はじめに
医療機器は、手術、検査、治療、リハビリテーションなど、あらゆる医療現場において不可欠な存在である。シリンジやガーゼといった一般的な消耗品から、CTスキャンや内視鏡といった高額な画像診断装置、さらには人工関節やペースメーカーのような植込み型デバイスに至るまで、その種類と用途は極めて多岐にわたる。これらの機器が常に適切に使用できる環境が整えられていることは、患者の生命と健康を守るため最低限の前提である。
しかし、医療機器の配送形態や現場での適正利用の取り組み、必要に応じた保守・更新の実際がどのようになっているのか。その流通や管理の実態には、これまで十分な注目が払われてこなかった。本レポートでは、その中でも医療機器の販売業者(以下、販売業者)が担ってきた医療機器の安全使用のための適正使用支援業務に焦点を当てたい。
日本の医療提供体制は、全国の隅々にまで医療機関が配置されており、患者は自らの意思で医療機関を自由に選んで受診することができる。このようなアクセスの良さと、国民皆保険制度によって低コストで受診できる点は、国際的な比較研究等において、高く評価されてきた。
一方で、全国各地の多様な医療機関がそれぞれ手術や検査に対応しているため、他の先進諸国と比べて症例の集中化が進みにくい構造となっている。 結果として、医療機関は症例数や検査数に比べて必要以上の医療機器や医療材料を備えなければならない状況になっている。それを補完するために医療機器販売業は医療機器の持ち込み・短期貸し出し、医療材料の預託や症例ごとの緊急対応を行ってきた。
近年、医療機器や医療材料は益々高度化・多様化しており、その種類も増え続けている。更に様々な要因により医療機器・医療材料自体の価格も上がり、関連するコストや人件費も高騰する中、医療機器販売業には人的・経済的な過重負担がこれまで以上に重くのしかかる状況となっている。また、医療機関も医療機器販売業が行っているそれらの対応が当たり前になってしまい、本来、医療機関自らが負担しなければならないはずの在庫管理などの業務や責任の認識が無くなってしまっている。
その中でも特に、夜間や休日の緊急対応など平時の「ラストワンマイル」における対応は、販売業者に人的・経済的負担が集中すると同時に、供給体制そのものの脆弱性を内包している。こうした状況が続けば、平時のみならず災害時には脆弱性が一層顕在化し、地域の継続可能性を揺るがすリスクとなる可能性が高い。
こうした課題を受けて、(一社)日本医療機器販売業協会(以下、医器販協)は2023年に「適正使用支援ガイドライン」を策定した。本ガイドラインは、2016年に厚生労働省主催で開催された「医療機器の流通の改善に関する懇談会(略称:流改懇)」における指摘を受け、今まで属人的に行われてきた業務の中で、いまだ明文化された取り決めが無い適正使用支援業務を可視化・制度化し、医療機関と販売業者の間で適正かつ持続可能な支援体制を構築することを目的としている。また、ガイドラインに基づく医療機関との覚書締結の推進を通じ、制度的空白の解消と業界全体の構造改革を目指している。
本レポートでは、まず医療機器流通と医薬品流通の構造的な特徴を比較し、その特性を明確化する。続いて、医器販協が提示するガイドラインの狙いと制度整備の必要性について、医器販協へのインタビューを基に整理する。さらに、医療機器流通を「より効率的かつ持続可能な仕組み」へと再構築するための可能性を論じ、最後にこれらの取り組みを支える病院DXの新たな定義と方向性を提示したい。
医療機器の基本的な流通の構造と特殊性
医療機器の流通は、製造を行うメーカー、薬機法(旧・薬事法)上の責任主体である製造販売業者(製販業)、そして医療機関に最も近い販売業者(以下、ディーラー)が役割を分担して担っている。本レポートでは、医療機関への供給や適正使用支援を行うディーラーに着目する。病院における医薬品の受発注業務や問い合わせ対応は、基本的に病院内の薬剤部や薬局が窓口となり一元的に実施されている。一方、医療機器は、生命維持装置や生体モニターなどの医用工学機器(ME機器:Medical Engineering Equipment)については、これらの保守点検や運用管理を専門とする臨床工学技士などで構成されるME部門が設けられていることが多い。しかし、医療材料の病院内の流通は、特定の部署が窓口になるのではなく、診療科・病棟・治療室といった実際に機器を使用する現場が個別に管理するケースが多い。このように、特定部署による一元対応ではなく、異なる部門が個別に対応している理由は以下の2点となる。
1.取扱品目数の多さ
医薬品は約1万6千品目であるのに対し、医療機器は約110万品目以上にのぼる。範囲も一般的な消耗品から高度管理医療機器、更には薬機法上医療機器では無いが、医療現場にはなくてはならない個人防護具(PPE)や医療機器に取り付けるアクセサリーなどまで幅広く、多岐にわたる。
2.使用部署の多様性
消耗品などの受発注業務は調達部門が担う場合もあるが、手術や検査関連の医療機器は現場の医療従事者から直接発注や正式発注以前の貸出しを含む依頼を受けることが多い。さらに、使用方法や不具合への対応、緊急時の依頼も、医師・看護師・臨床工学技士など、各部署から直接販売業者の担当者に直接行われることが多い。
【図1】医療機器流通と医薬品流通の違い

出典:医療機器販売業協会 第100回日本医療機器学会大会資料
【表1】医療機器流通と医薬品流通の違い

出典:医療機器販売業協会 第100回日本医療機器学会大会資料
流通業務に対する要求事項の違い
管理体制や使用特性の違いから、医薬品と医療機器では流通業務に求められる事項も異なる。医薬品流通は、製品特徴が比較的均一であるため、温度管理やロット管理など標準化された品質管理業務(汎用業務)が中心となる。一方、医療機器流通は、品目や使用方法が多様であることから、預託在庫管理、短期貸出・持込み、立会い、修理・保守業務、救急時や手術中の不具合発生時に対応する緊急配送業務、手術・手技ごとの貸出や使用後の回収といった個別対応業務が不可欠となる。
このように、医療機器流通は医薬品と比べて個別対応事項が多く、業務範囲も多岐にわたる。その結果、販売業者には人的負担やコスト増が発生しやすい構造となっている。さらに、依頼手段の多くはいまだ電話やFAXといった旧来の方法で行われているとの報告もあり、業務負担を増やしている一因となっている。
医療機器物流に潜むラストワンマイルの脆弱性
医療機器流通・管理の現場では、販売業者が在庫を長期間預けたり、緊急時に機器を届けたりといった「裏方の業務」が多数存在する。しかし、これらの業務の多くは正式な契約に基づかず、医療機器の販売価格に内包され実質的に無償で行われているのが実情である。
例えば、夜間・休日や自然災害時に病院が急に機器を必要とする場合、多くのケースで販売業者が残業代や休日手当等の追加コストを自己負担し、自発的な判断と責任により対応しているのが現状である。これは制度的な裏付けに基づくものではなく、販売業の善意(使命感)と努力に依存しているのが実情である。
医療機関に必要な医療機器が常に利用可能であることは当然のように思われがちだが、その裏には多くの人々の努力と工夫が存在している。特に「ラストワンマイル」、すなわち病院に届ける最終工程においては、昨今の労働人口不足を背景に、その継続性が危ぶまれている。こうした属人的な運用が続けば、販売業者の人的・財務的負担が蓄積し、地域全体の医療供給体制にリスクを及ぼす恐れがある。
また災害や大規模事故などの非常時には、通常時以上に医療機器の供給が不安定になり、どこにどれだけの在庫があるのかを迅速に把握することが難しくなる。このため、平時から在庫や供給ルートを可視化しておく仕組みが、地域医療の継続性を確保するうえで重要となる。
医器販協が進める「適正使用支援ガイドライン」の役割と意味
この不透明な状況を是正するため、医器販協は2023年に「適正使用支援ガイドライン」を策定した。このガイドラインは、販売業者が医療機関に提供している適正支援業務を明確化し、契約に基づいて実施することを指針としており、特に次の2点に重点が置かれている。
預託在庫管理の契約による制度化
医療機関が必要な医療機器をすぐに使用できるように、販売業者が医療材料(特に特定保健医療材料:人工関節、ペースメーカー、ステント、カテーテル、人工血管など)を病院に預けている「預託在庫」については、多くの場合、契約が存在せず運用が曖昧である。そのため、紛失・破損時の責任等が不明確となる事例がある。ガイドラインでは、管理方法や責任分担、破損・紛失時の対応、不要在庫の処理などを明記した覚書を締結することを推奨している。
夜間・休日の緊急対応の制度的明確化
現状では、販売業者が夜間や休日の緊急対応を無償で行うケースが多い。しかし、これが恒常化すると事業者に過大な負担がかかり、継続的な対応が困難となる恐れがある。そこでガイドラインは、対応範囲や条件、費用負担のあり方を明記した覚書を締結することを求めている。
医器販協の役割と提言
「本ガイドラインの目的は、あくまで透明性の高い取引を行う事により、信頼関係の維持と制度的な持続可能性の確保を図ることに主眼を置いている」と医器販協の阿部篤仁副会長は語気を強める。医器販協は、ラストワンマイルの脆弱性の課題に対して業界全体として取り組むことをめざし、その普及促進に努めている。これらの取り組みは、医療機器流通業界の持続可能性を高め、医療提供体制の安全性向上に資するものであり、その意義は大きい。ただし、ガイドラインを真に実効性あるものとするためには、販売業者の自主的努力だけでは不十分である。何よりも医療機関の理解が不可欠であり、その為にも行政や政策当局による積極的な後押しが必要である。すなわち、ガイドラインに基づく契約実務を制度上の標準として確立するため、法制度や予算措置を含めた環境整備が求められる。

写真 左から医器販協の青木 幸生 政策アドバイザー、阿部 篤仁 副会長、松本 学 理事
病院DXの再定義と医療機器サプライチェーンのあり方
いかに高性能な医療機器が配備されていても、必要な場面で迅速に使用できなければ医療提供の継続性は確保されない。緊急手術中に資材が届かない、災害時に修理技術者が派遣されないといった事態は、患者の生命に直結する深刻なリスクを伴うからだ。
こうしたリスクを回避し、医療の継続性を確保するためには、病院と外部業者がリアルタイムで情報を共有し、業務を連携できるDX(デジタル・トランスフォーメーション)基盤が不可欠である。
これまで「病院DX」は、主に病院内部におけるIT導入の取り組みとして理解されてきた。例えば、電子カルテシステムの導入、診療予約管理のデジタル化、受付業務の自動化などである。これらは病院の業務効率化や利便性向上に寄与するが、本来のDXの概念は単なるIT導入にとどまらない。すなわちDXとは、デジタル技術によって組織の業務構造や提供価値そのものを再構築することなのである。
この観点からすれば、病院DXは院内業務に限定されるべきではなく、医療機器の供給や保守を担う販売業者を含む病院外のステークホルダーとの連携を前提に、医療提供体制全体の最適化をめざす概念へと拡張して捉える必要がある。
病院と外部業者の協働的DXに向けた施策とは
病院と外部事業者が協働して取り組むべきDXの施策は以下と考える。
• 標準コードによるデータベースの構築とプラットフォームの整備
メーカーと販売業者間では共通コードを用いた電子受発注が進む一方、医療機関との間では未整備である。標準コードに基づくデータベースを構築し、医療機関と共有可能なプラットフォームを整備する施策。
• 情報共有のデジタル化
医療機器の在庫情報や保守履歴をクラウド上でリアルタイムに共有し、効率と品質の向上を図る施策。
• 非常等の物流の可視化と最適化
災害時等の非常時において、必要な医療機器を確保するため、在庫状況などを政府が把握し、供給の過不足を防ぎ、非常時の安定供給を実現うる方策。
• 契約と運用ルールの標準化
病院ごとに異なる契約や運用を縮減するための、標準的な契約雛形や業務運用ルールを整備・普及する枠組み。
これらの施策は、病院と販売業者が個別に取り組むDXの要素であるが、真に持続可能な供給体制を実現するためには、これらを地域単位で統合的に運用する枠組みが不可欠である。この全体枠組みを本レポートでは「地域物流モデル」と呼ぶ。
この地域物流モデルとは、複数の医療機関と販売業者が地域レベルで在庫・配送・情報共有・契約実務を標準化し、安定供給を実現するための協働体制を表す。
つまり、前段で示した施策は地域物流モデルを構成する具体的な要素であり、これらを地域単位でひとつの仕組みとして統合することで、DX施策が継続的に機能する基盤が整う。
これらを通じて、病院DXは「業務効率化」から「医療提供の持続可能性確保」へと質的転換を遂げることができる。その実現に向けては、医療機関と販売業者が地域全体で物流・情報共有の仕組みを整える「地域物流モデル」の構築が重要な要素となる。このような施策は単なる業務改善にとどまらず、地域医療の安全保障にも直結する。
このように、地域全体で医療機器の供給・情報共有基盤を整備し、医療提供の持続可能性を高めるという視点に立てば、販売業者が担う業務を可視化・契約化する取り組みは極めて重要となる。
もっとも、現時点でこうした広範な視点での取り組みは一部の先進事例に留まっており、病院内部に限定した改革が依然として主流である。今後は、病院関係者だけでなく、政策当局、業界団体、自治体を含む多主体による共通認識の醸成と制度的な後押しが必要である。
筆者の見解:求められる「地域物流モデル」
医療機器の安定供給を実現するためには、個別対応ではなく地域全体で協働する物流体制の枠組みが必要である。地域物流モデルの基本的な構想は以下の通りである。
1. 標準化された契約書と制度の導入
医療機関や販売業者間で共通に使える契約雛形を整備し、補助金制度などと連動させて導入を促進する。
2. 定期協議体の設置
地方自治体・医療機関・販売業者が定期的に集まり、課題を共有し解決策を協議する場を持つ。これにより制度的な補完関係を構築する。
3. 共同在庫・配送拠点の設置
複数の医療機関と販売業者が共同で管理・利用できる在庫・配送拠点を地域内に設け、災害時や夜間対応に備える。
4. 配送スタッフや車両のシェアリング
個々の業者が単独で配送体制を維持するのではなく、地域内で人員や車両を共有し、持続可能な運用を可能にする。
このモデルの根底には「地域の医療は地域の全ステークホルダーで支え合う」という理念がある。販売業者だけでなく、医療機関、自治体、業界団体が一体となって物流・支援体制を構築することで、より強靭で柔軟な医療インフラを実現できる。
もっとも、こうした枠組みを制度として定着させ、実効性を担保するためには、医療機関と販売業者との間に存在してきた力関係の偏りを是正する視点も欠かせない。現状では、販売業者の立場が相対的に弱いことが、標準化や契約化が進みにくい背景となっている。かつて医薬品流通において業界再編を通じて卸の交渉力を高める動きがあったように、医療機器流通においても、立場の弱い側を保護する制度的措置や、力関係のバランスを補正する仕組みの検討が求められる。
このように、地域物流モデルは単なる物流改善にとどまらず、医療提供体制の持続可能性を支える基盤であり、医療DXの深化とも軌を一にする取り組みである。
おわりに
本レポートでは、医療機器の安定供給を巡る制度的・構造的課題を整理し、医器販協が2023年に策定した「適正使用支援ガイドライン」の意義と可能性を医器販協へのインタビューを基に整理した。ガイドラインは、これまで不明確な状態で運用されてきた預託在庫管理や緊急対応を契約化・明確化する、自律的な業界改革の試みであり、社会的意義は大きい。
しかし、販売業者の善意(使命感)や属人的努力に依存している現状が、ガイドラインの策定だけでクリアできるとは考え難い。
特に、ラストワンマイルにおける配送・保守体制の不安定性は、医療提供体制全体の脆弱性に直結する重大な課題である。
この課題を克服するためには、地域医療圏単位で医療機関・販売業者・行政が協働し、共同在庫拠点の設置、人員・車両のシェアリング、契約ルールの標準化などを進め、柔軟かつ持続可能な医療機器流通体制を構築する「地域物流モデル」の実現が一案となる。
地域物流モデルは、単なる物流改善にとどまらず、地域全体の医療を持続可能にする基盤であり、医療DXの深化とも軌を一にする枠組みである。医療の安全と安心を支えるために、制度化と共創の視点から新たな仕組みを築くことが強く求められている。
なお、本レポートの作成にあたり、貴重なお時間を割き、快くインタビューにご協力くださった日本医療機器販売業協会の皆様に、心より感謝申し上げます。

