はじめに
皆さんには「推し」はいるだろうか。
近年、さまざまな場面で耳にする「推し」であるが、その発端は1980年代頃にまで遡るとされている(諸説あり)1。一般的に「推し活」と聞くと、アイドルやキャラクターグッズへの消費が想起されがちである。しかし本質的には、推し活とは「好き」「応援したい」という感情を動機として行われる消費活動、すなわち感情消費の典型例と捉えることができる。
この観点に立てば、推しの対象は必ずしも人物やキャラクターに限定されない。近接概念として用いられる「界隈」という言葉を踏まえれば、緩やかな関連も含めて、「好きなお洋服のブランドやカフェを応援したい」「外見を磨き、スタイルを良くしたい」といった目的のために行われる消費活動もまた、感情消費の一角に含まれると考えられる。こうした感情消費は、より広い意味では「応援消費」とも呼ぶことができ、その社会的な広がりは、東日本大震災の被災地復興支援に端を発している、ともいわれている2。
本連載では、全3回に分けてIndustryからSceneへの視点転換を軸に、金融サービスの構造変化と今後の可能性を整理している。第1回では、金融提供主体の多様化と、その背景にある構造的変化について考察した。第2回となる今回は、「非金融×金融」での共創をテーマに、推し活が、どのように金融と関わり得るのかを検討する。
1 廣瀨 涼「若者に関するエトセトラ(2)」(ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート, 2020年7月10日)
2 満薗 勇「消費者と日本経済の歴史」(中公新書, 2024)
1.なぜいま推し活金融か
連載第1回「エンベデッドファイナンス(組み込み・埋め込み金融)の新潮流について」でも紹介したとおり、従来の「Industry」起点の金融アプローチは、業種や属性によって顧客を分類することを主たる観点としていた。しかし、変化し多様化する消費行動や、個人の多様な価値観に基づく動的な生活シーンの在り方を捉えるには不十分といえる。もちろん、供給側としての「Industry」を深く分析することで、その先にある需要側の変容をとらえることも可能であろう。ただし、それであれば、さまざまな環境において散発的・横断的に一般化しつつある「Scene」そのものに目を向ける視点を持つ方が、理解・分析・継続的な観測の観点から有効であると考えられる。そこで、個人の価値観・ライフスタイルの多様化に目を向けた「Scene」基点でのアプローチを検討したい。
【図表1】IndustryやSceneを起点とした金融アプローチ

【出典】
経営研レポート「IndustryからSceneへ エンベデッドファイナンス(組み込み・埋め込み金融)の新潮流について-Ⅰ」
ここでいう「Scene」とは、単に産業を横断する消費領域を指すものではない。「個人が幸福を感じ、熱中し、意味を見出す生活の一時」といった大きな感情の起伏が起きる場面の一つひとつ もSceneと捉えることができる。こうしたSceneでは、「何を買うか」という機能的価値よりも、「なぜ買うのか」「購買によって、購入者はどのような満足感や充足感を得られるのか(あるいは期待するのか)」といった感情的価値が重視される。衣食住や三大欲求といった人間の生物的ニーズを起点とする消費とは明らかに異なり、特にその傾向が先鋭化しているのが、Z世代を中心に見られる「感情価値型消費」であると考えられる。
こうした昨今の消費スタイルの変化を「心理・価値観」の側面からみると、推し活(界隈)や自分磨きといった感情価値型消費が拡大傾向にあることが確認できる(図表2、3、4参照)。
【図表2】「オタク」主要分野別市場規模の推移

【図表3】美容医療市場規模の推移

【図表4】フィットネス市場規模の推移

出典を基にNTTデータ経営研究所が作成
【出典】
株式会社帝国データバンク「「フィットネスクラブ・スポーツジム」業界動向調査(2024年度)」(2025年5月16日)、「『フィットネス』市場、復調/前年度比1割増へ」(2024年3月18日)
また、Z世代を中心に、商品・サービスの選択において、企業やインフルエンサーを介して伝播する価値観や世界観への共感を重視する傾向が強まっている。これは従来の機能的価値中心の消費から、感情的価値を重視する消費スタイルへの転換を意味し、その現象の一つが推し活である3。
2025年に15~79歳の男女を対象に行われたアンケート調査によると、3人に1人が何らかの対象を「推し」としている4。また、2024年度の「オタク」主要17分野別の推定市場規模は約1.3兆円とされている(図表2参照)。
これらのデータから、感情価値型消費の一つである推し活が広く社会に浸透し、経済的にも無視できない規模の市場を形成していることが確認できる。
3 高木 健一、小巻 亜矢「Kawaii経営戦略 幸福学×心理学×脳科学で市場を創造する」(日本経済新聞出版, 2022)
4 財務省「推し活 ~若年層を中心に急成長する消費形態~」(広報誌「ファイナンス」2025年11月号,No.137)
2.推し活におけるステークホルダー別ペイン
ステークホルダー別で想定されるペイン(解消したい問題)は以下のように整理できる(図表5参照)。
まず、ファン側のペインとして、消費を通じて応援を可視化しようとするあまり支出が拡大しやすい傾向にあり、実際にZ世代女子の63.9%が金額を気にせず購入すると回答する5など資金管理が課題となっていることが想定される。また、転売目的の購入者との競争により、本物のファンが適正価格で入手できないという、二次流通市場における不利な状況も生じている。
次に、クリエイター側のペインとして、CDやグッズの一次販売だけに収益が偏り、二次流通市場での収益回収ができないという収益機会の限定性が挙げられる。加えて、従来の収益モデルではやり尽くした感があり、新規収益源の創出が課題になっていると考えられる。その結果、握手券付きCD販売のように、ファンに無理な消費を求めてしまう構造が生まれる可能性がある。さらに、コミュニケーションが一方向的に留まり、ファンとの共創・協働の機会が限定的である点も課題として挙げられる。
そして、金融機関側のペインとしては、SNS中心とした情報接触環境においてZ世代との接点が不足していることから、若年層に対する解像度が十分でない点が挙げられる。また、推し活は感情的で予測不可能性が高いという特性を有しており、幸福度が高く消費意欲旺盛で、LTVが高い層(推し活層含む)に対して適切にアプローチしきれていないという、LTV最大化機会の損失が生じていると想定される。
このように、ファン、クリエイター、金融機関のそれぞれがペインを抱えており、従来の枠組みでは解決が困難な状況にある。
【図表5】主要ステークホルダー別のペイン(概要)

NTTデータ経営研究所が作成
5 電通報「Z世代女子は心に推しを持っている~Z世代女子の『推し消費』とは?~」(Z世代女子の消費白書[2/2])
3.IPトークン化によるペイン解決
第2章で論じた各ステークホルダーのペインに対する解決策の1つとして、IPトークン化が挙げられる。IPトークン化は、従来の推し活エコシステムが抱えるペインを、デジタル技術によって解消しうる新たなアプローチ方法である。
IPトークン化の本質は、これまで閉ざされていた知的財産の投資市場を民主化する点にある。従来の投資市場は、富裕層や機関投資家を中心とする構造であり、高額な最低投資額、複雑な手続き、限られた取引時間といった参入障壁により、一般の個人投資家は未公開株式や美術品などの高価値資産へのアクセスが事実上制限されていた。特に数千万円から数億円規模の資産は、大規模な資本を持つ限られた投資家のみが投資対象とできる状況にあった。
しかし、Web3技術を活用したIPトークン化は、この構造を根本から変革する可能性を有している。ブロックチェーンを基盤とするセキュリティトークンの登場により、あらゆる資産を分割・小口化が可能となり、資金調達プロジェクトの立ち上げを効率化される。その結果、これまで高額な資本が必要だった資産へも少額から投資が可能となる。個人投資家から法人、さらには海外投資家まで、幅広い層が均等な機会を得られる「開かれた投資市場」への転換が進むこととなる。
【図表6】IPトークン化による投資市場の変化(弊社考察)

NTTデータ経営研究所が検討し、作成
以上で示した投資市場の民主化という原理を推し活エコシステムに適用することで、価値変換が起き、ファン・クリエイター・金融機関が抱える課題の解決が期待できる。
具体的には、(1)推しや作品、クリエイターへの関心から「応援したい」という気持ちが生まれ、(2)その推し活の手段の一つとしてNFT(Non-Fungible Token)/SBT(Soulbound Token)の購入という選択肢を認知し、(3)その権利内容や他のファンの活用方法を調べる段階へと進む。その上で、(4)NFT/SBTを購入・保有することで応援が参加や投資として実行され、(5)そこで得られた収益を用いて推し活へ再投資するとともに、応援行動を可視化し対外的に共有するという循環が形成される。
【図表7】AISASの法則に基づく価値変換のロジック

NTTデータ経営研究所が作成
さらにファンだけでなく、クリエイター側にもメリットがある。NFTやトークンの二次流通市場では、スマートコントラクトにより転売時にクリエイターへロイヤリティ(売上の一部)が自動還元される仕組みが実装されており、IPホルダーは初回販売後も継続的に収益を得られる。これにより、クリエイターは資金繰りに悩むことなく、次の作品に取り組むことが可能となる。
金融機関にとっては、価値変換の5段階すべてに介在機会が存在する。決済、NFTプラットフォーム提供、セキュリティトークン発行支援、投資商品提供、さらにはAI活用による推し活予算管理という形で、単発の商品販売にとどまらず、ファンのライフサイクル全体に寄り添う継続的な関係を構築できる。また、幸福度の高い顧客層との長期的なエンゲージメントを通じてLTV最大化を実現できるだけでなく、これまで捉えきれていなかった感情価値型消費市場を自社の事業ポートフォリオに取り込み、新たな収益機会として継続的にマネタイズすることが可能となる。
4.IPトークンの具体事例
ここまでIPトークン化による推し活市場の変革可能性を論じてきたが、既に具体的な実装事例は登場してきている。
図表8は、音楽の著作権をセキュリティトークン化(つまりIPトークン化)した事例と、映画への出資権利をセキュリティトークン化した事例である。また推し活に限らず、何かを「応援したい」という感情を起点とした事例として、VCファンドへの投資をセキュリティトークンによって行ったケースも挙げられる。
【図表8】事例

NTTデータ経営研究所が作成
5.普及に向けた論点
これらの先進事例が示すように、IPトークン化による推し活市場の変革は既に始まっている。しかし、さらなる普及に向けては解決すべき課題が存在する。具体的には、セキュリティトークンとしての法的位置づけや発行要件の明確化、二次流通市場における流動性確保と適正価格形成メカニズムの整備などといった対応が求められる。特に投資家保護とファン文化の両立、投機的過熱の抑制は、持続可能なエコシステム構築において重要な論点となる。
加えて、IPトークン化の意義は大規模IPや著名クリエイターに限られるものではなく、地域の工芸職人や伝統産業の担い手など、今までの古き良き文化を支える「作り手」にとっても新たな可能性をもたらし得ると考える。ファンや共感者が少額から継続的に関与できる仕組みが整えば、資金面での支援にとどまらず、作り手の想いや価値を共有し、それらを守りながら発展させる関係性の構築、さらには伝統や文化を次世代へ継承していくことが期待される。
おわりに
本稿では、感情消費と幸福追求を軸とする「推し活」が、従来の産業別(Industry)金融では捉えきれなかった新たな金融機会を創出し得ることを論じてきた。IPトークン化により、ファンの応援行動を資産化され、価値循環が生まれることで、IPホルダー、ファン、金融機関の三方良しのエコシステムが実現可能となる。
この推し活は、個人の価値観や生活シーンに寄り添う「Scene金融」の実践例であり、Web3による自律分散型エコシステムと組み合わせることで「金融がユーザーに寄り添う」新たな形を実現するものである。さらに、このモデルは趣味コミュニティなど他の感情価値型消費Sceneへも展開可能であり、金融機関にとって幅広い顧客接点獲得とLTV最大化につながる機会となることが期待される。
次回、連載の第3回では、「第3回 労働供給制約時代の金融インフラを考える~障がい者の経済的自立を支えるサービスと参入戦略~」をテーマに、障がい者をターゲットとした金融市場の可能性について、より具体的に論じていきたい。
