国際標準化を梃子にした技術政策とデジタルトランスフォーメーション

~中国のケース:「中国製造2025」から「中国標準2035」への取り組み~

社会システムデザインユニット
シニアコンサルタント 粕谷 友里恵
コンサルタント 三藤 米利紗
マネージャー 栗原 章
パートナー 渡邊 敏康

1. はじめに

科学技術や製造業をはじめとする様々な分野において、近年、中国の存在感が高まっている。なかでも中国は、技術開発だけでなく技術基準や国際的なルール形成に向けた国際標準化にも注力している。

中国政府は、2015年5月に発表した、2025年までに製造強国への仲間入りを目指す「中国製造2025」に続いて、2021年10月に中国における標準化の方向性を定めた「国家標準化発展綱要」(いわゆる「中国標準2035」)を発表した。AIや量子技術、次世代情報技術などを対象分野として、2035年までに中国の標準化管理体系を構築することを目標としている。

本稿では、「中国製造2025」から「中国標準2035」までの流れを捉えつつ、中国における国際標準化戦略を概観する。

2. 技術政策の変遷

2015年5月、中国政府は「中国製造2025」を発表した。「中国製造2025」は、中国製造業の発展に向けて、3段階に分けた第1段階にあたる2015年から2025年までの10年間の行動計画である。

第1段階では、大規模な製造能力を誇る「製造大国」から、2025年までにより高いイノベーション能力を併せ持つ「製造強国」への仲間入りを果たすことを目標に掲げている。

また、2025年以降の計画として、2035年には中堅レベルの製造強国となることで(第2段階)、建国100年を迎える2049年には製造強国のトップグループに入る(第3段階)という目標も示されている(図1)。

計画策定の背景として、情報通信技術(ICT)の発展に伴う世界的な製造業の再編や国内の経済発展環境の変化、先進国との工業化における差といった中国の認識が示されている。

図 1 「中国製造2025」で示された製造業強化ロードマップ
出所:中国国務院ウェブサイトを基にNTTデータ経営研究所作成

「中国製造2025」の推進に向けて、中国政府は9つのミッションを掲げて、製造大国に向けた施策を進めてきている(表1)。

表 1 「中国製造2025」の9つのミッション

出所:中国国務院ウェブサイトを基にNTTデータ経営研究所作成

これらのミッションを推進する重点事業として、国家製造業イノベーションセンターの設立、スマート製造、工業基盤強化、グリーン製造および高性能設備のイノベーションが示されている。

国際標準化については、ミッション1「製造業の技術イノベーション能力の向上」において、イノベーション能力向上施策の一環として「標準システムの構築の強化」を掲げている。本施策では、国内での標準策定を推進するとともに、中国企業、研究機関および業界団体による国際標準策定プロセスへの参加を奨励・支援することにより中国規格の国際化を加速させるという方針について言及している。 また、ミッション6の「重点分野でのブレイクスルー推進」においては、「中国製造2025」で重点的に取り組む分野を規定している(図2)。対象分野に対しては、開発を目指す機器や能力の強化をめざす技術が示されている。例えば次世代情報技術では、国産チップの応用・適応能力向上を取り組みのひとつとしている。

図 2 「中国製造2025」で示された十大重点分野
出所:中国国務院ウェブサイトを基にNTTデータ経営研究所作成

3. 国際標準化の推進

中国の国際標準化を時系列で見ると、2015年に標準化政策の課題認識が示されたのち、2018年以降は「中国標準2035」の一部として中国規格の国際化が進められている。

2015年3月、標準化作業の改革と技術標準システムの構築を強化させる計画が「深化標準化工作改革方案」において示された。この方案によれば、これまで中国が策定した国際標準は国際標準全体の0.5%に過ぎず、国際的に認知されていないことが課題として挙げられている。この課題認識を踏まえて、国際標準への中国の影響力を高めるべく、より多くの国際標準化機関の専門機関や主導する立場に就くことによる発言力の強化、海外プロジェクトの受注、並びに主要設備の輸出などに取り組む方針が示されている。その活動計画として、一帯一路構想、中国製造2025、ならびに国際的な生産能力と設備製造協力の戦略に焦点を当てている。これに加えて、鉄道、電力、鉄鋼、航空宇宙、原子力などの分野における中国規格の海外進出を推進することも掲げられている。

2018年1月、深化標準化工作改革方案を踏まえつつ、国家レベルの標準化戦略である「中国標準2035」の検討開始が発表された。「中国標準2035」では、IoT、情報技術機器などの国家標準や業界標準の国際標準化の推進が目標とされている。「中国標準2035」の要点は2020年3月に発表された「全国標準化工作要点」でまとめられている。それによると、IoT、クラウドコンピューティング、ビッグデータ、5G、AIなどを世界の重要なインフラを支える未来技術と捉え、これらの技術の規格開発に重点を置いている(表2)。

表2 「中国標準2035」における取組内容

出所:中国国務院ウェブサイトを基にNTTデータ経営研究所作成

また、2021年10月に公表された「国家標準化発展綱要」では「全国標準化工作要点」の具体的な方針が示されている。①2025年までに標準の策定を政府主導から政府・市場主導へ転換すること、②標準の運用を産業・貿易分野から経済・社会全体へ転換すること、③標準化を国内から国内・国際相互促進へ転換すること、ならびに④標準化の展開を数量規模型から品質効益型へ転換することを目標としている。さらに、2035年には、中国の標準化管理体系を完全にすることが目標として定められている。

特に、標準化と科学技術イノベーションの相互発展の推進については、応用が有望な分野での技術開発と標準化の同時展開が挙げられている。具体的な分野としては、AI、量子情報、バイオテクノロジーなどの分野における標準化研究、次世代情報技術、ビッグデータ、ブロックチェーン、ヘルスケア、新エネルギー、新素材などが示されている(図3)。

図 3 標準化と科技イノベーションの相互発展の対象分野
出所:中国国務院ウェブサイトを基にNTTデータ経営研究所作成

4. 国際標準化機関において高まる存在感

中国は、「中国標準2035」の方針を踏まえ、国際標準化という手段を通じて自国技術を海外展開していく技術政策を推進している。

中国の国際標準化活動に目を向けると、例えば、電気通信分野の国際標準策定を担う国際電気通信連合(ITU)の電気通信標準化部門(ITU-T)で目立った動きが見られる。一般社団法人情報通信技術委員会(TTC)の調査によれば、2021年に中国がITU-Tに提出した寄与文書数は全体の44%を占めている。これは日本の8倍以上となっている。

図 4 2021年に提出された国別寄書数と割合
出所:一般社団法人情報通信技術委員会(TTC)の資料を基にNTTデータ経営研究所作成

5. 終わりに

昨今のICTの活用が進むデジタルトランスフォーメーション(DX)の時代において、現実空間(フィジカル)の情報が仮想空間(サイバー)と融合していく「サイバーフィジカルシステム(CPS)」の社会実装に向けた取り組みが国内外で進められている。デジタルテクノロジーの浸透とその活用分野の多様化が進展していくことで、社会システム全体を俯瞰した設計と相互運用性を意識したアプローチが必要となってきている。

このような中、中国の国際標準化戦略でも取り上げられている分野の一つである次世代情報技術については、中国政府の主導でDXを推進するデジタルシルクロード構想でも重視されている。国際標準化の舞台では、ICT分野の国際標準化の一翼を担っている国際機関ITU-Tにおいても、前述の通り中国が大きな存在感を示していることがうかがえる。

日本においても、デジタル庁の発足に象徴されるように、DXの推進に向けた取り組みが加速している。2021年9月1日に発足したデジタル庁は「デジタル社会に必要な共通機能の整備・普及」「国民目線のUI・UXの改善と国民向けサービスの実現」「国等の情報システムの統括・監理」を主な政策分野として、デジタル社会の実現をミッションとしている。こうしたデジタル化に向けた政府による取り組みが活発化するのと並行して、昨今の様々な社会的な課題を踏まえつつ、DXをより一層推進する必要性が浮き彫りとなってきている。

DXの推進を通じて、分野間のデータ連携が加速化していく中、サイバーとフィジカルの両側面からの社会システム構想に向けた取り組みが求められてきている。今後、重要インフラとも連動していくことで、基幹インフラの機能維持に向けたサイバーセキュリティや技術体系の整備、産学官が連携したサプライチェーン全体を統合したシステム体系の在り方の検討が必要となるだろう。国際標準化動向を通じて、各国の技術政策や(国際標準化をチャネル・プロモーションとして捉えた)マーケティング戦略、企業のオープン・クローズ戦略、そしてDXに向けたスタンスなど様々な事象を捉えることができる。今後の日本の立ち居振る舞いを考える上では、他国がどのような活動をしているか、国際標準化をはじめ様々な角度から見極める必要があるだろう。

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