logo
Insight
経営研レポート

世界有数の金融イベント「Singapore Fintech Festival」で得た示唆から読み解く、組み込み型保険の最新動向(前編)

~海外プラットフォーマーの事例と日本市場への展望~
2025.03.06
クロスインダストリーファイナンスコンサルティングユニット
コンサルタント  叶 ちひろ
heading-banner2-image

はじめに

筆者が所属するクロスインダストリーファイナンスコンサルティングユニット(以下、「XFCユニット」)は、「Singapore Fintech Festival」1(以下、「SFF」)の開催初年(2016年)から継続してコンサルタントを派遣し、現地金融機関のラボ往訪や公的機関との情報交流などを積極的に行っている。

SFFは、シンガポール金融管理局(MAS)などが主催する世界有数の金融イベントであり、金融事業者、政府・団体、テクノロジー企業が相互にコラボレーションすることを目的としている。2024年は「2025年度に向けた洞察」として以下の6つのテーマが取り上げられ、3日間で延べ65,000人超が来場した(図1)。

2024年SFFの主要テーマ

内容

① Roadmap for AI & Quantum:

AI・量子を活用した金融サービスの展開とサイバーリスクへの対処

② Blueprint for Digital Assets:

デジタル資産のインターオペラビリティ(相互運用性)確立や規制

③ Next-gen Transactions:

G20が掲げるクロスボーダー送金の実現(決済システムの国際相互接続、ウォレット化)

④ Sustainability in Action:

資金供給を通じたSME 2 のグリーントランジション支援

⑤ Bridging the Financial Gap:

SMEへの融資、デジタル経済圏へのアクセシビリティの向上

⑥ Talent of Tomorrow:

起業家精神の醸成と量子・ブロックチェーン・Web3などのテーマ理解、スキルアップ

1 SSF Webサイト「SIGAPORE FINTECH FESTIVAL

2 Small- and Medium-sized Enterpriseの略で「中小企業」を意味する

【図1】2024年SFFの様子

content-image

撮影:NTTデータ経営研究所

XFCユニットは、過年度と同様に、日頃のコンサルティングテーマに関する示唆を得ることを目的として、2024年11月6日から8日までの3日間、同イベントに4名のコンサルタントを派遣した。本連載では、SFFに参加したメンバーが、以下のテーマについてそれぞれ複数回にわたり考察を示していく。

レポートテーマ

主な考察内容(予定)

「テーマ②×保険領域」

組み込み型保険における知見や最新のリスクに対応する保険のトレンド(例:運転特性に応じて保険料が変化する「テレマティクス保険」、世界的に拡大する災害リスクに対応するための保険会社の動向)などの知見を紹介し、日本市場での事業可能性を検討する

「テーマ①・⑤×B2B決済領域」

「商流・金流一体化」の視点から価値提供を行う、決済・金融機能を組み込んだエコシステムの形成について検討する

「テーマ③×クロスボーダー決済領域」

ASEANをはじめとするアジア地域でのインバウンド・アウトバウンド向け決済手段についての事例を紹介し、日本市場における決済事業者にとっての脅威や機会を考察する

「テーマ②×デジタル資産領域」

デジタル資産市場における新興企業、ノンバンク、ならびに伝統的金融機関の最新の取り組み状況を踏まえ、伝統的金融機関に求められる役割および事業機会を検討する

1. 組み込み型保険とは

SFFでの事例紹介に先立ち、「組み込み型保険」について概説する。組み込み型保険とは、「購買体験の中で、消費者に自然と保険加入してもらう」ことを目指した、デジタル中心の保険販売手法を指す。この組み込み型保険手法には、大きく分けて「プラットフォーマー介在型」と「保険会社起点型」の2つの提供方式がある(図2)。

■プラットフォーマー介在型

「プラットフォーマー介在型」とは、複数の保険会社と複数の顧客接点企業(例:ECサイト、モビリティサービス、旅行予約プラットフォームなど)の間にプラットフォーマーが介在し、それぞれをAPI 3 などで接続することで、保険商品を組み込む方法である。

この方式では、顧客接点企業は複数の保険会社の商品から最適なものを選び、自社の提供する商品やサービスと組み合わせて提供がしやすくなるというメリットがある。

■保険会社起点型

一方、「保険会社起点型」は、1つの保険会社が自らAPIなどを提供し、各顧客接点企業に自社保険商品を組み込む方法である。この方式は、顧客接点企業と保険会社が直接つながることができるため、顧客ごとによりカスタマイズされた保険商品の提供ができるというメリットがある。

3 Application Programing Interfaceの略。アプリケーションにおける2つの異なる要素(コンポーネント)を橋渡しし、情報をやりとりするためのツールやプロトコルをまとめたもの。さまざまな役割のサーバが連携する分散アプリケーションの構築や、アプリケーション間の連携を支援する

【図2】「プラットフォーマー介在型」と「保険会社起点型」の仕組み

content-image

NTTデータ経営研究所が作成

SFFでは、この2つの提供方式を念頭に、シンガポール発のグローバル・インシュアテックプラットフォーマーである「bolttech」4 社(プラットフォーマー介在型)と、世界各国で長い歴史と経験を持つ損害保険会社「Chubb」5 社(保険会社起点型)について、対比的観点から視察を実施した。以下に2社の講演内容から得られた示唆について、それぞれ述べる。

2. bolttech社の講演内容と提供サービスの特徴

2.1 bolttech社の講演内容:カスタマージャーニーを意識した商品提供

bolttech社が提供するサービスは、保険会社と顧客接点企業の間を仲立ちし、エコシステムとして機能するプラットフォーム型の保険サービスである。SFFにおける同社CEOの講演では「顧客の動きに合わせ、相手が望むタイミングで・望む商品を提供することが重要である」とのコメントが強調された。この発言からも、同社がカスタマージャーニーを意識した商品提供を重視していることを感じさせる内容が展開されていた。

2.2 bolttech社が提供するサービス:顧客中心の保険提供とシームレスな体験

同社は前述したCEOの発言を体現するように、顧客が簡単に保険を申し込めるだけでなく、複数の保険商品を比較できる「顧客中心」の保険サービスの提供を目指している。

例えば、自動車メーカーStellantis 6 社との取り組みでは、同社のWebサイトやアプリ上で複数の保険会社のプランを比較し、個人の運転スタイル(日常的に乗車するか否か、エコドライブ度など)に沿った自動車保険(テレマティクス保険など)を選択できるサービスを提供している。この仕組みにより、顧客は保険会社を選ぶ手間などが軽減され、よりシームレスな保険加入が可能となっている。

6 Stellantis社はPeugeot(プジョー)やJeep®(ジープ)、Maserati(マセラティ)などの14ブランドを展開する多国籍自動車メーカーである

3. Chubb社の講演内容と提供サービスの特徴

3.1 Chubb社の講演内容:企業の組み込み型保険導入のハードルを下げることを重視

Chubb社は「Chubb Studio」という、デジタル保険総合プラットフォームを提供している。その特徴は、顧客接点企業の接続方式として、APIだけでなく、SDK 7 やホワイトラベル 8 用のマイクロサイト 9 まで提供している点にある。これより、企業側にとって「保険サービスを組み込みやすい」ことが強みとなっている。

講演では、同社が複雑な保険業務の処理を引き受けることをポイントとして挙げており、「企業が組み込み型保険を導入するハードルを引き下げること」をいかに重視しているかがうかがえた。

7 Software Development Kitの略。少ない労力でWebサービスやソフトウェア、アプリケーション開発の際に必要となるプログラムやサンプルコード、さらに仕様書などがパッケージ化されたツール。開発者はSDKを使えば、ソースコードを構築する工数を削減したうえで、欲しい機能を簡単に自社サービスに実装できる

8 他社が開発・製造した商品やサービスを自社ブランドとして販売するビジネス手法

9 特定の目的やキャンペーンに特化した小規模なWebサイト。通常のメインサイトとは異なり、限定されたコンテンツや情報を提供するために作られる

3.2 Chubb社が提供するサービス:企業・顧客に応じた保険の設計と提供

同社は前述の通り、顧客接点企業の目線を重視し、企業の特性や提供する商品・サービスに合わせた保険の組成(設計)と、それを企業のプラットフォーム(アプリやWebサービス)にスムーズに組み込むための仕組みを提供している。ここでは、その例として2つ紹介したい。

① Grab社との連携:単一保険プランの提供

Grab社はシンガポール発の企業で、ユーザーに便利で一貫した体験(どのサービスを利用しても統一された高品質な体験)を提供することを目指した「スーパーアプリ」を提供している。そのスーパーアプリ内にて、Chubb社は定額かつシンプルな補償内容で、簡単な操作で加入できる乗車保険や旅行保険を提供している(図3)。

このように単一の保険プランを提供することで、顧客に「一貫した体験」を提供し、Grab社のスーパーアプリが目指す姿の構築に寄与していると考える。

【図3】Chubb Studioを用いたGrab社の乗車保険の加入フロー

content-image

出典:Grabアプリ

② Nubank社との連携:顧客ごとにカスタマイズした保険プランの提供

Nubank 10 社とは、ブラジル発のデジタルバンクであり、データとテクノロジーを活用し、業界の変革をリードする総合金融サービスプロバイダーである。

Chubb社は2020年より、Nubank社が提供しているアプリ上で生命保険、住宅保険、個人ローン保険などを提供している。特に個人ローン保険 11 については、ローン金額、分割回数、顧客プロフィールに基づいて保険料が算出され、3回以上の分割払いを選択した際に保険プランがレコメンドされる仕組みとなっている。

顧客は本レコメンド機能により、ローン返済中に伴うリスク(失業や死亡による返済不能など)を認識する。それらリスクに備える必要性を感じるため、保険に加入するという流れが生まれるのだ。このような「シームレスな保険加入」の実現が、他社との差別化要素となっている。

10 Nubank社:Webサイト(英語)

11 失業、障害、死亡によって収入が途絶えた場合のローン分割払いの支払いをカバーする、「債務返済支援保険」のことを指す

4. 海外プラットフォーマーの戦略比較と示唆

これらの海外事例を見ると、いずれのプラットフォーマーも、「顧客の保険加入体験における利便性を向上させる」ことで、顧客接点企業の収益向上や競争力強化に寄与しようとしている点では共通した取り組みといえる。

しかし、サービス提供方法に違いがあり、bolttech社は汎用的な提供を行っているのに対し、Chubb社は個社ごとの対応を行っている点で異なると考えられる。

前提として、顧客接点企業は、企業活動を継続・向上させるために、①「安定的な商品・サービスの購買行動による収益の維持・向上」、②「差別化された商品提供による企業競争力の向上」を目指していると考えられる(図4)。

【図4】顧客接点企業・組み込み先企業が求めることと海外事例

content-image

また、これら目標を実現するために、自社へのエンゲージメントを高め、継続的な購入を促す仕組みづくり(顧客ロイヤルティやLTVの向上など)に取り組んでいる(図4、5)。

【図5】プラットフォーマーとなる企業の差による保険の組み込み方の違い

content-image

NTTデータ経営研究所が作成

組み込み型保険はその取り組みの一環として用いられており、顧客接点企業が提供する商品・サービスの付加価値を高め、また長期的な保険契約に基づいた商品・サービスの購入による継続率の向上に寄与する効果が期待されている。

今回取り上げたbolttech社やChubb社の事例は、双方とも「顧客の利便性」や「シームレスな保険加入」を実現しており、顧客ロイヤルティやLTVの向上に向けた取り組みといえる。

ただし、bolttech社は、「顧客への価値提供」に注力し、どの企業が組み込み型保険を導入しても同じサービスが受けられるサービスの提供を行っている。一方Chubb社は、「顧客接点企業への価値提供」に注力し、個社ごとに組み込み方法(単一またはカスタマイズされた保険商品提供方法、API・SDKなどの組み込み方法など)をカスタマイズすることで、最終的な顧客にアプローチしているという点で異なっている。

この違いは「どの主体がプラットフォーマーになっているか」によるものであり、Chubb社のように各企業のニーズにカスタマイズしたサービス提供を行うことで、顧客接点企業の意見を取り入れやすくなり、保険会社もその意見に沿った商品開発が行いやすくなると考えられる。

現状、bolttech社のように複数の保険会社を束ねるプラットフォーマーは、顧客接点企業ごとに組み込み方法をカスタマイズできるようなプラットフォームを構築できていない。今後、どのプラットフォーマーがどのように自身の強みを打ち出していくのか、その動向について注目すべきである。

おわりに

これまで、SFFで視察してきた組み込み型保険のプラットフォーマーであるbolttech社とChubb社の事例、およびそれらの事例における考察をみてきた。次回は海外事例の内容を踏まえた上で、日本における組み込み型保険の現状や課題について、またそれらを基にした考察を述べる。

お問い合わせ先

株式会社NTTデータ経営研究所

クロスインダストリーファイナンスコンサルティングユニット

コンサルタント  叶 ちひろ

お問い合わせ先は こちら

TOPInsight経営研レポート世界有数の金融イベント「Singapore Fintech Festival」で得た示唆から読み解く、組み込み型保険の最新動向(前編)