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Insight
経営研レポート

【第1回】なぜ今ウェルビーイング経営なのか?

2025.05.30
ビジネストランスフォーメーションユニット
シニアマネージャー   植田 順
シニアコンサルタント  藤井 優輝
コンサルタント     大森 楓斗
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現代は、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった「VUCA」と呼ばれる、予測困難な変化が常態化した時代となっている。かつての「固定的」で「確実・予測可能」だった世界は、「変動的・流動的」で「不確実・予測不能」、そして「複雑・広い」関係性の中で「前代未聞・問いをつくる」ことが求められる世界へと変貌した。従来の経験則や成功パターンが通用しにくくなる中、企業が持続的に成長し、かつ社会からの期待に応え続けるためには、経営のあり方そのものをアップデートする必要がある。

本連載では、これからの時代の重要な経営アジェンダとなる「ウェルビーイング経営」について、全3回にわたって解説したい。なお、ウェルビーイング経営とは、単なる健康増進施策ではなく、社員一人ひとりの身体的・精神的・社会的な幸福、すなわちウェルビーイングを、企業の持続的成長と価値創造の源泉となる重要な経営資本ととらえ、それを戦略的に最大限活かすことで、変化にしなやかに対応できる組織を築き、持続的な成長を目指す新しい経営アプローチである。

  • 第1回では、「なぜ今ウェルビーイング経営なのか?」という問いから始め、VUCA時代の経営課題とウェルビーイング経営の強い必要性、そしてその本質と全体像、関連する経営概念との関係性を深く掘り下げる。

  • 第2回では、ウェルビーイング経営がVUCA時代において具体的にどのような価値をもたらすのか、特に企業存続の鍵となる「変化への適応力と創造性」、人材獲得競争を勝ち抜くための「人材獲得と定着」、そして企業評価を左右する「社会からの信頼」という3つの観点から、そのメカニズムと効果を解説する。

  • 第3回では、ウェルビーイング経営を単なる理念に終わらせず、組織に確実に実装し、事業価値へと繋げるための具体的な実践方法として「3つのマネジメントサイクル」「コモングラウンド」「新しい価値創造の仕組み」について、その詳細な内容と導入に向けた実践的なステップ、そして成功のための基盤となる考え方を紹介したい。

本連載が、VUCAという未曾有の時代を乗り越え、持続的な成長と社会への貢献を実現するための経営戦略である「ウェルビーイング経営」への理解を深め、企業の変革の一助となることを願っている。

はじめに

第1回となる今回は、ウェルビーイング経営が現代においてなぜ不可欠な経営アジェンダとなっているのか、その背景にある深刻な経営環境の変化と構造的な課題を掘り下げたい。そして、ウェルビーイング経営の本質的な定義とその全体像、さらに「健康経営」や「人的資本経営」といった関連する経営概念との関係性を明確にすることで、その独自性と重要性を明らかにする。

激動の時代における経営のドライバーとしてのウェルビーイング

私たちは今、かつてないほどの速度と規模で変化が進む時代を生きている。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)―これらの頭文字を取って「VUCA」と呼ばれるこの時代は、2025年のトランプ政権の誕生後にも代表されるように、従来の経験則や成功パターンが通用しない「前代未聞」の状況が常態化している。かつてはプレイヤーや市場動向が比較的固定的で予測可能であり、前例に倣えばうまくいく「答えがある世界」であった。しかし、現在はあらゆるものが変動的・流動的であり、不確実・予測不能、そして関係性が複雑に絡み合い、常に「問いをつくる」ことが求められる時代となっている。このような予測困難な経営環境において、企業が環境に適応し、持続的な成長を遂げるためには、変化に柔軟かつ迅速に反応し、常に新しい価値を創造し続ける機能が不可欠である(図1)。

【図1】VUCAの時代は常に前代未聞の時代

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また、社会全体の価値観も大きく変化している。企業は、短期的な利益追求だけでなく、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)といったESG要素への配慮や、SDGs(持続可能な開発目標)達成への貢献を強く求められている。特に、顧客は倫理的に正しい活動から生み出された商品・サービスを積極的に選択する傾向を強め(エシカル消費)、投資家は社会的責任を果たさない企業への投資を控えるようになっている。また、国内においては、急激な労働人口の減少という構造的な問題に加え、個人の価値観やライフスタイルが多様化し、働き方の柔軟性や「人的資本」の重要性が再認識されている。特にZ世代を中心とする若い世代においては、社会課題解決への貢献をキャリアに求める傾向がある。そのため企業は、社員一人ひとりの能力を最大限に引き出し、エンゲージメントを高める経営が不可欠となっている(図2)。

【図2】ウェルビーイングへの貢献・責任が求められる企業

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このような複雑で要求水準の高い時代背景のもと、次世代の経営課題として注目を集めているのが「ウェルビーイング(Wellbeing)」であり、また、それを経営資本と考える「ウェルビーイング経営」である。ウェルビーイングとは、単なる心身の健康を超え、精神的、社会的にもすべてが満たされる等、人が生きているもしくは生活している中での主観的状態の尺度を指す。そして「ウェルビーイング経営」とは、社員・組織で良好なウェルビーイング状態が維持されていることを企業の持続的成長と価値創造の源泉となる重要な経営資本と位置づけ、変化に強く柔軟な組織の構築と持続的成長を目指す、新しい経営アプローチなのである。これは単なるトレンドではなく、今の時代を乗り越え、未来を切り拓くための経営戦略なのだ。

VUCA時代の経営課題とウェルビーイング経営

企業を取り巻く経営環境が激しく変化する中、多くの企業が共通して以下のような構造的な課題に直面している。これらの課題の本質は、単なる制度や戦略レベルの問題ではなく、組織と人との関係性のあり方そのものに起因しており、ウェルビーイング経営の視点は、これらの根深い課題解決に不可欠な鍵となる。

課題1:変化し続ける仕組み(イノベーション)をつくることの難しさ

多くの企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)、業務改革、働き方改革などに着手するものの、組織に変化が根付かず一過性のプロジェクトに終わり、継続的なイノベーションを生み出す仕組みの構築には至っていないケースが散見される。その背景には、制度やテクノロジーを導入しても、現場でそれを運用し変化を駆動する「人」の学習意欲、創造性、そして協働を促す土壌が欠けているという本質的な問題があるからだ。本質的な変化はトップダウンの指示だけでは生まれず、現場社員が自律的に課題を発見し、学び、試行錯誤し、互いに協力するプロセスから生まれる。そのプロセスをつくりだすためには、社員が安心して意見を述べ、挑戦し、失敗から学べる環境(心理的安全性の確保)、互いを信頼し支え合えるチーム関係、仕事への意義や目的意識(内的モチベーション)が不可欠である。これらはまさに、ウェルビーイング経営が重視する「組織の関係性」や「個人の働きがい・自己実現」と深く関わっており、良好なウェルビーイング状態を維持できる組織風土こそが、変化し続ける仕組みを内側から生み出す原動力となる。

課題2:多様な人材と多様な働き方ができる環境の構築

労働人口の減少と価値観の多様化が進む現代において、企業は「どのような人材に、どのように活躍してもらうか」という問いに対して真正面から向き合う必要がある。特にZ世代をはじめとする若手人材は、報酬や待遇だけでなく、企業のパーパス(存在意義)への共感、仕事を通じた成長実感や社会貢献、そして自分らしく健康に働ける環境(ウェルビーイング)を、就職先選択や定着の重要な判断基準としている。また、リモートワーク、フレックスタイム、副業・兼業などの多様で柔軟な働き方への対応も、人材確保・定着のために不可欠である。しかし、単に多様な制度を導入するだけでは不十分であり、重要なのは、異なる背景や価値観を持つ人々が互いを尊重し、その違いを組織の力として活かし合えるインクルーシブな文化と、それを支える良好な人間関係が職場に根付いているかどうかだ。ここでも、社員一人ひとりの心身の健康状態、組織との繋がり(所属意識)、仕事への納得感といった、組織と人との関係性のあり方の見直し、すなわちウェルビーイングの視点が、多様性を受け入れ活かすための基盤として不可欠となるのである。

課題3:社会とともに価値を創造する企業への転換

現代の企業は、単に経済的な利益を追求する存在から、社会課題の解決に貢献し、社会全体の持続可能性を高める一員としての役割を強く期待されるようになっています。企業のESGに対しての責任の拡大、人的資本に関する情報開示の義務化、SDGsへの貢献要請などは、企業に対して「自社の事業活動が社会や環境、そして人々のウェルビーイングにどのような影響を与えているのか」という問いを突きつけている。消費者や投資家、そして将来を担う世代は、企業のパーパス(存在意義)や社会に対する姿勢に敏感であり、それが企業の評価や信頼、ひいては競争力に直結する時代だ。社会との良好な関係性を築き、社会とともに価値を創造していくためには、まず企業の内側、すなわち組織と社員の関係性が健全であることが大前提となる。社員自身が心身ともに健康で、安心して働き、自分の仕事に誇りと意義を見出し、組織との間に信頼関係を築けている状態(=社員のウェルビーイングが高い状態)があってこそ、企業は自信を持って社会に向き合い、より大きな価値を提供することが可能になるのである。すなわち、内なるウェルビーイングの充実が、外に向けた価値創造の基盤となるのだ。

これら3つの構造的課題は、一見すると個別の問題に見えるが、その根底には共通して「組織と人の関係性の再構築」というテーマが横たわっている。従来のような、企業が戦略を策定し、社員がそれに従うというトップダウン型・管理型の関係性では、変化の激しい時代に対応し、多様な人材を活かし、社会からの期待に応えることはもはや困難である。今後求められるのは、組織と個人が互いを尊重し合う対等なパートナーとして、共通の目的(パーパスやビジョン)に向かって協力し、共に価値を創造していく「共創型」の関係性である。そして、この新しい関係性を支える土台こそが「ウェルビーイング」なのだ。

ウェルビーイング経営の全体像:見えない資本の可視化と活用

ウェルビーイング経営とは、一言で言えば、企業内に存在する「目に見えない資本」としての良好なウェルビーイング状態を重要な経営資源として認識し、戦略的に投資・活用していく新しい経営手法である。

従来の経営では、財務資本や物的資本といった「見える資本」が主に管理および投資の対象とされてきた。しかし、ウェルビーイング経営では、社員の心身の健康状態、仕事への意欲や自己実現の度合い、そして組織内の人間関係や信頼といった、これまで数値化されず顕在化されていなかった「見えていなかった資本」こそが、企業の持続的な成長と価値創造の真の源泉であると考える。この見えない資本を可視化し、マネジメントの対象とすることで、離職、生産性の低下、創造性の欠如といった潜在的なリスクを低減し、組織の持つポテンシャルを最大限に引き出すことを目指す。

WHO(世界保健機関)はWHO憲章で健康を「Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.(健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいう)」と定義している。企業活動の文脈において、この「社会的健康(Social well-being)」は、社員が多くの時間を過ごす就労環境そのものと深く関わっている。一般社団法人 社会的健康戦略研究所では、この「社会的健康」を地域と就労の2つに分けて考えている(図3)。良好な人間関係、互いを尊重し協力し合える組織風土、公正な評価、安全な職場環境といったポジティブな就労環境が、「社会的健康(就労)」を支え、社員一人ひとりのウェルビーイングを実現する。ウェルビーイング経営は、企業の経営手法であると同時に、社会全体の健康や健全性を創出する活動でもあるのだ。

【図3】ウェルビーイング経営の位置づけ

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従来のマネジメントでは、主に利益最大化のための事業施策に焦点が当てられてきた。しかし、その根底にある社員のウェルビーイングの状態が悪化すると、離職、生産性の悪化、創造性の悪化といった問題が発生し、結果的に利益においても悪影響を及ぼす。これらの問題は、根本原因であるウェルビーイングの低下から「遅れて」表面化するため、見過ごされがちであった。ウェルビーイング経営では、このマネジメント範囲を拡張し、「個人の心身の健康」「組織のウェルビーイング(良好な関係性・心理的安全性)」「個人のウェルビーイング(自己実現・働きがい)」という3つの要因を、利益創出の基盤となる重要な資本として捉え、積極的に管理・投資・活用していく。これにより、変化に柔軟かつ迅速に対応し、常に新しい価値を創造し持続的な価値創造サイクルを構築することを目指すのである(図4)。

【図4】マネジメント範囲の拡張とウェルビーイング資本

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ウェルビーイング経営と健康経営、人的資本経営

ウェルビーイング経営は、健康経営、人的資本経営と包含、相互補完の関係である(表1)。

【表1】健康経営、人的資本経営とウェルビーイング経営

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健康経営との関係性

健康経営は、主に社員の疾病予防や疾病改善といった意味での健康を維持・改善することに力点を置いてきた。これに対し、ウェルビーイング経営は、健康経営の取り組みを包含し、それを土台としつつ、さらに「プラスの状態(活き活き、自己実現、良好な関係性)」を最大化し、それを組織の力へと転換していくといった、より広範で戦略的な経営アプローチであると言える。そのため、健康の維持(衛生要因)に留まらず、精神的・社会的な充足感や変化への適応力向上を目指している。

人的資本経営との関係性

人的資本経営は、社員を「資本」として捉え、スキル開発、人材育成、エンゲージメント向上などを通じてその価値を最大限に引き出し、企業価値向上を目指す経営戦略である。近年、非財務情報の開示が重視される中で、投資家などへの説明責任という側面も強まっている。ウェルビーイング経営と人的資本経営は、社員の良好なウェルビーイング状態を重要な資本と捉える点で共通の基盤を持ち、相互に補完し合う関係にある。ウェルビーイング経営は、人的資本経営の効果を最大化するための基盤を提供するものと捉えられる。なぜなら、社員のウェルビーイングが低い状態では、いくらスキル開発や制度整備に投資しても、その能力を十分に発揮することは困難だからである。心身の健康が損なわれ、心理的安全性が低い職場では、創造性や生産性は低下し、人的資本の価値はむしろ毀損されてしまう。したがって、人的資本経営を効果的に推進するためには、社員一人ひとりのウェルビーイング向上に積極的に投資していくことが不可欠なのだ。両者は対立する概念ではなく、連携させることで社員のウェルビーイングと企業の持続的成長の両立を可能にする。

ウェルビーイング経営が目指すゴール

ウェルビーイング経営が最終的に目指すゴールは、単に社員満足度を高めることではない。それは、社員一人ひとりがウェルビーイングを実感しながら能力を最大限に発揮し、組織全体として変化に対してしなやかに対応しながら新しい価値を創造し続けることであり、企業理念を実現し、経営課題を解決し、ひいては持続的な成長を達成することである。さらに、企業が社員のウェルビーイングを高める活動を通じて、社会全体のウェルビーイング向上にも貢献するという、より大きな視点も含まれている。

おわりに

今回は、ウェルビーイング経営がなぜ現代において不可欠な経営戦略なのか、その背景にある時代的特性と、企業が直面する構造的な課題(イノベーション創出の困難、多様な人材活躍の要請、社会との価値共創への転換)を解説した。そして、ウェルビーイング経営の本質が「見えない資本」の戦略的活用にあること、WHOの健康定義に基づくその広範なスコープ、健康経営や人的資本経営との補完的な関係性も明らかにした。ウェルビーイング経営は、従来のマネジメント範囲を拡張し、個人の健康、組織の関係性、個人の自己実現という3つの資本に投資することで、企業の持続的成長と社会貢献を目指す根源的なアプローチなのである。

次回の【第2回】では、「なぜ、今、ウェルビーイング経営が必要なのか?」という問いをさらに深掘りする。ウェルビーイング経営が、企業の適応力と創造性をどのように高めるのか、人材獲得競争においていかに優位性をもたらすのか、そして社会からの信頼をいかにして獲得するのか、その具体的なメカニズムと効果について解説したい。

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