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Insight
経営研レポート

組織のアジリティ向上に向けたPMOの役割

2023.01.16
デジタルイノベーションコンサルティングユニット
シニアコンサルタント
村崎 申彦
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ソフトウェア開発の手法としての「アジャイル(方針の変更やニーズの変化などに機敏に対応する力)」が誕生してから20年以上経過し、「アジャイル」という言葉は組織やチームでの意思決定など、ソフトウェア開発以外の領域にも適用範囲が拡大されている。

この20年で時代の変化するスピードも速くなり、より価値あるものをより早く提供することを市場から求められていることも背景としてあると推測する。その結果、組織やチームとしてのアジリティ向上がビジネスにおける付加価値に連動し、重要な指標の一つとなっている。

本レポートでは、特にプロジェクトにおける組織やチームのアジリティを向上させ、アジャイルに価値を提供し続けるためにプロジェクトマネジメントオフィス(以下、PMO)の役割や立ち振る舞いの有用性と具体的な内容について論じたい。

1.どのようにプロジェクトチームのアジリティを向上させるか

様々な企業で多くのプロジェクト(定常業務ではない、期間とゴールの定まった業務)が進められており、システム開発から自社ビル建て替え、人事制度の改訂等など、内容は多岐にわたる。そうしたプロジェクトを推進、・マネジメントする際にはいくつか重要な観点があるが、その内の一つに、プロジェクト内外の変化やギャップに対するアジリティの向上があると考える。

特に、世の中の不確実性が増していく中で、様々な要因で当初想定したプロセスや指標どおりにいかないケースは多々ある。その際に、軽微な課題や障壁であれば当初の計画に戻すことは容易だが、軌道修正が必要な課題や障壁に対してどれだけ早く対応できるかがプロジェクト成功への鍵となる。また、プロダクトやサービスの市場提供サイクルが早くなっていることからも、プロジェクトチームのアジリティを向上させることは重要だと考えられる。

本レポートでは、プロジェクトチームのアジリティを向上させるため、チームにアジャイルアプローチを導入する際、PMOが担うべき役割と可能性について講じたい。

2.既存のPMOからみる役割

PMOの役割は組織やプロジェクトの特性によって大きく異なるが、本レポートではプロジェクトマネージャー(以下、PM)の補佐としてプロジェクト全体のマネジメントを務めるポジションのPMOを想定している。PMOはプロジェクトマネジメントを専門に扱う部門/部署、チームとして、プロジェクトに関連するガバナンスやプロセスを標準化し、プロジェクトの効率化に貢献しているケースが多い。PMOが果たしている役割によって得られる効果は主に以下の2つだと考える。

1つ目はプロセスを確立させることで、プロジェクトが円滑にゴールに向かって進むようになる点である。ゴールに向かう際にプロセスを標準化し、ルールや共通認識を策定することは、チームの文化を形成することに寄与する。そこからチームとしてのケイデンス(歩調)が安定し、しっかりと価値を提供できるチームへと進化していく。

2つ目はステークホルダーによるプロジェクトへの協力関係を構築することができる点である。ステークホルダーの関心事項に関して、プロジェクトでの状況を監視し、定期的に報告することでステークホルダーとのエンゲージメントを強化することができる。プロジェクトを成功に導くためにはステークホルダーとの良好な関係構築が欠かせない。そのためにも、ステークホルダーが求める情報を的確にインプットする必要がある。

この他にも、プロジェクト全体のマネジメントに携わるポジションとして全体課題やリスクを抽出し、是正に向けた役割も担うことが多い。そのため、アジリティを向上させるためにアジャイルアプローチを取り入れる際にPMOというポジションを配置することは理にかなっていると考える。特に、複数のチームが関与する比較的規模の大きいプロジェクトの場合や特性上チーム間を跨ぐタスクが多く発生するプロジェクトの場合などは、プロセスを標準化する必要性が高く、専門の役割を担うポジションの設置は必須だと考える。

3. アジャイルアプローチとは

アジャイルアプローチとは、アジャイルの原理原則を組織活動に当てはめ、顧客への価値提供を主軸とし、プロジェクトを成功へと導くアプローチであると本レポートでは考えている。

「アジャイル」とは、2001年に宣言された「アジャイルソフトウェア開発宣言」のことをここでは指している。

アジャイルソフトウェア開発宣言

私たちは、ソフトウェア開発の実践あるいは実践を手助けをする活動を通じて、より良い開発方法を見つけだそうとしている。この活動を通して、私たちは以下の価値に至った。

プロセスやツールよりも個人と対話を、

包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを、

契約交渉よりも顧客との協調を、

計画に従うことよりも変化への対応を、

価値とする。すなわち、左記のことがらに価値があることを認めながらも、私たちは右記のことがらにより価値をおく。

アジャイルソフトウェア開発宣言の内容から組織やチームに当てはめられる汎用的な内容に読み替え、ここでは

計画や計画したプロセスに従うことに価値があることを認めつつ、個人との対話や対話を通じて判明した変化への対応により価値をおくこと

をアジャイルアプローチの原則と定義した。例えば、プロジェクトチーム内で問題が発生した際には、従来の計画を重要視するアプローチではなく、対象チームのリーダーやメンバーとの対話を通じて対応策を一緒に検討することを指している。

では、アジャイルアプローチが従来のアプローチとどのように異なるのか。大きく異なる点は変化に柔軟である点、すなわち、チェンジマネジメントによる取り組みを行っている点である。

変化に柔軟である点

プロジェクト立ち上げ時にあらゆるリスクや課題が可視化されていることは不可能に近く、いくつかの不確定要素を抱えながらプロジェクトは進む。また、技術革新や社会情勢の変化などがプロジェクトに影響を与えることも少なくない。このようにプロジェクトの内外に変数が多く存在する中でプロジェクトを前進させるためには、変化に対して柔軟に対応する必要があり、変化に対して寛容なマインドセットを組織として有していることが必要となる。

このように、アジャイルアプローチ自体は具体的な手法ではなく、マインドを中心としたアプローチとなっている。このアプローチを具体的にチームや組織へ浸透させるためには、実際にプロセスへ落とし込み、メンバーが実行することが重要かつ最初の一歩となる。そのため、PMOによる標準化プロセスやルール策定などによって、チームや組織へ新しいアプローチを定着させることが可能となると考える。

4.問題解決にアジャイルアプローチを適用する際のPMOの役割

アジャイルアプローチは、価値の実現のために変化に対して柔軟に対応するアプローチであることを説明した。特に先進的な価値実現に取り組むプロジェクトにおいては、技術的な課題にぶつかることや、メンバーの役割が不透明なことによって生じる課題など、様々な課題に直面することが想定される。この章では、問題解決においてアジャイルアプローチを適用する際、PMOは具体的にどのような役割を担うのかについて記載したい。

① チーム間にまたがる課題の構造化に向けたファシリテーション

特に炎上しているプロジェクトによく確認される事象として、「問題があることは分かっているが何が課題なのか分からない」といった状況がある。また、アジャイル手法を取り入れたばかりのプロジェクトチームではメンバーの役割が不明なため、チームとしてうまく機能していないといった状況が確認されている。

このような課題に直面した際、まずは散見される課題を棚卸し、カテゴリーごとに分解し、構造化する。構造化することによって課題の全体像が見えるため、どこから手を付けていくべきかといった前向きな議論が可能となり、議論を前に進められるようになる。

この時に、PMOとしては複数チームを巻き込んだファシリテーションが役割としてあると考える。上記のような課題は単一のチームで発生するよりも複数のチームに跨って発生しているケースが多い。そのため、複数のチームを巻き込んでどういった課題がなぜ発生したのかを調査する必要があり、これがPMOが主体的に取り組むべき役割である。

また、関係者が増えるとそれだけ調整の難易度も上がり、時にはコンフリクトが発生することも想定される。その際に、各チームからの主張を整理しながらも適切に対応することが求められる。

② チーム間をまたいだ論点整理支援

構造化された課題から優先的に解決すべき課題の真因を分析する。この段階でPMOは第三者的な視点で一般的および過去の知見に即した観点からの問いかけを投げることで、真因の特定に貢献する。

③ 打ち手の全体感と価値実現との整合性の調整

整理した論点に対しての打ち手を検討する。打ち手については、課題がどの程度解消できるかに加えて、打ち手を運用する際に想定されうる課題や設定したゴールへの影響についても検討し、事前に潰しこみを行う。また、打ち手は複数の案を出す。

複数の打ち手を検討し、打ち手のリスク予測が完了した段階でPMOは、ステークホルダーとの調整を行い、ゴール達成に向けて一番効果的な打ち手を決定する。その際に、ステークホルダー側からの懸念点もヒアリングし、実行段階で監視すべきポイントとして整理しておく。

④ 実行の管理と伴走支援

決定した打ち手の立ち上がり段階では、当初想定できなかった課題や障壁が確認されることも多いため、一定期間はPMOが伴走しながら運用を開始し、新しい施策の安定稼働に向けて支援する。

5. 最後に

PMOによるアジャイルアプローチとして組織のアジリティを向上させる方法論を論じてきた。組織のアジリティを向上させるアプローチはこれに限らず、他にも様々なアプローチがある。また、PMOに関しても組織やプロジェクトの特性などに応じて役割や立ち振る舞い方も多様に存在する。大事なのは、アジャイルソフトウェア開発宣言に記載されている様な「原理・原則」を意識した上で、自組織に即した内容にテーラリングすることだと考える。そのためにも、既存の風土や形式を尊重しつつ、過去の経験に囚われない「アジャイル」な発想を少しでも組み込みつつ、カイゼンを続けていく必要があるのである。

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