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Insight
経営研レポート

将来的な社会的処方の実装に向けた官民協働サービスモデルの可能性

2023.04.17
ライフ・バリュー・クリエイションユニット/行動デザインチーム
シニアコンサルタント 西口 周
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1.はじめに

近年、医療保険や介護保険サービスのみではなく、民間サービスや住民同士の支え合い活動などの、いわゆる「インフォーマルサービス」を含め、包摂的にその人らしい暮らしを実現するための考え方として、「社会的処方(Social prescribing)」が注目されている。社会的に弱い立場にある人々をも含め、市民ひとりひとり、排除や摩擦、孤独や孤立から援護し、社会の一員として取り込み、支え合う考え方である「包摂社会」の実現に向けた「孤独・孤立対策」の一環として全省庁の協力により取り組まれることが、2022年6月7日に閣議決定された「骨太方針2022」[1]に記載されている。

社会的処方は、英国を中心とした諸外国において、この5~10年で急速に検討・実装が進められている政策であるが、まだまだ有効性・持続性の観点での課題が散見される。特に、日本では検討が緒に就いたばかりであり、諸外国とは医療制度や文化が異なるため、日本における社会的処方の実現に向けては、諸外国で散見されるものとは異なる視点での課題が出てくることも予想される。

一方で、日本においても既存の取り組みとして同様のコンセプトで運用されている施策・事業や民間サービスもあり、それらを有効活用(視点を上手く変えて展開)することで、それらの課題を解決し、実装に向けた検討を深化できる可能性もある。

本レポートでは、日本における社会的処方の検討動向、想定課題に触れながら、将来的な社会的処方実装に向けた、民間サービスを活用した官民協業モデルの可能性について考察したい。

2.社会的処方とは

(1)背景・概要

社会的処方(Social prescribing)とは、健康の社会的決定要因(SDH:Social Determinants of Health)[2]、つまり社会・経済的因子や環境が健康状態に大きな影響を及ぼすことが明らかになる中で、既存の制度枠組みでは届きにくい支援に対する課題解決の方策として、英国で2006年に言及されて以来、2016年頃から英国全土で普及し、現在も浸透を急ピッチで進めている政策の一つである。

社会的処方の主たる構成要素は、「社会的処方者」「リンクワーカー」「紹介先(社会資源)」の3つであり、それぞれ、課題を抱える住民とのタッチポイント、アセスメント・ニーズに応じた社会資源への仲介、医療的サービスに限らない社会参加やインフォーマルケアの場、の役割を担う(図表 1)。

社会的処方の詳細は以下に示す資料に詳細が記載されているので本レポートでは割愛するが、キーとなるのは「リンクワーカー」と呼ばれる仲介者の存在であり、なんらかの健康課題と合わせて社会生活に係る課題を抱える住民に対して、医療的サービスに限らない社会参加やインフォーマルケアの場としての地域資源(紹介先)への橋渡しを担うことが大きな特徴である。

<参考文献(抜粋)>

  • WHO Western Pacific "A toolkit on how to implement social prescribing"(2022年)
  • 一般社団法人オレンジクロス「社会的処方白書」(2021年)
  • 西 智弘ら「社会的処方: 孤立という病を地域のつながりで治す方法」(2020年)

図表 1 社会的処方の概要

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出所)一般財団法人 オレンジクロス「社会的処方白書」より、当社作成

(2)有効性

社会的処方は、前述の英国における政策的普及に伴い、その有効性に係る学術研究も多くなされてきている。特に、2018年に策定された社会的孤立の解消に向けた戦略の公表以降、研究論文数も急増している(図表 2)。

社会的処方の効果として、孤独や社会的孤立の改善、不安や抑うつの軽減、自己効力感の向上に加え、最近の系統的レビューによると、家庭医療、救急の利用、病院への紹介の減少とコスト削減につながることが示唆されている。しかし同時に、研究デザイン、規模、期間、効果指標などの観点で、その有効性についてのエビデンスが現段階では課題が残るとされている[3] [4] [5]。

また別の観点では、社会的処方(Social prescribing)という用語を活用していないものの、日本を含む世界各国において生活困窮、孤独・孤立対策等に係る類似の政策、施策も多々存在するため、一律に有効性やエビデンスを言及するには時期尚早だと考える。

図表 2 2010年以降の社会的処方(Social prescribing)関連"医学研究論文数"

(PubMedより)

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出所)研究論文検索サイト「PubMed」での検索キーワード「Social prescribing」のヒット数から、当社作成

(3)日本における検討動向

日本においては、2022年6月7日に閣議決定された「骨太方針2022」における「孤独・孤立対策」の一環として「いわゆる『社会的処方』の活用」という記載があり、2021年度からは厚生労働省が「保険者とかかりつけ医等の協働による加入者の予防健康づくり事業」として、複数の都道府県(保険者協議会)において社会的処方のモデル事業を展開している(図表 3)。

このモデル事業では具体的には、医療保険者はかかりつけ医との協働において、加入者の健康面だけではなく、社会生活面の課題の解決も必要になる場合、地域社会で行っている相談援助などにつなげていく、ことを目指している。つまり、日本における社会的処方実践のファーストステップとして、医療機関の受診や健診受診のシーンを活用して、生活習慣病等の治療を困難にしている要素としての社会生活面の課題にアプローチする仕組みを検討することに取り組み始めたところであり、3ヶ年で計16件のモデル事業が採択されている(継続事業含む)[6] [7] [8]。

図表 3 厚生労働省が実施する、社会的処方に係るモデル事業

(事業概要資料より)

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3.社会的処方における課題と、民間サービスによる支援の可能性

前述したような参考文献や厚生労働省モデル事業の事業報告資料においても、社会的処方を実装、持続化するためにはいくつかの課題が残っていると示されている。その課題はステークホルダーそれぞれの視点によって異なると思われるが、大きく5つの要素に大別されると考える(図表 4)。

  1. 医療制度及び文化的背景
  2. 実施・運用体制、情報共有基盤の整備
  3. 住民とのタッチポイントとリンクワーカーの担い手
  4. 処方先としての社会資源の活用
  5. 事業の持続性の確保

特に日本においては、諸外国とは異なる医療制度や文化的背景、既存の類似施策に係るステークホルダーとの合意形成等の課題も大きいと推察されるが、「③住民とのタッチポイントとリンクワーカーの担い手」「④処方先としての社会資源の活用」「⑤事業の持続性の確保」については、民間サービスを活用することで、課題解決の一助となる可能性があると考える。

図表 4 社会的処方における課題(仮説)

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具体的に、民間サービスを活用することで社会的処方の実装支援につながるのかを、社会的処方の簡易フローに沿って整理した(図表 5)。

処方先としての社会資源の提供主体となることを除くと、大きく3つの支援可能性があると考える。いずれも社会的処方・リンクワーカーの担い手として専門職に代替する役割ではなく、持続可能性の観点で社会的処方・リンクワーカーの担い手をサポートするソリューションを提供し、効果的かつ効率的に活動できる環境を整備する役割を担うことを想定している。

なお、以下で紹介する民間事業者は、社会的処方とは別の文脈でそれぞれサービス展開しており、筆者の私見で親和性の高さを例示している点に留意いただきたい。

図表 5 社会的処方フローにおける、民間サービスによる支援可能性

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①住民とのタッチポイントとなる(リンクワーカーと"連携する")

社会生活面の課題を抱える住民にとっては、医療機関以外にも生活導線上の民間サービスや住民同士の支え合い活動の場等も早期発見のための重要な接点となる。具体的には、ドラッグストア、スーパー、郵便局、宅配事業者、銀行、電機・ガスなどのインフラ事業者、見守りサービス提供事業者などに該当する可能性があると考える。

例えば、ウエルシア薬局では、2015年から自社の店舗に「ウエルカフェ」と名付けたフリースペースの設置を進めており、薬剤師や管理栄養士、ビューティーアドバイザー(美容部員)などと連携することで、高齢者のコミュニティ(タッチポイント)として機能するとともに、高齢者が抱える様々な課題へのソリューションとして機能している。

他にもスターバックス コーヒー ジャパンでは、2016年から町田市と連携して、認知症の人や家族、地域の人らが気軽に参加し、悩みや助言、趣味の話などを分かち合う「認知症カフェ(Dカフェ)」を展開している(現在、コロナ禍で休止中)。医療機関や介護施設よりも、気軽の立ち寄ることができる喫茶店であるスターバックスの方が足を運びやすいという声もあがっている。

②リンクワーカーを充実させる(リンクワーカーを"まとめる・育成する")

後述するが、現状のモデル事業ではリンクワーカーが専任の職業として成り立っていないと推察される。その観点では、リンクワーカーの育成や様々な地域に人材紹介することができる民間サービスには一定程度ニーズがあると予想する。具体的には、エス・エム・エスのように、豊富な医療・介護専門職の人材ネットワークとしての知見を活かし、ノウハウを保有するリンクワーカーバンクとして機能することができれば、住民の困りごとを解決するリンクワーカーを地域を問わず充実させられる可能性が期待できる。

③リンクワーカーの活動を促進する(リンクワーカーを"支える")

リンクワーカーが他の業務としての兼任である場合には、業務効率化の観点も重要である。地域にどのような処方先の社会資源が存在するのかを発掘・リスト化・更新し、本人のニーズに応じて選択させるといった業務は相当な稼働になると推察される。そのような場面では、情報プラットフォームサービスや社会資源レコメンドAIなどは有効性を発揮すると考える。

具体的には、SOMPOケアが運営する高齢者世代のサークルや通いの場、学びの場、ボランティアなどの活動の場の情報を管理し、参加者募集する「SOMPO YUCACY」は社会資源情報を集約・管理するプラットフォームとして有効である。

また、シーディーアイおよびウェルモが展開するケアプラン作成支援AIはアセスメント情報を元に本人の自立支援につながるサービス種別や地域資源を提示するAIを実装しており、社会的処方の文脈にカスタマイズすることができれば、リンクワーカーの業務支援に資するソリューションとなると考える。

4.社会的処方における将来的な官民協働モデル(案)の考察

(1)リンクワーカーの持続性

厚生労働省のモデル事業において、リンクワーカー業務を担う職種は以下のような専門職であるケースが多い。

  • かかりつけ医、かかりつけ歯科医
  • 保健師・看護師、リハ職、薬剤師、管理栄養士、コミュニティナース
  • ケアマネジャー、生活支援コーディネーター、認知症地域支援推進員
  • 社会福祉士、臨床心理士、精神保健福祉士
  • 民生委員、生活支援員、相談支援専門員
  • その他(学生、ボランティア)

しかし、これらの専門職は通常業務との兼務であることが多く、報酬面、稼働面含め「リンクワーカーの職業化」には至っていないと推察される。

例えば具体的には、ケアマネジャーは現状、介護保険外サービスのみのケアプランを作成しても居宅介護支援費が受け取れず、純粋にインフォーマルサービスのみを社会的処方することがインセンティブに働きづらいため、業務ひっ迫する中でリンクワーカーとしての役割を担うことは容易ではないと予想する。

また、生活支援体制整備事業における生活支援コーディネーター(地域支え合い推進員)は、介護予防・生活支援分野でリンクワーカー的機能を求められており、最も親和性が高いと考える。しかし、都道府県・市町村における生活支援体制整備事業の枠組みの中での業務委託により配置されていることが多く、職業として確立されていない現状がある(持続的な人材確保・養成等の仕組みがない)。同様に、保健師やリハ職、薬剤師などについても、医療機関外の組織に所属しインフォーマルサービスを発掘・紹介していく流れは、まだモデル事業程度(ボランティアとしての兼務レベル)である。

※「特定事業所加算」の要件として、保険外サービスを必要に応じてケアプランに盛り込む流れや介護予防ケアマネジメントがケアマネジャーに移行する流れ等で、是正される傾向にある。

社会的処方のキーとなるリンクワーカーの活動を持続的なものにしていくためには、「リンクワーカー業務への報酬支払」と「専任での活動可能性」が重要な要素になると推察する。以下に、縦軸をリンクワーカー業務への公的な費用負担の多少、横軸を業務の専任・兼任、としたリンクワーカーの職業化に係る現状と将来イメージを示す(図表 6)。

現状のモデル事業では、リンクワーカー業務に対して報酬は支払われておらず、既存の専門職などが兼任されているケースが大多数である(公表資料ベース)。一方、英国のようにリンクワーカーに対して出来高制の報酬が支払われ職業化するにはいくつもの課題があり、ネクストステップとしては、診療報酬制度の中で「社会的処方加算」のようなものがつけられる、もしくは民間サービスと連携しソリューションが運用する中でリンクワーカーにレベニューシェアされるような展開が考えられる。ただし、前者については、経済的インセンティブを目当てにした社会的処方が相次ぐ可能性もあり、社会的処方の質確保の観点からも留意が必要であると警鐘を鳴らされており、日本における「リンクワーカーの職業化」については、慎重かつ継続的な検討が必要であると考える [9] [10]。

図表 6 リンクワーカーの職業化に係る現状と将来イメージの考察

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(2)本人の「ありたい姿」の実現に向けた官民協働サービスモデル~入口から出口まで~

レポート冒頭で紹介した「社会的処方白書」では、医療機関を起点として日本で社会的処方を進めるイメージが例示されているが、そのイメージは前述のような民間サービスを有効活用することでより推進していくと推察する。

以下の図に示す通り、住民とのタッチポイントから社会資源としてのインフォーマルサービスの提供者まで(入り口から出口まで)、社会的処方の実装支援に民間サービスが支援できる範囲は幅広い。医療や介護福祉などの単一な分野に留まらず既存の制度を分野横断的に活用し、多様な民間事業者のアセットを展開しながら地域全体で住民の自立支援を促進する「官民協働でのサービス提供モデル」に期待したい(図表 7)。

図表 7 官民協働での社会的処方のサービスモデルイメージの考察

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出所)一般財団法人 オレンジクロス「社会的処方白書」より、当社作成

5.最後に

本レポートでは、日本における社会的処方の検討動向および想定課題に触れながら、将来的な社会的処方の実装を展望し、民間サービスを活用した官民協働でのサービスモデルの可能性を考察した。繰り返しにはなるが、社会的処方の検討はまだ緒に就いたばかりであり、既に先行展開されている様々な公的施策・事業などとの建て付けの整理、各ステークホルダーとの連携に係るストラクチャー構築から始める必要がある。

しかし、健康の社会的決定要因に係る対策は急務であり、民間サービスを有効活用することでまずはスモールスタートを切り、そして循環的なマネタイズモデルを構築することで持続性を確保するための検討も並走することが望ましいと考える。ただし、「住民がありたい姿の実現」という自立支援・ソーシャルワークの視点は大前提であり、社会的処方による受益者は誰なのか、を様々な角度から考えながらモデル構築の一助となるよう努めたい。

[1] 内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2022 新しい資本主義へ~課題解決を成長のエンジンに変え、持続可能な経済を実現~」(2022年6月7日)

[2] 健康の社会的決定要因(SDH:Social Determinants of Health)とは、人々の健康状態を規定する経済的、社会的条件のこと(WHOより)

[3] 西岡 大輔、近藤 尚己. 社会的処方の事例と効果に関する文献レビュー -日本における患者の社会的課題への対応方法の可能性と課題-. 医療と社会. 2020年

[4] Bickerdike L, et al. Social prescribing: less rhetoric and more reality. A systematic review of the evidence. BMJ Open. 2017

[5] Htun LH, et al. Effectiveness of social prescribing for chronic disease prevention in adults: a systematic review and meta-analysis of randomised controlled trials. J Epidemiol Community Health. 2023

[6] 厚生労働省「令和3年度実施事業者の事業報告資料」https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_16654.html

[7] 厚生労働省「令和4年度実施事業者の事業報告資料」https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_23861.html

[8] 厚生労働省「令和5年度採択事業者一覧」https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_30921.html

[9] 三原 岳「骨太方針に盛り込まれた「社会的処方」の是非を問う-薬の代わりに社会資源を紹介する手法の制度化を巡って」ニッセイ基礎研レポート(2020年)

[10] 内閣官房「第1回 孤独・孤立対策の重点計画に関する有識者会議」資料5-2(2021年11月12日)

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ライフ・バリュー・クリエイションユニット/行動デザインチーム

シニアコンサルタント 西口 周

Email:nishiguchis@nttdata-strategy.com

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