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Insight
経営研レポート

「日本版」有機農業拡大戦略の提言(前編)

~地域住民によるウェルビーイング型有機農業~
2026.03.11
ライフ・バリュー・クリエイションユニット
シニアマネージャー 尾高 智之
シニアコンサルタント 木下 七海
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はじめに

気候変動や自然資本の劣化が進む中、世界的に有機農業をはじめとする環境負荷を低減する持続可能な農業への転換が求められている。加えて、エシカル消費の広がりを背景に、有機農産物の需要は増加傾向にある1。一方で、日本の高温多湿な気候条件下では、有機農業で安定した収益を確保することは難しく、農業を「生業(なりわい)」とする担い手を中心に、有機農業を拡大していくことには一定の課題がある。

本稿では、こうした構造的課題を踏まえ、従来の担い手に加えて地域住民が「楽しみ」「こだわり」「健康」を目的に参画する「ウェルビーイング型」有機農業を提案し、有機農業を社会全体で広げる新たな方向性を示す。

1 農林水産省 中国四国農政局 生産部「有機農業をめぐる事情について」(2025年3月)

1.日本における有機農業拡大に向けた課題認識

近年、環境負荷低減に向けた事業活動への転換は世界的潮流となっており、サステナビリティに関する取り組みはあらゆる産業における重要テーマとなっている。農業も例外ではなく、気候変動への適応、土壌の健全性維持、生態系保全、自然資本の回復といった観点から、環境に配慮した持続可能な農業への転換が社会的に求められている。

加えて、消費者の価値観も変化している。社会・環境配慮を重視する「エシカル消費」が浸透し、環境負荷の低い農産物である有機農産物への需要が高まっている。この市場トレンドは、農業分野での環境配慮型農業への移行を後押ししている。

こうした背景から、政府は2021年に「みどりの食料システム戦略」2 を策定し、化学肥料および農薬の使用削減、温室効果ガス排出削減、再生可能エネルギー活用推進など、環境負荷を低減する農業への転換を進めている。同戦略の象徴的取り組みとして「有機農業の拡大」が位置付けられ、2030年までに有機農地面積6万3,000ha、2050年には100万ha(耕地面積全体の25%)を確保する野心的な目標が設定された。近年は、北海道における牧草地(有機畜産向け飼料生産など)を中心に有機農地の拡大が進み、2023年時点で全国の有機農地面積は3万4,500haに達している(図表1)。今後、2030年に6万3,000ha、2050年に100万haという目標に向けて、全国各地かつ多様な品目で有機農業を拡大していく必要がある。

しかし、日本は高温多湿な気候条件により雑草や病害虫の発生が多く、欧州と比べて有機農業の難易度が高い環境にある。加えて、収量や所得の不安定さ、労働負荷の大きさといった課題も重なり、「生業」として有機農業に取り組むことのハードルは依然として高い状況にある。

このため、農業を生業とする従来の担い手のみに依存するのではなく、有機農業に取り組む主体の裾野を広げるという発想が、今後の有機農業拡大において重要となる。

2 農林水産省Webサイト「みどりの食料システム戦略

【図表1】日本の有機農業の取り組み面積の推移

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出典を基にNTTデータ経営研究所が作成

【出典】農林水産省 農産局農業環境対策課「有機農業をめぐる事情」(2025年10月)

2.「日本版」有機農業拡大戦略:「地域住民によるウェルビーイング型有機農業」

そこで、日本の有機農業が抱える構造的課題に鑑み、従来の担い手に加え「地域住民」が「楽しみ」「こだわり」「健康」を目的として有機農業に参画する「ウェルビーイング型モデル」を提案したい。

本章では、地域住民が有機農業と高い親和性を持つ理由を整理したのち、都市圏の人口・農地データを基に、地域住民が農業に参画した場合にどれほどの農地拡大が可能となるのかを試算する。さらに、その拡大量が政府の政策目標(2030年:6万3,000ha)にどの程度寄与し得るのかを評価することで、提言する「日本版」有機農業戦略の有用性を示す。

2-1.地域住民と有機農業の親和性

農業には、食料生産という機能のほかに、心身の健康増進やストレス緩和、自然とのふれ合い、コミュニティづくりなど多面的な価値がある。都市部でも家庭菜園を楽しむ人が多く、市民農園 3 の抽選倍率が数十倍に達する自治体もある。これら地域住民は、化学肥料・農薬を使用し高い生産性を追求することよりも、「自分で育てる喜び」「作り方のこだわり」を重視しているため、有機農業と極めて親和性が高い(図表2)。

特に注目されるのは、定年退職後に時間的余裕が生まれるシニア層や、子育てが一段落した主婦層、自然志向の高い都市住民などである。このような層は「こだわりの栽培」や「自然の中で体を動かすこと」を重視し、生活の質を高める目的で農業に関わりたいと考えている。こうした地域住民が有機農業に参画することは、農地面積を拡大することに加え、地域住民のウェルビーイング向上や地域コミュニティの活性化という点でも大きな意義がある。

3 サラリーマン家庭や都市住民の方々が、レクリエーションや生きがいづくり、生徒・児童の体験学習などの多様な目的で、小面積の農地を利用して野菜や花を育てるための農園(引用:農林水産省Webサイト


【図表2】地域住民と有機農業の親和性

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NTTデータ経営研究所が作成

2-2.都市圏における潜在的な農地利用可能性

地域住民が有機農業の新たな担い手となる場合、「どの程度の規模の農地利用が期待できるか」を明らかにしたい。ここでは都市圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、大阪府、京都府、兵庫県、奈良県、愛知県、岐阜県、三重県を設定)に存在する荒廃農地面積と60〜64歳人口を用いて、定年退職者が地域住民として参画した場合の潜在的な農地利用可能面積を定量的に把握する。これは、「地域住民参加型モデルが有機農業拡大にどれほど寄与するか」を示すための基礎分析である。

当該都市圏に存在する農地のうち、現在耕作されていない「荒廃農地」は約3万7,000haに及ぶ。これは、地域住民が農業に参画する上での「受け皿」となり得るものであり、都市近郊にも相当規模の未活用農地が存在することを示している。

総務省人口推計(2023年)によれば、当該都市圏には60〜64歳人口が約380万人居住している4。この世代の年間定年退職者数は約20%であるため、年間約76万人が新たな時間的余力を持つ層と推定される5

ここで、定年退職者1人あたり 5a(0.05ha)を耕作するモデルを設けると、「76万人×0.05ha=3万8,000ha/年」、参加率を10%とした場合でも、年間3,800haの農地を新たに活用することになる。これは、当該都市圏の荒廃農地(約3万7,000ha)が 10年以内にほぼ解消し得る規模であり、地域住民が農地再生の主要プレイヤーとなり得ることを示している(図表3)。

4 総務省統計局「都道府県、年齢(5歳階級)、男女別人口-総人口、日本人人口」(2023年10月1日現在)

5 60~64歳は5歳階級であるため、各年齢層が均等に分布していると仮定し、1年分を約20%として年間退職者数を推計


【図表3】定年退職者の農業参加による耕作面積シミュレーション

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NTTデータ経営研究所が作成

【出典】総務省統計局「都道府県、年齢(5歳階級)、男女別人口-総人口、日本人人口」(2023年10月1日現在)

2-3.有機農業面積目標への貢献

続いて政策論として「政府目標の有機農業面積6万3,000haにどの程度寄与するか」を把握するため、地域住民による農地拡大と従来の「成り行き増加」を組み合わせた場合の政策目標の達成可能性を分析する。

有機農業面積は、政策支援や有機農産物需要の高まりを背景に、今後も一定程度、成り行きで増加すると仮定する。ここでは、2019年~2023年の5年間の有機農業拡大面積の平均である「約2,700ha/年」で増加すると仮定した場合、2024年~2030年の7年間で約1万8,900haが拡大することになる。

これに加えて、前節で示した定年退職者参画による農地拡大(約3,800ha/年)を2027年~2030年の3年間実施した場合、約1万1,400haが追加される。これらの拡大分と、2023年時点の有機農業面積である34,500haを足すと、2030年の政策目標である6万3,000haは射程圏内に入る(図表4)。

無論、荒廃地の状況やロケーションによっては農産物の栽培が難しいケースも存在するが、数値上は地域住民という新しい主体が加わることで政府目標達成にも大きく寄与し得ると考えられる。さらに2050年の政策目標100万ha達成に向けても、地域住民参画による有機農業は重要な要素となり得る。

このように、従来の担い手主導の拡大策に地域住民を加えることで、有機農業の面積の現実的拡大が進む。加えて、地域住民の参画は、面積拡大にとどまらず、地域コミュニティの再生、環境意識の向上、都市住民と農業との関係人口の拡大など、多面的な社会的価値をも生み出す点も特筆される。


【図表4】定年退職者の農業参加による有機農業面積シミュレーション

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出典を基にNTTデータ経営研究所が作成

【出典】 農林水産省 中国四国農政局 生産部「有機農業をめぐる事情」(2025年10月)

3.有機農業拡大に向けたアプローチ:「シェア農業」を核とした段階的参画モデル

ここまで、地域住民が「楽しみ」「こだわり」「健康」を目的として有機農業に参画する「ウェルビーイング型モデル」を紹介し、地域住民が有機農業に参加する可能性や、参加した場合の面積規模、政府の有機農業目標面積への貢献について述べてきた。

次にどのようにすれば地域住民が農業に参画するかを示したい。その鍵となるのが「シェア農業」である。

3-1. 「シェア農業」を核とした段階的参画モデル

非農家である地域住民が農業を始めるには、農地の確保、農機投資、栽培技術の習得、販売先の確保など、さまざまな「壁」がある。これらの「壁」があるため、農業への関心があっても実際の参画にまで至らないケースが多いと考えられる。特に非農家である地域住民が、最初から農地を確保し、農機投資することは極めて高いハードルとなる。

そこで、これらをハードルとせず気軽に農業を始められる仕組みとして「シェア農業」が有効となる。シェア農業とは、農地、農機、作業を地域住民でシェアし、共同で栽培と販売を行う農業形態である(図表5)。類似の取り組みとして貸出農園があるが、貸出農園は農地のみが貸し出され、個々人で栽培を行う。また特に都心部では競争率が高く、貸出農園の区画が割り当たらないなどの課題もある。これに対し、シェア農業は、地域住民がグループで共同栽培を行い、都心部でも一つの区画をグループでシェアして取り組むため、貸出農園に比べてより多くの住民が参画しやすい点に違いがある。

また、シェア農業は参加者が共同で作業し相互に学び合う点で、有機農業に必要な観察力や丁寧な管理とも相性が良い。労力を分担しながら取り組めるため、有機栽培特有の手間にも対応しやすいという利点もある。

地域での進め方としては、農業に関心がある住民に対し、最初から農地・農機を取得しての「就農」ではなく、シェア農業に取り組むことを促す形が挙げられる。家庭菜園などで農業に関心がある住民が、シェア農業を通じ実際の畑で有機農産物を作り、販売まで手掛ける。そしてその中で農地や農機を取得し、本格的な農業を始めたい住民には「就農」のステップを促す。家庭菜園→シェア農業→就農の段階的参画モデルにより、農業に携わる住民の裾野を広げるとともに、地域住民の就農増加にもつながる。


【図表5】従来の就農とシェア農業による就農

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NTTデータ経営研究所が作成


3-2. 各プレイヤーの役割

シェア農業を核とした地域住民参加型の有機農業を定着させるためには、単に住民の自発的な参加だけでなく、JA・企業・自治体・国といった多様な主体が、それぞれの強みを生かして役割を分担することが不可欠である。以下では、各プレイヤーに期待される役割を整理する。


■ JA

地域農業振興を組合員、地域住民と連携し推進する役割を担うJAは、有機農業の振興においても主要プレイヤーとなる。JAはシェア農業の運営や農業塾を通じた技術の底上げを担う。また、地域住民が有機農業を通じてJA活動に携わることで、JAの地域農業振興を支える新たな関係人口の創出にもつながる。

【JAの役割】

➤シェア農業の運営:農地区画化と利用者への提供、農機具の共同利用、技術指導、資材供給、直売所等の販路提供を担う

➤農業塾の開催:有機農業を学ぶ農業塾を企画・運営し、技術の底上げを図る

➤マーケティング:直売所等の販路提供、マーケティングを担う


■ 企業

定年延長時代のシニア層のウェルビーイング向上やキャリア後半の生きがい設計は、企業にとっても重要なテーマである。社員に週1回のシェア農業参加を認めるなど、福利厚生やCSRとしての仕組みを整えるとともに、こうした活動を通じた企業による地域貢献にも取り組む。

【企業の役割】

➤シニア世代のシェア農業への参加促進を通じた地域貢献


■ 自治体

自治体は、政策面から地域住民参加型農業を支える。自治体が関与することで、農産物の生産活動に加え、地域福祉や景観保全といった公共的価値を持つ取り組みとして位置づける。

【自治体の役割】

➤耕作放棄地のマッチング:遊休農地と利用希望者をつなぎ、農地の有効活用を促進する

➤公共農園・都市農地政策との連動:市民農園や都市農地保全制度を活用し、住民が農に触れる機会を広げる

➤健康・福祉政策との協調:高齢者の健康づくりや孤独防止、障害者の就労支援などに農業を活かす


■ 国

国は、制度・財政面で全体をバックアップする役割を担う。国の支援により、地域で生まれた取り組みの全国展開や有機農業の社会的基盤の強化を進める。

【国の役割】

➤地域住民参加型の有機農業ガイドライン作成と全国への伝播

➤シェア農業の補助事業化:シェア農地整備、運営実施などに伴う補助事業

おわりに ー「日本版」有機農業拡大戦略のまとめ

本稿では、日本農業の構造的課題が有機農業拡大を阻んでいる現状を整理したうえで、従来の担い手に加えて地域住民が参画する「日本版」有機農業拡大戦略を提案した。都市近郊には約3万7,000haの荒廃農地が存在し、また多くの60~64歳人口がこの地域に住んでいることを考えると、地域住民の潜在的な農業の担い手としての力は大きいといえる。

さらに、有機農業の成り行き的な増加に地域住民の参画を加えれば、2030年の政策目標である有機面積6万3,000haの達成に多大に寄与する可能がある。シェア農業を活用した段階的参画モデルは、農地・農機という障壁を下げ、地域住民が「楽しみながらこだわりを持って栽培する」新たな担い手となる道を開く点で有用である。

次回は、地域住民参加型の有機農業を実践しているJAぎふの取り組みを紹介する。

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