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Insight
経営研レポート

【第2回】VUCA時代を勝ち抜く力
~ウェルビーイング経営がもたらす価値~

2025.06.11
ビジネストランスフォーメーションユニット
シニアマネージャー   植田 順
シニアコンサルタント  藤井 優輝
コンサルタント     大森 楓斗
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はじめに

本連載は、「ウェルビーイング経営」をテーマに全3回で構成している。第1回では、VUCA時代の経営課題を背景に、ウェルビーイング経営の基本的な考え方とその全体像、関連する経営概念との関係性を解説。第2回目となる今回は、具体的にどのような「価値」をもたらすのかを、さらに深く掘り下げていきたい。特に、① 変化への適応力と創造性の獲得、② 人材獲得競争力の強化とリテンション(定着)、③ 社会からの信頼獲得という3つの重要な観点から、そのメカニズムとインパクトを詳細に解説する。

なぜ、ウェルビーイング経営が今必要なのか?

ウェルビーイング経営は、単なる流行や理想論ではない。現在のように予測困難で変化の激しい時代において、企業が生き残り、持続的に成長するための具体的な経営戦略なのである。それは、変化に対して強くしなやかな「レジリエントな組織」を内部から創り上げ、第1回で述べたような深刻な経営課題を根本から解決する力を持つからである。その具体的な価値を以下に詳述する。

ウェルビーイング経営が生み出す価値 ① VUCA時代に対応する適応力と創造性の獲得

現在、企業に最も求められるのは、過去の成功体験に固執せず、常に変化する状況に俊敏に対応し、自ら新しい問いを立て、斬新な解決策を生み出し続ける組織的な能力である。ウェルビーイング経営が重視する「ウェルビーイング資本」(個人の健康、組織の関係性、個人の自己実現など)は、まさにこの変化対応力と創造性を組織内部から生み出すための鍵となる。

イノベーション・変革の土壌:「心理的安全性」の醸成

新しいアイデアやイノベーション、環境変化への対応力である「変革する力」は、統制された環境からではなく、社員が失敗を恐れずに自由に意見を表明し、建設的な議論ができる環境から生まれる。この環境こそが、近年注目されている「心理的安全性」である。心理的安全性が確保された組織では、社員は「こんなことを言ったら馬鹿にされるのではないか」「否定されるのではないか」「自分の立場が不利になるのではないか」といった不安を感じることなく、率直な意見や素朴な疑問、常識にとらわれない斬新なアイデアを表明することができる。これは、変化の微妙な兆候を早期にとらえ、多様な視点を取り入れて本質的な解決策を探る上で、不可欠な組織的土壌となる。この心理的安全性の根幹をなすのが「信頼に基づく関係性」である。互いを一人の人間として尊重し、たとえ意見が異なっていても頭ごなしに否定せず理解しようと努め、相手が自分を不当に扱ったり、不利になるように情報を利用したりしないという相互の確信があって初めて、人は安心して自己を開示し、リスクを取る(例えば、前例のない提案をする、異論を唱えるなど)ことができるのだ。ウェルビーイング経営における「組織のウェルビーイング(良好な関係性・心理的安全性)」のマネジメントは、まさにこのイノベーションの土壌を耕すことに他ならない(図1)。

【図1】企業の創造力を支える組織のウェルビーイング

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創造性のエンジン:「内的モチベーション」の獲得

創造性を真に発揮し、予期せぬ困難を乗り越えて新しいことを成し遂げるためには、給与や昇進といった「外的な報酬」だけでなく「内的モチベーション」、すなわち「自分自身の内側から湧き出る意欲」が極めて重要である。ハーバード・ビジネス・スクールのテレサ・アマビール教授が指摘するように、創造性は「専門性(知識・技術)」「創造的思考スキル(柔軟な発想力)」そして「内的モチベーション」の3つの要素から構成される。特に、新しいことへの挑戦は予期せぬ障害や困難がつきものであり、それを乗り越えるための粘り強さや情熱は、金銭的な報酬だけでは維持しにくいものなのだ。「この仕事自体が好きだ」「社会の役に立ちたい」「自分の成長に繋がる」「この課題を解決する必要がある」といった、個人の価値観や興味関心に根差した内的モチベーションこそが、創造的な活動を持続させる強力なエンジンとなるのである。ウェルビーイング経営における「個人のウェルビーイング(自己実現・働きがい)」のマネジメントは、社員一人ひとりが仕事を通じて自己実現を果たし、成長を実感できるような機会を提供し、キャリア自律を支援すること※を通じて、この不可欠な内的モチベーションを高めることを目指している(図2)。

※詳細は連載第3回目で解説

【図2】創造性を高めるに必要な内的モチベーション

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掛け合わせの効果:新しいことを生み出し続ける仕組み

心理的安全性が確保され、信頼に基づいた関係性が根付いた「場」(組織のウェルビーイング)と、自己実現への意欲と仕事への情熱(内的モチベーション)に溢れた「個人」(個人のウェルビーイング)。この二つが掛け合わされることで、組織は初めて「新しいことを生み出し続ける力」、すなわち持続的なイノベーション能力を獲得する。このような組織では、社員は安心して新しい挑戦をし、失敗から学び、互いに刺激し合いながら、自律的に課題解決や価値創造に取り組むようになる。これこそが、VUCA時代を勝ち抜くための「変化に強い組織」「最強組織」の本来の姿である。そして忘れてはならないのが、これらの活動を支える最も基本的な土台である「個人の健康(心身の健康)」である。ウェルビーイング経営では、心理的安全性が確保された「場」、内的モチベーションに溢れた「個人」、そしてその基盤となる「個人の健康」という3つのウェルビーイング資本を、従来の財務資本や物的資本と同様に重要な経営資本として明確に位置付け、戦略的にマネジメントすることで、「変化に強い組織」と「最強組織」を着実に構築していくことが可能になる(図3)。

【図3】ウェルビーイングで新しいことを生み出し続ける土壌をつくる

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ウェルビーイング経営が生み出す価値 ② 人材獲得競争力の強化とリテンション

労働人口が減少し、人材獲得競争が激化する現代において、特にZ世代などの若い世代は、単に高い報酬や安定した地位を求めるだけでなく、働きがい・成長機会・社会貢献といった、より本質的な価値を企業に求める傾向が強まっている。彼らは、自分の価値観と合致し、社会に対してポジティブな影響を与えていると実感できるパーパス経営をおこなっている企業や、自分らしく心身ともに健康に、活き活きと働くことができる環境(ウェルビーイング)を重視する。

ウェルビーイング経営を実践し、社員が身体的・精神的・社会的に満たされ、安心して能力を発揮し、成長できる魅力的な職場環境を提供することは、このような価値観を持つ優秀な人材を引きつけ、彼らに長く活躍してもらう(リテンション)ための強力な武器となる。人材の獲得と定着は、もはや人事部門だけの課題ではなく、企業の持続可能性を左右する極めて重要な経営課題であり、ウェルビーイング経営はその有効な解決策となりえるのだ。

ウェルビーイング経営が生み出す価値 ③ 社会からの信頼獲得

ウェルビーイング経営の実践は、組織内部の活性化に留まらず、社外からの評価、すなわち企業のレピュテーションやブランド価値、ひいては企業価値全体にもポジティブな影響を与える。

ESG投資への対応

近年、国内外の投資家は企業の財務情報だけでなく、ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みを投資判断の重要な基準とするようになった。社員のウェルビーイングは、「S(社会)」における重要な構成要素であり、人権尊重、ダイバーシティ&インクルージョン(DE&I)、働きがい、労働慣行といった側面から厳しく評価されている。ウェルビーイング経営への積極的な取り組みと、その成果の適切な情報開示(人的資本開示など)は、ESG評価を高め、投資家からの信頼を得て、資金調達を有利にする可能性がある。

ステークホルダーからの期待と信頼

企業を取り巻くステークホルダーは投資家だけではありません。顧客は、倫理的に正しい活動を行う企業や、社員を大切にする企業から商品やサービスを購入したいと考える傾向が強まっている(エシカル消費)。地域社会も、雇用創出や良好な労働環境の提供を通じて地域に貢献してくれる企業を支持している。そしてもちろん、社員自身とその家族も、社員の心身の健康と幸福(ウェルビーイング)を真剣に考え、支援してくれる企業で働くこと、あるいは家族が働くことを望んでいる。これらの多様なステークホルダーからの期待に応え、長期的な信頼関係を築くことは、企業の持続的な発展に不可欠であり、ウェルビーイング経営はその基盤となる。

レピュテーションリスクの低減とブランド価値向上

劣悪な労働環境、各種ハラスメント、長時間労働、メンタルヘルス不調者の増加といった問題は、ひとたび露見すれば、SNSなどを通じて瞬時に拡散し、企業の評判を著しく損なう深刻なリスク(レピュテーションリスク)となる。ウェルビーイング経営を通じて、社員が心身ともに健康で、安心して働ける健全な職場環境を構築することは、これらのリスクを未然に防ぎ、あるいは低減することにも繋がる。さらに、社員を大切にするポジティブな企業イメージを醸成し、社会からの共感を呼ぶことで、無形の資産であるブランド価値を高める効果も期待できるのだ。

国際規格 ISO 25554:2024への対応

2024年11月には、「高齢化社会~地域や企業等でウェルビーイングを推進するためのガイドライン(ISO 25554:2024)」が発行された。これは、ウェルビーイングの推進が、もはや個々の組織の自主的な取り組みというレベルを超え、国際的な標準として認識されつつあることを示している。今後、この規格が企業の経営活動や提供する事業・サービスが、人々のウェルビーイングにどのように貢献しているかを評価する際の、国際的な基準となることが考えられる。そのため、企業がこのガイドラインに沿った取り組みを積極的に進めることは、グローバルな視点からも評価され、海外でのサービス・商品の拡販や、グローバルな投資家からの資金調達においても有利に働くことが期待される。

おわりに

今回は、ウェルビーイング経営が単なる努力目標ではなく、VUCA時代を乗り切るための具体的な経営戦略であることを、それがもたらす価値の側面から解説した。ウェルビーイング経営は、① 心理的安全性を醸成し、内的モチベーションを引き出すことで、組織の変化適応力と創造性を飛躍的に高め、② 働きがいや成長を重視する現代の人材を惹きつけ、定着させることで、人材獲得競争における優位性を確立し、③ ESG投資家、顧客、地域社会、社員といった多様なステークホルダーからの信頼を獲得し、レピュテーションリスクを低減することで、企業価値全体の向上に貢献する。そのため、ウェルビーイングへの投資は、未来への最も確かな投資の一つと言えるだろう。

次回、連載第3回では、このウェルビーイング経営をどのように組織に導入し、具体的な成果へと繋げていくのか、その実践的なステップと仕組みについて詳しく解説する。「3つのマネジメントサイクル」「コモングラウンド」「新しい価値創造の仕組み」といった核心的な要素をどのように構築し、運用していくのか、そして導入を成功させるための基盤となる考え方を紹介したい。

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