はじめに
ここ数年、日本でも「ウェルビーイング(Well-being)」という概念が広く認知されるようになった。これは、ひとの幸福な状態(=「良い状態」)を表す。そのルーツは古くはギリシャ哲学にまで遡るが、現在では心理学などでも頻繁に取り扱われる概念となっている。数値化が難しいものの、可能な限り定量評価し、個人の健康づくりやQoL(Quality of Life)の向上に活かす試みが進んでいる。また指標化することにより、政策や組織経営に活用する機運も高まっており、ウェルビーイングの計測とマネジメント、いわゆる「経営」が急速にリンクしつつあるといえる。ウェルビーイングの計測が浸透すれば、健康経営の発展版として注目される「ウェルビーイング経営」についても、より高度化され、普及するのではと期待している。
ウェルビーイングは、あくまでもひとに適用される概念であり、その計測方法は大きく2つに分けられる。ひとつは「①アンケートによる主観的な計測」であり、もうひとつは「②各種センサーによるバイタルデータの計測」である(図1)。それ以外の客観データ(例:地域の所得水準、教育水準、風土・文化、治安など)は、ウェルビーイングを追求する上で影響を与える生活環境、政策遂行のための前提条件などとして位置づけられている。
各計測方法は技術の発展とともに進化し、さまざまな形で実運用が進められている。今後、①アンケートによる主観的な計測、②各種センサーによるバイタルデータの計測を組み合わせ、連携させることでより高度な計測の実現が、またそれらの相関性を用いた推計による計測コストの低減なども進んでいくだろう。
①アンケートによる主観的な計測については、生活満足度、国民満足度、QoLに加え、近年では「主観的ウェルビーイング(Subjective Well-being)」として、さまざまな手法で計測が行われている。また、各方面でその評価・活用の方策の検討が進められている。
②各種センターによるバイタルデータの計測については、現在、主に民間サービスとして、各種のバイタルセンサーの高度化(小型化、高機能化、低廉化)が進んでおり、各種計測アプリケーション(スマホアプリなど)の開発・運用も盛んである。これらは健康づくりに役立つツールとして、スポーツ愛好家や健康意識層を中心に浸透しつつある。
本稿では、前編と後編に分けてウェルビーイングの計測に関する近年の動向を整理し、最終的にマネジメント(経営)における活用の可能性について考察する。前編では①アンケートによる主観的な計測について、後編では②各種センターによるバイタルデータの計測についての整理を行い、さらにマネジメントにおける応用の可能性を考察したい。
1. ウェルビーイング(Well-being)とは
ウェルビーイングの計測を検討するにあたり、まず、その概念を整理する。主に心理学の分野で議論されているように、ウェルビーイングは、アリストテレスの用語を用いれば「エウダイモニア(生きがい)」と「ヘドニア(快楽、心地よさ)」の大きく2極により説明される(図2)。この2つの状態をどのようによりよく向上させるか、またそれらのバランスや組み合わせを個人の中でどのように最適化するかが、これまでの主な検討テーマだったと考えられる。また、ウェルビーイングをひとの「健康」と結びつける形で、「身体(肉体)だけではなく、精神面、社会面も含めた健康」と定義する場合もある 1。
この「ひとのウェルビーイング」という概念が、現在、社会や組織のマネジメント(経営)の究極的なアウトカム(成果)やゴール(目的)と結びつきつつあるのではないかという点が、本稿における問題意識である。
ウェルビーイングの質や要素に応じて計測方法も異なる。「心・精神・思考の状態」の計測には主にアンケートが用いられるが、「身体の状態」の計測にはアンケートに加え、近年では小型のセンサーなどが使用され、客観的に捉える手法も民間サービスとして普及しつつある(図3)。
2. アンケートによる計測と活用:主観的ウェルビーイング
現在、ウェルビーイングの計測の手法として主流なのは、アンケートにより個人の主観的な感情や生活満足度などを把握する方法である。これを目的別に整理すると、大きく4つに分類できると考えられる(図4)。これらは「主観的ウェルビーイング(Subjective Well-being)」と呼ばれ、個人の主観に基づく計測データであり、客観的な各種データや指標とは区別される。
以下に「心理学における研究」、「国際比較の視点からの検討・標準化」、「国による状況把握・政策活用」、「組織・地域のマネジメント」の各観点から、主観的ウェルビーイングの計測と活用事例をまとめ、それぞれについて考察する。
2.1. 心理学における研究の観点
1 )PERMAモデル
心理学における研究について、豊島、赤瀬(2022)2 などの先行研究を参考に、いくつかのモデルの概要を示す。まず、ポジティブ心理学を提唱したマーティン・セリグマン 3 らが開発したPERMAモデルを紹介する。
PERMAモデルは、Positive Emotion(ポジティブ感情)、Engagement(エンゲージメント、没頭) 、Positive Relationship(ポジティブな関係性)、Meaning(意味・意義)、Accomplishment(達成または成功)という5つの要素で構成され、それぞれの頭文字から名づけられている(図5)。このモデルでは、瞬間的に感じる幸福感(happiness)よりも、持続的な幸福(flourish)を重視している。
セリグマンは、持続的な幸福(flourish)を実現するために、この5つの要素に自尊心や楽観性などといった付加的要素を取り入れる必要があると述べている 4。このことから、彼の研究において、ウェルビーイングが単なる計測対象であるだけでなく、持続的な幸福(flourish)の実現方法についても模索されていることがうかがえる。
筆者としては、特にEngagementの要素に注目したい。日常生活や仕事上において何かに没頭し、夢中になれるかどうかを問う点がPERMAモデルの大きな特徴であると考える。
図6は、PERMAモデルを日本の職場向けにカスタマイズしたアンケート設問の一部を示している。
2 )SPIREモデル
次に、ベン・シャハー 5 らが開発したSPIREモデルの概要を示す(図7)。このモデルは、Spiritual(幸せな人生と感じていること)、Physical(心身ともに健康であること)、Intellectual(深い学びがあること)、Relational(自分自身と他人との建設的な関係があること)、Emotional(感動、楽観的でレジリエンスであること)という5つの要素で構成され、それぞれの頭文字から名づけられている。
SPIREモデルは、これら5つの要素が持続的に実現された状態(Whole Being)を目指し、心理的・精神的・感情的な観点に加え、身体的な評価も組み合わせ、複数の指標が持続的に高められている状態を評価する手法となっている。
例えば、調査票の設問 6 には、Intellectual(深い学びがあること)の観点で「Opening to experience.(自らの経験に開かれているか、5段階評価)」とあり、回答者に静かな深い内省を促す設計となっている 7。
3 )Mental Health Continuumモデル
次に、キーズ 8 らが開発したMental Health Continuum Short Form日本語版(MHC-SF)の概要を示す。もともと40項目の設問からなるMental Health Continuum(MHC-Long Form:LF)から、14項目の短縮版尺度(MHC-Short Form:SF)が開発された。
この指標は、精神的健康のポジテイプな側面を多元的に評価することを試みている。精神的健康は、「感情的ウェルビーイング」(Emotional well-being:EW)、「心理的ウェルビーイング」(Psychological well-being:PW)、「社会的ウェルビーイング」(Social well-being:SW)の3つの下位因子から捉えられている(図8)。特にPWにおいては、エウダイモニア(幸福主義)の観点が包含されている。
アンケートでは、直近の2週間や1カ月など、特定の期間が指定され、その状態を計測するように設計されている。計測方法の例としては、直近1カ月で「1. 全くない」、「2. (月に)1~2度」、「3. 週に1回」、「4. 週に2~3回」、「5. ほぼ毎日」、「6. 毎日」の6件法などが採用されている。
このモデルは、後述の通り、計測結果を分かりやすくするためのスケール(ものさし)が示されている点に特徴がある。
MHC-SFでは、計測結果は得点パターンによって「flourishing」、「moderate」、「languishing」という連続的状態に分類される(図9)。
「flourishing」とは活性感・活性化状態を示す。具体的には先述のEWの評価内容3項目のうち1項目以上、かつSWとPWを合わせた評価内容11項目のうち6項目以上で「ほぼ毎日」あるいは「毎日」と回答した高得点の者を指す。この状態は、人生に対してホジテイプな感情を強く感じ、心理的かつ社会的に機能していることを示している。
「languishing」は消耗感・消耗状態を示す。flourishingとは反対に、EWの評価内容3項目のうち1項目以上、かつSWとPWを合わせた評価内容11項目のうち6項目以上で「月に1‐2度」あるいは「まったくない」と回答した低得点の者を指す。この状態は、人生に対するポジティブな感情を欠き、心理的かつ社会的にうまく機能していないことを示している。
「moderate」は、flourishingとlanguishingのどちらにも分類されない中間状態を指す。
キーズによる1995年の調査では、flourishingの割合は全体の18.1%であり、この状態にある者はうつ病のリスクがlanguishingより約6倍低いことが示された。またflourishingでない者は死亡率が1.62倍高いことも示唆されており、心身の健康や寿命とも関連しているとされる。この連続的状態は、一つのスケール(ものさし)として、実際の計測に基づき、分かりやすい評価を行うことができるように設定されている。
4 )幸せの4因子
日本でも、心理学の分野において、幸福学、主観的ウェルビーイングの研究が盛んに行われている。ここでは、心理学におけるウェルビーイングの観点を定量的に分析し、幸せをもたらしやすい心のありようを「幸せの4因子」という形で抽出し、分かりやすく提示している例を紹介する。
「幸福学」研究の第一人者である慶応義塾大学大学院の前野 隆司教授をはじめとする研究者たちは、主観的ウェルビーイングの分析と構造化に関して、アンケート調査を用いて一時点の心理状態を定量的に分析した 9。因子分析により「幸せの4因子」を抽出し、「やってみよう」、「ありのままに」、「なんとかなる」、「ありがとう」の4つが導き出された。これらの因子は、幸福を構成する心のありようや幸せをもたらしやすい「心構え」について説明するものであると考えられる(図10)。
2.2. 国際比較の視点からの検討・標準化の観点
1 )WHO-5モデル
世界保健機構(World Health Organization:WHO)により開発された指標の概要を示す。WHOは1998年に「WHO-5 精神的健康状態表」(Psychiatric Research Unit, WHO Collaborating Center for Mental Health:以下、WHO-5モデル)を公表した。指標は、「いつも」から「まったくない」の6段階のスケールによるアンケート形式で、シンプルかつ実用性を重視して構成されている(図11)。対象者本人に対し、過去2週間の日常生活における気分や心理的な状態について尋ねるもので、5つの項目でシンプルに構成されている。簡易に計測できる点が特徴であり、精神的健康状態の断面・瞬間値(気分、ストレスレベル、エネルギーレベル、睡眠の質、興味・関心)を短時間で計測することが可能である。
現在でも、健康に関連する領域において、心理状態を計測する主要な指標として活用されている。
2 )World Happiness Report
次に「World Happiness Report(世界幸福度調査)」における幸福度の計測方法を示す。
本調査は、Gallup(ギャラップ)社、オックスフォード大学ウェルビーイング研究センター、国連持続可能な開発ソリューション・ネットワーク、および世界幸福度レポート編集委員会の共同事業であり、2012年以降、ほぼ毎年公表されている。基本的にデータはアメリカのGallup社が収集し、コロンビア大学やロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)など英米の研究者チームが分析やとりまとめを行っている。2024年からは、オックスフォード大学ウェルビーイング研究センターの出版物として発行されており、同年には世界156カ国を対象に集計が行われた。
日本のランキングは、2024年調査で156カ国中、51位とされ、世界の中で中間よりもやや上位に位置している(図12)。また、各年の特集として、こどもや青年、ミレニアル世代、インドの高齢者の生活満足度など、多様なテーマが取り挙げられている。
World Happiness Reportでは、幸福度を次のように計測している。各国の約1,000人を対象に「最近の自分の生活にどれくらい満足しているか」を尋ね、0(完全に不満)から10(完全に満足)の11段階で回答してもらい、国ごとの幸福度を計測している。過去3年間で得られた回答の平均値がスコアとして算出され、ランク付けが行われている。
幸福度を問う設問(キャントリルラダー 10 ):
- 「0の段が最も低く、10の段が最も高いはしごを想像してください。はしごの最も高いところは、あなたが考え得る最もよい生活を意味し、はしごの最も低いところは、あなたが考え得る最も悪い生活を意味しているとします。現在あなたはどの段にいると感じますか」
また、幸福度の計測結果については、以下の6項目と関連付けて分析されている。
- 一人当たり国内総生産(GDP)
- 社会的支援(社会保障制度など)
- 健康寿命
- 人生選択の自由度
- 他人への寛容さ(寄付活動など)
- 腐敗認識度(国・政治への信頼)
3 )OECD -主観的Well-beingの計測ガイドライン-
次にOECDの「Well-being フレームワーク」について、その概要を示す。主観的ウェルビーイングは、Well-beingフレームワークの一項目である。
経済協力開発機構(Organization for Economic Co-operation and Development:OECD)は 38カ国の加盟国からなる国際機関であり、世界最大のシンクタンクとして経済社会の幅広い分野において多岐にわたる活動を行っている。
GDPでは捉えられない人々の満足度(Well-being)や経済社会の進歩を計測し、政策に活用しようとする議論が行われる中、2009年9月にスティグリッツ報告書が公表された。この報告書を受け、OECDは2011年に各国の Well-being を多面的に計測する「より良い暮らしイニシアティブ(Better Life Initiative)」を開始し、加盟国におけるWell-beingの動向をモニターするための「Well-being フレームワーク」を開発した。このフレーム内の一分野に「主観的Well-Being」が位置付けられている(図13)。
主観的Well-beingは「肯定的なものから否定的なものまで、人々が自分の生活について行うあらゆる評価と、人々が自身の経験に対して示す感情的反応を含む良好な精神状態」と定義されている。
2013年にOECDが公表した「主観的Well-being の計測ガイドライン」では、主観的Well-beingには、①生活評価、②感情、③エウダイモニア(人生における意義と目的意識)の3要素が含まれるという見解が示されている(図14)11 , 12 。
また、同ガイドラインには、3要素を簡略化して集約したコア計測モジュール 13 を含め、計測のための質問例が示されている(図15)。その他、生活領域別評価 14、経験されたウェルビーイング 15 など、状況に応じた多様な計測手法もあわせて紹介されている。
OECDからの勧告・推奨を踏まえ、加盟国ではコア計測モジュールや生活評価は多く採用される一方、感情やエウダイモニアに関する項目の採用は比較的少ないなど、各国の対応の違いが課題の一つとされている。
2.3. 国による状況把握・政策活用の観点 (日本)
1 )内閣府 -生活満足度調査-
次に、国による政策活用の取り組みとして、日本の内閣府が実施している生活満足度調査について概要を示す。本調査は、独自に行われてきた満足度調査をベースに、先述のOECDの勧告などの内容が加味されて、現在の形に至っていると考えられる。
アンケート調査は、主に生活満足度(総合的な満足度)、基本属性、13の分野別満足度、その他の関連質問で構成されている。生活満足度ついては、主観的ウェルビーイングの観点が用いられ、以下の設問で計測が行われている。
主観的ウェルビーイング(総合的な満足度)の設問:
- あなたは全体として現在の生活にどの程度満足していますか。「全く満足していない」を0点、「非常に満足している」を10点とすると、何点くらいになると思いますか。
生活満足度の調査結果は、2019年度から毎年報告書として公表されている。図17は総合的な満足度の経年変化を示している。全体の傾向としては、コロナ禍で一時的に低下した後、緩やかに上昇している。また男女別、地域別、年齢階層別、雇用形態別で満足度の推移も示されている。このように内閣府の調査では、生活満足度の経年変化などを確認できるようになっている。
内閣府の生活満足度調査の特徴の一つとして、その結果を「Well-beingダッシュボード」として客観指標群 16 と関連づけて理解できるようになっている点がある(図18)。Well-beingダッシュボードは、「全体的な生活満足度」(第1層)、「分野別主観満足度」(第2層)、「客観指標群」(第3層)の3層構造となっている。この構造から、生活満足度をアウトカム指標として各分野の政策と関連付けて評価することを可能としている。
2.4. 組織・地域のマネジメントの観点
1 )ウェルビーイング先進地域 富山県の取り組み
地域のマネジメントの一例として、富山県の取り組みを取り挙げたい。富山県では、施策立案の参考資料とするため、毎年県政世論調査が行われており、2012年から主観的幸福感に関する設問を追加している。さらに近年では、幸福感をより包括的に捉えるために「ウェルビーイング」の概念が導入され、ウェルビーイング県民意識調査を実施している 17。
富山県民のウェルビーイングに関する調査結果の分析例:
- 自分自身の実感として、楽しい、嬉しい、面白いなど前向き(ポジティブ)な気持ちになるという回答は多い一方で、「夢中になることや没頭することがある」、「夢や目標に向かって、チャレンジや努力をしている」という回答は少ない傾向が見られる。
- 理想的な生活の実現に必要なことについて、「自身の健康」、「家族との良好な関係」、「家計のゆとりがあること」、「仕事と生活のバランスが取れていること」など、生活の基盤と関連のある要素が上位に挙げられている。
このような県民意識調査の結果などを踏まえ、富山県では独自のウェルビーイングの考え方が考察されている。例えば、個人の意識の階層として、マズローの段階欲求説が用いられたり、自分を起点とした社会との「つながり」が整理されたりしている(図19)。また、欧米的なウェルビーイング(獲得的)と異なる日本的なウェルビーイング(協調的)を示すなど、独自の検討がなされている(図20)。
2023年に富山県は、県民のウェルビーイング向上および推進の取り組みを促進する目的で「富山県ウェルビーイング指標」を公表した。これは、現在、過去、未来にわたるウェルビーイングの実感を「総合実感」として捉え、生活の調和とバランス実感(ワークライフバランス)を表す7つの分野別指標として「なないろ指標」を設定している。さらに、個々のウェルビーイングを支え・高める社会的な関係(ウェルビーイング環境)を測る「つながり指標」もあり、家族、友人、職場・学校など、地域、富山県とのつながりが見える化されている(図21)。
また、富山県では、「わたしのみんなのウェルビーイングアクション!」というWebサイトを立ち上げ、同サイト内で自分自身のウェルビーイングがチェックできる仕組み「あなたのウェルビーイング・チェック!」を提供している(図22)。回答に基づき自分のウェルビーイングが花のかたちで表現され、他の回答者の平均や県民意識調査の結果と見比べることもできる。回答者の多様なウェルビーイングのすがたを視覚化し、その結果を富山県の施策にも活かしながら、個々人のウェルビーイングを向上させていく取り組みである。
2 )幸福度診断 Well-Being Circle
次に組織のマネジメントの一例として、先述の慶応義塾大学大学院の前野教授の「幸せの4因子」を取り入れ、個人の幸福度診断ができるサービスを紹介する。このサービスでは、個人がサイトに登録することで「幸福度診断 Well-Being Circle」18 を受けることが可能であり、延べ34万人 19 が診断をしている(図23)。
幸福度診断の内容は、72問のアンケートに回答することで、34項目にわたって多面的に回答者本人のウェルビーイングを計測するものである。人生満足度や「幸せの4因子」に加え、「地位材」、「職場の幸せ力」、「社会の幸せ力」、「ストレスの低さ」、「健康力」、「性格傾向」などの観点から診断が可能である。診断後には、個人の幸福度を数値で把握できるだけでなく、すべての診断項目に対して幸福度向上のためのガイドが提供されている。各項目のガイドに基づいて、より幸せになるための具体的なアクションを取れる点が特徴である。この診断では、一度の計測で終わるのではなく、継続的な幸福度向上を目指して何度でも計測できるよう設計されている。
なお、Webサイトによれば、個人利用は無料の登録制だが、組織・企業向けのメニューも用意されている。このことから、個人のセルフチェック、セルフマネジメントを基本としつつ、組織・企業のマネジメントにも応用できる仕組みがあることが示されている。このようなウェルビーイングの計測方法は、今後、ウェルビーイング経営など、組織マネジメントの高度化を支える一つの仕組みになるのではないかと考えている。
まとめ
主観的ウェルビーイングの計測について、目的別に大きく4つの観点から取り組みを考察してきた。それぞれの観点から、さまざまな検討が積み重ねられている(表1)。
以上から、主観的ウェルビーイングの計測は、心理学において多様に深められ、国際比較の観点から標準化・共通化が図られながら、国や自治体、また個別の団体などで広がりつつあることが確認できた。その計測方法の主軸は、個人に主観を尋ねるアンケート調査であるが、調査の目的や経緯などに応じて設問数が増えたり、一定量のサンプルを集める必要性が出てきたりするなど、集計・分析のコストが高まる傾向も見られる。
しかし、主観的ウェルビーイングの中核となる設問(総合満足度など)は、これまで見てきたように多くの取り組みにおいて非常にシンプルである。このシンプルで共通化された計測方法が普及することで、個人のセルフマネジメントや組織のマネジメント改善への応用が期待される。その結果、ウェルビーイングの概念が社会的に定着し、個々人のウェルビーイングの涵養が多方面から進むのではないか。
第2部(後編)では、近年さまざまな形で開発・運用され、各分野に浸透しているセンサー技術を活用したデータ取得とその評価について考察を行う。そして、これらウェルビーイングの計測を組み入れたマネジメントの先行的なケースを取り挙げながら、今後のマネジメント〈経営〉への応用可能性について展望する。