1. はじめに:NFTとは
(1)NFTの概要(仕組みやメリット)
昨今、NFTというワードをビジネスシーンや日常生活で耳にすることが増えてきたが、実際にその技術がどのようなものなのか理解していない方も多いのではないだろうか。本レポートではNFTの概要、将来性、活用用途について、市場環境や具体的な事例などを交えて述べる。
まず、NFTとは「Non-Fungible-Token」の略語であり、代替不可能なトークンという意味である。「代替不可能なトークン」とは、通常のデジタルデータとは異なり、所有証明を提供するものである。従来、デジタルデータは容易に複製ができたため、所有証明の概念自体が存在しなかった。
ではなぜ、NFTがデジタルデータに所有証明を付与できるのか。その理由は、NFTがブロックチェーンを基盤に生成されるデータだからである。ブロックチェーン上で生成されたNFTには、改ざんのできない固有の識別子や所有者情報が与えられるため、デジタルデータに所有証明を与えることが可能となる(図1)。ブロックチェーンについての詳細な説明は本レポートでは割愛するが、ここでは「データの改ざんができなくなる仕組み」と認識しておいていただきたい。
今回、NFTに着目した理由は、主にGAFAMを含むプラットフォーマーによる中央集権型の情報管理が背景にある。我々は無自覚のうちに大量の個人情報をプラットフォーマーに提供しており、その情報は意図しない 1 場所で活用されていることもある。その代わりに我々は検索エンジンや動画サイト、SNSなどの生活に欠かせない便利なサービスを無料で利用できている。一見Win-Winな関係にも見えるが、実態として消費者は特定のプラットフォーマーが提供するサービスに依存する形となり、サービス利用に際して個人情報の漏洩や一方的な仕様変更などのリスクが存在したとしても、個人情報の提供を余儀なくされてしまう非常に危険な状況になっている。
このような状況に対抗するために現れたのが「Web3.0」という考え方である。「Web3.0」はユーザー自らがデータの管理や活用を行う「分散型インターネット」を目指すものである。Web3.0の実現にはブロックチェーンが不可欠であるが、情報を自己管理する際に信頼できる管理者が存在しないため、情報自体や取引履歴の真正性や信頼性が非常に重要となる。
次に耐改ざん性に優れ、Web3.0時代における情報管理の中核技術として位置づけられているNFTの有用性や活用方法について言及したい。
(2)NFTの市場環境
インドの調査会社であるMarketsandMarkets Analysisによると、2022年時点で世界のNFT市場全体では、約30億5,600万米ドル(約4196億円 2 )の規模であり、2027年までには約4.5倍の136億7,900万米ドル(約1兆8,782億円 2 )にまで成長すると予測されている。NFTにおけるサービス別の市場規模では、NFTプラットフォーム市場(いわゆるNFTマーケットプレイス)が非常に大きな割合を占め、2027年には約80億米ドル(約1兆1,745億円 2 )に達すると予測されている(図2)。NFTマーケットプレイスは、NFTの売買取引が促進されるほど儲かるビジネスモデルであり、今後も注目されているNFTのデジタルアセットとしての価値が継続するとも読み取れる。
しかし、世界で1兆円程度の市場規模は、正直なところあまり大きな市場とはいえない。しかしながら、これはNFTのデジタルアセットとしての価値をベースにした市場規模予測である。NFTのベース技術であるブロックチェーン市場も、2030年までには58兆円 3 の規模に成長すると見込まれている。そのため、ブロックチェーン技術の普及が進めばNFTの活用範囲も広がることが予想され、更なる市場規模の拡大にもつながると考えられる。
なお、NFTのマーケットプレイス事業は日本でも楽天グループ、SBIグループ、KDDIなどが参入しており、同様の動きが今後も期待される。
またマーケットプレイス市場が成長する上で欠かせない要素として、個人がNFTを保管するMetaMaskなどの「Web3ウォレット」が挙げられる。Web3ウォレットとは、ブロックチェーン上で暗号通貨やNFTなどの暗号資産を管理するツールである。しかし、日本において取引などを行っているアクティブなウォレットの割合は0.02% 4 程であるのが実情である。ただし、DappRader 5 の最新レポートでは2023年末までに一日あたりのユニークアクティブウォレット数(UAW)が420万UAWとなったことが記載されている。2021年における世界でのアクティブウォレット数は257.4万UAW 6 であったことを考えると、徐々に普及してきているといえる。日本においてもKDDIによる「αU Wallet」、NTTDigitalによる「scramberry」、SBINFTによる「SBI Web3 Wallet」など国民に馴染みのある企業のウォレット参入もあり、今後国内のウォレット数を加速させる可能性があると考えられる。
2. NFTの現在
(1)日本におけるNFTの普及度合
現状、日本におけてNFTは普及しているとは言い難い状況である。MMD研究所が消費者に向けに実施した「NFT(非代替性トークン)に関する調査 8」によれば、NFTの認知率は30.8%、保有率は3.2%に留まっている 9(2022年6月時点、図3)。NFT保有率の観点をイノベーター理論に当てはめると、アーリーアダプター層に受け入れられ始めた状態であり、キャズム(市場に広く普及させるまでの障害)を越える域には達していないと考えられる。このキャズムを超えなければ、今後NFTが広く普及することは困難である。NFTの普及に関する現状課題を把握するため、以下に発行者(企業)と保有者(消費者)における現状を整理する。
■ 消費者側の現状
現状、消費者の大半にとって、NFTは投資的な観点でしか認識されていない可能性が高いといえる。株式会社フォーイットが2022年に消費者を対象として実施した「NFT(非代替性トークン)に関するアンケート 10」によれば、消費者がNFTを保有しない理由として「価値あるNFTの見極め方が分からない」、「購入後に値下がりして損してしまいそう」といった投資的なリスクに関する回答が大きな割合を占めている(図4)。このことから、NFTを認知している多くの消費者にとって「NFT=投資」という側面の理解に留まっていることが分かる。
一方、投資対象としてはNFTが必ずしも主流なわけではない。ウェブスターマーケティング社が2023年に実施した「現在行っている資産運用の種類に関する意識調査 11」では、「暗号資産・仮想通貨」は投資対象として上位でない結果となっている(図5)。
投資対象として安定的な側面を持つ上位3項目(「株式投資」、「預貯金」、「投資信託」)と比較すると、「暗号資産・仮想通貨」は法定通貨ほどの安定性に欠け、ギャンブル性が高い。そのため、豊富な資金や知見を有する消費者以外の参入障壁が非常に高いことが想定され、暗号資産・仮想通貨への投資が広く消費者に浸透することは難しいと思われる。このことから、投資目的のみを主流としたNFTに関する理解では保有率が拡大しにくいことが想定される。
今後、NFTがキャズムを越えて広く受け入れられるためには、企業側が消費者に対して、投資的な側面以外の価値を訴求する必要がある。
■ 企業側の現状
現状、企業側においてもNFTの概念や活用方法の理解は不足している状況である。株式会社Too Digital Marketplaceが2023年に「自社ビジネスでのNFT活用に興味がある、50名規模以上の企業経営層」を対象に実施した「自社ビジネスにおけるNFT活用に関するアンケート 11」によれば、NFTについて「自社ビジネスにどう活用できるのか分からない」と回答した企業は全体の36.2%存在した。また、半数以上の企業が「NFTに知見のある人材の不足」といった人材不足に関する要素を課題として回答しており、「実行のための人的リソースが不足している」という回答も多い結果となっている(図6)。
また「自社ビジネスにおけるNFTの活用検討状況」に関する回答として、「既に活動している」もしくは「予算化済み」の回答割合は16.7%に留まっており、ほとんどの企業がNFTを事業化できていない状況である(図7)。また「まだ検討していない」および「検討に向けて準備中」といった事業化に向けた検討すらままならない企業も過半数存在している。
このように、企業においてNFTのビジネス活用に必要な知識や人的リソースが不足していることが、NFTの事業化検討に関する障壁であることが伺える。そこで以降はNFTの活用方法にフォーカスし、事業化検討にあたって参考となり得るようなNFTの用途などについて示したい。
(2)日本のNFTの主な活用事例分類
現在、日本でもさまざまな業界でNFTが活用され始めている。今回は国内外のNFT活用事例を調査し、活用用途を「デジタルアセット」、「アイデンティティ」、「トレーサビリティ」の3パターンに整理した(図8)。
- デジタルアセット:デジタルデータに唯一性を持たせ、アセット化することで、売買、投資、資金調達やDAO(分散自治統治)13 運営などに活用する。
- アイデンティティ:個人のアイデンティティを証明する情報を譲渡不可能なNFT(SBT:Soul Bound Token 14 )にすることで、個性を可視化するために活用する。
- トレーサビリティ:企業の製造・生産過程などにおけるトレーサビリティ情報をNFT化することで可視化し、管理確認などを行うために活用する。
(3)事例から日本のNFT活用傾向
日本企業におけるNFTの活用事例を細かく見てみると、「デジタルアセット」領域での活用についてはデジタルデータに「唯一性」を持たせることでアート、グッズ、権利などを元に新規ビジネスを展開している。これにより、NFTの特徴を捉えて上手く活用できていることが伺える。また「トレーサビリティ」領域においては、ブロックチェーンの特徴でもある透明性を活かした製品の製造工程や、売買証跡などを可視化することでブランディングや環境への配慮の証明など、新しい価値を生み出している。
しかし、「アイデンティティ」領域においては、証明書や権利などをNFT化するといったデジタル化程度の価値しか生まれていないケースが多い。また少し進んだ事例であっても、NFTの保有者達によるDAO型式でのファンコミュニティ形成など、企業のファンクラブビジネスの延長のような事例がほとんどである。このように、アイデンティティ領域は他の二つの領域と比較して、NFTの持つ本質的な特徴を活かしきれていない事例が多いことが伺える。
(4)傾向に対しての指摘
そもそも、アイデンティティ領域におけるNFTの特徴は「NFT(SBT)を持つことによる個性の可視化」である。個性は他者に見せることで初めてその価値を発揮するため、NFTの発行側は単に発行するだけでなく、受け取った相手が他にどのようなNFTを持っているのかを確認し、受け取った側も他人にNFTを開示して利活用することで初めて価値が生まれる。つまり、保有しているNFTはオープンな情報であるという点を最大限に活用していくことが重要である。
3. NFTの有効な使い方
(1)企業がすべきNFT活用の方向性
先述の通り、アイデンティティ領域におけるNFTの価値は「個人がNFT(SBT)を持つことによる個性の可視化」であるため、NFTを発行した企業は積極的に受け取った相手が他にどのようなNFTを所有しているのかを確認・分析することが重要である。
その結果、顧客の個性が今までよりも鮮明になることで、新商品開発や他企業とのタイアップなどの判断材料にもなり得る。このようなマーケティング手法は「トークングラフマーケティング」と呼ばれ、昨今のCookie規制に伴い注目されている。Cookie規制により廃止となる3rd Party Cookieの代替手段として、データクリーンルーム 15 などを用いたアプローチが検討されているが、秘匿化した情報の分析結果に基づく統計情報を元に広告配信を行うため、どうしてもユーザー特性の解像度は低くなってしまう(図9)。一方、トークングラフマーケティングでは、個人のさまざまな特性に関する情報を直接見ることができるため、解像度が飛躍的に上がることが期待できる(図10)。
(2)トークングラフ推進における課題
トークングラフという考え方は、個人のウォレットに多数のNFTが蓄積されていることが前提となる。先述した「2. NFTの現在」の通り、現状NFTの受け手は投資目的での保有が大半であるため、発行側の企業はNFTの活用価値を見いだせていない。更にNFTの受け皿となるウォレット自体も普及しておらず、現状、トークングラフは机上の空論に留まっている。
(3)課題解決のために必要なこと
現状と同様に黙って見ているだけでは状況は変わらない。したがってNFTの活用が先進的な企業は、積極的に消費者の個性を表現するようなNFT(SBT)を発行していくことが重要である。発行する名目は「デジタルノベルティ」や「デジタルバッジ」など、消費者が受け取りたくなるような仕掛けを用意し、定期的にNFTを発行することが望ましい。先述した「1. はじめに:NFTとは」でも述べた通り、NFTの受け皿となるウォレット数は今後普及が見込める。そのため、個人のウォレットに個性を表現するような多様なNFTが蓄積されていくことで個人の個性を表すトークングラフが完成され、企業は解像度の高い消費者情報にリーチできるようになる。これにより、企業は消費者に対して最適な提案ができ、消費者のUXが向上し、結果としてマーケティングエコシステムが形成され好循環が生まれるのである(図11)。そのためにも、企業が主体的かつ積極的にNFTを発行していく気概が必要になる。
4. おわりに:NFT発行に関する懸念点
本レポートでは、Web3.0時代を見据えて企業は積極的にNFTを発行すべきと述べてきた。しかしながら、NFTを発行する上で考慮すべき点もあるため、本レポートの最後に2つの懸念点を紹介したい。
第一に、環境への配慮である。NFTはブロックチェーン技術を用いるため、ブロックチェーンを構成する複数のノード 16 が稼働することが前提となる。それに伴い発生する膨大な電力消費が環境に悪影響を与えるという指摘も見受けられる。
第二に、個人情報保護の観点である。現在は、NFTが個人情報と使用されていないが、上述のとおり個性を表現するようなNFTを企業が多くのNFTを発行し、個人のウォレットに蓄積される場合、ウォレットの内容から保有者の個人情報が高い解像度で可視化される可能性がある。さらにウォレットの内容は世界中の誰でも閲覧可能なため、今後は機微な個人情報として扱われることが考えられる。
このように、今後ブロックチェーンやNFTの利用や理解が進んだ先に発生し得るリスクも事前に考慮する必要がある。しかし、リスクに焦点を当てすぎると新規ビジネス検討を妨げる足かせになりかねない。そのため、NFTを活用して生み出せる新しい価値を優先して考えることが重要である。