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Insight
経営研レポート

企業による「新たな」農業参入のあり方

ネイチャーポジティブを起点としたビジネスモデル構築と成功ポイント
2026.01.28
ライフ・バリュー・クリエイションユニット
シニアマネージャー  尾高 智之
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はじめに

日本の農業は、農業者の高齢化・減少、耕地面積の縮小により、生産構造の脆弱化が加速している。こうした中、企業による生産領域への参入が増加しており、新たな担い手としての役割が期待されている。

一方で、農業特有の気象・需給・労務管理に伴うリスクとコストを踏まえた採算確保の難しさから、撤退に至る企業も少なくないが、日本の農業を持続させるには、企業の力が欠かせない。そのため、企業は生産領域への参入だけでなく、自社のアセットや強みを活かし農業バリューチェーンでビジネスを創る新たな参入のかたちも検討することが重要である。

本稿では、企業による新たな農業参入のかたちとして、ネイチャーポジティブを起点に自社アセットと産地を結び、環境・農業への貢献による「社会価値」と、事業収益の向上による「経済価値」を同時に創出するモデルを提案したい。

1.企業による「従来」の農業参入

企業による農業参入は生産領域への参入が主流である。2009年の農地法改正でリース方式の農業参入が全面自由化されたことを受け、企業等一般法人の参入数は急速に増加し、2024年には、4,544法人に達している(図表1)。

企業が生産領域に参入する際の施設園芸や植物工場は、品質や供給の平準化およびブランド構築に資するメリットを持つ。個人農家が減少する中、企業による生産領域への参入は大きな期待が寄せられている。他方で、天候・需給の変動、労務と衛生、規制・地域合意形成といった農業固有の運営の複雑性が収益を圧迫し、投資回収が長期化する局面も多く、撤退を余儀なくされる企業も存在する。

「農業参入=生産領域への参入」が主流である中、農業生産のリスクを抑え持続可能性を高める新たな参入のかたちを検討する余地がある。

【図表1】企業の農業参入動向(リース法人の推移)

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【出所】

農林水産省「農林水産省経営局調べ」(2024年1月1日)

2.企業による「新たな」農業参入

新たな参入のかたちとして、生産・流通・販売といった農業バリューチェーンの各段階で、自社アセットを活用し参入するモデルがある。ここで鍵となるのが「ネイチャーポジティブ」である。

ネイチャーポジティブとは、「社会・経済全体を生物多様性の保全に貢献するよう変革させる」アプローチであり、政府はネイチャーポジティブ経済移行戦略を掲げ、企業の取り組みを後押ししている。さらに金融市場でもサステナビリティ開示やTNFD 1 対応の要求が高まっており、企業にとってネイチャーポジティブは取り組むべき重要イシューとなっている。

農業分野でも環境配慮型農業の推進が求められており、企業はネイチャーポジティブの取り組みとしてその推進を後押しする。企業は、農業バリューチェーン上で自社アセットを生かしたビジネスを構築し、土壌健全性の回復や生物多様性の保全といった「社会価値」と、事業収益を得る「経済価値」を同時に生み出すことが可能となる。

従来の農業参入モデルでは企業が自ら生産プレイヤーとなることが中心であった。それに対し、新たな参入では農業生産自体は産地・農業者が担い、企業は主に流通・販売のプレイヤーとして参入する点が異なる(図表2)。

農業は日本のあらゆる地域に根付くとともに、多様な業態が関わる産業であるため、このモデルは、農業バリューチェーンに直接的に関わる食関連企業だけでなく、鉄道、旅行サービス、不動産、物流、教育/人材サービス、金融などの幅広い業態で設計が可能である。次章では、食関連、鉄道、不動産を例に業態ごとのモデルを具体的に見ていく。

1 TNFD:Taskforce on Nature-related Financial Disclosures(自然関連財務情報開示タスクフォース)の略称。企業や金融機関が、事業活動における自然環境への依存や影響、その結果生じるリスクと機会を評価し、投資家などに開示するための国際的な枠組みの構築を目的としている。

【図表2】企業による「従来の農業参入モデル」と「新たな農業参入モデル」

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NTTデータ経営研究所が作成

3.業態別に見るネイチャーポジティブを起点とした農業参入モデル

■ 食関連企業(ネイチャーポジティブ×食品・エシカル)

食関連企業は、生産・流通・販売の農業バリューチェーンにおいて、産地と一体となったネイチャーポジティブのビジネスモデルを構築することが可能だ。

まず、食関連企業は産地と環境配慮型農業の長期作付契約を結び、前払いや共同投資で気候変動対策、輪作、被覆作物、圃場改良への移行を後押しする。これにより、土壌健全性が回復し、品質・収量が安定すると同時に、自社として調達の安定化を図る。そして、規格の簡素化や規格外品の高付加価値化にも取り組む。これにより、生産現場での食品ロス削減と規格外を原料にした新たな商品開発につなげる。こうした環境配慮農産物や規格外活用商品の環境価値を消費者に訴求・販売することで、産地の収益向上と自社の事業収益・ブランド価値の向上を実現する(図表3)。実際、食品企業が産地の規格外品を「価値化」し、エシカル消費に対応した商品づくりをしているケースも増えている。

事例として、キリンホールディングス株式会社が、各産地のJAなどと連携し、規格外果実を原料とする缶チューハイ「氷結® mottainai」の取り組みがある 2。青森「ふじりんご」、横浜「浜なし」、山形「尾花沢すいか」、高知「ぽんかん」などを原料に用い、売上の一部を産地へ還元する仕組みを構築している。これにより、食品ロス削減と産地支援を両立しつつ、エシカル訴求によるブランド価値と需要の創出につなげている。

多くの産地では、農林水産省「みどりの食料システム戦略」3 や近年の化学肥料の価格高騰を受け、環境配慮型農業への取り組みが進み始めている。こうした中、食関連企業には、早期に産地と連携し、ネイチャーポジティブモデルを構築することが求められている。

2 キリンホールディングス株式会社Webサイト「キリン 氷結®mottainaiプロジェクト

3 農林水産省「みどりの食料システム戦略

【図表3】食関連企業のネイチャーポジティブと創出価値

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NTTデータ経営研究所が作成

■ 鉄道企業(ネイチャーポジティブ×ツーリズム・物流)

鉄道企業は、沿線ネットワークと集客力を生かし、消費者体験と農産物流通を連動させて展開することが可能である。環境配慮型農業は、一般の慣行農業に比べて人手がかかる一方、都市生活者(消費者)には自然の中でリフレッシュしたいニーズがある。そこで両者を結ぶアグリツーリズムを造成し、消費者が産地で農業体験・援農するモデルをつくり、課題解決につなげる。農業体験・援農の参加者を鉄道で産地へ誘導することで移動起因のCO₂を抑えつつ、農業体験・援農による圃場作業支援で環境配慮型農業の保全に貢献するともに、体験料収入を得る。

あわせて、産地で生産された環境配慮農産物の流通ビジネスも手掛け、農産物を鉄道輸送し、モーダルシフトによるGHG削減を図りながら運送料収入を確保する。そして、ターミナル駅の駅併設直売所で農産物を販売して消費者の認知拡大と物販収入・テナント回遊増につなげる。

こうした循環により、産地の取り組みを支えながら、事業収益と交流人口を拡大し、沿線ブランド価値の向上を同時に実現することが可能になるのだ(図表4)。

流通ビジネスの事例として、東武鉄道株式会社が産地の農産物を消費地に輸送し販売する取り組みがある。東武鉄道は東松山市(埼玉県)、JAなどと連携し、直売所の売れ残り農産物を「有料手回り品料金制度」を活用して東武東上線の客車で都心へ輸送し、池袋駅構内で夕刻に学生が販売する「TABETEレスキュー直売所」を実施している 4 (図表5)。これにより、消費者参加型での産地の食品ロス低減と、鉄道モーダルシフトによるGHG削減という環境貢献を同時に実現している。

【図表4】鉄道企業のネイチャーポジティブモデルと創出価値

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NTTデータ経営研究所が作成

【図表5】TABETEレスキュー直売所の取り組み

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【出典】

独立行政法人農畜産業振興機構Webサイト

「直売所で余った野菜を電車で都市部へ直送 ~産官学連携でモーダルシフトと食品ロス削減へ~」

写真提供:東松山市商工観光課

■ 不動産企業(ネイチャーポジティブ×まちづくり)

不動産企業は、農住融合の都市設計によって、エリア価値の向上と自然資本の回復を同時に実現することができる。都市近郊の産地では宅地と農地の混住化が進み、住民の「住みやすさ」と農業者の「営農のしやすさ」の両面で課題が顕在化している。本来、住民にとっては「農のある暮らし」自体が価値であり、農業者にとって住民は有力な購買者となりうる。

そこで不動産企業は、産地と連携し、コミュニティ農園、環境配慮型の農園付き賃貸・分譲、常設マルシェなどを核にした農住融合のまちづくりを進め、農と日常生活の接点を増やしてはどうか。

  • コミュニティ農園:住民参加の土づくりや植栽管理を通じて土壌保全と都市の生物多様性回復を進め、周辺物件の入居率向上・価格の底上げにつなげる。
  • 環境配慮型の農園付き賃貸・分譲:敷地内に農園を併設し堆肥循環や緑化を図りつつ、賃料・分譲単価のプレミアム化と入居率向上を実現する。
  • 常設マルシェ:地場産の農産物の恒常的な販路として地産地消とフードマイル削減を進めるとともに、テナント売上や来街回数の増加につなげる。

これらを組み合わせ、生活動線の中に「育てる・買う・食べる」を埋め込み、住民の「農のある暮らし」を定着させることで、営農しやすい地域環境と高いエリア価値を同時に形成することができる(図表6)。

コミュニティ農園の事例として、ポラスグループの埼玉県春日部市での「ハナミズキ春日部・藤塚」がある。農家の高齢化に伴い休耕畑が増加している市街化調整区域において、ポラスグループは建売住宅と農地の利用契約を結び付ける仕組みを構築した。これにより農家には休耕地の有効活用と収入をもたらし、「農」に関心のある新住民には農業を体験できる場を提供している。さらには、地域の既存住民も農家から畑を借りられるようにすることで、新旧住民の継続的なコミュニティ形成を後押ししている 5。こうした取り組みにより、農住融合によるまちの価値向上と自然環境の保全・活用が両立している。

【図表6】不動産企業のネイチャーポジティブと創出価値

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NTTデータ経営研究所が作成

■ 他業態におけるネイチャーポジティブのビジネスモデル

食関連、鉄道、旅行サービス、不動産以外の業態も農業分野のネイチャーポジティブのビジネスモデル適用は可能である。

  • 物流企業:農産物の共同輸送・低環境負荷配送と規格外/未利用品の集荷スキームで、輸送由来の環境負荷低減と廃棄を削減しつつ物流収益を創出する。
  • 教育/人材サービス企業:産地での体験・研修・学習プログラムを設計し、担い手・関係人口を増やしながら教育サービス収益を得る。
  • 製造業(産地に工場を持つ企業):工場操業に伴う排水管理・緑地管理を産地の環境配慮型農業と一体で設計し、流域環境(水・土)の改善と生物多様性の回復、操業安定(水リスク低減)を同時に実現する。
  • 金融企業:食品企業等の実需者と産地の長期調達契約を起点に、環境配慮型農業への移行に必要な前払いや共同投資に必要なファイナンスを組成し、産地の転換を加速しながら金融収益を得る。

4.企業がネイチャーポジティブを起点とした農業参入を成功させるうえでの重要ポイント

企業が、ネイチャーポジティブのビジネスモデルを構築するにあたっての重要ポイントは、「①企業戦略として捉える」「②産地と連携する」「③ネイチャーポジティブを自社で定義する」の3点である(図表7)。

【図表7】ネイチャーポジティブのビジネスモデル構築の3つのポイント

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NTTデータ経営研究所が作成

【ポイント1】 企業戦略として捉える

農業バリューチェーン全体を視野に入れるには、自社アセットを広く動員することが不可欠である。そのため、個別事業に閉じた「事業戦略」ではなく、自社全体のアセットおよびサステナビリティ経営・資産配分・ブランドまで視野に入れた「企業戦略」のテーマとして位置づけ、複数事業に共通で効く設計にする。

企業の経営企画部門やサステナビリティ部門などが、自社のアセット(商品・サービス、顧客基盤、人員、設備、拠点、知的財産・ブランドなど)を棚卸し、対象とする産地の環境配慮型農業の課題(環境配慮型の農法、資材、労力、輸送、販売など)との照合で企業のアセットを動員し解決するビジネスモデルを策定する。これは、ネイチャーポジティブを起点に企業が新たなビジネスモデルを策定する有用な機会にもなる。

【ポイント2】 産地と連携する

自然資本への効果を「面」で生み、スケールのある収益を得るためには、個人農家や農業法人単位ではなく、産地単位で取り組む必要がある。ここでの産地とは、JA・集落営農組織など地域農業を面的に振興する主体を指す。

とりわけJAは地域の持続可能な農業を目指すために、産地全体で環境配慮型農業を推進しており、連携先として非常に有用である。筆者は全国多くのJAを訪問し意見交換を重ねてきたが、いずれのJAも地域農業に真正面から向き合っており、生産性がある協議をすることが可能と思料する。まずは対象地域のJAと環境配慮型農業の推進をテーマとした意見交換から始めることが望ましい。

【ポイント3】 ネイチャーポジティブを自社で定義する

前述のとおり、政府のネイチャーポジティブ経済移行戦略、金融市場でのサステナビリティ開示やTNFD対応の要請により、企業にはネイチャーポジティブへの取り組みが一層求められている。一方で、国内農業を対象としたネイチャーポジティブのビジネス定義は未整備である。これは好機であり、企業は「当社のネイチャーポジティブ戦略」を打ち出し市場を牽引できる段階にある。企業にとって国内農業は、事業ボリュームとしての重要性は相対的に小さいケースが多いが、日本企業として日本の農業の持続性を支えることは、長期のブランド・人材・資本市場との対話に好影響を与える。

具体的なアプローチとして、ネイチャーポジティブのビジネスモデルを策定後に、社会価値創出に係る「自然KPI」と自社の経済価値創出に係る「事業KPI」を設定・定義する。またこれらKPIの運用を外部に開示することで自社のサステナビリティ戦略の透明性向上にも活用できる。

おわりに

企業による農業参入で主流の生産領域への参入は、減少する担い手を補う重要な取り組みであり、今後も着実に進めたい。加えて、ネイチャーポジティブを起点にビジネスを創る「新たな農業参入」も、日本農業の再興を進める重要な取り組みとなる。企業は、自然資本の回復を事業収益に直結させるビジネスモデルにより、農産物の供給の安定、地域の再生、企業価値の向上を同時に達成できる。日本の農業が危機的状況にある中、企業がアセットを動員し日本の農業を再興するビジネス展開が求められている。

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