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Insight
経営研レポート

これからの観光関連産業に求められる
DX推進人材の育成・活用

~金沢市の宿泊事業者を対象としたアンケート調査・事例調査より~
2023.10.03
株式会社NTTデータ経営研究所  ソーシャル・デジタル戦略ユニット
浅井杏子、野中淳、大石智史、小黒裕莉乃、中西淳一、木田和海

立教大学 ビジネスデザイン研究所 庄司貴行、斎藤明、平井直樹
金沢大学 融合研究域 融合科学系 丸谷耕太
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はじめに

新型コロナウイルス感染症の流行は、宿泊業をはじめとする観光関連産業に大きな打撃を与えた一方で、オンラインツアー、マイクロツーリズム、分散型旅行など、混雑を回避しながら旅行を楽しむ新たなトレンドを生み出した。ところが、従前より観光関連産業においては、特に中小宿泊業などにおけるデジタル導入の遅れが指摘されており、こうした新たな消費者ニーズを捉えた「観光DX」に取り組めている事業者は一部に留まっている。

2023年に入り、長らくコロナ禍により苦境に立たされた観光関連産業は本格的に回復の兆しをみせている。その一方で、宿泊業界では、長引くコロナ禍で離職が増加し、従前以上に人手不足が深刻化している。今後、宿泊業においては、より少ない労力で、変化する旅行者のニーズを取り込み、事業を持続・発展させていくことが求められる。そのようななか、デジタル技術を活用した変革に取り組んでいくためには、どのような人材が求められるだろうか。

本調査研究では、2015年の北陸新幹線開通を背景に、宿泊施設が増加傾向にある石川県金沢市をフィールドとして、地域の観光関連産業におけるデジタル活用の実態とデジタル人材の獲得・育成に関する現状と課題についてアンケート調査や事例調査を行った。これに明らかにされた事項に基づき、金沢市をはじめ全国の観光分野で活躍するDX人材に求められるスキルを定義し、都市部と地域をつなぐ人材活用や、地域定着型のDX人材を育成する教育プログラム開発などに役立てることを目指したい。

1.金沢市の宿泊業におけるDX推進の現状と課題

1.1. 金沢市の宿泊業をとりまく動向

金沢市内の宿泊者数は、北陸新幹線金沢開業年である2015年以降、新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受ける2019年まで、年々増加の傾向を見せていた。外国人宿泊客も増加傾向を見せており、2019年の外国人宿泊者の比率は金沢市内の宿泊者数全体の21.8%を占めるまでになっていた。

宿泊施設の数も増加しており、種類別にみると、ビジネスホテルと簡易宿所(2018年までの分類では「民宿・ペンション」)における増加が目立つ(図表 1‑1)。

簡易宿所の施設数増加は、2018年の住宅宿泊事業法施行を背景に、民泊施設を簡易宿所として許可を取る動きが加速したことに加え、金沢市では以前より町家の利活用を進めてきた背景もあり、町家を改装した一棟貸切型やゲストハウスなどが増加している。こうした施設では、地元の人々との交流や体験プログラムなど、個性的な取り組みを実施しているケースも多く、単に泊まる場所を提供するにとどまらない、「新しい価値」を旅行者に提供している。

図表 1‑1 金沢市内における宿泊施設数の推移

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出典:金沢市観光調査結果報告書「金沢市内宿泊施設動向調査」

宿泊施設の種類ごとに定員稼働率をみると、コロナ禍以前は都市ホテルが最も稼働率が高く、次いでビジネスホテルとなっている。客室数が大きく増加した2019年に稼働率は全体的にやや落ち込み、コロナ禍の影響を受けた2020年以降は、都市ホテル、ビジネスホテルとも30%台まで急激に落ち込んでいるが、2022年はやや回復傾向にある。

北陸新幹線開通以降の旅行者増加を見込んで新設が続いていた宿泊施設が、旅行者を十分に取り込む前にコロナ禍を迎え、依然として厳しい状況に置かれていることがみてとれる。

図表 1‑2 金沢市内の宿泊施設における年間稼働率(定員稼働率)の推移

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出典:金沢市観光調査結果報告書「金沢市内宿泊施設動向調査」

1.2. 金沢市の宿泊事業におけるデジタル導入の実態と課題(アンケート結果)

アンケート調査は郵送調査法で実施した。調査対象は、一般社団法人金沢市観光協会「協会会員一覧」、公益財団法人金沢コンベンションビューロー「賛助会員一覧」、および金沢市旅館ホテル協同組合「施設一覧」に記載されている全ての宿泊施設(131件)とし、調査期間は2022年1月26日から3月3日の約1か月間で、62施設からの回答を得た(回収率約47%)。

(1) 環境変化やビジネスに対する考え方

今後強化していきたいことについては、全体として新規顧客の獲得とリピーターの増加が多く挙げられる傾向にあるが、その中でホテル・簡易宿所はより新規顧客獲得に、旅館はリピーターの増加に重きを置いていることがうかがわれる(図表 1‑3)。

また、旅館では「個人の好みに合わせた接客」、簡易宿所では「イベントや体験プログラム」が多く挙げられており、それぞれの方法で顧客提供価値を高めていこうとしている一方で、ホテルでは「多様な宿泊プラン」と「接客業務の効率化」「バックヤード業務の効率化」が多く挙げられ、効率化の追求による低価格化も含む多様なニーズに応える方向性がうかがわれる。

図表 1‑3 今後強化していきたいこと(複数選択)

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(2) 営業活動における現状と課題:ネット活用は進むが、検証・改善に取り組めず

宿泊施設の種別によって現状の客層や予約手段の特徴が異なるなか、それぞれのターゲットとする顧客層に合わせた集客強化を図り、SNSでの情報発信やサイトコントローラーを活用した予約管理などの営業活動には総じて積極的にデジタルを取り入れている。

一方で、こうしたデジタル活用によって収集できる各種データを経営戦略やマーケティング、レベニューマネジメントなどに活用する取り組みについては、宿泊施設の種別を問わず労力を割く余裕がないといった理由により「取り組みたいが取り組めていない」状況がみてとれる。

本来であれば、インターネットを通じたプロモーション活動は、それぞれの宿泊施設における営業戦略に基づき、施策ごとに狙った成果が出ているか、データに基づく効果検証と改善活動を繰り返すことが求められる。しかし、現状ではデータ活用まで至っておらず、多くの宿泊施設がデジタルを活用した集客施策について客観的な効果検証と改善活動まで実施できずに、場当たり的な取り組みに留まってしまっていることが推察される。

図表 1‑4 データ分析・活用の実施状況

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図表 1‑5  営業活動におけるデジタル活用の課題(複数選択)

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(3) 接客業務における現状と課題:対面/デジタルそれぞれの価値を見極める必要

館内における接客業務では、ターゲットとする顧客層によりデジタル導入への姿勢が異なることが見てとれる。特に、セルフチェックイン・チェックアウトやタブレット端末を活用した情報提供など、従業員による対応を代替するようなデジタル導入に関しては、ビジネス客も多いホテルでは積極的に導入されている。その一方で、旅館および簡易宿所では「必要ない」との認識を示す施設も多くみられた。

特に旅館では、宿泊客の食事の好みなどのデータを管理するなど、個客に合わせたおもてなしに力を入れており、ことさら「デジタル化せずに人手をかけて実施すべき」との考え方が浸透していると推察される。ただし、接客業務のなかには、「人手をかけること」と満足度の関係性が薄かったり、サービスの品質次第ではデジタルのほうがむしろ満足度を高めたりするものもある。

今後は限られたリソースを有効に活かすためには先入観を取り払い、「旅行者への提供価値」に立ち返って、どこに人手をかけ、どこをデジタル化すべきなのか見極めていくことも求められるといえる。

図表 1‑6 接客業務のデジタル化状況(種別ごと)

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(4) 管理・経営における現状と課題:中規模の施設を中心に費用対効果の高い効率化を検討要

管理・経営に係るデジタル活用状況は、宿泊施設の種別よりも部屋数規模による差異が顕著であった。全体的に規模が大きい宿泊施設ほどデジタル活用が進んでおり、100室以上の大規模施設の多くがデジタル導入済みである一方で、20~100室未満の中規模施設では「取り組みたいが取り組めていない」との回答が増え、20室未満では「必要性を感じていない」との回答が増える。

客室管理やシフト管理については、事業規模が大きくなるほどデジタル導入による負担軽減効果を得やすい側面がある。今回のアンケート調査の結果をみると、中規模以上からアナログによる管理の負担が実感されるものの、投資力のある大規模施設でなければ導入に踏み切れていない現状がみてとれる。

図表 1‑7 管理・経営におけるデジタル化状況(部屋数規模ごと)

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2.宿泊業のDX推進に向けて

2.1. 宿泊業におけるDX推進の方向性

宿泊施設が最も注力したい「新規顧客の獲得」と「リピーターの増加」に直結する「営業活動」、また観光関連産業の価値の源泉ともいえる「接客業務」におけるデジタル活用を通じ、旅行者との新たな関係構築を目指していくことが望ましい。ただし、現状ではこれらについて労力不足などにより「取り組みたいが取り組めていない」状況であることを踏まえ、管理業務・バックヤード業務の効率化をできるところから進めていくことで、「営業活動」「接客業務」に注力するための原資を生み出すことも並行的に進めていけるとよい。

なお、本レポート(詳細版)では、各領域における先進事例などを紹介しながら、自組織の中核となる提供価値を見極め、「どの部分は人手をしっかりとかけて価値を高め、どの部分は徹底的な効率化を推進すべきか」についてメリハリをつけたDX推進のあり方を考察する。

図表 2‑1 領域ごとのデジタルを活用した変革ポイント

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2.2. DX推進に向けて必要な環境整備

(1) DX人材の育成・獲得

1)    宿泊業において求められるDX人材とは

恒常的な人手不足のなかで素早く変化に適応し、DXを推進していくために必要なのは、専門的なプログラミングや高度なデータ解析のスキルというよりも、むしろ世の中の変化や新しい技術へのアンテナを広げ、自身の業務知識と掛け合わせて課題解決や新しい価値創造に結び付ける「DXリテラシー」の向上といえる。

観光庁は、「観光DX推進のあり方に関する検討会」の最終取りまとめ1において、観光デジタル人材の育成・活用の将来ビジョンとして「関係者のデジタルリテラシーが高いことに加え、仮説とデータ分析に基づいて意思決定できる人材を確保できている」状態と設定している。また、経済産業省と独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が2022年12月にとりまとめた「DXリテラシー標準」では、組織・年代・職種を問わず全てのビジネスパーソンがDXを自分事ととらえ、変革に向けて行動できるようになることが必要であるとしている2

観光業界ならびに宿泊業におけるDX推進に必要な人材像としては、これらをベースに、特に観光業界で求められる知識体系を具体化し、獲得や育成の指針としていくことが求められる。

2)    DX人材の育成・獲得手段のあり方

 (ア) DX人材の育成

観光庁や地方公共団体などでは、観光関連産業を対象としたDX人材育成講座の開催などによる支援施策が数多く展開されている。例えば、東京都「大学等と連携した観光経営人材育成事業」において、立教大学とNTTデータ経営研究所が開催している「アフターコロナ時代の観光産業をリードする観光DX 人材育成講座」では、デザインアプローチによるサービス設計や日々の業務から課題を発見・分析する手法などを学び、自身の業務でどのようにデジタルを活用すべきかを演習形式で体験する内容となっている。

中小規模の宿泊業においては、各組織が単独で育成施策を実施することが難しいケースも多いが、まずはこうした公的機関や大学などによる支援策を活用しながらも学び続けることが重要である。

 (イ) 外部人材の活用

専門的スキルを有する外部人材を登用する方法としては、(ア)にて紹介した観光庁「地域一体となった宿泊施設のDX人材育成に向けたアドバイザー派遣事業」や、地域の中小企業と様々な専門領域の副業人材をマッチングする民間サービスを活用するといった方法がある。

また、「取り組みたいが取り組めていない」事項に着手するために外部人材を活用する方法も考えられる。例えば、公式SNSの運用代行を請け負う民間サービスを活用すると、投稿用のテキストや画像・動画作成だけでなく、アクセスデータなどを定期的に分析し、効果検証レポートを作成してもらうことができる。

(2) 情報収集・交換のネットワーク形成

効果的にDXを進めていくためには、人材の育成・活用とともに、活用可能な技術やサービスや取り組みたい内容における成功事例などに関する情報収集も、継続的に実施していく必要がある。

今回のアンケート調査では、特に中小規模の宿泊施設において、大規模施設と比較して「付き合いのあるITベンダーなどに相談する」「同業者などから情報やアドバイスを得る」といった回答が少なかった。

中小規模の宿泊施設においては、公的機関や教育機関などが媒介するなどして、課題解決方法やデジタル技術の活用可能性について情報収集・交換ができるネットワークを形成できるよう支援の取り組みが求められるのではないか。そのため、今後各地域の自治体やDMO(観光地域づくり法人)、観光協会、また地域に立地する大学などに期待される役割は大きいといえよう。

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¹ 観光庁 観光DX推進のあり方に関する検討会「観光 DX 推進による観光地の再生と高度化に向けて(最終取りまとめ) (2023年3月)(https://www.mlit.go.jp/kankocho/iinkai/content/001596701.pdf)
² 経済産業省「デジタルスキル標準」(https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/skill_standard/main.html)
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