英国の教育を取り巻く環境と近年のEdtech導入拡大政策について

企業戦略事業本部 ストラテジーアンドトランスフォーメーションユニット
コンサルタント 荏原 圭

(監修)情報戦略事業本部 ビジネストランスフォーメーションユニット
マネージャー 松川 勇樹

1 はじめに

近年、我が国では文部科学省による「GIGAスクール構想」や、経済産業省による「未来の教室」をはじめとする、Edtech導入拡大に向けた取り組みが進められている。そして、新型コロナウイルスの影響による臨時休校措置もEdtech導入拡大を後押しする要因となった。文部科学省によると、全地方公共団体のうち、1,769(97.6%)の自治体が、令和二年度中に端末の納品を完了する見込みである※1。GIGAスクール構想のようなハード整備に資する施策と並行して必要になるのが、人材・ソフト面の強化に資する施策である。

本レポートの前半では、英国において政府主導で進められているEdtech導入拡大施策について、事例の詳細と、現地の学校の生の声を取り上げている。そして後半では本プログラムがなぜ成果を上げられたのかという成功要因の分析と、最終的に日本の今後のEdtech導入における示唆を取りまとめている。

2 英国におけるEdtech導入拡大政策

① 英国の教育を取り巻く環境

まず、英国におけるEdtech導入拡大政策の前提となる英国の教育を取り巻く環境について、特徴を3つ挙げる。これらの特徴は後に紹介するEdtech導入拡大政策とも密接に関わっている(表1参照)。

表1:英国の教育を取り巻く3つの特徴

特徴 詳細
① 学校の裁量の大きさ ■ 英国では、各学校が予算分配の権限を有するため、分配比率を自由に決定可能。
■ 教科ごとの時間、教授法、教材なども学校長の権限で決定可能。
■ 学校の裁量が大きい一方、統一テストや後述の教育水準監査局などによって厳しく結果責任を問われる。
② 教育水準監査局による監視力 ■ 英国では、教育省から独立した組織である教育水準監査局(Office for Standards in Education:Ofsted)が各校の教育水準を厳しく監査。
■ 三年に一度の周期で全学校の監査を行っており、学校を4段階で評価。
■ 評価項目には教育課程の内容、教員の指導力、生徒の意欲、学校の設備など、多岐に渡る評価項目が設定されている。
■ 評価結果(Inspection Report)はオンラインで公開されているため、学校選びの基準としても利用される。
③ トラスト制度 ■ 英国では親や企業が資金を出し合って基金(トラスト)を設立し、そのトラストが学校を運営するトラストスクールという学校制度が存在。
■ 各トラストは、学校に対して学校運営のアドバイスや資金援助の面で支援。

出所:各種公開資料・ヒアリングをもとにNTTデータ経営研究所が作成

② 近年のEdtech導入拡大政策:Edtech Demonstrator Programme

近年の英国におけるEdtech導入拡大政策で特徴的なのが、英国教育省(Department for Education:DfE)が主導で進めているEdtech Demonstrator Programme(以下、本プログラムと表記)である。

表2:本プログラムの概要

項目 内容
名称 Edtech Demonstrator Programme
主体 英国教育省(Department for Education:DfE)
開始時期 2019年~
目的 当初、学校間でのEdtech導入を促すプログラムとしてスタート。2020年からは新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、遠隔授業の実現に重点を置いた支援を促すことを目的としている。
役割 本プログラムでは、国内(イングランド)でEdtech導入に成功している学校を選定し、他校のEdtech導入支援の一役を担ってもらうという認定~支援制度である。
応募基準 本プログラムの認定制度に応募するためには厳しい基準(教育水準監査局による評価点など)が定められているため、限られた学校のみが認定校として認められる。
政府の補助 認定校として認められた場合、他校のEdtech導入を支援するために、日本円で約1,000万円~2,000万円の補助金が活動資金として利用可能になる。
現在の成果 2020年には48校が認定され、実に4,000校以上の200万人以上の児童を支援した※2

本プログラムにおけるEdtech導入支援の流れは、まず支援を要請する学校が本プログラムの事務局に問い合わせるところから始まる。支援を要請する学校の現在の状況や、どのようなEdtech導入を目指しているのか、参考となる情報を事務局に提供し、事務局はその情報をもとに適切な支援相手となり得る認定校を選定する。事務局からの要請に対して、認定校から支援を提供可能と回答が得られれば、支援を要請する学校と認定校のマッチングが成立するという仕組みである。

事務局の主な役割はマッチングを成立させるところまでであり、マッチング成立後の具体的な活動スケジュールや内容については学校~認定校間が自由に決めることが可能である。(図1参照)

図1:本プログラムのスキーム
図1:本プログラムのスキーム
出所:各種公開資料・ヒアリングをもとにNTTデータ経営研究所が作成

③ 学校へのヒアリング

当社では、2020年に本プログラムの認定校やEdtech導入を進めるイギリス国内の学校に対してヒアリングをする機会を得ており、Edtech導入の背景・成果や本プログラムとの関わりについて現場の意見を聞くことが出来た。ここからは各校のヒアリング内容(図2)と、ヒアリングの要諦(表3)を紹介する。

図表2:各校へのヒアリング内容
図表2:各校へのヒアリング内容
出所:海外ヒアリングをもとにNTTデータ経営研究所が作成

表3:ヒアリングの要諦

特徴 詳細
① Edtech導入の背景・経緯 ■ トラストによって運営されている学校は、トラストからの資金援助を得ることで、ハード面の環境整備がスムーズに進んでいる。特にハード面の整備は多くの時間とコストを要するため、ハード面の整備を乗り越えられるかが一つのポイント
■ Edtech導入が進んでいる学校でも、最初は一部の教員による強力なリーダーシップが導入のきっかけとなっており、徐々に取り組みを学校中に波及させている
② Edtech導入の成果・課題 ■ Edtech導入を強制するのではなく、選択制とすることで初期の反抗を抑えることが出来る
■ さらに、Edtech導入を進めるためのポイントとして、トップダウンではなく、教員同士が支援し合えるボトムアップの仕組みが重要である
■ 評価項目には教育課程の内容、教員の指導力、生徒の意欲、学校の設備など、多岐に渡る評価項目が設定されている。
■ Edtech導入が進むことで、教員・生徒のスキルが上がるため、外部への支援が可能な人材が増えるという副次的な効果が得られる
③ 本プログラムの成果・期待 ■ 認定校が本プログラムを通じて他校を支援することが、認定校のプレゼンス向上にも寄与する
■ リーダーシップのある個人がEdtech導入を推進していくやり方は持続可能性が低い
■  リーダーシップのある教員が知見を共有することで、Edtech導入は進みやすくなる。だからこそ本プログラムの様な仕組みが重要

出所:ヒアリングをもとにNTTデータ経営研究所が作成

④ 本プログラムの成果

図表2および表3のとおり、本プログラムのポイントは「一部の教員の熱意・能力を横展開するための仕組みを政府が構築する」という点にあると推察する。Edtech導入を進めた学校では一部の教員による強いリーダーシップがEdtech導入の引き金となっているケースが見受けられる。一部の教員が始めた小規模のEdtech導入が徐々に学校全体に波及し、さらに本プログラムによってその動きが他校にも波及可能となった。一部の教員の熱意や能力を学校に閉じたものとせずに、他校にも展開する仕組みを構築できたことが本プログラムの一つの成果であると考えられる。(図3参照)

図3:本プログラムによる変化のイメージ
図3:本プログラムによる変化のイメージ
出所:NTTデータ経営研究所作成

では、このような仕組みを導入することで、他地域でも同様の成果を上げることが出来るのだろうか。図4では本プログラムによる成果が前述の英国のEdtechを取り巻く環境とどのように関係しているかをまとめている。

図4:英国の教育を取り巻く環境と本プログラムによる成果
図4:英国の教育を取り巻く環境と本プログラムによる成果
出所:NTTデータ経営研究所作成

図表7では、左に英国における教育を取り巻く今までの環境、そして右側に本プログラムによる環境の変化を記載している。ここで重要なのは、本プログラムの成果はプログラム単体によって得られるものではなく、英国のEdtechを取り巻く固有の環境・文化の上に成り立っていることである。大前提としてトラスト制度によって学校が地域から支援を受けやすい環境が存在すること、教員や学校の裁量が大きい(その裏返しとして教育監査局の監視が徹底されていること)といった土台があるからこそ、本プログラムの成果につながったと考えられる。

3 英国の事例から得られる示唆

前述のとおり、本プログラムがもたらした効果は英国固有の文化や制度による影響も大きいため、同様の施策をそのまま我が国の政策に当てはめることは難しい。だが、本プログラムの取り組みから、我が国における今後のEdtech導入拡大において、検討すべき論点が浮かび上がってくるのではないか。

当社では2020年度に国内で先進的な教育に取り組んでいる学校へのアンケート・ヒアリング調査も行っている。その調査でも、「学校の中で一部の教員が主体となって、先進的な教育(Edtech活用を含む)への取り組みを始めたケースが多い」という示唆を得ることが出来た。学校がトップダウンで何か新たな取り組みを始めるのではなく、一部の教員が始めた取り組みが少しずつ学校に普及し、結果的に大きな動きとして定着するという流れが複数の学校で起きていた。このように、わが国でも一部の教員が主体となってEdtech導入を進めるケースがあることと、海外ヒアリングでEdtech導入における一つの課題として挙げられていたハード面の環境整備が、前述の「GIGAスクール構想」などによって急速に進められていることから、「Edtech導入/活用を推進可能な教員の熱意と能力を横展開させやすい環境を整備できるか」というのが今後の1つの論点になるのではないか。

もちろん上記の仕組みづくりを進めるにあたっては他にも検討すべき論点がある。例えば、「教員同士の支援の仕組み」と言っても、支援を提供する側にとってどのようなメリットを提供するべきか、支援を提供する学校側の負担をどのように軽減できるか、学校間の情報共有に関するトラブルをどのように防ぐか、など検討すべき論点は数多く存在する。既にわが国では、文部科学省主導の「ICT活用教育アドバイザー事業」に代表されるように、専門的な知見を持つ大学・民間事業者の有識者が無償で支援を行う仕組みは構築されつつある。ここにさらにEdtech導入・活用の実績を持つ教員を巻き込んでいくことが出来ればEdtech導入の動きはさらに加速するのではないだろうか。

当社では、英国以外にも北欧、北アメリカ、アジアの国々や国内の学校に対して先進的な教育の取り組みに関する調査を2020年度に実施している。国内外の調査から得た豊富な知見をもとに、官民双方の教育関連の課題解決に向けた支援を今後も行っていく予定である。

※1 「GIGAスクール構想の最新の状況について」(文部科学省)

https://www.mext.go.jp/kaigisiryo/content/20210319-mxt_syoto01-000013552_02.pdf

※2 「EDTECH Demonstrator Programme」(EdTech Demonstrator Programme)

EDTECH Demonstrator Programme (ucst.uk)
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