1.新内閣の看板施策
2020年9月16日に菅内閣が発足し、様々な政策が矢継ぎ早に打ち出される中で、注目されるのはデジタル庁の設置に向けた動きである。当初は2022年4月発足との情報もあったが、さらに前倒しするとの平井デジタル担当大臣の発言があるとともに、閣僚会議発足など諸準備も矢継ぎ早に進んでいる。
本稿では、執筆時点(2020年9月末)での動きをもとにデジタル庁設置に係る背景や組織、運営面及び政策面からの考察を整理する。
2.過去の再編の動き ~橋本内閣での省庁再編~
IT分野を含む省庁の再編の先例でもあり、現在の府省体制の原型となったのが、橋本龍太郎内閣による再編であった。検討改革の場となった行政改革会議(会長:内閣総理大臣)は中間報告で、1997年9月に通信放送委員会を総務省内の外局として設置するという抜本的な見直しを打ち出した1。
- 外局として置かれる諸機関のうち、郵政事業庁は、郵便事業等を担当するもの、また、通信放送委員会は、電波監理等を含む通信・放送行政を担当するものである
- ただし、情報通信産業の振興に係る事務は、同委員会ではなく、産業省の所管となる
なお、中間報告以降関係各所からの巻き返しなどもあって、最終的に総務省、経済産業省間の再編や通信放送員会の発足は見送られている。今回と当時では電気通信分野での自由化の進捗、あるいは日常生活や経済活動でのITの普及という点で大きく異なっており、今回は、規制行政の在り方というよりは、政府や地方の行政IT化やDX(デジタルトランスフォーメーション)への対応に向けた柔軟性、専門性、迅速性などが鍵となろう。
3.デジタル庁構築への要件定義
現在電子行政、デジタル戦略などが抱える課題を分析したうえで、新たに発足するデジタル庁が何を目指すべきかという要件定義を行い、次に組織の設計フェーズに当たる制度面、人材組織面での対応、最後に発足に向けての足固め、準備について整理する。
①現在の課題
電子行政のあり方については、従来から様々な課題が指摘されてきたが、特にコロナ禍において一般の市民、企業においても定額給付金やGoToキャンペーンなどで行政のオンラインサービスに接する機会が増えたことから政権の重要課題としての注目をあびることになった。
- マイナンバーカードの普及の遅れ(2020年9月時点で2469万枚2)
- 電子行政分野における施策と目標の関係のあいまいさ、評価指標や現状把握の不十分さなどにより、投資対効果の評価、予算の妥当性などの判断ができていない3
- IoT、AIをはじめとする先端IT領域や各種の振興施策での複数の府省での取り組みの重複性
- 地方公共団体においても、システムに様々なカスタマイズが加えられ、行政サービスの質や水準に直結しないカスタマイズは重複投資を生み、個々の自治体にとっても人的・財政的負担となるのみならず、全体最適の支障となっている4。
- サイバーセキュリティ上の様々インシデントの発生
既に今年度コロナ対策として一次及び二次補正予算で巨額の財政出費を伴ったため、今後政府のIT支出にはこれまで以上に費用対効果と成果を出すという点からの、政府全体をまとめる力、スピード感、情報システムやIT技術への深い理解などが求められよう。特に、政府内の調整、統率という点でも、ITの利活用領域の拡大とともに、関係する府省が広がっており、インシデント対応時の横連携や、内閣からのトップダウンでのIT施策の実施といった点でも、従来のすり合わせ、コンセンサス重視型の電子行政運営から、強い統率・調整機能を持つデジタル庁への志向は自然の流れでもある。
②組織設計
今後のデジタル庁の設計に関しては、法制度上の位置づけ点がポイントとなる。
内閣府設置法によると、第1条に「この法律は、内閣府の設置並びに任務及びこれを達成するため必要となる明確な範囲の所掌事務を定めるとともに、その所掌する行政事務を能率的に遂行するため必要な組織に関する事項を定めることを目的とする」、第2条に「内閣に内閣府を置く」としたうえで、40条以降で、地方創生推進事務局、知的財産戦略推進事務局などの組織の設置を定めている。仮にデジタル庁が、こうした調整事務を主とする事務局のものになるのであれば、内閣府設置法に基づくものになる可能性はある。
一方個別法で対応した例もある。2009年に発足した消費者庁は、従来内閣府の内局(国民生活局)であったが、パロマ湯沸かし器事故などを踏まえた消費者行政の重要度の高まりにより、「消費者庁及び消費者委員会設置法」に基づいて設置された内閣府の外局となった5。消費者庁のトップは消費者庁長官であるが、過去の長官経験者の経歴を見ると政府の局長以上経験者が目立つものの、民間出身者も見受けられる。
現時点、こうした法律上の位置づけについて確定していないようだが、民間人をトップに置くという大臣の意向が複数で報道されていること6、また、強いリーダーシップの発揮を目指していることを踏まえると、消費者庁設置のような形式になる可能性も高い。
③既存官庁からの権限の移転
組織設置の次に決めるべきは所掌業務であるが、既存の府省との調整を要する、あるいは権限の移転を伴う場合には、様々な困難、抵抗を伴うことも想定される。
各府省の権限は、設置法、組織令(政令)、規則の順で定められており、設置法は組織全体に関する権限、業務、組織令は、部局や役職の設置、規則は課室レベルの役職や業務の詳細となっている。
仮に新たなデジタル庁の所掌が総務省や経済産業省との調整を要する場合には政府内の協議となる。政府の法案(閣法)は、ボトムアップでの調整を経たうえで最終的に政府の閣議決定による政府内合意が前提となるが、府省間協議次第ではトップの決断なりを伴う場面も想定される。
総務省設置法7
- 行政機関が共用する情報システムの整備及び管理に関すること(第4条6項)
- 電気通信業及び放送業(有線放送業を含む。)の発達、改善及び調整に関すること。(第4条60項)
- 電波の利用促進に関すること(第4条66項)
- 情報通信の高度化に関する事務のうち情報の電磁的流通及び電波の利用に係るものであること(第4条70項)
経済産業省設置法
- 情報通信の高度化に関する事務のうち情報処理に係るものに関すること(第4条46項)
なお、大規模な権限移転を伴う政府組織再編の事例としては、現在の金融庁の前身でもある金融監督庁(1998年に設立、2000年に金融庁に改組)があり、大蔵省の分割に伴って総理府の外局として金融機関の検査・監督部門を独立させて設立した8。
④人員構成
仮にトップが民間登用となっても、業務運営という点でポイントとなるのは、トップの下の部局長クラス、課長などの登用の在り方である。ITの技術面あるいはITを用いたサービス開発やマーケティングといった点では、民間でこうした実務を積んだエキスパートに一日の長があるといえよう。
一方で監督や局認可、予算、各府庁との調整といった業務では、現役公務員の力が不可欠であることからも、両者をいかに組み合わせるか、また両者の支持を得ながらトップがいかに組織運営を進めることができるか次第だろう。また、組織規模、官民の比率も、現在の所管府省からの(監督業務、制作業務など)業務の移管度合いによって大きく異なってくると考えられる。
なお、民間企業から人材を確保する場合、2年程度の期限付きの出向者が一定規模を占めることと思われるが、従来のような若手の勉強の場としての位置づけのみならず、優秀な民間のエキスパート人材がデジタル庁で長らく働き続ける、あるいは数年勤務後に、出身企業以外から専門性を買われてより高い処遇を受けるといった人材流動性が実現すれば、結果的にデジタル庁の人材確保に寄与しよう。
4.デジタル庁の本格運用に向けて
デジタル庁を取り巻く政策テーマは、以下の図のように非常に多様であり、これらの中には直接所管するもの、関係府省と連携して進めるものあるいは直接実施主体とはならないが評価の際にかかわるものまでデジタル庁のかかわり方も多様であろう。
そうした中で、現在注目を浴びているわけではないものの、今後期待したいこととして、国際競争力強化、霞が関の働き方改革への貢献、ポストコロナでの社会設計の3点がある。
①国際競争力強化
直近のIT政策上の課題がマイナンバーをはじめとする国内対応中心であるのは事実だが、グローバル経済における日本の国際競争力低下の一因となっているのがIT分野での出遅れであり、米国のGAFAあるいは中国のBATHがプラットフォーマーとしてイニシアティブをとる中、市場原理下での自由競争を前提しつつ政策面でも国際競争力強化に関与するという難しいかじ取りが求められる。
当面の取り組みとしては、二国間及び多国間協力による日本の技術や仕組みの展開の支援、国際標準化戦略の強化などが考えられる。
②霞が関の働き方改革への貢献
デジタル化加速の旗振り役をしても、担い手である国家公務員がアナログで非生産的な業務に振り回されて疲弊しては最先端デジタル行政も望めない。弊社で2018年度に内閣人事局が主催する、各府省の中堅、若手との働き方改革に関するワークショップの運営支援業務を行ったが、働き方の改革の阻害要因として、国会対応など自ら解決できないところがある一方、勤怠の管理、各種費用精算などの事務から情報の共有まで幅広いことがわかった。
公務員の働き方の改革については、就任早々河野太郎行政改革担当大臣が言及していることもあり9、デジタル庁でも何らかのかたちで貢献することを期待したい。
③ポストコロナでの社会設計
コロナ禍及びすでに加速している高齢化社会、人口減少などを踏まえた、新たなサステナブルな社会の在り方についてIT、デジタルに何ができるかの将来像をデジタル庁が提唱し、各府省の政策や戦略のイニシアティブを取ることも期待したい。
例えば、モビリティをはじめとするシェアリングエコノミーは、生産、流通、取引、消費にいたる(人あるいは組織の)様々な活動を対象としており、交換(swapping)、共同購入、共同消費、共同所有、交換、レンタルといった多様なモデルは、地域の活性化あるいは新たなサービスの創出という点での期待も大きい。
5.最後に
デジタル庁が、単に看板の架け替えや予算・権限拡大のための手段とならず、真に国民のための組織として機能するためには、アウトカム志向の下で適切な目標を設定して、そこに至る進捗を定期的に評価してその結果を公表すること、また、優れた人材の採用と定着を通じて、一時的な政策、スローガンの打ち上げ花火にとどまらず、持続的なデジタル化の親展の道筋をつけることが必要となる。
組織や役割の設計、具体的な政策、関係府省との調整とはこれから本格化するが、様々な社会課題の解決にデジタル庁がIT、デジタルを通じて大きな役割を果たすことを期待したい。
デジタル庁に関するコンテンツ
デジタル庁発足による電子行政へのインパクト
https://www.nttdata-strategy.com/knowledge/infofuture/66/report07/
デジタル庁創設を契機とした「利用者視点」のマイナンバーカード活用に向けた意識調査
https://www.nttdata-strategy.com/knowledge/ncom-survay/210824/