logo
Insight
経営研レポート

EUにおけるフードシステムの転換に向けた道筋と日本への展開に向けて

2022.08.26
ライフ・バリュー・クリエイションユニット
シニアマネージャー 新見 友紀子
シニアコンサルタント 久保 実可子
heading-banner2-image

はじめに

世界の人口増加に伴い、食料システムによる環境負荷は拡大しており、温室効果ガス(Greenhouse Gas 以下、GHG)排出量は総排出量における34%を占めている。そのうち農業・その他の土地利用による割合は71%にも上るとされる。一方、気候変動は農業生産に対しても、豪雨、乾燥、高温、生物相の変化などの影響を与えているため、安定した農業生産のためには農業自体の変革が迫られている。

世界経済フォーラムはNTTデータ(スペイン)とデロイト(米)と連携し、インサイトペーパーとして「Transforming Food System with Farmers: Pathway for the EU」を2022年4月に発表した。これは、トップダウンではなく農家を中心としてフードシステムを転換していくための道筋を示した資料である。本レポートでは、「Transforming Food System with Farmers: Pathway for the EU」の内容を紹介しつつ、日本やアジアでのCarbon Farmingをどのように進めていくべきか、展開の方向性を示唆したい。

i Crippa, M. et al., “Food systems are responsible for a third of global anthropogenic GHG emissions”, Nature Food, vol. 2, 2021, pp. 198-209, https://www.nature.com/articles/s43016-021-00225-9.

ii https://www.weforum.org/reports/transforming-food-systems-with-farmers-a-pathway-for-the-eu/

EUのマルチセクターによる農業の脱炭素化推進の動き

EUでは農業の脱炭素化推進に向け、農業に関わる企業や機関、大学等でつくる、農家のニーズと実態に即した気候変動対応策の提言を目指す「EU Carbon+ Farming Coalition(農業連合)」が組織されている。

EU Carbon+ Farming Coalition では、気候変動が進む中、農業の転換は不可避であることを踏まえ、各企業の利害関係を越えてEUで持続可能な農業が広がるよう、課題を調査し対応策の検討を進めている。農家中心の転換を目指していることから、課題について、気候変動に対応した農法を実施する際、農家にはどのような障壁があるか、また農家自身は気候変動と農業に関してどのような認識を持っているのかといった項目を調査している。また具体的な手法として、EUにおけるCarbon Farming(大気中のCO2を土壌に取り込んで、農地の土壌の質を向上させ温室効果ガスの排出削減を目指す農法)への移行に向けた検討を行っている。

EU Carbon+ Farming Coalition はEUグリーンディールを主導する欧州委員会副委員長の呼びかけに応じて設立した組織であり、ドイツの化学大手であるバイエルが中心となり、シンジェンタ(スイス)やBASF(独)などの農業分野に関わる大手企業が参加している。加えて、保険業、食品加工、NGO法人、研究機関、世界経済フォーラムなどの国際機関など、複数のセクターを横断してメンバーが構成されている。

「Transforming Food System with Farmers: Pathway for the EU」で示されたフードシステム転換への道筋についてもEU Carbon+ Farming Coalitionの支援の下作成されている。

世界経済フォーラムのインサイトペーパーについて

EUのグリーンディール政策である「Farm to Fork(農場から食卓まで)戦略」では、気候変動の影響を変化させ、自然や人間に優しいフードシステムへの移行を促進してくことを目的としている。その中心として「気候スマート農業※」のアプローチが据えられている。

「Transforming Food System with Farmers: Pathway for the EU」では、EUにおける農家とフードバリューチェーンの状況を考察し、気候スマート農業の規模を拡大するための道筋を示しており、そのための調査として7カ国、約1,600人の農家を対象とした大規模な調査や協議を行った。

※ 気候スマート農業:温室効果ガスの排出や生物多様性の損失への影響を与える農業手法に対し、気候や自然、人にやさしい実証された農業アプローチについて、本ペーパーでは「気候スマート農業」と称している。

調査の結果、農業分野で2030年までに20%の気候スマート農業を導入した場合、EUにおける年間の農業由来の温室効果ガスの排出量は6%削減され、EUの農地の14%で土壌の健全性を回復させつつ、農家の収入を年間19億~93億ユーロ向上する可能性が示唆されている。

EUの農業は経済的に厳しい状況にあるため、農家が気候変動に対応した農法の投資を行うには限界がある。精密農業やハイテクノロジーを用いた農業への対応による経済的なメリットに関する認識が広がることが重要であり、下記のグラフの通り農家が収益を増加するために役立つという認識が高い技術ほど、気候変動に対応した農法の導入率も増加するという傾向がみられた。

経済的な価値を認識した上での実践的な使用率

content-image

(出典:世界経済フォーラム「Transforming Food System with Farmers: Pathway for the EU」)

また、知識や情報不足は、投資コストに次いで高い障壁となっており、気候スマート農業について「良く知っている」「知っている」と答える農家は4人に1人にとどまっている。

さらに、持続可能な農業への転換には、生産性と作物の品質の向上や気候変動への適応など、農家や農業全体に様々なメリットをもたらすデジタルツールの導入が効果的であるが、その導入率は平均31%程度である。その他の気候に配慮した手法の導入率は平均41%であり、デジタルツールの導入率の低さは明白である。

これらの課題を解決していくためには、以下の4つの方向性の取り組みを促進していくことが重要だとしている。

① 資金調達とリスク管理

② イノベーションのエコシステム

③ 教育と意識向上

④ 政策による環境整備

調査から得られた知見に基づき、EU Carbon+ Farming Coalitionはパイロットプログラムを実施して、各障壁への実現可能な解決策の実証を行う。パイロットプログラムは以下のテーマが検討されている。

  • 農家のためのナレッジ共有の強化
  • 気候変動に配慮した調達ガイドラインの開発
  • 革新的なリスク分散と資金調達メカニズムの設計
  • 信頼できる炭素市場の構築に資する、コスト効率の高い測定・報告・検証(MRV)ソリューションの特定
  • 特定の作物部門でのリジェネラティブ農業の導入

※ リジェネラティブ農業:土壌の回復を通じて生物多様性やGHGの排出削減、高品質な農産物の生産等に取り組む農法

最後に

本レポートではEU Carbon+ Farming Coalitionの活動を軸に、EUで検討されている持続可能な農業への転換に向けた課題と取り組みを紹介した。地域性や気候など、EUと日本、アジアの置かれる状況は異なるが、農業が地球環境に及ぼす影響や農家が抱える課題は、EUと日本、アジアの間で共通項は多い。

気候スマート農業の枠組みをEUだけの視点ではなく、日本をはじめとするアジアにおける農業の観点も加えていくためには、日本やアジアからの情報発信が欠かせない。そのためには、モンスーン気候などの特徴を踏まえ、日本の官民が中心となりアジア版のCarbon+ Farming Coalitionとなるような組織を立ち上げ、企業の利害関係を越えた取組の第一歩を踏み出すことが必要ではないだろうか。

問い合わせ先

ライフ・バリュー・クリエイションユニット

シニアマネージャー 新見 友紀子

シニアコンサルタント 久保 実可子

Tel:03-5213-4110

TOPInsight経営研レポートEUにおけるフードシステムの転換に向けた道筋と日本への展開に向けて