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Insight
経営研レポート

保険会社における、顧客の声を活用したCX向上の要諦

2026.01.20
ソーシャル・デジタル戦略ユニット
コンサルタント  黒田 五月
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はじめに

「CXこそが、次のビジネスの戦場である」これは、情報通信機器業界トップ企業の1社であるDell社の元CIO・Jerry Gregoire氏が1999年に語った言葉である 1。今から26年前の話ではあるが、今もなお「CX」(Customer Experienceの略。定義は第1章を参照)というあいまいなテーマに対し、多くの企業がその答えを求め続けている。実際、CXに関する調査やフレームワークは数多く存在し、その重要性は広く認識されている。

保険業界も例外ではなく、多くの企業がCX向上に取り組んでいる。しかし保険会社は、顧客接点のあり方が特異であり、他業界の方法論をそのまま適用するのは難しいとされている。なぜならば、保険業界において顧客は、さまざまな部署に、異なるきっかけやタイミングで接点を持つからである。そして多くの場合、その顧客との取引は長期に渡る。こうしたまばらな顧客接点の在り方が、保険会社のCX設計を複雑にしている。

したがって保険会社には、長い時間軸で全社一貫の顧客体験を提供することが求められる。しかし実際には、全体を俯瞰してCXを設計・管理する組織(以下、CXCoE)の不在や、顧客の声を可視化し活用する仕組みの欠如により、CX向上に苦戦している企業が多いのではないだろうか。

本稿では、こうした保険業界特有の背景を踏まえつつ、当社がこれまでに実施してきた調査の知見に加え、複数の保険会社との議論を通して感じた課題感を基に、保険会社における顧客の声を活用したCX向上アプローチと、その難所および対応策を論じたい。

1 複数の二次資料により1999年頃の発言と紹介されているが、雑誌・講演録等の一次出典は不明である。

1.本稿での「CX」の定義

「CX」という言葉は、多くの企業にとって関心の高いテーマとなっている。CXを意識していない企業を探す方が難しく、もはやバズワードともいえるこの言葉だが、実際には、その意味合いは企業によって異なっている。たとえば「店舗対応や手続きの利便性」といった意味で使う企業もあれば、「サービス提供における一連の顧客体験」として広く解釈する企業もある。

CXソフトウェア企業「Satmetrix Systems」 の創業者であるアンドレ・シュワガー氏と、コンサルティング会社「Strategic Alignment Group」の元会長であるクリストファー・マイヤー氏は論文の中で、CXを「顧客が企業との直接的・間接的な接点を通じて抱く、内面的かつ主観的な反応」と述べている 2。彼らは経営実務の観点からCXを捉え、顧客の知覚や感情を継続的に把握・管理することの重要性を提唱した。本稿ではこの定義を踏まえ、CXを「企業との接点の中で生じる、顧客の感情が動く体験」と定義する。

CXには、感動体験、落胆体験、満足体験、不満体験が含まれ、企業へのロイヤルティに影響を与える 3。ここで、ロイヤルティマネジメントを専門とする経営コンサルタントであり、株式会社エンゲージのパートナーコンサルタント、地域マーケティング経営推進協議会理事を務める渡部 弘毅氏による『お客様の心をつかむ心理ロイヤルティマーケティング』を参考に、ロイヤルティとCXの関係を整理しておきたい。

インターネットやSNS、スマートフォンの普及により、企業と顧客の関係は変化した。かつては企業が情報を発信し、顧客がそれを受け取るという一方向の構造であったが、現在では企業と顧客、さらには顧客同士が常時つながり、相互に影響を与え合う関係が形成されている。このような環境の中で企業が持続的に成長していくためには、単なるサービス提供にとどまらず、顧客と長期的な信頼関係を築き、「ファン化」すなわちロイヤルティを高めることが不可欠となる。

ロイヤルティを決定する要素は「ロイヤルティドライバー」と呼ばれ、各プロセスにおける満足度に相当する。そして、その満足度を決定づけるのが各接点での顧客体験(CX)である。つまり、各接点で良い顧客体験を提供することで各プロセスの満足度が高まり、その積み重ねがロイヤルティの向上につながるのだ(図表1)。

2 Christopher Meyer , André Schwager “Understanding customer experience”(2007)

3 渡部 弘毅『お客様の心をつかむ心理ロイヤルティマーケティング 「心の満足」と「頭の満足』(翔泳社, 2019)

【図表1】ロイヤルティ、プロセス別満足度、顧客体験の関係

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NTTデータ経営研究所が作成

【参考】

  • 渡部 弘毅『お客様の心をつかむ心理ロイヤルティマーケティング 「心の満足」と「頭の満足』を測り、科学的にロイヤルティを高める手法」(翔泳社,2019)
  • Christopher Meyer , André Schwager “Understanding customer experience”(2007)

2.CX向上には「顧客の声」が欠かせない

第1章で述べた通り、CXは単なるサービスの良し悪しではなく、企業との接点を通じて「顧客がどう感じるか」によって決まる。したがって、良いCXの提供には、顧客の声に耳を傾け、ニーズを把握することが欠かせない。

なお、顧客の声は大きく以下の3つに分類できる。

① 窓口やコールセンターに寄せられる「集まる声」

② アンケートやSNS分析など企業が能動的に収集する「集める声」

③ 購買履歴やWeb行動などデータを分析し活用する「読み解く声」

このうち、①「集まる声」と ③「読み解く声」は、すでに社内に蓄積されたデータであり、棚卸しと効果的な活用が欠かせない領域である。しかし、これらはいずれも「顕在化した声」や「実際の行動」を分析するものであり、顧客の潜在的な期待や不安の発見にはつながりにくい。そのため、多くの企業が保有しているデータだけでは、CXの差別化は限定的になりやすい。

また、多くの顧客は不満や違和感を抱えていても、それを企業に直接伝えることは少ない。コールセンターに寄せられる苦情は氷山の一角にすぎず、その背後には「声なき声」が数多く存在する。こうした声は、SNS上でサービスに対するコメント・つぶやきとして表面化し、世の中に溢れている。

スマートフォンやIoTガジェットの普及、各種プラットフォームやSNSの浸透により、顧客の声が聞き取れて把握しやすい現代において、これを拾いに行かない手はない。また、このような世の中では、顧客の声をどれだけ企業が拾いに行けるかが、CXの優劣を分ける。

そこで本稿では、3つの顧客の声の中でも、顧客から企業に直接寄せられた声ではなく、企業が能動的に収集する ②「集める声」に焦点を当て、事例を基にCX向上のアプローチ方法を論じていく。

3.顧客の声(集める声)を活用したCX向上アプローチ

顧客の声の収集には、顧客の声に耳を傾ける方法(Listen)と、聞きたいことを尋ねる方法(Ask)がある(図表2)。

このうち、Askを実践している企業は多い。しかし、CX成功企業はListenにも注力している。

【図表2】保険会社が収集する顧客の声データの全体像

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NTTデータ経営研究所が作成

Listen:世の中に広がる声を俯瞰的に捉える

Listenは、世の中に広がる顧客の声を広く収集・分析する方法であり、SNS、レビューサイト、掲示板、ブログなどが主な情報源となる。企業の問い合わせフォームや窓口に集まる声と異なり、直接企業に向けて発せられたわけではない発言を対象とするため、顧客の本音や日常の文脈での意見が含まれやすい。

【事例1】 株式会社みずほ銀行

株式会社みずほ銀行では、AIでSNSなどから顧客の声(VoC)を収集・解析し、自社サービスに対する不満や改善点を把握する取り組みを進めていると公表している。テキストマイニング技術を活用して、年間約500万件に及ぶ顧客の声を「見える化」し、サービス改善の必要性を早期に察知できるようにしている点が特徴だ。

分析結果はダッシュボード上で可視化され、全行員がリアルタイムで閲覧できる仕組みが整えられており、各部署が顧客の声をもとに課題を共有・対応できるようにしている。これにより、従来は部門ごとに分散していた顧客情報を全行で活用できるようになり、「データの民主化」が進んでいる 4

さらに、これらの分析はデジタルマーケティング部内の「VoCデータ解析チーム」が中心となって担当しており、顧客の声の分析を片手間ではなく専門業務として行う体制が整えられている。

 

【事例2】 デルタ航空(Delta Air Lines, Inc.)

デルタ航空もCX改善に活かす体制を整えている。同社は、CX分析プラットフォームを導入し、Web、ソーシャルメディア、モバイルアプリ、コンタクトセンターなど複数のチャネルから顧客フィードバックを収集・分析している。これにより、リアルタイムで顧客体験を把握する仕組みを構築している。

特筆すべきは、現場経験を持つ社員をデータ分析人材として育成し、配置している点だ。現場で顧客の声に直接触れてきた人材だからこそ、テキストに表れない“温度感”を読み取り、顧客の声のポジティブ/ネガティブを判断することができる。外部の分析専門家に委託するのではなく、業務を理解した社内人材に分析スキルを付与して顧客理解を深めているという点で示唆に富む取り組みである 5

4 みずほファイナンシャルグループ『行内外の声・組織横断革新モデルが「2023 CRMベストプラクティス賞」「大星賞」をダブル受賞』(2023年12月21日)

株式会社プラスアルファ・コンサルティング(ミエルカENGINE)「みずほ銀行様の導入背景と活用について

株式会社プラスアルファ・コンサルティングプレスリリース『見える化エンジン導入企業であるみずほ銀行が、「2023 CRM ベストプラクティス賞」「大星賞」を受賞しました』(2023年12月6日)

5 SAP “Generative AI Takes Employee Experience at Delta Air Lines to New Heights”(2023年9月6日)

・CallMiner “Unlocking customer insights with AI”(2025年7月1日)

・MartechView “CASE STUDY: Delta Air Lines Soars with Stravito Insights Platform”(2024年10月16日)

・Medallia “Delta Air Lines adopts Medallia to measure billions in customer experience investments”(2015年9月30日)

・Georgia State University “Delta Analytics Academy Creating New Career Paths for Delta Air Lines Employees”(2022年10月4日)

Ask:聞きたいことを、問いを立てて聞く

Askは、アンケートやインタビューを通じて意見を収集する方法である。例えば、半年〜年1回行われるリレーショナル調査では、企業全体への信頼感や関係性の深さを測定する。一方、契約手続きやサポート利用直後に実施されるトランザクショナル調査では、特定の接点における顧客体験をリアルタイムで把握する。

【図表3】リレーショナル調査とトランザクショナル調査の違い

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NTTデータ経営研究所が作成

【事例3】 東京海上日動火災保険株式会社

こうした調査にデジタルを組み合わせ、効率的かつ高精度なCX改善に活かしているのが東京海上日動火災保険株式会社である。同社は、CXプラットフォームを導入し、コールセンターやアンケートなど複数のチャネルから得られたデータを一元的に集約している 6

これらのデータは専任チームにて分析され、ダッシュボード上で可視化されることで、各部門が顧客体験の現状を定量的に把握し、改善施策の検討に活用できる体制を整えている。顧客の声が単なるフィードバックにとどまらず、経営判断を支える材料として活用されている点が特徴である。

さらに近年では、Askの手法のひとつとして、UGC(User Generated Contents)が注目されている。UGCとは、一般ユーザーによって生成された口コミ・レビュー・SNS投稿などのコンテンツを指す。

たとえば、飲食店を探す際の食べログのレビュー、本を購入する際のAmazonの商品評価、転職先を検討する際の情報プラットフォーム「OpenWork」の投稿などが代表例である。UGCは、小売業や飲食業界では先行して活用されてきたが、近年は保険業界でもその活用の潮流が見られる。

 

【事例4】Discovery(Discovery Ltd.)

南アフリカの大手保険会社であるDiscovery社では、第三者レビュープラットフォーム「Feefo」を活用し、投稿の信頼性を担保したうえで、顧客のリアルな声を社会的証明として活かすことに成功している。

実際に契約・購入した顧客にのみレビュー投稿を依頼し、レビューは肯定・否定を問わずすべて公式サイトにて公開している。同社では、自動車保険分野において平均4.3/5という高いサービス評価を獲得しており、第三者PF経由で収集された「認証済みレビュー」は、企業側の恣意的な介入が排除されているため、顧客からの信頼醸成に直結している 7

Listenはマクロ視点で社会に広がる声を俯瞰的にとらえる手法であり、Askはミクロ視点で顧客に直接問いかける手法である。その両者を組み合わせることで、顧客体験の全体像を多層的に把握することができる。

4.保険会社のCX向上の要諦

これらの事例から、CX向上を実現には2つ要諦があると読み取れる。①CXCoE(Center of Excellence)の存在および②顧客の声を「見える化」する仕組みである。

① CXCoEの存在

CXCoEは、全社のCX向上の旗振り役として、顧客の声を収集・分析、改善施策の立案、実行支援までを一貫して担う組織である。

【事例5】国内損害保険会社

ある損害保険会社ではCX戦略部が中心となり、「社内外データの統合・可視化」をミッションに掲げ、カスタマーデータプラットフォーム(CDP)を構築した。社内に蓄積された契約・顧客・行動データなどを統合し分析することで、顧客理解の深化とマーケティング精度の向上を図っていると公表している。

分析で得られた知見は、経営層の意思決定や現場部門の改善活動に活用され、データを起点に経営と現場をつなぐ仕組みとして機能している。さらに、CX向上を全社的なテーマとして推進するため、マーケティングや営業、商品企画などの関係部門が参加する部門横断のタスクフォースを立ち上げている。共通のデータ基盤を活用しながら、各部門が連携して施策を検討・実行することで、組織全体で顧客体験価値の向上を図っている。

② 顧客の声「見える化」の仕組み

CX向上には、社内の体制整備に加え、顧客の声を可視化し、常時状況を関係者全員が把握できるプラットフォームがあることが望ましい。

通常、担当者がデータを分析し、レポートを作成、経営に報告し、対応方向性を議決するのに、2~3カ月かかる。しかし、その間にも不平・不満を抱えている顧客は、日々その感情と共に過ごしており、企業側には危機感を持つ必要がある。

【事例6】海外生命保険会社

例えば、当社がコミュニケーションを取っている海外某社では、顧客アンケートの集計・分析・従業員へのフィードバックまでを一貫して行うCX管理プラットフォームを自ら開発し活用している。同プラットフォームでは、顧客の性別・世代・居住地などの属性とあわせてアンケート結果を分析し、その内容を従業員にフィードバックしている。また、NPS 8 が低い顧客に対しては、フォローアップや低評価の理由の深掘りを行い、その後の行動(再訪・再契約など)を継続的に追跡している。

さらに、タッチポイントや地域ごとにNPSを可視化し、各部が解決すべき課題を明確化している。このように、社内全体で言語化された顧客の声を把握し、自らの業務に意識的に反映できるインフラを整えることが、全社的なCX戦略の第一歩となる。

8 「Net Promoter Score」の略。顧客ロイヤルティ(商品やサービスに対する信頼・愛着)を測る指標

5.保険会社ならではの顧客接点・陥りがちな状況と対応策

保険会社との関わりにおいて、顧客は営業、カスタマーセンター、契約・保全、保険金支払など、さまざまな部署の担当者と、さまざまなきっかけ・タイミングで接点を持つ(図表5)。

このように部署ごとに接点の目的や関与するタイミング・目的が異なるため、顧客のカスタマージャーニーが断片化しやすく、顧客からみた体験の連続性を損ないやすい。

その結果、一部門で優れた体験を提供しても、企業全体のサービスとして認識されにくく、「営業では良い対応を受けたが、保全手続きはイマイチ」といったような体験が生じやすい。

【図表5】顧客と保険会社の在り方

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NTTデータ経営研究所が作成

したがって、長い時間軸で顧客体験を捉え、全社として一貫した体験を提供できるよう、カスタマージャーニー全体を俯瞰して、CXを設計・管理する組織の存在が不可欠である。保険会社のCX戦略部門(CXCoE)には、経営戦略に基づく施策の策定や現場への浸透を図る「縦軸」の機能に加え、現場部門全部署での体験をつなぐ「横軸」の視点が必要である。

保険会社特有の重厚かつ長大なカスタマージャーニー全体を俯瞰し、設計・管理するこの横軸機能こそが、保険会社のCX戦略部門ならではの役割といえる(図表6)。

【図表6】 保険会社のCXとCXCoEの役割

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NTTデータ経営研究所が作成

おわりに

ここまで、他社の事例を踏まえながら、保険会社における顧客の声(集める声)を活用したCX向上のアプローチ、保険業界ならではの難所・乗り越え方を整理してきた。

CX向上は、単なる顧客満足度向上の取り組みではなく、顧客と企業の長期的な関係性を育てるための経営テーマであり、より良いCXを提供するためには、顧客の声に耳を傾けることが必要となるのだ。

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