経済安全保障レポート「先端技術の研究開発と実用に関する米中の取り組み」

第1回:米国の量子情報科学に関する戦略と取り組み

社会システムデザインユニット 兼 グローバルビジネス推進センター
シニアスペシャリスト
新開 伊知郎

I. 米国連邦政府の戦略と取り組み

1. 国家量子イニシアチブ法(2018年)が制定されるまでの動き

1980年代以降の量子情報科学(Quantum Information Science, 以下、QIS)上の重要な発見、1990年代以降の先駆的な実験の数々、2000年代からの量子工学、そして現在の商用化への取り組みと、近年QISは急速に発展を遂げてきた。量子情報科学の分野は特に情報通信技術への応用が期待され、主要なテーマには量子コンピューター、量子暗号、量子テレポーテーションなどが挙げられる。この発展によってもたらされるイノベーションは、産業や雇用、安全保障などに大きな影響を与えると予想され、2009年にホワイトハウスの国家科学技術会議(National Science and Technology Council, 以下、NSTC)は「QISに対する連邦ビジョン(A Federal Vision for Quantum Information Science)」1を発表した。これは、米国政府が初めて量子技術に関して政策指針を示したもので2、関連機関に対し、量子物質の振る舞いを制御・操作・活用するための、また、量子情報処理システムの物理学的・数学的・計算論的能力と限界を明らかにするための科学的基盤の構築に向けて、研究の優先課題を共有し協調して取り組むことを求めている。2016年には、NSTCの科学委員会(Committee on Science)と国土・国家安全保障委員会(Committee on Homeland and National Security)が「先端QIS・国家の課題と機会(Advancing Quantum Information Science: National Challenges and Opportunities)」という合同レポートを公表した3。さらに、2018年6月に、NSTCに量子情報科学小員会(Subcommittee on Quantum Information Science、以下、SQIC)が設立され4、同年9月に「QISのための国家戦略概要(National Strategic Overview for Quantum Information Science)」が出された5

(1) QISのための国家戦略概要

「QISのための国家戦略概要」は、急速に発展することが予想されるQISを推進するために、

① 省庁間および官民間の協調

② QIS分野における多様な人材の育成と確保

③ 複数の学科、教育と研究、産官学といった様々なレベルにおけるコミュニティ横断的なつながり

④ QISが経済や安全保障分野に及ぼす影響が見通せない状況においては「発見(discovery)」という文化・マインドの維持

という4点を重視して、以下の6つの方針を示した。関連省庁はこれらの方針に従って計画の策定が求められた。

① QISに対する科学ファーストのアプローチの採用

② 将来に向けた量子分野の人材育成

③ 量子産業との関係強化

④ 重要インフラの提供

⑤ 安全保障と経済成長の確保

⑥ 国際協力の推進

SCQISは米国政府のQISの取り組みポートフォリオを①量子センサー、②量子コンピューター、③量子ネットワーク、④量子理論やデバイスの進化によって可能になる科学分野の発展(素材、化学、宇宙論等)の4つの基礎科学と、①技術支援、②将来的なアプリケーション、③リスク緩和(量子時代の暗号など)の3つの技術開発の7つのカテゴリーで評価している。なお、米国政府のQIS関連の研究予算の約9割は前者4つの基礎科学分野に投入されている。

(2) 国家量子イニシアチブ法

上記のように、米国は、2000年代初頭より、政府横断的にQISの推進に取り組んできたが、この動きは、2018年12月、国家量子イニシアチブ法(National Quantum Initiative Act、以下、NQIA)の制定に結実する。これは今後10年間の米国のQISの主に民生分野における取り組みの基本的な枠組みを定めるもので6、当初5年間に約13億ドルの投資を認めている7

① 国家量子イニシアチブ法(NQIA)の目的

NQIAの目的は、以下の活動を通じて、QISとその技術利用における米国の持続的なリーダーシップを確実にすることである。

表1 NQIAで求められている活動

1 人材パイプラインの構築
  • 量子情報科学技術の教育における研究者・教育者・学生数の拡大
  • 学部・大学院・ポスドクレベルでのQISに関する分野横断的なカリキュラムや研究機会の開発
  • 計算研究を含む基礎研究における知識ギャップへの取り組み
  • 量子情報科学技術の研究・実験・教育のための施設やセンターの拡充
2 連邦政府における計画策定の改善、省庁間連携の強化
3 連邦政府による研究開発や実証の効果の最大化
4 連邦政府、国立研究機関、産業界、大学の連携推進
5 国際標準の開発の推進
  • 技術革新や民間部門における商用化の促進
  • 経済および安全保障上の目的の達成

② 連邦政府の戦略遂行体制

(ア) 政策プログラム実施機関

QIAは、上記の目的を達成するために、国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology, 以下、NIST)と国立科学財団(National Science Foundation, 以下、NSF)、エネルギー省(Department of Energy, 以下、DoE)に対し、政策プログラムの目標を設定し、QISに関する研究開発と教育を支援し、連邦政府の研究機関や大学、企業、その他関連機関のパートナーシップを推進することを指示している。NISTとNSF、DoEそれぞれへの指示事項は以下のとおりである

表2 NQIAの指示事項

担当機関 指示事項
NIST ①量子アプリケーションの商用化を推進するために必要な測定および標準に関する基礎・応用量子情報科学技術の研究開発の支援
②QISの科学者の養成
③量子情報科学分野の発展を目的とした産業界、大学、連邦研究機関といった官・民セクターのコラボレーションやコンソーシアムの結成・拡張。特に、将来の測定・標準・サイバーセキュリティなど、米国における量子情報科学技術産業の発展に必要なニーズを明らかにするために関係者を結集した量子コンソーシアムの結成8
NSF 高等教育機関等への競争的資金の提供などにより、
①量子情報科学技術に関する基礎的研究・教育プログラムの実施
②米国市民でQISの修士号・博士号の修得を目指している大学院生を対象とした高等教育機関でのトレーナーシッププログラムの実施
③高等教育機関等への量子研究・教育のための分野横断的なセンター(Multidisciplinary Centers for Quantum Research and Education)を2~5機関設置するための資金の提供。設置された各センターに2019年から2023年の5年間、毎年1000万ドルまでの支出が認められている9
DoE ①量子情報科学の基礎研究プログラムの実施
②量子情報科学技術における科学的ブレイクスルーを加速するための基礎的研究を行う国立量子情報科学研究センター(National Quantum Information Science Research Center)を2~5機関設置し運営すること。設置された各センターに2019年から2023年の5年間、毎年2500万ドルまでの支出が認められている10

(イ) 戦略策定・調整機関

NQIAはNIST、NSF、DoEにNQIAに関わる政策プログラムの実行を指示しているが、この3機関以外にも多数の連邦政府省庁がそれぞれのミッションを果たす上で必要なQISの研究開発に携わっている。これらの機関間の情報共有や連携の推進、また連邦政府全体の戦略策定を行うため、NQIAは3つの調整機関を規定している。

表3 QIS推進のための連邦政府の調整機関

調整機関 概要
国家量子調整室
(National Quantum Coordination Office, 以下、NQCO)
  • 2019年3月4日発足11
  • ホワイトハウス内に設置され、連邦政府内の日々の調整業務を担当
  • ホワイトハウス内の科学技術政策局長が、商務省長官、DoE長官、NSF理事長と協議の上、室長を任命
量子情報科学小委員会
(Subcommittee on Quantum Information Science , 以下、SCQIS)
  • NSTCの下に設置
  • NIST、 NSF、 DoE、アメリカ航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration, 以下、NASA)、国防省(以下、DoD)、国家情報長官室(Office of Director of National Intelligence, ODNI)、行政管理予算局(Office of Management and Budget, OMB)、科学技術政策局(Office of Science and Technology Policy, OSTP)等のメンバーによって構成
  • NIST所長、NSF理事長、DoE長官が共同議長を務める。
  • SCQISのミッションは以下のとおり。
    ①連邦政府内における量子情報科学技術研究や教育活動の調整、国際標準の開発および利用状況に関する情報共有
    ②政策の目標と優先順位の設定
    ③連邦のインフラへのニーズに関する評価と提言
    ④米国の量子情報科学人材の状況、開発、多様性の評価
    ⑤米国外の量子情報科学に対する取り組み状況の評価
    ⑥戦略的同盟国との量子情報科学技術における国際協調の可能性評価
    ⑦バランスの取れた量子情報科学研究のポートフォリオと適切な水準の研究活動維持するために必要な省庁横断的な政策予算のOMBへの提案
  • 本法に半年先立つ2018年6月に設置、活動を開始しており、本法の成立により法定組織となった。
国家量子イニシアチブ諮問委員会(National Quantum Initiative Advisory Committee, 以下、NQIAC)
  • ホワイトハウス内に設置
  • 産業界や大学、国立研究所の有識者から構成
  • 諮問機関として量子情報科学技術政策に関して大統領やSCQISに提言を行う。

2. NQIA制定後の連邦政府の取り組み状況

SCQISは2021年1月に「2021年度大統領予算要求国家量子イニシアチブに関する補足資料(National Quantum Initiative Supplement to the President’s FY2021 Budget)」というレポートを公表した。これはNQIAによって作成が義務付けられた、NQIに関するアニュアルレポートである。

連邦政府のQIS関連支出はFY2021が4億5000万ドル、FY2020が5億8000万ドル(推定)であり、FY2021には7億1000ドルをQISのために予算要求している。

前述のQISのための国家戦略概要で設定された6つの政策分野別および連邦政府省庁別のQISへの取り組み状況が報告されているので、以下、内容を紹介する。

(1) 政策分野ごとの取り組み状況

① サイエンス・ファーストアプローチ

歴史的に、量子力学の研究は、原子時計や全地球測位システム、レーザー、トランジスター、磁気共鳴画像法(MRI)などの革新的な技術を生み出した。一方で情報理論の研究は、コミュニケーション、計算およびデータサイエンスの変革をもたらした。この2つの分野の合流点に探索すべき新しい科学的展望が開け、新しい量子情報科学技術アプリケーションとユースケースの可能性がある。産・学コミュニティは、QISが革新的な技術を生み出す大きな可能性があることを明らかにしているが、重要な技術的基盤を確立するには基礎研究への投資が必要であり、コアQIS 研究開発プログラムの強化、新しいQISセンターの立ち上げ、量子フロンティアの探索といったサイエンス・ファーストのアプローチを取っている。そのためのアクションは以下のとおりである。

表4 サイエンス・ファーストの原則に関する取り組み

担当機関 主な活動
SCQIS QISに関する様々なトピックについて省庁間ワーキンググループ(IWG)を結成
NQI活動の調整と情報発信を支援するためのWebサイト(www.quantum.gov)を開設
2019年5月にホワイトハウスアカデミックラウンドテーブルを開催し、大学の学部長や研究担当副学長を含む学会の指導層とSCIQSに参加する省庁の局長クラスがアカデミックQISプログラムの発展について議論
SCQIS、NQCO ・2020年10月にQuantum Frontier Report12を公表。本レポートは、調査・RFI・QISワークショップ・ラウンドテーブルを通じてQIS 研究開発コミュニティによって提唱された概念を収集・整理し、QISに変革をもたらす可能性があり、政府、民間部門、および学界が優先的に取り組むべき課題領域として、①量子技術が社会に利益をもたらす機会の拡大、②量子工学の構築、③量子技術のための材料科学の特定、④量子シミュレーションによる量子力学の探求、⑤精密測定のための量子情報技術の活用、⑥新しいアプリケーションのための量子もつれ13の生成と伝送、⑦量子エラーの特性評価と軽減、⑧量子情報を活用した宇宙の理解の8つのフロンティアを設定している。
SCQISサイエンスIWG、NQCO 毎年QISプログラムデーを開催し、政府全体のQISプログラムマネージャーが、QIS 研究開発のプロジェクトと方向性について議論
SCQIS 、NQCO NQCOはSCQISと連携して2020年2月に「アメリカの量子ネットワークのための戦略ビジョン」(A Strategic Vision for America’s Quantum Networks)発表。SCQISが、量子ネットワーク研究開発の調整を行うための量子ネットワークWGを設置。
NSF、DoE 全米の科学者、エンジニア、技術者が結集してQISの基本的な科学原理を研究するための新たなセンターや研究所の設置15

② 明日の量子人材の育成

QIS 研究開発への活発な取り組みと産業界におけるQISへの投資の増大により、QIS人材の現在の供給は需要を下回っている。人材育成支援のため、以下のような活動が実施された。

表5 人材育成に関する取り組み

担当機関 主な活動
SCQIS 省庁間労働力WG(IWG on Workforce)を通じて、政府全体の人材開発の調整。IWGは、教育界や産業界、QED-C16、およびその他の機関と協力し、QISの労働力の需要と供給を把握。
NQCO NSFと連携して量子教育の早期の機会提供と広報に取り組み、高校での機会拡大を目的とした官民パートナーシップであるNational Q-12 Education Partnershipを立ち上げるなどの活動を実施
NIST、DoE 共同機関(NISTのJILA、Joint Quantum Institute(JQI)、およびJoint Center for Quantum Information and Computer Science( QuICS)17)やDoEの国立研究所での活動等様々なプログラムを通じて、QIS分野で働く学生とポスドクを支援
NSF
  • 人材開発の主要な資金提供者として、QISの学際的な性質を考慮し、NSF内に本部横断的なワーキンググループを結成
  • QISE-NET18として知られる産学共同大学院研修プログラム、DoEおよびAFORと共同主催する、大学院生およびポスドクの重要な量子科学のトピックとその技術的応用に関するトレーニングを目的とした量子科学サマースクール、 NSF量子コンピューティングおよび情報科学ファカルティフェロープログラムや大学院研究フェローシッププログラムといった施策を通じて人材開発を支援

③ 量子産業との連携の深化

国の経済成長と繁栄は、強力な産業とイノベーションを生み出す活気に満ちたエコシステムに依存する。基礎研究は、新しい知識や新しい材料、新しいプロセス、新しい技術を創造し、米国産業の能力を最先端のものでありつづけさせる技術力のある労働力を育成することによって、このエコシステムを発展させる。同時に、新しい産業の成長は、新しい科学的発見を可能にし、より多くの国に利益をもたらす。しかし、発見を実用技術にうまく転換することは困難であり、科学者、エンジニア、開発者、ベンチャーキャピタリスト、起業家、メーカー、顧客が連携し、イノベーションエコシステムで協力することが必要である。このようなイノベーションコミュニティ全体の動きをサポートするために、以下のような活動が行われた。

表6 産業界との連携強化に関する取り組み

担当機関 主な活動
SCQIS 開発者とQISテクノロジーの潜在的な早期利用者である省庁をつなぐエンドユーザーIWG(省庁間WG)を設置
NIST NQIAの規定に従い、QED-Cを設置
NSFとDoEがサポートするQISセンターと研究所 それぞれに業界パートナーが参加し、大学や国立研究所が産業界と結び付くことによって技術移転を促進
SCQISの参加メンバー省庁(NASA、NSF、DoE、DoD等) 重要な研究開発活動をサポートするため、SBIR / STTRプログラム19により、量子技術経済セクターの新興企業や中小企業に研究資金を提供
NSF
  • 大学の研究者が起業機会を探求し、新しい科学的発見が持つ潜在的な経済的影響力を理解するのに資するため、I-Corpsプログラム20を実施
  • 2020年度、Convergence Acceleratorプログラム21に、早期に実現すると思われるQISのユースケースを求めてQuantum Technologyトラックを追加。(Convergence Acceleratorは、官民はじめ様々なパートナーシップを活用して、研究成果を迅速に実用的な技術に転換することを目的とするもの)
  • 2020年度、商用量子コンピューティングクラウドプラットフォームでの大学院生の作業を支援するための補助金の提供を開始

④ 重要インフラ(研究開発のための機器、設備といった研究基盤)の提供

科学インフラストラクチャーは、重要な共通技術的・科学的機能を研究コミュニティに広く提供することにより、調査・発見から技術開発までの進歩のサイクルを加速する。 QISでは、研究者がより高度な調査を実施するにつれて、ますます複雑な実験および技術システムが必要になる。新しいアプリケーションや非常に不安定な量子状態の探求には、特殊な材料、厳密な公差、超低温、および新しい量子制御システムを備えたプラットフォームが必要である。ナノテクノロジーや半導体開発などの目的で行われた投資に加えて、インフラストラクチャーへの追加投資は進歩を促進し、他の方法では不可能な科学的および技術的ブレイクスルーを可能にする。インフラストラクチャーの開発をサポートする活動として、次のようなものが挙げられる。

表7 研究基盤の整備・提供に関する取り組み

担当機関 主な活動
NASA エイムズ研究センターにおいて、量子アニーラー22のテストを可能にするインフラストラクチャーを強化
NSF
  • QISおよび量子材料の研究開発を可能にするために様々な研究インフラストラクチャーを科学者に提供
  • 現在のコンピューター技術と比較可能な利点を備えた実用的な量子コンピューターを構築することを目的とした、量子用ソフトウェアテーラードアーキテクチャ共同設計プロジェクトに投資
  • Q-AMASE-iプログラム23により、2019年度、量子材料とデバイスのプロトタイピングと開発のための中規模インフラストラクチャーを備えたファウンドリーを設立
DoE
  • ナノスケール科学研究センターのサポートを拡大し、新しいQISツールと材料の開発を支援、量子テストベッドプログラムを通じた初期の量子技術を提供
  • オークリッジ国立研究所において、量子コンピューティングユーザープログラムを通じて現在の量子コンピューターへのアクセスを提供
NIST ボルダー極低温貯蔵量子テストベッドの立ち上げを支援し、研究者が標準化されたツールと実験プロトコルを使用して誘電体と呼ばれる種類の材料の性能を調査、比較することを可能にした。

⑤ 安全保障と経済成長の確保

National Strategic Overview for QISは、科学的発見と技術的可能性が生じた際、米国がQISと技術の経済的および安全保障上の利益を確実に実現するために、注意深い状況ウォッチと迅速な対応、QISテクノロジー市場の開拓、政府全体の調整メカニズムの活用、知的財産と規制に関する適切な対応といった、包括的アプローチを取るよう求めている。これに対応して以下のような活動が行われている。

表8 安全保障と経済成長に関する取り組み

担当機関 主な活動
NSTC 量子科学の経済的・安全保障的利用に関する小委員会(Subcommittee for Economic and Security Implications of Quantum Science)が、経済および国家安全保障上の問題を担当
NIST 商務省の一部として、技術移転に焦点を当てた共同研究開発契約を通じて産業界に直接関与
DoE 技術移転局(Office of Technology Transitions)は、産業界、大学、投資家やエンドユーザーとラボのイノベーターや専門家間の活発な情報やアイデアの交換に向けてQuantum Innovation Xlab24イベント等を開催
NSF 量子技術経済セクターの発展を加速するため、Q-AMASE-iプログラムにおいて、ファウンドリーの運用および技術開発活動で緊密に業界パートナーと連携
NIST、NSF、DoD 量子耐性暗号とも呼ばれるポスト量子暗号については、標準や暗号化ソリューション等のアップデートといった取り組みを様々なアプローチで支援
QED-Cなどの業界コンソーシアム NISTやDoE、DoDのリーダーシップとともに、新興技術の市場に関する懸念に対処

⑥ 国際協力の推進

国際協力は、科学的能力、経済的競争力、および安全保障に関わるあらゆる戦略に不可欠な要素である。

日米は、「量子協力に関する東京声明」25を共同で作成し署名した。この声明は、「探求の自由、メリットに基づく競争、開放性および透明性、説明責任並びに互恵関係といった我々が共有する価値観に支えられ、知的財産の保護、安全かつ包括的な研 究環境、研究における厳密さや規範、研究セキュリティおよび管理負担の軽減を推進する誠実な協力に着手する」など、QISを取り巻く国際協力の原則を宣言した。

科学とフロンティア技術の対話に関する米国とオーストラリアの合同委員会会議は、両国間の協力を深め、QISの変革の可能性を実現し、両国の国家安全保障と経済的繁栄へのプラスの影響を促進することに合意した。

表9 国際協力に関する取り組み

担当機関 主な活動
SCQIS、OSTP
  • 国務省と連携して、QISにおける国際協力を促進
  • 米豪量子産業対話や米英量子ワーキンググループ等を実施
NIST QISテクノロジーの国際標準の開発

(2) 連邦政府省庁の取り組み状況

① NIST

  • NISTはNQIAの規定に従い、QED-Cを結成した。本コンソーシアムは、将来、量子経済において必要になるサプライチェーンを構築することにより、量子研究における米国のリーダーシップを拡大することを目的としている。
  • NISTは、産業界と共同研究開発契約(CRADA)を締結し、NIST研究所へのアクセスと技術移転を促進している。
  • NISTのナノスケール科学技術センター(Center for Nanoscale Science and Technology, CNST)は、多様なQISデバイスのプロトタイプを作成できるユーザー向けの施設である。 NISTのボルダー微細加工施設は、超伝導デバイスと統合フォトニクスのための主要施設である
  • NISTは量子計測学に関して各国の国立計測研究所と協力して取り組んでいる。
  • NISTのコロラド大学/ボルダー校との提携機関であるJILA、メリーランド大学カレッジパーク校との提携機関であるJoint Quantum InstituteとJoint Center for Quantum Information and Computer Scienceは、学部生と大学院生にQISの教育と研究の機会を提供している
  • NISTは、GPSへのバックアップを最大2週間提供するのに十分なホールドオーバー時間を備えた、コンパクトな光原子時計のプロトタイプを設計する取り組みを開始した。 このような時計が適切な値段で製造されるようになれば、携帯電話の塔やインターネット交換局に設置されると考えられる。
  • NISTは、汎用量子ネットワークを構築するための様々な取り組みを支援するために、イオントラップ技術を利用してスケーラブルな量子中継器を構築するプログラムを立ち上げた。

② NSF

NSFのQuantum Leap Challenge Institutes(QLCI)プログラムは、QISとエンジニアリングの最前線の大規模な学際的研究プロジェクトを支援する。QLCI機関は、量子コンピューティング、量子コミュニケーション、量子シミュレーション、および量子センシングの科学的、技術的、教育的、および人材開発の目標に対して学際的アプローチを推進する。2020年度からコロラド大学に設置するQLC for Enhanced Sensing and distribution Using Correlated Quantum State、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校に設置されるQCL for Hybrid Quantum Architectures and Networks、カリフォルニア大学バークレー校に設置されるQCL for present and Future Computingの3つの機関に今後5年間に7500万ドルが提供される。これらの機関は16の学術機関、8の国立研究所、22の企業パートナーが連携するコミュニティを形成する。2021年度には機関を追加する予定である(NQIAにより5機関まで設置することが認められている)。

  • 2016年にNSFの10のビッグアイデア26の1つとして発表されたQuantum Leapでは、NQIの重要な基礎を築き、量子情報科学技術の最先端の研究とトレーニングをサポートするために、NSFの全組織が関与している。Quantum Leapの活動には量子科学サマースクールや、量子情報科学技術ワークショップ、量子アルゴリズムチャレンジ等様々な活動が展開されている。
  • QIS の研究開発コミュニティを成長させるために、NSFは、量子システムの変革的進歩のための量子アイデアインキュベーター(Quantum Idea Incubator for Transformational Advances in Quantum Systems, QII-TAQS)プログラム27を策定した。 これは、量子科学、量子コンピューティング、および量子工学の開発および応用するための革新的で独創的な、変革をひき起こす可能性のあるアイデアを探求する学際的なチームをサポートするものである。NSFは2019年と2020年に19のQII-TAQSプロジェクトに合計3,200万ドルを超える助成金を提供した。
  • 量子材料の設計、合成、および特性評価を加速するために、量子ファウンドリーの委託を実施した。カリフォルニア大学サンタバーバラ校が落札し28、量子材料とデバイスのプロトタイピングと開発のためのインフラストラクチャーの役割を果たす。
  • 量子コンピューティングおよび情報科学ファカルティフェロー(The Quantum Computing and Information Science Faculty Fellows, QCIS-FF)プログラム29は、大学がコンピューターサイエンス部門の教員を雇用するのを支援することで、学術研究能力を高め、量子コンピューティングと量子コミュニケーションの進歩を長期的にサポートすることを目的としている。これまでに、このプログラムを通じて全国で13人の教員ポストに資金が提供されている。
  • Quantum Leapの活動とコアプログラムに加えて、NSFはQISに焦点を当てたいくつかのセンターとハブをサポートしている。これらには、カリフォルニア工科大学の量子情報物質研究所(Institute for Quantum Information and Matter, IQIM)、ハーバード大学とMITの超低温原子センター(Center for Ultracold Atoms, CUA)、メリーランド大学のJQI、コロラド大学のJILAの4つの物理学先端センターが含まれる。NSFは、ニューメキシコ大学の量子情報コンピューティングセンター(Center for Quantum Information and Control, CQuIC)、ハーバードスミソニアン天体物理学センターの理論原子分子物理学研究所(Institute for Theoretical Atomic, Molecular and Optical Physics, ITAMP)、ハーバード大学の統合量子材料科学技術センター(Center for Integrated Quantum Materials, CIQM)、アリゾナ大学の量子ネットワーク工学研究センター(Center for Quantum Networks, CQN)、複数の機関が関わるSoftware-Tailored Architecture for Quantum co-design(STAQ)30やEnabling Practical-Scale Quantum Computing (EPiQC)プロジェクト31もサポートしている。

③ DoE

DoEのQISの取り組みは、そのミッション遂行に必要によるものであるとともに、物理学の基礎研究に対する国内最大の支援機関であるというDoEの位置づけ、傘下の研究機関独自の能力と専門性を反映している。

  • DoEは、科学局(Office of Science)内の先端科学コンピューティング研究(Advanced Scientific Computing Research, ASCR) 、生物・環境研究(Biological and Environmental Research, BER) 、基礎エネルギー科学(Basic Energy Sciences, BES) 、核融合エネルギー科学(Fusion Energy Sciences, FES) 、高エネルギー物理学(High Energy Physics, HEP)、核物理学(Nuclear Physics, NP)といった研究担当部局を通じて、コンピューティング、シミュレーション、センシング、通信などのDoEの主要領域における初期段階のQIS研究に投資している。またエネルギー省国家核安全保障局(The DoE National Nuclear Security Administration)も、ミッション関連のシミュレーションのためのアルゴリズムの開発とテストベッドの展開を行っている。
  • DoEは、2019年8月、量子コンピューターとネットワークの開発推進に6070万ドル、素粒子物理学と核融合エネルギーに関連したQIS研究に2140万ドルを投資することを公表した。さらに2020年4月、QISと核融合エネルギーの追加研究にさらに1200万ドルを投資することを公表している。
  • DoEは、2020年8月、5つの国立QIS研究センターの設立を公表した。この研究センターはNQIAによって設立・運営が指示されたものである。この5機関には、11のDoEの研究機関、39の学術機関、14の企業が関与している。5機関の概要についてはⅢ.3に記述する。

④ DoD

QISはDoDの11の最優先近代化領域の一つに位置付けられ32、研究工学担当次官室(Office of the Under Secretary of Defense for Research and Engineering, OUSDRE)、国防高等研究計画局(Defense Advanced Research Projects Agency, DARPA)、陸軍研究所(the Army Research Laboratory, ARL)、陸軍研究局(the Army Research Office, ARO)、海軍研究所(the Navy Research Laboratory, NRL)、海軍研究局(the Office of Naval Research, ONR)、空軍研究所(the Air Force Research Laboratory, AFRL)、空軍研究局(the Air Force Office of Sponsored Research, AFOSR)といった組織がQISを推進・支援している。

  • OUSDREは、DoDの技術近代化の最優先分野の1つである量子科学における技術近代化における、DoDの取り組みを主導するために、2018年に量子科学の主任ディレクターを任命した。
  • DoDの最も権威のある研究者賞であるVannevar Bush Faculty Fellowshipは、変革をもたらす可能性のある基礎研究に与えられる。現在、数人のVannevar Bush FellowsがQISの研究活動を主導している。
  • DoD研究開発プログラムは、原子時計、量子センシング、量子コンピューティング、および量子ネットワーキングにまたがっており、基本的なものから応用的なものまでカバーしている。
  • DARPAQISプログラムには、ノイズあり中規模量子デバイス(Noisy Intermediate-Scale Quantum、量子ビット数が数十個から数百個程度の量子コンピューターの総称)を使用した最適化が含まれている。
  • ARLとAROは、分散量子情報センター(Center for Distributed Quantum Information)をサポートしている。
  • AFRL情報局は、ニューヨーク州立大学(SUNY)および他のいくつかの組織と提携して、基礎科学とイノベーションのためのオープンキャンパスであるInnovare Advancement Center33を設立した。2020年度末には、ここで100万ドルをかけてInternational Quantum U Tech Acceleratorイベント34を開催した。さらに、2020年度、AFRLは量子コライダーイベント35を開催し、提案が採択された企業はSTTR PHASE I契約(米国政府による中小企業向け研究開発助成金)に向けて量子情報技術に関するアイデアをプレゼンした。
  • その他のハイライトとして、AFOSRとAROによる新規の学際的大学研究イニシアチブ(Multidisciplinary University Research Initiative, MURI)、およびUMD(University of Maryland)Quantum Technology Centerとの新しいパートナーシップ、OUSDREの高度な量子センシングに関するセンターオブエクセレンスの設置、人材開発と教育活動としてAFRLの新しい量子短期コース、量子サマーキャンプへの高校生と学部生の参加をサポートするためのARO助成金が挙げられる。

⑤ NASA

NASAは、高速で忠実度の高い宇宙から地上への量子ネットワークリンクの設計、開発、配備に関する調査を開始した。2020年1月、NASAとNISTは、宇宙通信とネットワーキングの重要な量子技術に焦点を当てた「宇宙量子通信とネットワークに関するワークショップ」を共催した。数年間、NASAエイムズ研究センターにある量子人工知能ラボ(Quantum Artificial Intelligence Lab, QuAIL)は、NASAが直面する計算上の課題に関する量子コンピューターの可能性を評価するためのハブとして機能し、2019年10月に発表された量子超越性のマイルストーン達成に貢献した36

⑥ 国家安全保障局(National Security Agency, NSA)

NSAの物理科学研究所(Laboratory for Physical Sciences, LPS)は、1990年代半ばから量子コンピューティングと実現技術(enabling technologies)を継続的に支援してきた。LPSには現在、固体物理学部や量子物理学部を含む、情報科学および技術に関連する4つの主要部門がある。LPSの量子プログラムは、複数の量子ビット技術にまたがり、研究所内部の研究グループの他に国内外の研究者にも資金を提供している。LPSは、超伝導量子ビット、トラップされたイオン、シリコン中の量子ビット、新しい量子ビット科学技術、量子状態変換、および中規模量子システムの特性評価等を調査研究している。また、量子コンピューティング大学院研究(Quantum Computing Graduate Research, QuACGR)フェローシッププログラムで大学院生に資金を提供している。その他、DoDと協力して研究開発コミュニティのコンピューティング用量子ビットのファウンドリーに対する関心とニーズに対する情報招請を行った。

⑦ Intelligence Advanced Research Project Activity (IARPA)

IARPAは、インテリジェンスコミュニティと連邦政府に革新的なテクノロジーを提供するため、ハイリスク・ハイリターンの研究開発を支援するために国家情報長官室に設置されている組織である。過去10年間、量子コンピューティングを探求するいくつかの応用研究プログラムを実施してきた。現在、スケーリングの複雑さを改善することで量子アニーリングを発展させることに注力するQuantum Enhanced Optimization(QEO)や、不完全な物理キュービット(量子ビット)を論理キュービットにエンコードするソリューションを探すLogiQプログラムが進行中である。

II. 民間部門の量子コンピューティングに関する状況

1. 米国IT企業の量子コンピューティングへの取り組み

(1) IBM

2016年にIBM Cloudを通じて量子コンピューティングの提供を開始した。現在、IBM Cloud上では、超伝導方式の5キュービットのIBM Canaryや27キュービットのIBM Falconプロセッサー等の24以上のシステムが安定稼働している(2020年9月時点)37

IBMは2020年9月に65キュービットのプロセッサーHummingbirdをリリースし、2021年に127キュービットのEagle、2022年に433キュービットのOsprey、2023年に1121キュービットのCondorをリリースするというロードマップを発表している38

また、IBMは、27キュービットのFalconプロセッサーを搭載したIBM quantum System Oneを2021年6月にドイツのフラウンホーファー協会39および2021年7月に日本の新川崎・創造のもり かわさき新産業創造センター」に設置している40

(2) Google

Googleはカリフォルニア州サンタバーバラに製造設備も備えた量子コンピューティングの研究開発センターGoogle Quantum AI Campusを整備し、量子コンピューティングの研究開発を進めている。現在、Googleは超伝導方式の72キュービットプロセッサーBristleconeを2018年に、54キュービットプロセッサーのSycamoreを2019年にリリースしているが41、2029年までに100万キュービットにスケールアップし、大規模なビジネスおよび科学計算をエラー無く実行できる商用量子コンピューターを開発するという目標を掲げている42

(3) Microsoft

MicrosoftはAzure Quantumと銘打ち、クラウド上で量子コンピューティングを提供している。

Microsoftは現在自社の量子プロセッサーを保有しておらず、量子コンピューティングについてはHoneywell((現Quantinuum)、IonQ、Quantum Circuitsとパートナーシップを締結し、これらの企業のハードを利用する一方、「マヨラナフェルミオン (粒子と反粒子が同一である) を用いたトポロジカル量子コンピューティング」43というアプローチで研究開発を進めている。

(4) Amazon

AmazonはAmazon Braketという、「量子コンピューティングための科学的研究とソフトウェア開発を高速化するために設計された、フルマネージド量子コンピューティングサービス」44を提供している。ハードウェアは、IonQ、Rigetti、D-Wave45のものを利用している。

(5) Quantinuum

2021年11月にHoneywellの量子コンピューター部門であるHoneywell Quantum SolutionsとイギリスのCambridge Quantumが経営統合して設立した企業。Honeywell Quantum Solutionsはイオントラップ方式を採用した量子コンピューターを開発しており、Cambridge Quantumは2014年設立の複数の量子コンピューティングプラットフォームで利用されるソフトウェア、サイバーセキュリティ、アルゴリズムを提供する企業46である。Quantinuumは自らを「世界最大かつ最先端の統合型量子コンピューティング企業」と謳っている47。2021年12月に、量子サイバーセキュリティ製品のローンチ、2022年後半には、医薬品、材料科学、特殊化学品、農薬などの複雑な化学計算に対応する量子計算ソフトウェアパッケージのローンチを予定している48

(6) Rigetti Computing

2013年にチャド・リゲティがイェール大学とIBMで量子ハードウェアの研究員を務めた後に設立した企業49。2017年から自社プロセッサーによる量子コンピューティングをクラウドサービスとして提供している。現在、Rigettiのコンピューティングサービスは、Rigetti Quantum Cloud Services、the Strangeworks Ecosystem、Amazon Braketで利用可能で、2021年12月に40キュービットプロセッサーが稼働する。また2021年12月には、Rigetti固有のマルチチップ技術を活用して2つの40キュービットチップを組み合わせた80キュービットのプロセッサーのβ版の提供が発表された50

(7) IonQ

2015年に設立したスタートアップ企業。イオントラップ方式を採用して製品開発を行っている。2019年からAmazonとMicrosoftのクラウドサービス上で、2021年からはGoogle Claud上でも量子コンピューティングを提供している51

2021年10月にニューヨーク証券取引所に上場した。

(8) Quantum Circuits

2015年にイェール大学応用物理学部の教授がスピンアウトして設立したスタートアップ企業52。一つのチップに多くのキュービットを搭載して性能を出そうとするのではなく、モジュールをつなぎ合わせて量子コンピューターを構築するというアーキテクチャーに特徴がある53。Microsoftと提携し、Microsoft Azure上で量子コンピューティングを提供することを目指している。

2. 量子コンピューティングの応用状況

量子コンピューティングはまだ発展途上であり、一般に提供されているサービスも研究開発のためのものと言える。ユーザー企業も、将来、量子コンピューティングが商用的にその機能を十分に発揮できるようになった時のために試行的に利用しているものと考えられる。

  • ダイムラー社は次世代バッテリーの研究に量子コンピューティングに着目54
  • エクソンモービル社はLPGタンカーの航路の最適化に活用55
  • フィデリティの応用技術センター(Fidelity Center for Applied Technology)は、ある株式のリストを評価して、それらの株式のどの組み合わせが指定されたターゲットインデックスの累積属性と一致する合成証券を生成するかを判断するカスタムbinary quadratic model(BQM)を開発56
  • アステックス製薬、RigettiおよびRiverlane(イギリスのソフトウェア企業)は、新薬開発のための分子システムのシミュレーションアプリの開発に向けて提携57。アムジェン社(米国のバイオテクノロジー企業)はAmazon Braketを利用して、新薬開発における量子コンピューティングの利用を研究58。メンテンAI社は新薬開発に向けたプロテイン設計に量子コンピューティングを活用59
  • エネル社(イタリアの大手電力会社)はリソース計画の最適化における量子コンピューティング等の利用に関してAmazonと提携60
  • ロッキード・マーティン社は製品設計の検証・妥当性確認に要する時間とコストの削減のために量子コンピューティングの可能性を検討61

III. 参考情報

1. アメリカの量子ネットワークのための戦略ビジョン(A Strategic Vison for America’s Quantum Networks)

アメリカの量子ネットワークのための戦略ビジョンは、NQCOが2020年2月に発表した量子ネットワークのための戦略ビジョンである。A Strategic Vison for America’s Quantum Networksでは、①今後5年間で米国企業および研究所は、量子ネットワークを実現するための基礎科学や主要技術を実証し、ビジネスや科学、健康、安全保障に与える影響やアプリケーションを明らかにする、②今後20年年間で量子インターネットは、接続された量子デバイスが古典的(classical)技術では不可能だった新たな機能を発揮できるようにする、という2つの目標を設定されている。

2. NISTがNQIAの規定により結成したコンソーシアム、QED-C

量子経済開発コンソーシアム(Quantum Economic Development Consortium, 以下、QED-C)は、量子経済に必要になる今後のサプライチェーンを構築することにより、量子研究における米国のリーダーシップを拡張することを目的として結成された業界主導のコンソーシアムである。 QED-Cのメンバーは、量子エコシステムを構成する企業、非営利団体、および学術機関である。QED-C運営委員会は、大企業と中小/新興企業双方の代表者と2つの政府機関(NIST、DoE)で構成されている。QED-Cは分野横断的なテクノロジーや人材に関する課題を明らかにし、産業界全体を発展させるための競争以前の共通課題に取り組む。NIST、DoE、AFRLなどの連邦政府機関は、会議に参加し、ワークショップや技術諮問委員会(Technical Advisory Committees, TACs)に技術的な専門知識を提供する62

QED-Cに参加するメリットとして以下のような点が挙げられている63

①民間セクターのメリット

  • 量子研究を行っているトップレベル大学との連携が可能となる。
  • 他の「量子パイオニア」(顧客、サプライヤー、スタートアップなど)とのネットワーク、エコシステムを構築することでビジネス機会を得ることができる。
  • 技術的なギャップを割り出し、それを克服するための研究プロジェクトに参加することができる。
  • パフォーマンスメトリクス、スタンダード開発に参画し、商業化やビジネスアプリケーションのプロセスを迅速化できる。
  • 政府関係者と連絡を持つことにより、現場の声を政府の指針作りや投資に反映させることができる。

②政府機関のメリット

  • QED-Cが発行する分析、データ、報告書などにアクセスできる。
  • 新技術についての洞察を得ることができる。
  • 政府にどのような行動が求められているのかが理解できる。

③学術機関のメリット

  • 産業界が最も必要とする研究エリアについての洞察が手に入る。
  • 産業界が求めるスキル、知識などを理解し、現場教育に充当できる

3. DOEがNQIAに基づいて設立した国立QIS研究所64

(1) Q-NEXT · Next Generation Quantum Science and Engineering

リード研究所:Argonne National Laboratory

Q-NEXTは、量子インターコネクトを提供し、国のファウンドリーを確立し、通信リンクやセンサーのネットワーク、シミュレーションテストベッドを実証することに焦点を絞ったエコシステムを形成する。 Q-NEXTは、科学的イノベーションを可能にすることに加えて、量子人材を育成し、国立量子デバイスデータベースを構築することによって量子標準を作成し、センターのあらゆる活動に産業界を巻き込み、スタートアップにインセンティブを与えることによって、量子技術の実用的な商業化を推進する。

(2) C2QA · Co-design Center for Quantum Advantage

リード研究所: Brookhaven National Laboratory

C2QAは、今日のノイズの多い中間スケール量子(NISQ)コンピューターシステムの制限を克服して、高エネルギー、原子力、化学、および凝縮物質の物理学における科学的計算の量子優位性を実現することを目的とする。C2QAは5年間で、ソフトウェアの最適化、基盤となる材料とデバイスのプロパティ、および量子エラー訂正のそれぞれで10倍の改善を実現し、これらの改善を組み合わせて適切な計算指標で1,000倍の改善を実現することを目標としている。

(3) SQMS · Superconducting Quantum Materials and Systems Center

リード研究所:Fermi National Accelerator Laboratory

SQMSの主要ミッションは、コンピューティングとセンシングのための優れた量子システムの構築と展開を可能にすることを目的として、超伝導2Dおよび3Dデバイスのデコヒーレンスメカニズムを理解し排除するという分野横断的な重要課題に対し変革的な進展を達成することである。 科学上の進展だけでなく、SQMSは、国のQISエコシステムに広く役立つ可能性のある材料、物理学、アルゴリズム、およびシミュレーションのためのファウンドリー機能と量子テストベッドという有形の成果物の提供にも取り組む。

(4) QSA · Quantum Systems Accelerator

リード研究所:Lawrence Berkeley National Laboratory

QSAのミッションは、科学的アプリケーションで認定された量子優位性を提供するために必要なアルゴリズム、量子デバイス、およびエンジニアリングソリューションを共同設計することである。 QSAの学際的なチームは、中性原子、トラップ型イオン、超伝導回路に基づく高度な量子プロトタイプと、不完全なハードウェア用に特別に構築されたアルゴリズムを組み合わせて、科学計算、材料科学、基礎物理学の各プラットフォームに最適なアプリケーションの実証を行う。

(5) QSC: The Quantum Science Center

リード研究所: Oak Ridge National Laboratory

QSCのミッションは、量子状態の回復力、可制御性、そして最終的には量子技術のスケーラビリティに関する主要な障害を克服することである。革新的なトポロジカル量子材料、アルゴリズム、センサーの発見、設計、実証を統合することによって、この目標を達成する。また、科学的な目標に加えて、QSCは、専門能力開発のための充実した環境を用意し、新しいQISアプリケーションを民間セクターに移行するために産業界と緊密に連携することによって、次世代のQIS人材を育成する。

IV. 終わりに

本論の冒頭に記述したように、量子情報科学は1980年以降に重要な発見があり、実験が行われたとは言え、2000年代中頃においては、例えば量子コンピューターはまだSFの世界のものであった。そのような状況において、米国連邦政府が2009年に量子技術に関する政策指針を出したのは先見的である。2018年には国家量子イニシアチブ法を制定し、国を挙げて量子情報科学を推進する体制を整備したのは、この分野の重要性を示すとともに、米国がこの分野で世界のリーダーであり続けることの意欲の表れである。

米国政府の取り組みは、本論で紹介したように多岐にわたるが、その特徴はサイエンス・ファーストである。科学上の発明・発見から実用化・商品化に至る流れの上流工程の重視であり、その研究を支える人材の育成である。NSFは自前の研究機関を持たず、大学などの外部の研究機関に資金を提供することに特化しているが、DoEは傘下に17の国立研究所を擁し、NISTも6つの研究所をもち、自ら研究開発を行い、イノベーションを生み出している。米国政府の科学重視の姿勢、米国政府がイノベーション創造において果たしている大きな役割を看過してはならない。

研究開発と実用化・製品化の間には大きな難関・障壁があり、デスバレー(死の谷)と呼ばれる。米国政府の取り組みに官民連携や各種コンソーシアムに関するプログラムが多い理由の一つは、このデスバレーの克服である。筆者は2016年夏から1年半、ワシントンDCに滞在する機会を得たが、様々なテーマで産官学のシンポジウムやワークショップが開催されるのを目にした。我々が想像する以上に、産官学の連携、交流が活発に行われている。これも米国の強みの一つであるといえよう。

1 https://calyptus.caltech.edu/qis2009/documents/FederalVisionQIS.pdf
2 JETRO、https://www.jetro.go.jp/world/reports/2019/02/d6b7b154bf6af3b9.html, 2019.3.31
3 レポートは物理科学小委員会(Subcommittee on Physical Science)のQIS省庁横断ワーキンググループ(Interagency Working Group on Quantum Information Science)によって作成された。https://obamawhitehouse.archives.gov/sites/default/files/quantum_info_sci_report_2016_07_22_final.pdf
4 FEDSCOOP, https://www.fedscoop.com/ostp-forms-new-subcommittee-focus-quantum-technology/, June 22, 2018
5 https://www.quantum.gov/wp-content/uploads/2020/10/2018_NSTC_National_Strategic_Overview_QIS.pdf
6 国防分野に関しては毎年制定される国防権限法に盛り込まれている。ただし、後述する政府全体の調整を担うSCQISにはDoDや情報コミュニティも参加しており、SCQISが公表したQISに関するアニュアルレポートには国防や情報コミュニティでの取り組みも取り上げられている。2.(2)④以降を参照。
7 約13億ドルというのは、NQIAにより新たに設置するコンソーシアムや研究機関の設置・運用のために盛り込まれた投資額で、連邦政府がQISの推進に投資する全額ではない。
8 量子コンソーシアムは、研究開発ニーズと現在の研究開発活動とのギャップを明らかにし、そのギャップを埋めるために必要な研究開発についてNISTに提言することが求められている。この指示を受けて設立されたのが、QED-Cである。詳細はⅢ.2を参照。
9 最初は3つの機関が設置された。2.(2)②を参照。
10 5つのセンターが設立された。詳細はⅢ.3を参照。
11 FEDMANAGER, https://fedmanager.com/news/national-quantum-coordination-office-opens-in-white-house, 2019.3.5
12 https://www.quantum.gov/wp-content/uploads/2020/10/QuantumFrontiers.pdf
13 量子多体系において、2個以上の量子が古典力学では説明できない相関をもつこと、また、それにかかわる現象(量子もつれとは - コトバンク (kotobank.jp))
14 https://www.quantum.gov/wp-content/uploads/2021/01/A-Strategic-Vision-for-Americas-Quantum-Networks-Feb-2020.pdf Ⅲ.1を参照。
15 2.(2).②とⅢ.3を参照。
16 NQIAによって結成されたコンソーシアム。Ⅲ.2を参照。
17 2.(2)①を参照。
18 Quantum Information Science and Engineering Network, https://qisenet.uchicago.edu
19 Small Business Innovation Research (SBIR) and Small Business Technology Transfer (STTR) programs, https://www.sbir.gov/about
20 科学的アイデアや技術の商用化を支援するNSFの施策。https://www.nsf.gov/news/special_reports/i-corps/index.jsp
21 NSF, https://beta.nsf.gov/funding/initiatives/convergence-accelerator
22 量子アニーリング(組み合わせ最適化問題を解くことを主な目的として開発された、量子力学を用いた計算手法の一種(東京工業大学、https://www.titech.ac.jp/news/2021/061709)に基づく量子コンピューター
23 NSF, https://www.nsf.gov/pubs/2018/nsf18578/nsf18578.htm
24 DoE, https://www.energy.gov/technologytransitions/innovationxlab
25 内閣府, https://www8.cao.go.jp/cstp/stmain/20191219ryoushiseimei.html
26 NSF, https://www.nsf.gov/news/special_reports/big_ideas/index.jsp
27 NSF, https://beta.nsf.gov/funding/opportunities/enabling-quantum-leap-quantum-interconnect-challenges-transformational
28 NSF, https://www.nsf.gov/awardsearch/showAward?AWD_ID=1906325&HistoricalAwards=false
29 NSF, https://www.nsf.gov/pubs/2019/nsf19507/nsf19507.htm
30 NSF, https://www.nsf.gov/awardsearch/showAward?AWD_ID=1818914
31 EPiQC, https://www.epiqc.cs.uchicago.edu/
32 AI、バイオテクノロジー、自律性(Autonomy)、サイバー、指向性エネルギー(directed energy)、FNC3(Fully Networked Command, Control, and Communications technology)、マイクロエレクトロニクス、量子科学、超音速、宇宙、5Gの11領域。DoD, https://www.cto.mil/modernization-priorities/
33 Innovare Advancement Center, https://www.innovare.org/
34 Air Force, https://www.af.mil/News/Article-Display/Article/2344258/air-force-navy-accelerate-quantum-research-with-international-virtual-event/
35 https://usafquantumcollider.com/
36 NASA, https://www.nasa.gov/feature/ames/quantum-supremacy, 2019.10.23 (2019.11.15 updated)
37 IBM, https://research.ibm.com/blog/ibm-quantum-roadmap, 2020.9.15
38 IBM, https://research.ibm.com/blog/ibm-quantum-roadmap, 2020.9.15
39 JST, https://crds.jst.go.jp/dw/20210812/2021081229362/, 2021.8.12
40 IBM, https://www.ibm.com/blogs/think/jp-ja/the-day-when-the-falcon-alighted-to-kawasaki/, 2021.8.3
41 BristleconeとSycamoreでは量子ビットの接続方式が異なる。量子ビットの接続関係は量子プロセッサー全体のエラー率に影響を与え、接続方式を変えることによってSycamoreではBristleconeよりエラー率を抑えている。日経クロステック、 https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01045/103000005/, 2019.11.1
42 iMagazine, https://www.imagazine.co.jp/google-quantum202105/, 2021.5.21
43 Microsoft, https://azure.microsoft.com/ja-jp/solutions/quantum-computing/technology/#building-a-quantum-system
44 AWS, https://aws.amazon.com/jp/braket/
45 量子コンピューティングシステム、ソフトウェアおよびサービスを開発・提供しているカナダのスタートアップ企業。1999年設立。世界初の商用量子コンピューターサプライヤー。とのことである。https://www.dwavesys.com/
46 Honeywell, https://www.honeywell.com/us/en/news/2021/06/what-you-should-know-about-quantum-computing-company
47 CNET Japan, https://japan.cnet.com/release/30621815/, 2021.12.01
48 CNET Japan, https://japan.cnet.com/release/30621815/, 2021.12.01
49 WIRED, https://wired.jp/2017/07/31/quantum-computing-factory-taking-on-google-ibm/, 2017.7.31
50 GlobeNewswire, https://www.globenewswire.com/news-release/2021/12/15/2352647/0/en/Rigetti-Computing-Announces-Next-Generation-40Q-and-80Q-Quantum-Systems.html, 2021.12.15
51 ZDNet Japan, https://japan.zdnet.com/article/35172562/, 2021.6.18
52 QCI, https://quantumcircuits.com/news-and-publications/quantum-circuits-partners-with-microsoft-on-azure-quantum
53 MIT Technology Review, https://www.technologyreview.com/2019/09/13/133039/the-key-to-bigger-quantum-computers-could-be-to-build-them-like-legos/, なおこの記事ではQCIの設立は2017年とされている。
54 IBM, https://www.ibm.com/case-studies/daimler/
55 IBM, https://www.ibm.com/case-studies/exxonmobil/
56 Fidelity, https://fcatalyst.com/projects/aug2020/amazon_braket/?pg=ln&sec=c, 2020.8.13
57 GlobeNewswire, https://www.globenewswire.com/news-release/2021/07/13/2261611/0/en/Rigetti-Computing-Partners-with-Riverlane-Astex-Pharmaceuticals-to-Advance-Quantum-Computing-for-Drug-Discovery.html, 2020.7.13
58 AWS, https://aws.amazon.com/jp/braket/customers/
59 メンテンAI社は2018年設立の米国の薬剤開発のスタートアップ企業。https://www.dwavesys.com/media/kjof1cdh/dwave_menten-ai_case_story-2_v4.pdf
60 AWS, https://aws.amazon.com/jp/braket/customers/
61 D-Wave, https://dwavejapan.com/customers/
62 SCQIS, National Quantum Initiative Supplement to the President’s FY 2021 Budget
63 ビジネス+IT, https://www.sbbit.jp/article/cont1/36727, 2019.07.22
64 https://science.osti.gov/Initiatives/QIS/QIS-Centers

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