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Insight
経営研レポート

「日本版」有機農業拡大戦略の提言(後編)

~地域住民によるウェルビーイング型有機農業~
2026.03.13
ライフ・バリュー・クリエイションユニット
シニアマネージャー 尾高 智之
シニアコンサルタント 木下 七海
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はじめに

本稿では、前編で提示した「地域住民によるウェルビーイング型有機農業」が、実際に現場でどのように実践されているのかをJAぎふの事例を基に示したい。ここで紹介する事例は、地域農業振興を担うJAが中心となり、有機農業をどのように普及しているのかを示す実践例として重要な示唆を与えるものである。

1.JAぎふの概要

JAぎふは、岐阜県の6市3町(岐阜市、羽島市、各務原市、山県市、瑞穂市、本巣市および笠松町、岐南町、北方町)を事業区域とする農業協同組合である。管内には、岐阜市を中心とした都市的な地域に加え、その周辺に広がる水田・園芸地帯、さらには中山間地も含まれており、都市近郊農業から山間農業まで多様な営農条件が混在する、まさに「日本の縮図」のような地域構成となっている。

 

組合員は9万 7,464人(うち正組合員3万8,796人、准組合員5万8,668人)で、農畜産物の販売取扱高は約89億円(受託・買取販売合計)に達する。販売面では、「おんさい広場」をはじめとする産直店舗を管内に9店舗展開しており、地場農産物の流通拠点であると同時に、組合員所得の向上と地域住民との交流の場として重要な役割を果たしている(情報は2025年3月31日時点)。


【図表1】JAぎふの事業区域

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【出所】JAぎふ提供資料


(写真1)JAぎふの産直店舗「おんさい広場」の様子

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【出所】JAぎふ提供資料

2.JAぎふの有機農業の取り組み背景

JAぎふが有機農業をはじめとする環境調和型農業1に本格的に取り組み始めたのは、2022年度から開始した第5次中期経営計画の策定が契機である。「持続可能な食料生産」と「地域農業の確立」をいかに実現するかについてJA内で議論を重ね、「JAぎふの10年後の目指す姿」として「活力ある農業」と「豊かな地域」の方針を策定した。有機農業・環境調和型農業は、「10年後の姿」を具現化するための中長期的な方向性の1つに位置づけられている。

 

こうした取り組みの中で特徴的なのが「地消地産」という考え方である。地場農産物の流通における一般的な考え方である「地産地消」は、生産者が作った農産物を地域の消費者が積極的に消費する発想である。一方、JAぎふの「地消地産」では、まず「地域の消費者が何を求めているか」を起点に据え、そのニーズに応じた農産物を生産者がつくるという順序を重視している。

 

そして、JAぎふが重視していることは地域の食を守っていくことであり、そのためには農業者と消費者が尊重し合える地域づくりが重要であると考えている。地消地産において、消費者のニーズが高まっているものの1つが有機農産物であるとの認識のもと、JAぎふは、有機農業・環境調和型農業の推進に取り組んでいる。

 

1 農業の持続可能性確保の観点から、生産者の便益と食料安全保障を確保しつつ、自然環境への負荷の緩和と適応をはかる農業(引用:JAグループ「組合員・地域ともに食と農を支える協同の力」, P32)


【図表2】JAぎふの「地産地消」の考え方

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JAぎふの提供資料を基にNTTデータ経営研究所が作成

3.JAぎふの有機農業の取り組み

JAぎふは、地消地産および有機農業・環境調和型農業の推進に向けて、「みどり戦略部」を設置している。みどり戦略部は営農部と並列の部として位置づけられており、組織面からもJAぎふが有機農業・環境調和型農業に本腰を入れて取り組んでいることがうかがえる。

 

みどり戦略部の下には「地消地産課」および「店舗課」が置かれており、「地消地産課」および「有機農業推進室」が有機農業やJAぎふ農産物独自の栽培基準である「ぎふラル」の普及を担い、「店舗課」が産直施設における同農産物の販売を担うことで、管内の有機農業振興を進めている。本章では、その具体的な取り組みである「有機の里」「有機農業スクール」「ぎふラル」「シェア農業」について紹介する。

3-1. 有機の里

JAぎふは、子会社である株式会社JAぎふはっぴぃまるけとともに「有機の里」を設けている。同施設は有機農業・環境調和型農業の実証および情報発信の拠点として位置づけている。

 

2024年夏頃から土づくりと作付けを開始し、人参、ブロッコリー、ネギ、ほうれん草、大根、ナバナ、春菊、にんにくなど、多品目の試験栽培に取り組んでいる。

その結果、人参やブロッコリーなど比較的良好な成果が得られた品目もあれば、収量や品質の安定性に課題が残る品目もあった。また、害虫の大量発生による甚大な被害も経験しており、害虫や雑草対策の難易度を職員自身が体感している。有機の里では、こうした成功と失敗の蓄積を踏まえつつ、実践の中で有機農業の栽培体系づくりを進めている。

 

これらの知見は、機関紙「有機の里だより」やJAぎふの広報誌で組合員に共有されている。現状、同機関紙は年数回のペースで発行しており、成功事例を体系化し、作型、栽培方法、雑草抑制(リビングマルチなど)に関する実践的な情報を伝えている。

有機の里は、単なるデモ圃場にとどまらず、管内全体の技術的な「地ならし」と、今後、有機農業・環境調和型農業に取り組む農業者や地域住民の「学びの場」として機能していくことを目指している。


(写真2)JAぎふ 有機の里(面積3ha規模)

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【出所】筆者撮影

3-2. 有機農業スクール

有機農業スクールは、有機農業・環境調和型農業の担い手育成を目的とした連続講座である。講師には、元岐阜大学教授であり岐阜県有機農業アドバイザーでもある福井 博一 氏を招き、「栽培から販売まで一連の流れを学べる」というコンセプトで運営されている。

 

これまでに複数回実施しており、修了者は合計で約50名に達している。修了生は「修了生の会」として組織化され、定期的な交流会や情報交換を行っている。後述する有機農業に該当する「ぎふラルのスリーリーヴス」の生産者の約半数が修了生であり、同スクールが有機農業・環境調和型農業への参入・転換の重要な入口となっていることがうかがえる。

 

また、定年退職者や主婦層など、「これまで農業を生業としてこなかった層」が受講し、その後、就農や産直出荷へ踏み出している事例も生まれている。本事例は、本稿前編で提起した、有機農業スクールのような取り組みが、地域住民の就農につながる有効な入口となり得ることが示唆される。


(写真3)JAぎふ 有機農業スクールの様子

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【出所】JAぎふ提供資料

3-3. ぎふラル

「ぎふラル」は、JAぎふが導入した独自の農産物栽培基準である。1〜3リーフの3段階で土づくりをはじめ、化学合成農薬・化学肥料等の資材の使用状況を示す仕組みであり、2025年11月末時点で84人の生産者が参加している。中でも「スリーリーヴス(3リーフ)」は、有機もしくは有機に極めて近い栽培を意味し、管内における環境調和型農産物の「顔」となるブランドとして位置づけられている。

 

一般に、産地独自の農産物栽培基準は生産者側で策定されることが多いが、ぎふラルは「消費者の声」に基づき作られている点に特徴がある。JAぎふは「食と農の連携推進フォーラム」を設立し、地域の消費者である主婦、料理研究家、コープ職員などが複数回にわたって集まり、有機農業や農業を取り巻く状況を学習したうえで、「遺伝子組み換え種子は避けてほしい」「一部の農薬は使ってほしくない」などといった消費者目線の具体的な要望を議論し、それを基準に反映させている。まさに地消地産の取り組みといえる。

 

また、販売・価格面では、ぎふラルの農産物は、慣行農産物よりも高い価格帯で販売されており、生産者が有機農業・環境調和型農業に取り組むモチベーションにもなっている。


【図表3】JAぎふの消費者視点の農産物独自基準「ぎふラル」

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【出所】JAぎふ提供資料


(写真4)JAぎふ おんさい広場でのぎふラル農産物販売の様子

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【出所】筆者撮影

3-4. JAぎふ版 シェア農業 choi農

本稿前編で述べた通り、地域住民が農業に参加する裾野を広げるためには、農地確保や農機購入などのハードルを下げることが重要である。JAぎふは、こうしたハードルを下げ農業を気軽に始めることができる「JAぎふ版シェア農業 choi農」の仕組みづくりを進めている。

 

現在はJA職員を対象に、農地、農機、栽培、販売をシェアし農業に取り組む試行的な取り組みから開始しており、将来的には地域住民を対象に、取り組みを拡大していく計画である。

 

JAぎふは、シェア農業を地域住民が農業をするきっかけとして位置付けている。シェア農業での体験を経て、興味・関心を高めるとともに、「これなら農業ができる。もっとやってみたい」という気持ちを醸成し、最終的には就農につなげていくことを目指している。


(写真5)JAぎふ版シェア農業 choi農(1畦ごとに区画が割り当てられ栽培)

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【出所】JAぎふ提供資料


【図表4】JAぎふの「農のある生活を中心とした多様な農業形態」

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JAぎふの提供資料を基にNTTデータ経営研究所が作成

4.JAぎふで有機農業に取り組む生産者

JAぎふでは、有機農業振興の担い手として、農業を生業とする生産者に加え、地域住民の参加も重要視している。本章では筆者がヒアリングした内容を基に、地域住民として有機農業に取り組む主婦および定年退職者の事例を紹介する。

4-1. 地域住民による有機農業の取り組み事例①|主婦Aさん

主婦Aさんは、子どもが小さい頃から自宅前で小さな家庭菜園を行っており、祖母・曾祖母の畑を手伝った経験もあるなど、畑仕事には親しみがあった。2023年、知り合いから畑を借りたことをきっかけに、本格的に農業(約10a未満)を始めた。

 

有機農業への転換は、有機農業スクールへの参加が契機となった。福井氏の講義で「完熟堆肥」の話を聞き、「これなら間違いなく作物ができる」と考え、完熟堆肥2を使った栽培に取り組み始めたところ、収量・品質が向上した。ちょうどぎふラル認証での出荷の枠組みが整ったタイミングでもあり、「出したら売れる」という経験が自信とモチベーションにつながり、有機農業に踏み出した。現在は母と2人で約20a程度の畑を管理し、品目・品種を徐々に増やしながら、多品目で小回りの効く栽培を展開している。

 

販売面では、JA産直店舗「おんさい広場」への出荷が中心である。イラストやデザインが得意であることを活かし、目立つピンク色のワイヤーで袋の口を留める、オリジナルのイラストラベルを作成するなど、売場での「見つけやすさ」や「作り手のイメージ」を工夫している。袋の中の野菜の見え方やラベルの貼り方など、細部まで気を配ることで、「この人の野菜を選びたい」と思ってもらえるラッピングを意識している。

 

農業の価値については、「自分や家族が間違いなく良いものを食べているという特別感」「畑を通じた人とのつながり」「早起きして畑に出る健康的な生活リズムができる」点を挙げている。また、地域には若い世代で農業に関心を持つ人が多い。そういう若い世代を巻き込みながら、有機農業を広めて行きたいと、農業振興に対する高い意識も示している。

 

2 家畜ふんや植物の茎葉などの有機物が、微生物の働きにより十分に発酵・分解された状態

4-2. 地域住民による有機農業の取り組み事例②|定年退職者Bさん

定年退職者Bさんは、もともと会社勤めをしながら、水稲栽培3と家庭菜園程度の畑作を営む兼業農家であった。50歳頃から「60歳で会社を辞めて農業に専念しよう」と考えており、60歳で退職後、専業農家へ移行した。当初は慣行栽培4で白菜や大根などを栽培していたが、出荷先では同じ栽培基準の品目が大量に並び、1本当たりの単価も低く、作柄によっては手数料を引くとほとんど利益が出ない状況もあり、「自分は何のために作っているのか分からない」という感覚を抱いていた。

 

そうした中で、もともと有機農業への関心があったことに加え、有機農業スクールで福井氏の話を聞いたことを契機に、有機農業に踏み出した。現在は、複数の圃場を合わせて数十a規模の畑で、40品目以上・150品種以上の多品目野菜を栽培している。「自分が食べたいもの」「種屋や本で見て作ってみたくなったもの」を次々に試す中で、多品目化が進んだ。トラクターや管理機など一定の機械化を図りながらも、圃場が小区画かつ分散していることから、手作業も多い。

 

栽培上の工夫としては、堆肥と有機質肥料による土づくり、防虫ネットの活用、連作障害を避ける輪作計画、出荷の谷間を避ける作型調整など、多面的な工夫を行っている。

販売面では、環境保全と手間や労力を価値として訴求し、一般的なスーパーよりも高めの価格設定で、JA産直店舗「おんさい広場」を中心に出荷している。

 

農業の価値としては、「やりがい」「楽しさ」に加え、「生活の変化」を挙げている。会社勤めの時代には、夜にコンビニ食を採ることが多かったが、現在は、ほぼ全ての野菜を自分の畑で賄う生活へと変化した。その結果、1年で体重が大きく減少して適正体重となり、健康診断の結果も改善したという。妻も畑を手伝うようになり、会話が増えるなど、心身の両面でよい変化を感じている。

 

3 田んぼに水を張って稲を育てる稲作方法

4 各地域で従来から一般的に行われている、化学農薬や化学肥料を使用して効率的に作物を育てる農法

おわりに

JAぎふの取り組みは、「地消地産」を軸に、有機農業・環境調和型農業を地域に根付かせようとする包括的な実践である。有機の里や有機農業スクール、ぎふラルなどを通じて、栽培技術の確立にとどまらず、消費者理解の醸成や販売面の整備にも踏み込んでいる点に大きな特徴がある。

 

また、ぎふラルという段階的な基準を設け、「まずは土づくりから」「将来的に有機農業へ」というステップを用意していることは、生産者にとって現実的なアプローチとなっている。加えて、シェア農業を通じて、家庭菜園から一歩踏み出したい地域住民や定年退職者が、ウェルビーイング型に農業に関わる「裾野」を広げようとしている。

 

このようなJAの取り組みが全国に広がれば、地域ごとに「地消地産」が進み、ひいては「国消国産」となり、消費者と農業者が顔の見える関係でつながる社会の実現に近づく。JAぎふの取り組みは、単なる一つの有機農業事例にとどまらず、日本の農業の未来像の一端を示すものといえる。

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