』総務省『人口推計』および国立社会保障・人口問題研究所『将来推計人口』
出典/参考を元にNTTデータ経営研究所が独自に作成
この「多様な人材の活躍」を考えていくうえで、今回は障がい者の方々にスポットを当てたい。2006年に約655万人だった障がい者の方々は、2018年に約936万人に達した3。内訳は身体障がい436万人、知的障がい108万人、精神障がい392万人となっている。
【図表2】国内障がい者数の推移

出典を基にNTTデータ経営研究所が作成
出典:厚生労働省『厚生労働白書』
全人口に対しては、7.8%を占める割合になる。障がいの種類や程度によってニーズは大きく異なるが、936万人―人口の7.8%という規模ともなれば、これは一つのセグメントとみることが自然ではないだろうか。
しかし、一口に「セグンメント」といっても、色々な面を持っている。
一つの例として、障がい者の方々の就労面の動きを見てみたい。
障がい者の法定雇用率は、2024年に2.5%、2026年には2.7%へ段階的に引き上げられ4、民間企業で働く障がい者は67万7,461人(2024年)と21年連続で過去最高を更新している5。働く障がい者が増えていけば、所得を得ていく障がい者の方々も増えていくのが自然である。
こと障がい者の方々にとっては、「所得を得ること」がある際、「その所得の管理が適切に行き届き、安定的に社会に参加し続けること」もより一層重要になってくる。
実際に、厚生労働省の調査6によれば、働く障がい者の支援ニーズとして、知的障がい者・精神障がい者(発達障がい者含む)には「金銭管理」に関するニーズが認められる。体調や生活リズムの不安定さが家計管理を困難にしてしまう、という状況があり、別の厚労省調査7でも、「金銭管理支援」が必要と判断された相談者(精神障害・発達障害・知的障害が該当する)の約8割が、支払滞納・多重債務を抱えてしまっていることを示している。就職後1年時点の職場定着率は、精神障害者の49.3%8をはじめ、障がいの種類に関わらず総じて低く、この観点も踏まえると、所得基盤そのものが不安定な状態にあると見受けられる。就職後の早い段階から生活面のサポートが行われていくのと並行して、金銭管理も提供するといった支援形態がニーズとして考えられる。
政府は、2018年に「就労定着支援事業」を創設し、金銭管理を支援内容に含んでいる。しかし、同事業は最長3年の時限的サービス6となっており、福祉サービスだけでカバーできる範囲には限界がある。金銭管理・詐欺防止・資産形成を継続的に支える金融サービスが、障がい者の方々には必要と考えられるが、これは世の中で一般的に必要とされているサービスでかなえられるのだろうか。
既存の金融機関のこうした課題への対応が十分かというと、実際には途上にある。SMBCコンシューマーファイナンスとミライロが実施した調査9によると、障がい者の過半数(53%)が「何らかの金融トラブルにあった、もしくはあいそうになった」と回答しており、生活の中での詐欺への脆弱性があると考える。海外では、True Link Financialのように、障がい者のニーズに応える金融サービスが提供されはじめている。福祉的な取り組みに見られがちな障がい者向けサービスが、ビジネスとして成立する可能性を有していることがうかがえる。日本でもKAERU社などによるみまもり機能付きプリペイドカード(サービス名は社名と同様のKAERU)などの動きが出てきたが、市場の開拓はまだ緒に就いたばかりである。
ここまでの背景から、本レポートでは、金融機関や事業会社にとっての障がい者の方々周辺の金融または金融を基点としたサービスの事業機会を考察したい。障がい者の経済的自立を支える金銭管理・詐欺防止・見守りなどのサービス群(以下、「障がい者金融」という)を範囲とする。障がい者金融がビジネスとして成立することで、提供者にとっては「持続的な事業」となり、需要者(障がい者本人およびその家族)にとっては「生活の向上につながる」。その結果、さらなるサービス改善が市場の拡大を呼び、次のプレイヤーの参入を促すという好循環が生まれる。本レポートでは、市場の再定義、既存サービスの課題整理、先行事例からの示唆を踏まえ、参入・開拓・成長という観点からビジネスとしての機会を紐解いていく。
1 男女共同参画局『男女共同参画白書 令和4年版 第5図 家族の姿の変化』
2 リクルートワークス研究所『未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる』(2023年3月)
3 厚生労働省『平成30年度版厚生労働白書』
4 厚生労働省・都道府県労働局・ハローワーク『障がい者の法定雇用率引上げと支援策の強化について』
5 厚生労働省プレスリリース『令和6年 障がい者障がい者障がい者雇用状況の集計結果』(2024年12月20日)
6 厚生労働省『就労定着支援に係る報酬・基準について≪論点等≫』(2017年9月13日)
7 厚生労働省(みずほ情報総研受託)『自立相談支援事業等における金銭管理が必要な者の対応のあり方に関する調査研究事業 報告書』
8 障がい者職業総合センター『障がい者の就業状況等に関する調査研究』
9 SMBCコンシューマーファイナンス・MIRAIRO『障がい者を対象とした金融経済についての意識調査2024』
2. 障がい者金融の市場をどう捉えるか
障がい者金融の市場は「障がい者本人」にとどまらない。その周辺に広がるエコシステム全体を視野に入れれば、市場の捉え方は大きく変わる。そして市場に十分な規模があれば、参入を検討するプレイヤーも増え、サービスとしての成立性も高まる。
障がい者金融の市場構造:3つの側面
障がい者金融の市場を、障がい者ご本人とその周辺の方々を「労働者」「消費者」「関係者」という3つの側面で捉えていきたい。
第1に、労働者としての側面である。企業は法定雇用率の達成義務により、障がい者を雇用する。前述のとおり、この雇用率は段階的に引き上げられており、障がい者雇用の加速、それに伴う「働く障がい者の金融ニーズ」の拡大が見込まれる。
第2に、消費者としての側面である。障がい者本人の消費ニーズは基本的には非障がい者と同じである。しかし金銭管理においては、前述のとおり固有の課題が存在している。後続の第2章で詳述するが、標準的な金融サービスだけでは十分にカバーしきれない領域が存在する。
第3に、関係者という側面である。市場の広がりを考える上で最も重要なのが、この関係者の観点である。障がい者金融を考えていくと、障がい者金融のベネフィットは、本人だけにとどまらない。親や配偶者、兄弟姉妹といった家族、さらに支援施設の職員や就労支援事業者も、このサービスを享受しうるのではないだろうか。核家族化・家族間の遠距離化により、家族内だけで金銭管理・見守りを維持できなくなるなか、家族自身が金融サービスの「購買者・意思決定者」として市場に参加するようになると考えられる。世界市場の参考値に基づくと、障がい者1人に対して平均1.85人の関係者10がおり、日本の潜在的対象人口は936万人(全人口の7.8%)から約2,667万人(全人口の22.2%)へと拡大する。
公的福祉市場も介在する持続性
この市場は、公的投資に裏打ちされている、と考える。2024年度の障がい福祉予算は2.1兆円11の規模があり、介護保険給付費を合わせると5兆円を超える公的投資12が行われている。法定雇用率の段階的引き上げと相まって、市場の継続的な成長は複合的な要素で構成されている。
ここで注目したいのは、この領域を「福祉領域」ではなくビジネスが持続的に発展し、サービス性を切磋琢磨しうる「市場」として捉える視点である。非障がい者のライフイベントに対して金融機関がサービスを設計するのと同じように、障がい者の生活場面にも同等のビジネス検討を行うこと。それが、この市場の健全な発展につながる。
10 Return on Disability Group『The Global Economics of Disability Report 2024』(2024年9月20日)
11 厚生労働省 障害保険福祉部『令和6年度 障害保健福祉部予算案の概要』
12 厚生労働省『令和6年度予算案の概要(老健局)』
3.障がい者の金融課題と、サービスが届いていない現状
「2,667万人の市場」というポテンシャルにもかかわらず、既存の金融サービスの延長線上として「平均的な顧客」を前提とした設計のままでよいのだろうか。何が足りていないのか。本章では、障がい者の方々が実際に直面している金融課題と既存サービスとのギャップを具体的に見ていきたい。
求められるサービス像:金銭管理・詐欺防止・見守り
障がい者の金銭管理ニーズは、障がいの類型によって多岐にわたる。知的障がいのある利用者には、「指定された店舗のみでの使用」といった支出ルールの設定が必要となる場合があると想定される。消費者庁の調査13では、知的障がい者が、「人を信じやすい、疑うことを知らない」という特性を悪用され、迷惑メールや詐欺メールを真に受けてしまう事例が報告されている。知的障がい者と精神障がい者(発達障がい者含む)の双方に有効な対策としては、リアルタイムの不正検知機能が考えられ、これは詐欺防止の機会・タイミングへの対処として有用と考える。
注目する点は、こうしたニーズは障がい者に限ったものではないという点である。年少者や高齢者など、意思能力に制限があるとされる層にも共通する課題である。海外では既に年少者向けプリペイドカードにおいて、加盟店コードを用いたアダルトコンテンツや出会い系サービスの決済制限が実装されている。同じ発想を障がい者金融に応用すれば、生活圏外での決済制限や、事前に設定したオンライン販売店以外での利用制限といったサービスが成り立つ、と考えられる。つまり、障がい者向けのサービス設計は、他の「金融弱者」向けサービスと共通の基盤を持ちうることが可能であり、開発投資の効率化にもつながる可能性がある。
自力では防げない被害と届かない教育
「令和7年度版消費者庁白書14」によれば、障がい者の消費生活相談件数は2020年の21,762件から2024年には25,568件へと約1.2倍に増加している。しかし、数字以上に深刻と考えられるのは、その裏にある障がい者の方々の事情である。障がい者などに関する相談の約5割が、本人以外から寄せられている。これは被害に遭っている本人が、そもそもそれを「被害」と認識できていない可能性が高いのではないだろうか。
障がい者の中には、認知・判断に関する制約(本人の努力では変えられない特性)を抱えている方がいる。この課題は、注意喚起や啓発だけでは解消が難しい。
前述したSMBC調査7は、この問題をより詳細に示している。精神障がい(発達障がい含む)では金融トラブル経験者が30%超、知的障がい者においてはワンクリック詐欺が50%に達する。一方、金融教育セミナーの受講経験は全体のわずか15%にとどまる。最も被害に遭いやすい層が、最も教育の機会に巡り合えていない。この背景には、教育コンテンツへのアクセシビリティが不足していることや、提供側が「障がい者へ教育コンテンツを届ける」という意向が不足していることなど、金融教育の「供給側」にも事情があると考える。
「本人が被害に気づけない」事情と「教育が届いていない」事情の2つが重なる以上、「自己責任」や「本人任せ」にはできない状況である。第三者による継続的なモニタリングが不可欠であるとして、その第一の担い手となるべきは家族であるものの、核家族化・遠距離化が進む中で、家族が常時対応し続けることは、現実的に難しい状況にある。
ここまでのことから、障がい者金融のサービス設計には、2つの軸が求められる。本人の自律的な経済活動を支える仕組み(利用制限や通知など)と、家族が遠隔でも状況を把握できる仕組み(モニタリングやアラートなど)である。この両輪によって、サービスに実効性が付与される。
そもそも利用できない、金融アクセスの障壁
こうした課題はサービスの中身や態様に限らない。そもそも金融サービスへのアクセス自体が難しいケースもある。金融庁に寄せられたDPI日本会議の改善要望15には、具体的な事例が複数報告されている。ATM利用時に上肢障がい者からの暗証番号入力の代理操作を依頼した際の拒否、代筆を「家族のみ」と厳格に限定する運用、Webアクセシビリティの問題により金融取引そのものができないといった事例である。これらは個別の事例ではあるものの、「障がい者への理解が不十分」「対応が統一されていない」「個別ニーズへの対応が限定的」という既存金融機関に共通する構造的な課題を示唆している。もちろん、厳格な金融事業の運用の中での、限界・難所でもあるが、見方を変えれば、このギャップこそが、新たな金融サービスの参入余地を生み出しているのである。
4.先行事例から見える可能性
ニーズに対して、サービスが十分に届いていない。ただし、参考にできる動きはある。隣接する市場では既に動き出しているプレイヤーがいる。本章では、国内外の3つの先行事例から、障がい者金融サービスの具体像と事業化への示唆を考えたい。
True Link Financial(米国):カスタマイズ可能な金銭管理
True Link Financial16社(米国) は、家族や後見人が利用者の支出ルールを細かく設定できるカスタマイズ可能なVisaプリペイドカード「True Link」を提供している。利用先の指定(例:薬局、食料品店のみなど)、利用金額の上限、利用時間帯の制限などの機能により、利用者の自立を尊重しながら、詐欺や過度な支出から保護する仕組みを実現している。
KAERU(日本):遠距離介護の課題解決
KAERU17社は、遠距離介護の課題に応えたプリペイドカードサービスである。同サービスには、要介護者向けの「自動チャージ」、家族向けの「遠隔チャージ操作」、「リアルタイム利用通知」、「利用制限設定」などの機能がある。東京金融賞2022の受賞は、この領域の市場ニーズが実在することを証明している。
GreenLight Financial Technology, Inc.(米国):金融教育としてのサービス設計
GreenLight18は、子ども向けのデビットカード+金融教育プラットフォームである。家事達成時の自動送金や投資学習機能を備え、「金銭教育の実装」として位置付けられている。年少者向け加盟店制限機能も含め、子ども向けサービスの機能を障がい者金融にも応用できることを示す事例である。
先行事例からの共通基盤と障がい者金融への展開
これら3つの事例は、対象者がそれぞれ(脆弱な成人、要介護高齢者、子ども)異なっている。しかし、サービス機能を比較すると、共通項が見いだせる。(1)制限機能(利用先・金額・時間帯の設定)、(2)リアルタイム利用通知機能、(3)遠隔モニタリング機能、(4)自動残高管理機能、(5)金融教育機能の5つである。そして、この5つは、前章で整理した障がい者金融において求められる本質的な機能、「本人の自律的な経済活動を支える仕組み」および「家族が遠隔でも状況を把握できる仕組み」と重なってくる。
具体的に見てみたい。例えば、True Linkが高齢者や精神障がい者向けに提供する「支出ルールの設定」は、知的障がいのある利用者の金銭管理にも直接応用できる。KAERUの「遠距離みまもり×遠隔チャージ」は、グループホームに暮らす障がい者とその家族の関係にもそのまま当てはまるのではないだろうか。GreenLightが培った「段階的に自立を促す金融教育」のアプローチは、就労移行支援における金銭管理スキルの習得にも転用可能である。
残された課題は、これらの機能を障がい者固有のユースケースに合わせて統合し、一つのサービスとして提供する主体が現れるかどうかである。次章では、この事業機会を具体的に掘り下げる。
15 DPI日本会議『金融機関への改善の要望』
16 True Link Financial『THE True Link Visa® Prepaid Card』
17 KAERU株式会社『KAERU』
18 Greenlight Financial Technology, Inc.『Greenlight』
5. 金融機関と事業会社、それぞれの参入機会
ここまでの考察で確認してきたことを整理したい。障がい者金融は全体で約2,667万人の市場にまで広がること。ニーズに対してサービスが未整備であること。そして、必要なサービス機能は隣接市場で既に導入済みであること。ここまでの整理が成立するならば、追加的な検討の観点は、この市場を「誰が」「どのように」切り拓くのか、という観点である。本章では、この観点について考えたい。
金融機関にとっての機会
金融機関にとって、障がい者人口936万人に関係者を含めた拡張的な市場である約2,667万人は、既存サービス・その延長線上では十分にリーチできていない顧客層である。DPI日本会議への改善要望15が示すように、物理的バリアフリーは進展しているものの、金銭管理・詐欺防止・見守りといったサービスは標準的な商品として整備されていない。しかし、先行事例が実現した利用制限設定・見守り通知・詐欺防止といった機能は障害類型を問わず共通して求められるものであり、2,667万人という規模はこれらをパッケージ商品として企画・提供するに十分な市場である。
この市場に対して、True LinkやKAERUが実現した5つの機能(制限、リアルタイム通知、遠隔モニタリング、自動残高管理、金融教育)を統合したサービスを提供できれば、新規顧客基盤の獲得と既存顧客の深掘りが同時に見込める。「金融包摂(Financial Inclusion)の理念を具体的な事業施策として実装する」、この文脈においても、戦略的意義があると考えたい。
非金融事業者にとっての機会
非金融事業者にとっても、この市場は大きな参入機会があると考える。法定雇用率の引き上げ5により、あらゆる企業において障がい者従業員の採用・定着と向き合う必要性が高まっている。福利厚生サービスの一環として金銭管理支援を組み込むことは、コンプライアンス対応にとどまらず、新規収益源の確保や企業レピュテーションの向上にもつながる。また、対象となる従業員満足度の向上という複合的な経営価値を生み出す可能性がある。
注目したい点は、福利厚生・介護支援・就労支援を専門とする事業者が存在することである。これらの事業者は、障がい者本人・家族・企業のHR部門といった複数の顧客接点を既に持っている。これは新規参入で最も時間がかかる「信頼関係」という無形資産をすでに有しているということであり、金融機関やFinTech企業と比較して顧客獲得コストを大幅に抑えられる可能性がある。
金銭管理サービスの追加は、こうした事業者にとって既存事業の自然な延長線上にある。就労支援なら「就労後の生活安定支援」として、介護支援なら「遠距離みまもり機能」として、福利厚生サービスなら「法定雇用率引き上げに対応する従業員支援パッケージ」の一部として、それぞれの事業文脈に無理なく組み込める。また、これらの事業者と金融機関がタッグを組むことも考え得る。広義のエンベデッドファイナンス(組み込み型金融)のアプローチである。
社会基盤としての意義
金融機関と事業会社、それぞれの参入機会を論じてきたが、障がい者金融にはもうひとつ、戦略的意義がある。それは、労働供給制約社会における社会基盤を構築していくという意義である。
繰り返しになるが、2040年には1,100万人の働き手が不足19する。障がい者を含む多様な人材の労働参画を後押しすることは、一企業の課題を超えた社会的要請である。障がい者の経済的自立を支える金融サービスの整備は、金融機関にとっては「仕事量の削減」と並ぶ「労働量の拡大」の一翼を担う施策であり、事業会社にとっては障がい者従業員の定着率向上と生産性改善に直結する基盤投資といえる。すなわち、障がい者金融の整備は、新規収益源の確保と社会基盤の維持という二重の戦略的意義を持つ施策と位置づけられる。地域を代表する「地域経済界の雄」である大手事業者や地域金融機関ては、地域自体の持続性を考えるため、中長期視点・共同体的な発想での取り組みを既に着手されており、このような意義は大義名分だけでなく、地域の持続性に直結する事業的意義があると考える。
3つの参入シナリオ
では、具体的にどう動くか。本格参入には、3つのシナリオが想定される。
第1に、既存金融機関による単独参入が検討できること。金融包摂の理念を具体化し、新規顧客層へのリーチを図るアプローチである。決済インフラや金融ライセンスといった既存アセットを活用できる一方、障がい者ニーズに対する理解やリーチの構築に時間を要する可能性がある。
第2に、事業会社による単独参入も検討しうること。既存の顧客接点と信頼関係を活用し、サービスの拡張を図るアプローチである。これは顧客理解の深さが強みとなるが、金融規制対応の負担が課題となりうる。
第3に、金融機関と事業会社の連携であり、このシナリオは現実的といえる。これは金融機関の決済インフラ・金融ライセンスと、事業会社の顧客接点・信頼関係を組み合わせるモデルであり、双方の強みを活かしつつ弱みを補完できる。金融機関は顧客獲得コストを削減でき、事業会社は金融規制対応の負担を軽減できるため、最も現実的かつ効果的なシナリオであると考えられる。
障がいの種類は多様であり、個々の障害特性に完全に最適化した一律のパッケージ化には限界がある。しかし、第3章で確認した通り、(1)制限機能、(2)リアルタイム利用通知機能、(3)遠隔モニタリング機能、(4)自動残高管理機能、(5)金融教育機能の5つの中核的な機能は障害類型を問わず共通して求められる。936万人という規模はこうした共通機能をパッケージ商品として提供するに十分であり、継続的なサービス改善や開発投資の回収も可能となる。足元ではこの共通機能をミニマムなパッケージとして提供しつつ、AIを活用して個々のニーズに応じたマイクロサービスを組み合わせる形態が有効であろう。AIが「あなたにはこれとこれが必要です」と最適な選択をサポートすることで、利用者は不要なサービスまで選ぶ必要がなくなり、多様なニーズへの対応と事業としての効率性を両立できる。
19 リクルートワークス研究所『未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる』
結論
本レポートで明らかにしてきたように、障がい者金融は、増加し続ける障がい者人口936万人が抱える金銭管理・詐欺防止・見守りといった金融課題に対して、既存金融機関が十分に対応できていないサービス未整備の市場である。関係者を含めた拡張マーケットは約2,667万人に達し、公的投資に裏打ちされた構造的な成長市場である。
金融機関にとっては、金融包摂を具体的な事業施策に落とし込み、新規顧客基盤を獲得する機会。事業会社にとっては、既存事業との相乗効果を活かして新たな収益源を築く機会。必要なサービス機能は隣接市場で既に動いている。
より長期的な視座に立てば、障がい者金融の戦略的意義はさらに大きい。2040年には1,100万人もの働き手が不足2する「労働供給制約社会」において、従来型の労働力シフト(シニアの労働参加率は既に世界最高水準20にあり、女性の就業率も70.6%に達し21、外国人労働者の獲得では日本の労働環境の魅力が低下している)だけでは、この不足を埋められない。障がい者を含む多様な人材の社会参画を支える金融サービスは、個別の事業機会を超え、社会インフラとしての意味を持つ。
ここで注目したいのが、AIをはじめとするテクノロジーの進展が、障がい者の社会参画の可能性を大きく拡げつつあるという点である。下図に示す通り、AI技術は障がい者の消費行動において、「行動の補助」「詳細な比較による最適な選択の推奨」「パーソナルデータに基づく自動化・推薦」という3つの次元で活用が進みつつある。

NTTデータ経営研究所作成
AIは、消費者としての障がい者の行動範囲を広げるだけでなく、労働者としても業務補助や環境適応支援を通じて就労領域を広げつつある。金銭管理・詐欺防止・見守りに加え、AIとの連携による給与管理の自動化、さらにはプログラマブルマネー22などWeb3領域の技術を活用した自動化された金融サービスが、生活時間の確保と経済的自立の両立に寄与する可能性がある。
本稿で示したように、この市場は「社会課題の解決」と「事業機会の創出」を両立できる稀有な領域である。先行してポジションを確立したプレイヤーは、市場プレゼンスの拡大にとどまらず、障がい者本人・家族・企業というエコシステム全体へのタッチポイント獲得、金融包摂を通じた企業価値の向上といった副次的な効果も手に入れうると考える。
障がい者金融の領域がビジネスとして発展することで、障がい者の方々に届くサービスが充実し、新たな挑戦の後押しとなる。筆者としては、こうした未来の実現を望みつつ、そのアプローチを共に考える一端を担えれば幸いである。
20 総務省統計局『高齢者の就業』
21 総務省統計局『労働力調査』(2023年1月31日)
22 プログラマブルマネーは、「個別の属性情報や自身の振舞いを制御する固有のロジックを持つ デジタルマネー」(2022年6月日銀レビューより)
