デジタル変革におけるシナリオ分析手法の活用

情報戦略事業本部 デジタルイノベーションコンサルティングユニット
シニアコンサルタント 渡辺 郁弥

■はじめに

 ビジネスのデジタル化やデータ活用といったデジタル変革の世界的潮流に伴い、社会・競争環境の変化による企業への影響は計り知れないものとなっている。将来に渡って、持続的な企業価値の向上を図るには、デジタル技術による社会変化が自社にもたらす影響(リスク・機会)を中長期視点で評価し、それ以外の影響要素とも比較した上で、自社のビジネスモデルにとっての重要な要素(マテリアリティ)を特定することが必要であると言える。

 経済産業省が公表した「DXを促進するためのデジタルガバナンスに関する調査研究とりまとめ報告書」※1によると、デジタル変革におけるリスク・機会の分析・評価するための手段の一つとして、シナリオ分析手法が示されている。当社は、これまで気候変動などで活用されているシナリオ分析手法に関する調査及び有識者へのヒアリングなどを行ってきた。その知見を活かし、 本稿では、シナリオ分析の概要や「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures 以下、TCFD)」※2にも触れつつ、デジタル変革におけるリスク・機会を分析・評価し、投資家などのステークホルダーに対する情報発信の手段として、シナリオ分析手法の活用の可能性について概説する。

■1 シナリオ分析について

 シナリオ分析※3とは、不確実性の多い世の中において、これまでの事業の前提が大きく変わってしまう場合の事業影響を検討するために利用する手法のことである。

 地球温暖化や気候変動そのものの影響や、気候変動に関する長期的な政策動向による事業環境の変化などにはどのようなものがあるかを予想し、そうした変化が自社の事業や経営にどのような影響を及ぼし得るかを検討するために活用されている。

 分析に用いられるシナリオは、例えば気候変動に関する想定シナリオでは、2℃~4℃の気温上昇が代表的である。世界的な平均気温の上昇が2℃~4℃の場合、社会や市場などにどのような影響を及ぼすのかといったシナリオを示しており、気候関連シナリオを考慮した企業戦略のレジリエンスに焦点を当てている。

 シナリオはあくまで仮説であり、詳細な結果や予想を得ることが目的ではなく、将来の可能性を検討するためのツールであることに留意が必要である。検討した結果を踏まえ、現在の企業戦略が将来にわたって意図した成果を出すことができるのか、将来あり得る変化に柔軟に適応することができるのかを経営として判断し、将来策を検討するための材料とするものである。

■2 TCFDについて

(1)TCFDの設立と背景

 昨今、地球温暖化や異常気象といった長期的目線でみた際の気候の変動や変化が懸念されており、人類にとって影響を与える深刻な問題となっている。このような背景を踏まえ、企業による気候変動への対応がグローバル規模で注目されており、それらの取り組みに関する情報開示が求められている。

 これまで企業に求める気候変動の影響に関する情報開示の程度は十分ではなく、気候関連のリスク・機会を企業の戦略や財務計画と関連づけて理解できない状況であったが、2015年12月に採択されたパリ協定※4を受け、気候変動の緩和および適応の両面での取り組みが世界中で進んだ。気候変動は投融資先の企業の事業活動に多大な影響を与える可能性があることから、保有資産に対する気候変動の影響を評価する動きが広まった。

 このような中で、金融安定理事会(FSB)※5は、2015年12月に民間主導のTCFDを設立した。TCFDは、銀行や保険会社、年金基金などの金融系企業・団体と、エネルギー、運輸、素材などの非金融系企業に属する32名のメンバーから構成され、約1年半の検討期間を経て2017年6月に最終報告書を公表※6した。TCFD提言では、企業が任意で行う気候関連のリスク・機会に関する情報開示のフレームワークが示されており、同提言の趣旨に賛同する機関などは2019年3月には48ヵ国の金融、非金融企業537社、政府・国際機関・民間団体など65団体となった※7

(2)TCFDにおけるシナリオ分析

 TCFDは、企業による気候変動への対応を経営の長期的リスク対策及び機会の創出として捉え、投資家などに向けた情報開示や対話を促進することを目指している。TCFD では、シナリオ分析を行う上でのあるべき特性を5つの観点で捉えている。(図1)

図 1 シナリオ分析に備わっているべき特性
図 1 シナリオ分析に備わっているべき特性

出所:環境省、戦略(シナリオ分析)

 TCFDにおけるシナリオ分析は、不確実な条件の下で一連の可能性のある将来の状態の潜在的影響を特定し、評価するプロセスを実行している。シナリオは仮説的な構成であり、正確な成果や予測を提供するようには設計されていない。代わりにシナリオは、特定の傾向が継続するか、もしくは特定の条件が満たされた場合に、将来の見通しはどのようになるかを検討する方法を提供している。(図2)

図 2 気候変動におけるシナリオ分析の考え方
図 2 気候変動におけるシナリオ分析の考え方

出所:TCFD、「気候関連財務情報開示タスクフォースの勧告(最終報告書)」

 また、TCFDでは、気候変動におけるリスクと機会の要因を以下のとおり分類している。(図3)

  • リスク
    TCFDでは気候関連リスクを、低炭素経済への「移行」に関するリスクと、気候変動による「物理的」変化に関するリスクに大別している。
  • 機会
    TCFDでは気候変動緩和策・適応策による経営改革の機会を5つに分類し、例示している。
図 3 TCFDのリスクと機会
図 3 TCFDのリスクと機会

出所:TCFD、「気候関連財務情報開示タスクフォースの勧告(最終報告書)」

■3 企業におけるシナリオ分析活用状況

 近年では、シナリオ分析手法を用いて、企業による非財務情報の開示や気候変動のリスク・機会を分析・評価する動きが進んでいる。それら取り組みの代表的なものとして、気候変動や水資源などの環境問題に取り組んでいる国際NGO機関である「Carbon Disclosure Project(以下、CDP)」※8による企業の環境情報の調査や評価が挙げられる。

 CDPは、気候変動が企業に与える経営リスクの観点から、世界の主要企業の二酸化炭素排出量や気候変動への取り組みに関する情報について、質問書を用いて収集し、集まった回答を分析・評価している。質問書に回答した企業に対して、A、A-、B、B-、C、C-、D、D-の8段階で評価を示し、企業の取り組み情報を共通の尺度で公開することを目指している。(図4)

図 4 CDPにおける企業の環境パフォーマンス指標
図 4 CDPにおける企業の環境パフォーマンス指標

出所:CDP、気候変動 レポート 2019:日本版

 昨今では、CDPの質問項目に「シナリオ分析」が入り、TCFDが求める情報開示の内容に準拠し始めた。CDPで回答された質問表は公開され、取り組み内容に応じたスコアリングが世界に公表されており、企業価値を測る一つの重要指標となりつつある。

 日本においても、CDPが企業へ送付する質問票に回答する形で環境活動の情報を開示する先進的な企業※9が増えている。(図5)

図 5  CDP 2019 気候変動質問書 日本企業一覧(一部抜粋)
図 5  CDP 2019 気候変動質問書 日本企業一覧(一部抜粋)

出所:CDP、気候変動 レポート 2019:日本版

 これらのシナリオ分析活用状況から分かることは、企業が国内外含めたビジネス競争を勝ち抜き、持続的な企業価値の向上を図っていくにあたり、社会変化が自社にもたらす影響(リスク・機会)を可視化することは有用であるということである。

 先に紹介した先進的な企業では、気候変動などの不確実性の多い世の中において、これまでの事業の前提が大きく変わってしまう場合の事業影響を検討する手段としてシナリオ分析の手法を用いており、それらの分析・評価などの結果を投資家などのステークホルダーに対して情報開示していることが伺える。

 これらの内容などを踏まえ、デジタル変革においてもリスク・機会を分析・評価し、投資家などのステークホルダーに対して情報発信する手段としてシナリオ分析手法の活用の可能性について考察する。

■4 デジタル変革におけるシナリオ分析の考え方

(1)デジタル変革におけるシナリオ分析を行うにあたって

 TCFDにおけるシナリオ分析手法を応用して、中長期視点からデジタル変革を踏まえた企業評価を行うには、まず外部環境としてデジタル変革に伴うリスクと機会を明らかにすることが必要である(図6)。

図 6 2030年までの外部環境におけるデジタル変革のリスクと機会
図 6 2030年までの外部環境におけるデジタル変革のリスクと機会

出所:経済産業省、DXを促進するためのデジタルガバナンスに関する調査研究とりまとめ報告書

 これらの外部環境におけるリスクと機会の内容を踏まえながら、次に内部環境として自社におけるデジタル変革に伴うリスクと機会を明らかにする。例えば、内部環境のリスクの部分では、デジタル変革に対する一定数の抵抗勢力の障壁、機会の部分では、社内でのデジタル人材の発掘や育成手段の拡大などが挙げられる。

 外部・内部環境双方のデジタル変革におけるリスクと機会を明らかにした上で、それらに基づく戦略が立案・実行されているかを開示する手段としてシナリオ分析を活用することで、将来の不確実性に対するレジリエンシーが評価できるようになっていくと想定する。

 また、シナリオ分析の評価結果を開示するにあたり、投資家などのステークホルダーとの対話を行う上で、シナリオ分析が「共通言語」となることで、デジタル変革の重要性を説明し、理解・賛同を得る重要な要素となるよう継続して検討することが求められる。(図7)

図 7 デジタル変革に対するシナリオ分析の活用イメージ
図 7 デジタル変革に対するシナリオ分析の活用イメージ

出所:経済産業省、 DXを促進するためのデジタルガバナンスに関する調査研究とりまとめ報告書

(2)今後のシナリオ分析の方向性

 今般、投資家などのステークホルダーの関心事項は、環境や従業員の利益にも配慮した「ESG」や「SDGs」へ意識が高まっているものの、ITシステム・デジタル技術活用に対する意識は、日本において高いとは言えない。しかしながら、企業が持続的な企業価値の向上を図っていくためには、デジタル変革は避けては通れないものとなっている。

 不確実性の多い世の中において、市場や事業などにどのような影響があるかを予想し、デジタル技術を含めた社会変化が自社にとってどのような影響(リスク・機会)を与えるかを可視化する手段として、シナリオ分析は有効であると言える。そのため、企業が投資家などのステークホルダーに対してそれらの重要性や取り組みの意義を説明し、理解・賛同を得るための「共通言語」としてシナリオ分析を活用できるよう、シナリオの設定や活用する上での留意点などについて、引き続き検討することが望まれる。

 現状、シナリオ分析とは言わないまでも、多くの企業では経営や事業などの戦略を立案する上で、自社内で外部・内部環境の分析・評価を暗黙的に実施している企業が多いのではないかと考える。

 今後、デジタル変革を特別視するのではなく、気候変動のように経営課題の一つとして捉え、経営や事業などの戦略を立案する際には、デジタル変革のリスク・機会を分析対象として意図的に加えていくという取り組みが考えられる。

 このように、企業がシナリオ分析を有効的に活用し、浸透させていくにはベースとなるシナリオが必要である。例えば、総務省が試算した「IoT化と企業改革などが進展した場合、2030年の実質GDPを132兆円押し上げ、725兆円になる」という実質GDPの結果を参考にすると、以下のようなシナリオイメージを想定することができる。(図8)

総務省による実質GDP試算(IoT化と企業改革などが進展した場合、2030年の実質GDPを132兆円押し上げ、725兆円になる)のシナリオイメージ
総務省による実質GDP試算(IoT化と企業改革などが進展した場合、2030年の実質GDPを132兆円押し上げ、725兆円になる)のシナリオイメージ

出所:総務省、平成29年版情報通信白書を基にNTTデータ経営研究所で作成

 上記のシナリオイメージを一例に、経営課題の一つとして外部・内部環境におけるデジタル変革のリスクと機会は何かを明らかにした上で、自社として何を取り組めば持続的な企業価値の向上に寄与できるかを導き出すのも一案であろう。

■おわりに

 デジタル変革における経営や事業などへの影響の大きさは、決して無視することのできないものとなっている。持続的な企業価値の向上を図るには、デジタル変革の重要性を投資家などのステークホルダーに対して説明し、理解・賛同を得ることが重要であり、そのための手段としてシナリオ分析は有効な取り組みの一つと考えられる。

 筆者も引き続き、シナリオ分析及びデジタル関連に注視しつつ、政府・企業双方の支援を進めていきたいと考えている。

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